第232話 馬車の中でお茶会

 俺はアイテムボックスからお茶会に必要なものを次々と取り出していく。アイテムボックスには暇さえあれば色々なものを保存していて、さらに今回の遠征のために沢山のものを追加したから何でも入っていると言っても過言ではない。

 その中からまず、蓋つきの木製のコップと鉄製のコップ置きを取り出した。


「レオン、これは何かしら?」


 マルティーヌがコップ置きの方を指差しながら首を傾げる。


「それはコップを固定するものだよ。馬車は揺れるから固定しないとコップが倒れちゃうと思って準備したんだ。結構重さがあるから机に置けばズレることはないと思う。あとは陶器のカップだと割れる心配もあるから、木製で蓋付きのコップも作ってもらったよ」


 ここ最近は遠征をどうしたら快適に過ごせるかを考えて、色々と物を買い込んだり作ってもらったりしていたのだ。途中から楽しくなって余分なものもかなり買った気がするけど、まあアイテムボックスは容量無限だからいいだろう。


「凄いな。これは便利だ」

「でしょ? お茶もロジェに淹れてもらった淹れたてが沢山あるよ。緑茶と紅茶、フルーツジュースと水があるけどどれがいい?」

「アイテムボックスってあり得ないほど便利だね……」


 ロニーが俺の隣で呆れたようにそう言った。馬車の席順は俺の右隣がロニーで左隣がリュシアン。そして目の前がマルティーヌでリュシアンの前がステファンとなっている。


「私はフルーツジュースがいいわ」

「私は紅茶だな」

「私も紅茶がいいぞ」

「僕は緑茶かな」

「わかった。じゃあ紅茶から淹れていくね。俺も紅茶にしようかな」


 そうして俺は、皆のコップに飲み物を順番に注いでいった。


「はい、どうぞ」

「レオンありがとう。馬車の中でここまで素敵なお茶会ができるなんて凄いわね」

「本当にアイテムボックスは凄いよね。食べ物もあるけどどうする? 基本的にどんな食べ物もあるから何でも出せるよ」

「そんなにたくさん入ってるのか?」

「うん。……何年も暮らせるほどは入ってるかな」

「何年も!?」

「一人だけならだよ」

「それでも凄いぞ……」


 アイテムボックスが時間停止なのをいいことに、屋台で買った食べ物などをたくさん収納してあるのだ。皆にアイテムボックスのことを伝えてからは自重もなしにたくさん収納したから……うん、本当にたくさん入っている。

 最近アイテムボックスの中身を充実させるのが趣味になりつつあるんだよね。


「皆はお腹空いてる?」

「まだ空いてないわ。でも甘いものなら食べられるわよ!」

「ふふっ、マルティーヌは本当にスイーツが好きだね」

「当然よ。あんなに美味しいんだもの」

「じゃあスイーツにしようか。何がいい? 実はお店で発売予定のスイーツも特別にあるんだ」


 本当はお店のメニューとなったスイーツのお披露目は冬頃にやる予定なんだけど、魔物の森への道中は長いし、ここで皆にだけお披露目することに決めたのだ。ヨアンにたくさん作ってもらってアイテムボックスに仕舞ってある。


「本当に!? じゃあそれにしましょう!」


 マルティーヌは瞳を輝かせて身を乗り出してそう言った。顔には満面の笑みが浮かんでいる。……可愛い。


 何がいいかな。やっぱりまずは王道のショートケーキかな。俺はそう考え、アイテムボックスから季節のフルーツが載ったショートケーキを取り出した。


「わぁ! 凄く素敵ね」

「なんだこれは、スイーツなのか?」

「レオン、これは食べたことがないぞ!」


 マルティーヌは瞳を輝かせてケーキに見入り、ステファンはスイーツなのか疑いの目で見つめ、リュシアンは今までお披露目しなかったことに少しだけむくれている。


「ごめんごめん。本当はもう少し先にお店でメニューのお披露目会をやろうと思ってたから、それまで内緒にしておくつもりだったんだ。でも魔物の森への道中はたくさん時間があるし、皆にだけはここでお披露目することにしたんだ」

「そうだったのか……」


 リュシアンはまだ少し納得できない様子ながらも頷いた。マルティーヌに隠れてあまり目立たないけど、リュシアンってかなりのスイーツ好きだよね。


「レオン、これはどのように食べるのかしら?」

「これは八等分に切り分けるんだよ」

「では、早く切り分けましょう!」

「分かった分かった。ちょっと待ってね」


 俺は身を乗り出して瞳を輝かせているマルティーヌに少しだけ苦笑しつつ、アイテムボックスからケーキを切り分ける用のナイフを取り出した。

 そしてケーキを切り分けようとしたその時、ロニーに手を掴んで止められた。


「レオン、僕が切り分けるよ。ヨアンからケーキの切り分け方を教えてもらったから」

「そうなの?」

「うん。断面が綺麗に見えるにはどの果物の間を切ればいいのか、色々と教えて貰ったんだ」

「そんなのあったんだ……」


 ヨアンは断面の綺麗さまで考えてくれてるのか。確かに重要だよね……、ヨアン本当にありがとう。


「今度俺も教えてもらおうかな」

「うん、それが良いと思うよ。じゃあ今回は僕がやるね」

「じゃあよろしく」


 そうしてロニーは俺からナイフを受け取ると、真剣な表情でケーキを切り分け始めた。揺れる馬車の上では相当難しいと思うけど、器用にケーキを切り分けていく。


「……よしっ、これで良いかな。レオンお皿ちょうだい」

「はい」

「ありがと。うん、完璧!」


 ロニーが切り分けて八等分になったケーキは本当に美味しそうだ。断面まで美しく仕上がっている。日本のものと大差ないどころか、俺がいつも食べてたスーパーのケーキより美味しそう。


「わぁ。本当に素敵ね! 食べるのが勿体無いわ」

「でも、食べないとダメになっちゃうからね」

「そうなのよね……。今この時にしか輝かない宝石ね。儚さも相まって本当に素敵」


 マルティーヌはうっとりとした表情でケーキを眺めつつそう言った。


「本当だな。綺麗で食べられるものだとは思えない。飾っておきたいほどだ」

「この見た目で食べることができて、さらに美味しいだなんて素晴らしすぎる」


 皆はケーキをベタ褒めだ。この三人がここまで褒めてくれるなら貴族に流行る可能性は高いだろう。

 俺はお店が成功するという確かな手応えを感じた。


「じゃあ食べようか。これがお店のメニューの一つで季節のショートケーキだよ。その季節で採れる美味しい果物を載せるから、季節ごとに味が変わるんだ」

「それは良いな。季節の味を楽しめるのならば飽きも来ないだろう。……では早速、皆でいただこう」

「そうね。いただきます!」


 そうして皆で一斉にケーキに手をつけた。一口食べて、まず口を開いたのはマルティーヌだ。


「うぅ〜ん! 何これ、美味しすぎるわ!」

「本当? それを聞いたらヨアンも喜ぶよ」

「本当に凄いぞ! なんだこれは!?」

「驚いたな……。レオン、これは確実に流行るだろう。今から混雑対策を考えるべきだな」


 マルティーヌとリュシアンは大興奮でケーキを食べ進めている。ステファンは驚いてはいるものの、少し冷静だ。ここがスイーツ大好きかそうでないかの違いだよね。

 俺とロニーは何回も食べたから、もう驚きはない。でもめちゃくちゃ美味しいことに変わりはないけどね。


「やっぱりそうだよね。混雑対策も色々と考えてるところなんだ。最悪店頭販売は停止して、予約だけにすることも考えないとかな?」

「考えた方が良いだろう」

「わかった。その辺もロニーと相談するよ」


 そうしてステファンと真剣な話をしているうちに、リュシアンは既にケーキを食べ切ってしまったようだ。


「レオン……もう食べ終わってしまったぞ」


 そして愕然とした表情でそう言った。


「ははっ、そんなこの世の終わりみたいな顔しなくても良いのに。食べたければおかわりもあるよ?」

「本当か!?」

「うん。さっき切り分けたのも残ってるし、まだまだたくさんあるからね」

「じゃあ、もう一つくれないか!」

「わかったよ、じゃあもう一つね。でも三つ目はダメだよ。体に悪いし普通のご飯が食べられなくなるから」

「……わかった。我慢しよう」


 そうして、結局はリュシアンとマルティーヌとステファンが二つずつケーキを食べて、皆でホールケーキを食べきっておやつの時間は終了となった。

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