第233話 馬車での遊び
ケーキを堪能してからは、皆でお茶を飲みながら楽しく雑談をして馬車での時間を過ごした。そしてお昼に一度馬車が止まり昼食を食べ、今はまた馬車が動き出したところだ。
「皆とずっと話していられるのは楽しいけれど、ずっと馬車の中っていうのも疲れるわね」
「この馬車は快適だけど、どうしても座りっぱなしが疲れるよね」
「それに話していられるのは楽しいが、これが二週間も続くとなると流石に退屈になるな」
「確かに二週間は長いぞ……」
まあそうだよね。流石に二週間は長い。というか、俺たちの馬車はめちゃくちゃ快適でケーキでお茶会とかしてて、それでもこういう言葉が出て来るんだから他の馬車は地獄だろうな。
あまり仲良くないメンバーの馬車とか、想像しただけで最悪だ。本当にこのメンバーで良かった。
リュシアンはソファーから立ち上がって、その場で軽くストレッチを始めた。やっぱり動きたいよね。毎日剣術の鍛錬をしているから尚更だ。俺も鍛錬をしないとちょっと落ち着かない……
「何か馬車の中でできる楽しいことがないか? 体を動かすのは難しいから……勉強はどうだろう?」
「そうね。後は魔法具を考えるのもありかしら?」
「確かにそれはありだな。皆で魔法具を考えるか。あっ、でもそれだとロニーが退屈じゃないか?」
ステファンがそう言ってロニーの方を見る。
「い、いえ! 僕のことは気にしないでください!」
「いいえ、皆で楽しめるものがいいわ。他を考えましょう」
「そうだな。では何がいいか……」
そうして皆で馬車の中でできる楽しいことを考えたけれど、良いアイデアが出てこない。
日本だったらスマホでゲームとか音楽聴くとか、バスならカラオケとかあったんだけどな。後はトランプとか。
……あっ、トランプって作れるかな?
あれなら紙とインクさえあれば作れるだろう。少し厚い紙も持ってるし、それを均一に切り分ければ作れる気がする。このメンバーでトランプは絶対に楽しい!
問題は何で俺がそんな遊びを知ってるのかってことだけど……、昔に思いついたことにすればいけるかな。
最近は皆、俺の知識に疑問を持たなくなってきてるんだよね。レオンがやったことだから仕方ないみたいな感じで納得される。それに喜んでいいのかわからないけど……、こういう時には楽だ。
今回はこの馬車の中で使うだけだし、このメンバーなら問題ないだろう。俺はそう結論づけてトランプを作ってみることにした。
「皆、この馬車の中でできる遊びを一つ思いついたんだけど、それに使う道具を作るの手伝ってくれない?」
「それはいいけれど、どんな遊びなの?」
「トランプっていうんだけど、俺が昔に思いついた遊びなんだ」
俺がそう言うと、マルティーヌは日本での遊びだとすぐに気づいたのか上手く話に乗ってくれる。
「そうなのね! レオンは遊びまで考えていたなんて凄いわ。それをやってみましょう」
「確かに孤児院でも面白い遊びを教えてくれたよね」
そういえば、前に孤児院でもケイドロを教えたな。そんなに前のことじゃないのに懐かしい。あそこにいた子たちは元気かな……
「そうなのか? やっぱりレオンは凄いな。それでどんな遊びなんだ?」
「それをやることにしよう!」
ステファンとリュシアンも乗り気だ。
「ありがとう。じゃあとりあえず道具を作ろうか」
確かトランプは、一から十三までの数字が四つの記号ごとにあるんだよね。それでジョーカーが二枚で全部で五十四枚だったはず。十一から十三は絵があったけど、それは再現しなくても良いか。
「まずは同じ大きさの紙を五十四枚作るんだ。大きさは掌サイズぐらいの長方形で」
「五十四枚も作るのか?」
「うん。できる限り正確にね。紙は……、これでいいかな」
アイテムボックスの中を探って、大きめの厚紙を数枚取り出した。
「こんなに厚い紙なのか?」
「うん。しっかりしてる紙の方がやりやすいんだよ。後は書いてある文字が透けちゃうとダメなんだ。じゃあ、まず印をつけていくね」
「私も手伝うわ」
「ありがとう。じゃあ、定規を押さえるの手伝ってくれる?」
「もちろんよ!」
そうして皆で協力し合いながら丁寧に線を引いていった。馬車が揺れてるから線は曲がったりしてるけど、まあとりあえず良いことにしよう。
「うん、いい感じ! あとはこれを切るんだけど……。この机の上で切ったら机が傷ついちゃうよね」
「確かにそうだな。適当な大きさの木の板とか持ってないのか?」
「うーん、大きいのばかりなんだよね……」
そもそも木材はあまり持ってないし、さらに大きいものばかりだ。これからは小さいサイズもアイテムボックスに入れておかないとダメだな。
「この馬車に取り出すのはちょっと危険だと思う。それに突然馬車が重くなったら馬達も驚くよね?」
「確かにそうだな……」
どこかに転移して木材を切り分けてこようかな。そう思って窓の外を見てみると、既に王都の農業地帯を抜けているのか、街道沿いにはあまり整備されてない土地が広がっていた。少し先には森も見える。
街道沿いにも所々に木が生えてるし、あの裏側に転移すれば誰にも見られないよね? こんなところに人なんていないだろうし。
「外に転移して木をちょうど良いサイズに切って戻ってくるよ」
「危なくないの?」
「うん。こんなところに誰もいないだろうし、すぐに戻って来れるから」
「じゃあよろしく頼む」
「りょーかい」
そうして俺は、窓から見える範囲で一番近くにある大きな木の裏側に転移した。
「うわぁ……」
転移して一番に感じたのは、少しの恐ろしさだった。街道とは反対側を向くように転移したので、目の前には大きくて広大な森が広がっている。
今までは人が住む場所から大きく外れたところに来たことがなかったけど、こうして自然と対峙すると抗えない自然の力を感じる……
それから俺は、しばらくぼーっと森を眺めていた。しかしハッとここにきた目的に気づいて我に返る。
早く帰らないと皆を心配させちゃう。そう思って急いでアイテムボックスから木材を一つ取り出し、バリアの魔法で適当な大きさに切り分けた。
バリアの魔法は自分の意思で自由に動かすことができる上に、かなり頑丈で形は自由自在、なので切れ味抜群の剣を作ってそれで木材を切ることもできるのだ。
バリアの魔法って万能すぎるよね。でも弱点はあって、細かい形を作るほど消費魔力が増えるし、動かすたびに魔力を消費する。さらにバリアをいくつも作り出すのは無理なのだ。大きさは自由だけど、バリアを二つ作ることはできない。なので実戦の時は、バリアは防御に使って他の魔法や剣で攻撃する方が良いかなと思っている。
よしっ、これで良いだろう。帰ろうかな。そう思って街道の方を振り返ると、最後尾の馬車がまだ見える範囲にいた。
……転移。
「レオン! 良かったわ。少し遅いから心配してたのよ」
「何かあったのか?」
「ごめんね。何もなかったから大丈夫。それよりも木の板を作ってきたから続きをしようか」
俺は机の上に木の板を敷いて、その上に紙を乗せた。そしてナイフを取り出す。
「レオン、ナイフを貸してくれればこっちでも切るぞ?」
「本当? じゃあナイフと定規を渡すね。馬車が揺れてるから気をつけて」
「わかった」
そうして皆で手分けして、五十四枚の厚紙を作り終えた。
「よしっ、これで五十四枚!」
「結構上手くいったんじゃないか?」
「うん! 馬車で作った割には頑張ったよね」
真っ直ぐに切れてないところも結構あるけど、馬車の中でやっているのだから上出来だろう。
「それで、これをどうするんだ?」
「まずは数字を書いていくんだ、一から十三までを四つずつ。そしてその一つずつに別の記号をつけるんだよ」
俺はそう説明をしつつ、試しに紙に数字を書いていった。
「とりあえず一から十三まで一通り書いてみたけど、これをあと三セット作るんだ。そしてそれぞれのセットごとに違う記号を書き加える。それで完成だよ」
「記号はどんなものなんだ?」
「それは特に決まりはないんだけど……」
何がいいかな。日本だとハート、ダイヤ、スペード、クラブだけど……この世界でハートの記号って見たことがない。スペードもクラブも何のことかわからないだろうし……というか、よく考えたら俺も何を表してるのか知らないな。
どうせならもっとわかりやすいやつにしようかな。丸と三角、四角、ひし形とかでいっか。
「丸、三角、四角、ひし形にしようか」
「四角とひし形は似ていてわかりづらくはないか?」
「確かに、そうかな?」
「ああ、こんな形はどうだ?」
「これって盾?」
「そうだ。かっこよくて良いだろう」
確かにただのひし形よりはカッコいいかも。
「うん。じゃあひし形を盾に変えよう」
「レオン、それならばこの丸も変えたいわ。こんな感じはどうかしら?」
「これはりんご?」
「そう! 可愛いでしょ?」
「確かに可愛い。じゃあ丸はりんごに変更しよう」
こうなってくると、ただの三角と四角が味気ない気がしてくる。
「リュシアン、三角と四角を何かに変更する案はある?」
「そうだな。三角は剣にしたらいいんじゃないか?」
「了解。じゃあロニー、四角は何にする?」
「え、僕!?」
「うん。皆の意見で決めようかと思って」
「えーと、そうだね。本とかどう?」
「確かにありかも。じゃあそれにしようか」
そうして結局はりんご、剣、本、盾という四つのイラストに決定した。全く統一感はないけど、俺達で使うだけだから良いよね。
「それじゃあ手分けしてイラストを描いていこうか!」
「わかったわ! じゃあそれぞれ自分が決めたイラストを描きましょう」
「そうだな。それが良い」
そうして皆は楽しそうにペンを持ち、それぞれのイラストを描き始めた。俺は皆の手伝いとジョーカーの作成だ。ジョーカーは魔物の森のイメージで木が生い茂るイラストにした。多分、木ってことはかろうじてわかると思う……
「よしっ、これで完成だね」
「楽しかったわ! でも、これで何か遊びができるのよね?」
「そうなんだ。いろいろな遊びができるんだけど、まずは一番簡単なのを教えるね」
一番簡単なのは、やっぱり神経衰弱だろうか。
「神経衰弱って遊びなんだけど……」
「……神経衰弱? 神経が、衰弱するのか?」
リュシアンに不思議そうに聞かれた。
……確かに、今まで神経衰弱の名前の由来なんて考えたことなかったけど、改めて考えると不思議な名前だな。何か意味があるんだろうか?
うーん、よく分からないけど名前は変えようかな。もっとわかりやすくしちゃおう。
「やっぱりさっきの忘れて。数字合わせ遊びっていう名前にする」
「……そうなのか? さっきの名前はどこから出てきたんだ?」
「……まあいいじゃない! それでレオン、その遊びはどうやってやるの?」
リュシアンはまだ納得してない感じだったけど、マルティーヌが良い感じに誤魔化してくれた。
マルティーヌ、マジでありがとう。固有名詞には気をつけないとだな。
「まず机の上にさっきのカードを裏返しで全部並べるんだ。それで一人二回ずつ順番に好きなカードを表にして、数字が揃ったらそのカードは貰える。違う数字だったら貰えないからまた裏返す。それを順番にずっと繰り返して、カードがなくなった時に一番多くカードを持ってた人が勝ちだよ」
「簡単だな」
「じゃあとりあえずやってみようか!」
そうしてとりあえずのお試しで、神経衰弱改め数字合わせ遊びを一通りこなした。
――勝ったのは俺だ!
なぜなら、皆は数字の配置を覚えないといけないってことに最初は気づいてなかったからね。かなりずるいけど、最初ぐらいは勝たせてもらってもいいだろう。発案者特権だ。
「ルールはわかったぞ! もう一回だ!」
「これ楽しいわね。もう一回よ!」
「これ、楽しいね。僕ハマりそうだよ」
「本当に? 良かったよ。じゃあもう一回やろうか」
そうしてその日は、それから何回も数字合わせをやって時間が過ぎていった。これでこれからの道中も退屈しないだろう。トランプの遊びは沢山あるし。
……ルールを忘れないうちに紙にでも書き出しておこうかな。
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