第230話 校長先生

「レオン様、王立学校に到着いたしました」

「ありがとう。荷物ってどうすればいいのかな?」


 大きな鞄と木箱がいくつかあるから、流石に持ち歩くのは無理だ。


「レオン様とロニー様は王家の馬車で遠征に向かわれることになりますので、お二人のお荷物は王家の馬車が到着し次第、私が移動しておきます」

「そっか、ありがとう。じゃあお願いするね」

「かしこまりました」


 そうしてロジェに荷物を預けて、俺とロニーは馬車から降りて集合場所に向かった。まだ先生達以外は誰もいないようだから一番乗りだ。まあ、身分的には一番じゃないといけないんだけどね。


「オーブリー先生、おはようございます」

「おはようございます」

「レオンとロニーか、おはよう。緊張してるか?」

「いえ、そこまではしていません。少しだけ楽しみな気持ちが強いです」

「僕もです」

「お前達……凄いな。道中大変だろうけど、まあ、頑張れよ。何かあったら先生に言えば、できることはやってやろう」


 オーブリー先生は多分、俺とロニーが三人のパシリみたいな役割で同じ班に指名されたと思ってるよね。やっぱり公爵家の後見があるとは言っても、使用人のような立場だと思ってるんだろうな。

 確かに王立学校では三人に対して敬語を使って敬った態度で接してるし、そう思うのも無理ないのかもしれない。


「ありがとうございます。先生方は全員一緒に行かれるのですか? それぞれの班に分かれるのでしょうか?」

「いや、行くのは半数程度だな。先生達専用の馬車でまとまって行く」

「そうなのですね。……あの、オーブリー先生は魔物の森に行かれたことはありますか?」

「ああ、俺はあるぞ。そもそも俺は元騎士だからな。第二騎士団の所属で一年のほとんどは魔物の森にいた」


 え、オーブリー先生って元騎士だったんだ! 全然知らなかった……。でも確かに、剣術の先生だし明らかに強そうだよね。


「そうだったのですね。……聞いて良いのかわからないのですが、先生はなぜ王立学校に?」

「ああ、俺は子供好きで人に教えるのも得意だったからな。前の先生が引退する時にやらないかって言われたんだ。ちょうど結婚を考えてた時だったから、二つ返事で頷いたさ。騎士の仕事にも誇りを持ってやっていたが、やっぱり家族からしたら命の危険がある仕事はやめて欲しいって思うだろ?」


 オーブリー先生は照れ臭そうにそう言った。先生、結婚もしてたのか……

 確かに家族がいるのなら騎士より先生を選ぶよね。俺も家族や友達が魔物の森で働く騎士になるって言ったら、一度は止めると思う。


「確かにそうですね」

「先生、魔物の森はどんなところですか?」


 今度はロニーがそう聞いた。


「そうだな。一言で言えば、恐ろしい場所だ。ただ俺が魔物の森にいた頃はそこまで焦るような状況じゃなかったはずなんだ。だから今の現状はわからないな……」

「恐ろしい場所って、具体的に聞いても良いですか?」

「……いや、それは自分の目で見て確かめると良い。どうせこれから行くんだからな」

「……確かにそうですね。わかりました。しっかりと確かめます」

「ああ、それが良い」


 そうして先生と話していると、クラスメイトが続々と集まってきた。Eクラスは騎士爵の子供が多いからか、ほとんどの生徒が参加するのでかなりの人数だ。

 今回の遠征は上級生も希望すれば参加可能なので、知らない顔もちらほらと見かける。来年からは一年生だけになるそうだからもう少し数も減るのだろう。


「ロニー、あっちに行ってようか。ここは皆が集まってくるし」

「そうだね」


 皆がオーブリー先生のところに集まるので、俺たちは先生から少し離れることにした。俺とロニーはクラスの中心にいるような立ち位置じゃないので、クラスメイトに囲まれているのは居心地が悪いのだ。


 

 それから数十分後。ステファンとマルティーヌが到着して、やっとAクラスまでの全員が揃った。


「では皆、班ごとに固まって並んでくれ。ここが一班で、こっちに向けて二班三班と続いてくれるか」

「ロニー、一班はあっちだってよ」

「じゃあ行こうか」

「うん」


 一班の方に向かうと、いつもの三人が既に集まっていた。


「ステファン様、マルティーヌ様、リュシアン様、おはようございます」

「おはようございます」

「レオン、ロニーおはよう。ついに遠征当日ね! 私凄く楽しみだったわ」

「二人ともおはよう。ついに出発だな」


 マルティーヌとステファンはうきうきした様子を隠せていないようだ。やっぱり緊張より楽しみな気持ちが勝つよね! だって友達との長旅なんて、楽しいに決まってる。


「私も楽しみでした。これから五週間よろしくお願いいたします」

「迷惑をかけしないよう努めますので、よろしくお願いいたします」

「ああ、よろしく頼む」


 そうして三人と当たり障りのない挨拶をしていると、先生の声が聞こえてきた。


「並んだら静かにしてください。出発前に校長先生からのお話があります」

「叔父上の話があるのか」

「そういえば、叔父様は校長先生でしたね。普段学校で会わないので忘れてましたわ」


 俺も完全に忘れてたよ……。そういえば、この学校の校長先生ってアレクシス様の弟なんだよね。確かトリスタン様だ。存在は知ってるけど話したことはない。

 

 トリスタン様は堂々とした足取りで皆の前に姿を現した。入学式の時以来だけど、やっぱりキラキラオーラが出ててカッコいい人だ。

 アレクシス様と似てるんだけど雰囲気は結構違うんだよね。なんだろう、トリスタン様の方が良く言えば親しみやすい雰囲気、悪くいえばちょっとチャラい感じかな。

 そんなことを考えつつぼんやりと眺めていると、不意にトリスタン様がこっちに顔を向けた。


 ……え? なんか今、一瞬目があった気がするんだけど。絶対目が合った。そしてウインクされた! 俺、トリスタン様とは一度も話したことないはずだよね?


「生徒諸君。まずは王族の一員として、魔物の森への遠征に参加してくれたことに感謝する。今回遠征が行われる理由は皆ももう知っていると思うが、魔物の森の広がりを抑えるのが難しくなっているからだ。皆にはその現状を自分の目で見て把握してきてほしい。そして遠征から戻ったら、国のために何を為すべきかをしっかりと考えてほしい。今回の遠征は、皆にとってとても貴重な経験となるだろう。しっかり学んできてほしい」


 俺が狼狽えているうちにトリスタン様の話は始まったけれど、全く頭に入らない。ウインクされたのが衝撃すぎた。トリスタン様って、俺のこと知ってるのかな?

 俺はその疑問を解消するため、前にいたマルティーヌに小声で話しかけた。


「……マルティーヌ、トリスタン様って俺のこと知ってるの?」

「叔父様が? そうね……、多分知ってると思うわ。お父様と叔父様はかなり仲が良くて頻繁に食事を共にしているから、話しているんじゃないかしら?」

「そうなの?」

「そうよ。私達もよく会うわ。でも王宮で会うばかりで王立学校で会ったのは久しぶりだけど……」

「そうなんだ。……そういえば、トリスタン様って結婚してるの? というかどこに住んでるの?」

「叔父様は結婚して、王宮の側に屋敷を建ててそこに住んでるわよ」


 そうなんだ……、そうなると、トリスタン様の立場ってどうなってるんだろう? 

 今まで考えもしなかったけど、王位を継がなかった王族ってどんな立場になるんだろうか。王女だと降嫁するって聞いたことあるけど、王子はどうなるんだ? 婿入りするとか?


「トリスタン様の立場ってどうなってるの?」

「叔父様は王族のままよ。あえていうならば王弟かしら?」

「王位を継がない王族って、立場は王族のままなの?」

「全員がそうじゃないわね。降嫁したり婿入りして貴族になることもあるし、他国の王族に嫁ぐ、または婿入りすることもあるわね。そのどちらでもない場合は王族の立場のままのことが多いわ」

「王族の立場のままだと、子供はどうなるの?」

「子供には基本的に子爵位が与えられるわ。ただ三人までだったかしら? それ以外の子は騎士爵になるのよ。でも確か、その辺はしっかりとした決まりがなくて曖昧なのよね」

「そうなんだ……」


 そんな仕組みなんだ。そうなると、王族のままが良いとは言えないよね。

 やっぱりイメージと違うな。王族や貴族に生まれたら一生安泰だと思ってたけど、全くそんなことはない。


「トリスタン様って子供はいるの?」

「いいえ、叔父様は子供は作らないと宣言しているのよ。余計な争いの種は増やしたくないっていつも言ってるわ。でもそれは口実で、実際は二人きりの時間を邪魔されたくないだけよ」


 マルティーヌは苦笑しつつそう言った。トリスタン様は奥様が大好きってことか……


「では、私の話はこのくらいにしておこう。君達の遠征の成功を祈っている」


 マルティーヌとそんな話をしていたら、トリスタン様の話が終わったみたいだ。


「では、皆さんそれぞれの馬車に乗ってください。皆が準備できたら出発します」


 そして先生にそう促され、俺達は馬車まで移動することになった。

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