第228話 出発日の朝

 そうして二日後の朝。俺は朝早くロジェに起こされた。


「レオン様、そろそろ起床のお時間です」

「う、う〜ん……」

「レオン様、本日は食堂での朝食ですので、早く起きられませんと遅れてしまいます」


 ……そうだった。今日は遠征の出発日だから、リシャール様達と一緒に朝ごはんを食べる予定なんだよね。でも、眠い。

 昨日の夜ドキドキして眠れなかったんだ。遠足に行く前の小学生かって感じだった。

 俺、成人してたはずなのにな……。まあ、もう流石にこの体になって何年も経ってるから、自分が子供だって事に違和感は無くなったけど。逆に成人してた時の記憶の方が薄れつつある。日本での生活は、記憶としては残ってるんだけど実感は伴わなくなってきている。


「起きるよ……。でもあと五分……」

「レオン様、今すぐ起きてください」


 ロジェはそう言って俺の布団を剥ぎ取った。


「さ、寒い……」


 最近は秋も深まってきて、朝方は冷えるのだ。


「では、早く起きてください」

「分かったよ、起きるよ……」

「はい。本日はリュシアン様よりも早くに屋敷を出られるのですから、より早く起きませんと」

「そうだったね……」


 やっぱり子供の体はこういう時に言うことを聞かない。どうしても眠気が勝つのだ。

 それでも俺はなんとか眠気と戦いつつベッドから起き上がり、ロジェに手伝ってもらいながら準備を整えた。そして食堂に向かう。



「レオン君おはよう。待たせたかな?」


 俺が食堂に向かい他の皆が来るのを待っていると、まずはリシャール様がやって来た。


「おはようございます。私も今来たところです」

「それなら良かった。昨日は眠れたか?」

「恥ずかしながら昨日はドキドキしてあまり眠れず……」

「そうだったのか。やはり魔物の森へ行くのは緊張するのだな」

「いえ、緊張というかその、楽しみだったと言いますか……」


 俺がそう言うと、リシャール様はぽかんと一瞬固まった後に笑み崩れた。


「ははっ、そうか。レオン君にもそういう一面があるのか。はははっ」

「リシャール様、そんなに笑わないでください!」

「すまんな、レオン君はいつも大人びているから年相応なところが見れて嬉しいんだ。確かにそうだな。今まで行ったことのない場所へ行くのは楽しみだよな。はははっ」


 リシャール様は何かがツボに入ったのか、笑いを堪えようとしてはいるけど全然成功してない。もう、リシャール様笑いすぎです!

 そうしてリシャール様が笑っているところに、カトリーヌ様とリュシアンもやって来た。


「あなた、何をそんなに笑っているのですか?」

「……いや、なんでもないんだ。レオン君と楽しい話をしていただけだ」


 リシャール様は二人が食堂に来たことでやっと笑いが収まってきたようで、滲み出ていた涙を拭い笑いを収めた。


「それならば良いですけれど……」

「ああ、気にするな。では、皆揃ったところで朝食を頂こうか。今日は二人の出発日で豪華な朝食だ。冷めてしまっては勿体無い」

「そうですわね」


 そうしてかなり久しぶりの、食堂での朝食が始まった。今日の朝食はいつものパンとスープなどに加えて、手の込んだ肉料理がある。いつもは卵焼きにベーコンのような肉を焼いたものが多いけれど、今日は豪華だ。特別感があってちょっと嬉しい。

 最初の頃は貴族の食事は朝昼晩と全て豪華なのかと思っていたけど、実際はそんなことなくて朝はシンプルなのだ。平民はどちらかというと朝が豪華で夜が軽い感じなのでその違いも面白い。


「やはり皆で食べる朝食は良いな」

「そうですわね。たまにはこうして時間を合わせるのも楽しいですわ」

「回復の日などで時間が合わせられる時は、こうして一緒に食べるのも良いな」


 確かにそれはありかも。部屋で一人で食べるのは楽なんだけど、ちょっと寂しいからね。


 そうして終始和やかなムードで朝食は進み、あらかた食事が終わり食後のお茶を飲んでいる時、リシャール様が少しだけ真剣な表情で口を開いた。


「二人とも、ついに魔物の森へ向かうことになるが、自分の目でしっかりと魔物の森の実情を見てくると良い」

「はい。現状を把握し、できるならば対策を考えたいと思っています」

「私もです。少しでもお祖父様のお役に立てるよう、務めて参ります」

「それは頼もしいな。ただ一番は身の安全だ。そこは忘れないようにな」

「そうよ。危ないことをしてはダメよ」


 そうだよね。全属性が使えるからといって慢心せず、身の安全を一番に考えよう。魔物がどれほどの強さなのかもわからないし。


「はい。慎重に行動します」

「無茶なことは致しません」

「ああ、約束だ」


 そうして真剣な表情で話を終えると、リシャール様は紅茶を一口飲んで少し顔を緩めた。


「魔物の森へ行くとなれば気を引き締めなければいけないことは確かだが、道中は長い道のりだ。ずっと気を張っているのではなく楽しんでもくると良い。まあ、レオン君は楽しみで眠れなかったようだから心配はしていないが」


 リシャール様、それをここで言うのですか!


「リシャール様!」

「レオン、そうなのか?」

「……はい。皆で遠出をするというのが楽しみで……」

「確かにそうだな。私も少し楽しみだ」

「本当ですか!? やっぱり楽しみですよね!」

「あ、ああ……」


 リュシアンは俺の勢いに少しだけ引いたような様子でぎこちなく頷いた。

 思わず凄い勢いで迫っちゃったよ……


「ははっ、楽しみなのはいいことだ。そこで私から渡すものがあるんだ」


 リシャール様はそう言って従者の方に何かを告げた。すると従者の方は小さく頷いた後、厨房に繋がるドアの向こうに消えていった。そしてすぐにワゴンを押して戻ってくる。ワゴンにはたくさんの木箱が載っているようだ。

 あれは何だろう……


「中身は馬車の中でも食べられるようなサンドウィッチやクッキーなどだ。道中皆で食べられるようにと用意した。レオン君のアイテムボックスに入れておけば腐ることはないだろう? 馬車の中でならばアイテムボックスを使うことも問題ないから楽しんでくれ」


 今日は使用人の数が少ないと思ってたけど、俺の能力を知ってる人に厳選してたから少なかったのか。


「……いただいても良いのですか?」

「もちろんだ」

「嬉しいです。ありがとうございます」

「お祖父様ありがとうございます。今回の遠征がもっと楽しみになりました!」


 リュシアンはそう言って嬉しそうな笑みを浮かべている。やっぱりリュシアンも楽しみだったのか。

 目的地が魔物の森とはいえ、皆で旅に出るなんて楽しみなのが普通だよね。なんか、またウキウキしてきた。


「では、この場で収納しても良いでしょうか?」

「ああそうしてくれ。そうだ、ロニーに伝えるのも忘れずにな。突然アイテムボックスを使ったら驚くだろう」


 そうだった。ちゃんと忘れずに伝えないと。今日の朝にまず伝えよう。

 実はロニーにも俺の魔法について話すことを決めたのだ。全属性ってことと空間魔法のことについて、それから魔力量やその他の特殊な魔法についても全て伝える。

 今まではロニーの身の安全を考えて伝えてなかったんだけど、ロニーも従業員寮に引っ越して前よりも安全を担保できるようになったし、何よりもずっと隠しているのは難しいと思ったから伝えることにしたのだ。

 リシャール様達と話し合って、今回の遠征前に伝えると決めた。遠征中にアイテムボックスを使えないのはかなり不便だからね……


「かしこまりました。本日王立学校に向かう馬車の中でしっかりと伝えます」

「そうしてくれ。ロニーはレオン君とかなり親しい関係だ、一緒に仕事もしていくのだから伝えておいた方が良いだろう」

「はい」


 そうして俺は、アイテムボックスの中にリシャール様からの贈り物を仕舞っていった。

 元々今回の遠征のために、アイテムボックスには沢山の食べ物やスイーツを入れてあったんだけど、時間停止だからいくらあっても問題はない。公爵家の料理人さんのご飯は美味しいから嬉しいな。


「これで最後ですね。リシャール様、改めてありがとうございます」

「ああ、道中楽しんでくれ」


 そうしてリシャール様からの贈り物をもらって、今日の朝食はお開きとなった。


 俺は朝食が終わるとすぐ部屋に戻り準備を整え、公爵家を出発した。荷物がたくさんあるので歩きではなく馬車だ。この後はロニーを迎えに行って二人で王立学校に向かうことになっている。

 結局は同じ馬車に乗るんだしリュシアンも一緒に行けたら良かったんだけど、本当に身分は面倒くさいよね。



 公爵家を出てしばらく馬車が進むと従業員寮に辿り着いた。寮の外には従業員が皆で見送りに出てきてくれていて、俺の家族まで来てくれている。

 家族皆には昨日会いに行ったんだけど、当日も見送りに来てくれたみたいだ。


「皆おはよう」

「おはようございます」

「レオン、おはよう」

「母さん達も見送りに来てくれたんだ」

「もちろんよ。……魔物の森に行くなんて心配だもの」


 母さんは少しだけ寂しそうな表情でそう言った。


「騎士の方達がしっかり守ってくれるし大丈夫だよ。危ないこともしないから」

「レオン絶対だよ。危ないことはしないこと、騎士の方に従うこと、いい?」


 父さんは真剣な顔で俺にそう言ってくる。


「父さん、それは昨日何度も聞いたよ。それにもう子供じゃないから大丈夫!」

「そうなんだけど、まだまだ父さんにとっては子供なんだ。しっかり気をつけるんだよ」

「うん。ちゃんと気をつけるよ」

「……お兄ちゃん。帰ってきたらお話聞かせてね」


 マリーもしばらく会えないということに少しだけ寂しそうだ。うぅ……マリーにそんな顔をされると遠征に行きたくなくなる。


「もちろんだよ。帰ってきたらどんな旅だったかお話しするからね。マリーは俺がいない間、母さんと父さんをよろしくね」

「……うん!」


 そうして家族皆と話してから、従業員の方に体を向けた。


「皆、俺が遠征に行ってる期間についてはこの間話した通りだからよろしくね。アンヌ、ロニーもいないから俺達が帰ってくるまでは店長代理としてよろしく」

「かしこまりました。精一杯努めさせていただきます」

「うん、頼んだよ。じゃあロニー、行こうか」

「うん!」

「じゃあ、行ってきます!」


 そうして俺とロニーは馬車に乗り込んだ。

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