第219話 皆で引っ越し
ニコラ達はどうだろうか。ニコラは兵士になりたいらしいから中心街でも大丈夫だろうけど、問題は道具屋だよね。道具屋は中心街の中にもあるんだけど、大きな商会がやっているから個人店は難しい。中心街すぐ近くの市場にはあるから、そこにお店を移してもらうのかな……?
「ロジェ、中心街のすぐ近くに市場があるけど、そこに引っ越してもらうのでも問題ない? やっぱり中心街の中がいい?」
「そうですね……あの場所ならば問題ありません。中心街の中より安全性は劣りますが、それでもこの場所と比べたらかなりの差がございます。すぐに駆けつけられる距離ですし、兵士の見回りが頻繁に行われていますので問題ないでしょう」
「それなら良かった。じゃあおじさん達には、市場に引っ越してもらうってことで話を進めるね」
後は本人達の意思次第だな。引っ越すのは嫌だと言われてしまったら仕方がない。その時の対応策は……、また考えよう。今はとりあえず話をしてみてだ。
そう結論づけて、俺はマルセルさんと親しげに話している母さんと父さんに話しかけた。
「母さん父さん。できればおじさん達にも中心街に来て欲しいと思うんだ。やっぱり危険だと思うから……。話をするために皆を呼んで来るね」
「そうね。来てくれるのなら母さんも嬉しいわ。近くに知ってる人がいないのも心細いもの」
「そうだよね。レオン、父さんが皆を呼んでくるよ。落ち着いたら話をするって約束したんだ」
「そっか、じゃあお願いするね」
「うん。ちょっと待ってて」
そうして父さんがおじさん達を呼びに行ってくれて、数分後リビングに戻ってきた。おじさんとおばさん、ニコラとルークもいる。
「ロアナ……食堂の様子を見たわ。なんて言ったらいいのか……」
おばさんはリビングに入ってくるなりそう言って、自分の家が襲われたように泣きそうな顔をしている。
「サラ、私たちは怪我もないし大丈夫よ」
「マリー、マリーは怪我してないのか!?」
ルークは一直線にマリーのところに向かった。
「うん! 皆が守ってくれたから大丈夫だよ」
「そっか……良かったぁ〜」
「レオン、何があったんだ?」
ニコラは厳しい顔で俺にそう聞いてくる。
「俺を狙った犯人が、家族を攫おうとして食堂を襲ったんだ」
話が重くなりすぎないように、少しだけ軽い口調でそう言った。しかしおじさん達は、俺のその言葉に一気に顔を強張らせた。
「レオンが、狙われてるのか?」
おじさん達に全属性のことは話せないから、上手く説明しないと。俺は本当のことを言えない罪悪感を抱えつつ、それを悟られないように口を開く。
「……うん。俺って平民にしては頭がいいでしょ?」
「それ、自分で言うのか?」
俺がそう言うと、ニコラは途端に呆れた顔になった。良かった、ちょっと緊張感が解けた。
「事実だからね」
「まあ、確かに。王立学校ってところに入れるぐらいだからな」
「そう。それでね、平民の俺が王立学校に通って活躍してるのが迷惑な貴族もいるんだ。だから俺を排除したくて家族を狙ったり、逆に俺の力が欲しくて家族を狙ったり、そういうことをされてるんだよ」
「……頭が良いのも、大変なんだな」
「そうなんだよ。それでここからが本題なんだけど……、もしかしたら皆も危険かもしれないんだ。巻き込んで本当にごめん!!」
俺はそこまで言って、皆に深く頭を下げた。俺の存在がここまで皆に迷惑をかけるってなると、やっぱり落ち込む。
「俺たちも、危険、なのか?」
おじさんが恐る恐るそう聞いてきた。
「犯人もわからないしどこまで危険かはわからないんだ。でも皆は俺の家族と仲が良いし、頻繁に家を行き来してるし、危険がないとは言えない。ごめんね……」
俺はおじさんに、皆に申し訳なくて、俯きながらそう言った。するとおじさんはいつものように激しく頭を撫でてくれる。
「ちょっ、ちょっと、おじさん!」
「子供がそんな顔するんじゃねぇよ。……辛かったな」
「おじさん……、ありがと」
「それで、俺達はどうすればいいんだ? 何か話があるから呼んだんだろ?」
「うん。……あのね、俺たちは皆で中心街に引っ越すんだ。それでおじさん達も、一緒に来てくれない……?」
「俺達が、中心街に行くのか?」
おじさんは凄く驚いたようにそう言ったきり、難しい顔で黙ってしまった。
「無理、かな?」
「いや、無理というか想像もできねぇよ。中心街は貴族様がいるところだろ? そんなところに俺らみたいなのが行ってもいいのか?」
「貴族もいるけど平民もたくさんいるよ。でも中心街の中で暮らすとなると、少しは礼儀作法を学ばないといけないかも」
「礼儀作法なんて、全くわからねぇぞ? それに、仕事はあるのか?」
「うん。仕事は紹介できる。おじさん達が道具屋を続けたいのなら、道具屋を中心街に移すこともできるよ」
俺がそう言うと、おじさんは途端に興味深そうな表情に変わった。
「中心街に、道具屋を開けるのか? 俺が?」
「うん。厳密には中心街じゃなくて、中心街のすぐ近くにある市場の中になると思うけど」
「それは……、ちょっと惹かれるな」
「本当?」
「ああ、そうだ。――ルークはどう思う?」
おじさんは一人でしばらく悩んでいたけど、突然ルークに話を振った。
「え!? 俺?」
「ああ、お前は道具屋を継いでくれるんだろう? それならお前の意見も聞かないとな」
「でも、俺、わかんねぇよ。中心街なんて行ったことないし……。でも、マリー達は中心街に行くんだろ? それなら、俺も、行きたいというか……」
ルークは後半聞き取れるかどうかぎりぎりの音量でそう言った。そうだ、ルークはマリーのことが好きなんだよね。それは離れたくないだろう。
今まで強張った顔をしていた大人たちも、ルークのその言葉に一気に顔が緩む。ただマリーは全く気づいていない様子だ。ルークがちょっと不憫に思えてきたよ。
「そうか、じゃあ俺達も行くか!」
おじさんはそんなルークの様子を見て、ニカっと笑ってそう言った。そしてルークの頭をガシガシと撫でている。
「ちょっと、父ちゃん!」
「おじさん、そんな簡単に決めちゃっていいの?」
「ああ、別にどこにいるかは関係ねぇからな。家族皆が元気でいられればそれでいい!」
……おじさん、マジでかっこいいよ。
「サラも付いてきてくれるか?」
「ええ、もちろんよ」
「ニコラはどうだ?」
「俺は中心街に行けるのなら嬉しいな。兵士はどこでもなれるし」
「そうか、なら決まりだな。レオン、俺達家族も連れて行ってくれるか?」
そうしておじさん達は皆、俺に向かって笑顔を向けてくれた。俺は……、本当に優しい人たちに囲まれてるな。
「もちろんだよ。逆に巻き込んじゃってごめんね。もしよければ、これからも、仲良くして欲しい、な……」
俺が緊張しつつそう言うと、おじさんは俺の頭を少し優しく撫でてくれた。
「これからもニコラとルークと仲良くしてやってくれな」
「……うん!」
そうして、おじさん達も中心街に引っ越すことが決まった。これで皆の安全が担保できる。そう思うとかなり安心した。
あと危険があるとしたら親戚達だけど、そこはほとんど交流がないからそこまで危険じゃないと思う。ロジェに聞いたら影はついているらしいし、引っ越してもらうほどじゃないだろう。
「じゃあ早速、引っ越し準備をしないとだな」
「そうね。馬車は借りられるかしら?」
「そうだな。確かあそこのうちは馬車があったよな? ほら、大通りを入って少し行ったところにあるでかい家だ」
「ああ、あのお店ね。確かにあったかもしれないわ。借りられるか聞いてみましょうか」
「そうするか」
二人がそんな会話をしているのが耳に入り、俺は思わず口を挟んだ。馬車は俺が用意すべきだろう。
「おじさんおばさん、馬車は俺が準備するから心配いらないよ。ロジェ、馬車って借りられるよね?」
「はい、公爵家の馬車をお使いください」
「だって。だから心配しないで」
そうして俺がロジェに確認を取ると、二人は驚いたようにロジェを見た。
「レオン、そういえばその人は誰だ? さっきまで色々あって聞きそびれてたが……」
「紹介してなかったっけ。この人はロジェ、俺の従者だよ」
「ロジェと申します。レオン様にお仕えしております。よろしくお願いいたします」
ロジェはそう言って丁寧に頭を下げた。その様子におじさん達は唖然としている。
「レ、レオンにはこんなにすげぇ人が付いてるのか? 従者って、貴族様に付いてる色々やる人のことだろ?」
「うーん、その認識で間違ってはいないかな。俺の世話をしてくれたり手助けしてくれる人だよ」
「なんか、よく分からないけどレオンって凄いんだな」
ニコラには少しだけ尊敬したような顔でそう言われた。
「そんなことないよ。まあそんなに気にしないで、ロジェもよろしくね」
「あ、ああ、ロジェさん? 俺はベンって言うんだ。よろしくな」
おじさんはそう言ってロジェ向けて手を差し出した。ロジェはそれに一瞬困惑したような表情を浮かべながらも、ゆっくりと手を差し出す。
「よろしくお願いいたします」
「ロジェさん、私はサラよ」
そうしてロジェとおじさん達の初対面の挨拶が終わり、今後の予定を決めておじさん達は家に戻って行った。公爵家の馬車が数日後に迎えにくる予定に決まったので、これから急いで引っ越しの準備をしてくれるらしい。
とりあえずはおじさん達もうちの家族も、皆公爵家の屋敷に仮住まいをしてもらうことになる。
でも、できる限り早くお店を整えて住居も決めるべきだよね。またやること増えたけど、これは俺がやらなければいけないことだ。最優先でやろう。
「母さん父さん、おじさん達は数日かけて引っ越しするけど、うちは今日中に引っ越すのでもいい?」
俺は話の行方を静かに見守ってくれていた二人にそう問いかけた。
「いいけど、今日中になんて引っ越せるかしら? 荷物がたくさんあるわよ?」
「うん。俺の魔法を使えば全部仕舞えるから」
おじさん達には全属性を明かしてないから使えなかったけど、家族の引っ越しにならアイテムボックスが使えるから引っ越しもすぐに終わる。
「確かにそうだったわね」
「じゃあ、荷物をレオンにお願いしても良いかい? それなら今すぐにでも引っ越せるよ」
「うん! とりあえず全部持っていくから、向こうで必要な荷物を選んでね」
「分かったわ」
そうして俺は、家中にある荷物を端からアイテムボックスに仕舞い始め、一時間ほどで全てを収納した。
「これで大丈夫かな?」
「え、ええ、いつ見ても凄いわね……」
「お兄ちゃん凄い!!」
「レオンありがとう」
皆はガラッとした家の中を見回しながら、少し呆れたような表情だ。イアン君やロジェ、マルセルさんまでそんな表情をしている。
「じゃあ中心街に行こうか。イアン君達はどうするの?」
「俺は一緒に中心街に行くよ。護衛の任は続くから」
「そっか。もう一人の方は?」
「私はお隣のご家族の護衛として残ります」
「……そうなんだ。よろしくお願いします」
イアン君の隣にいた男性が初めて声を発して、驚きで反応が遅れてしまった。でも、優しそうな声だったな。
「じゃあ、これから移動する人数は七人かな? ロジェ、全員乗れる?」
「はい。荷物もございませんので、問題なくお乗りいただけます」
「それなら早速向かおうか。もう時間も遅くなってきたし」
外はかなり暗くなってきている。これから中心街に向かったら、着いた頃には寝る時間だろう。途中で屋台に寄って夕食かな。
「夜ご飯は途中の屋台で食べようか」
「え!? お外でご飯なの!?」
「そうだよ。何か食べたいものがある?」
「串焼き! 串焼きが食べたい!」
マリーは外でご飯を食べられるという事実に大興奮だ。うちは食堂をしているから、基本的には家でご飯を食べる。外でのご飯はかなり貴重なのだ。
「串焼き美味しいよね。少し馬車で進んでから夕食にしようね」
「うん!」
そうして俺たちは、皆で馬車に乗り込んで中心街に向かった。もうここへ来ることはなくなるんだと思うと寂しかったけど、家族皆とまた近くで暮らせるのは嬉しくて、なんだか複雑な気持ちで馬車に揺られた。
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