第218話 マルセルさん

「ロジェ、隣の道具屋の人たちとはかなり仲が良いんだ。おじさんとおばさんと、ニコラとルークっていう同い年の友達もいるんだけど……狙われないかな? 後はマルセルさんもこの家に頻繁に来てたんだけど……」


 この家に頻繁に出入りしてた人は危ないよね。多分調べられてるんだろうし……


「存じ上げております。ロンコーリ様とそちらのご家族にも影がついておりますので、とりあえずはご安心ください。しかしできるのならば、中心街に来ていただけると守りやすくありがたいです。中心街ならばすぐに増援も呼べますし……」


 確かにそうだよね。ここだと報告に行くだけでかなり時間がかかってしまう。増援が来る頃には全てが終わっているだろう。

 やっぱりニコラ達とマルセルさんには中心街に来てもらいたいな。マルセルさんの家の方が少し距離があるし、とりあえずそっちから行こう。影が護衛してくれてるって言っても、やっぱり心配だし。


 でも確か、マルセルさんは中心街にいるのは嫌だから、王都の外れに工房を建ててもらったんだよね。家族との仲も良くないし貴族社会も嫌だから、老後ぐらいはのんびりしたかったって言ってた気がする。

 そうすると、マルセルさんに中心街に来てもらうのは申し訳ないな……。どうしようか、危険を許容するか安全をとって嫌な場所に居てもらうか。かなり難しい選択だ。


 ……これは、直接本人に聞いてみるしかないかな。


「ロジェ、もしマルセルさんが中心街に行きたくないって言ったら、それでも守ってもらうことはできる?」

「はい。中心街に来ていただいた方がより安全というだけで、守れないということではありませんのでご安心ください」

「良かった、ありがとう。じゃあとりあえず、マルセルさんに直接聞いてくるよ。転移を使ってもいい?」

「はい。ここでなら問題ありません」

「分かった」


 俺はそうしてロジェに答えた後、家族皆の方に体を向けた。


「皆、まずはマルセルさんに事情を話してくるね。そして帰ってきたらニコラ達にも話すよ」

「わかったわ。母さん達はここで待ってればいいの?」

「うん。ちょっと待ってて欲しい」

「急がなくても良いからちゃんと話してくるんだよ」

「うん! じゃあ行ってくるね」



 そうして俺はマルセルさんの工房に転移した。転移先は工房の中に直接だ。転移する時は工房にしろと、マルセルさんに言われたのだ。


 工房の隅に転移すると、マルセルさんは机に座って熱心に何かを書いていた。設計図とかかな?


「……マルセルさん、レオンです」


 驚かせないように小声でそう話しかけると、マルセルさんは既に転移のことを知っているからか、ほとんど驚かずに顔を上げた。しかしすぐに首を傾げる。


「……レオン? 今は学校の時間じゃないか?」

「はい。実は緊急事態で学校は早退しました」

「何があったんじゃ?」

「俺の実家が何者かに襲われたんです」

「な、なんじゃと!?」


 俺がそう言うと、マルセルさんは大声で叫びながらガタンッと大きな音を立てて立ち上がった。


「マ、マ、マリーちゃんは、無事なのか!?」


 そして、俺から見てもヤバいほどに狼狽えている様子だ。マリーのことをそんなに心配してくれるのは嬉しいんだけど……、流石にマリーのこと好きすぎじゃないですか?

 俺は思わずジト目になりつつ答えた。


「皆無事です。なので安心してください」

「そ、そうか。それなら良かったわい。マリーちゃんも無事なんじゃな?」

「はい。……マルセルさん、マリーのこと大好きですね? マリーはあげませんからね?」

「べ、別にもらおうなんて思っとらんわ! ただ、一番好きなおじいちゃんだと思ってもらえたら、まあ、嬉しいな」


 なんかマルセルさん、キャラ崩れてません? マリーとの出会いで崩れすぎてませんか?


「うぉっほん、それで、何用だ? わしをお主の家に連れて行ってくれるのか?」


 めちゃくちゃわざとらしく話を変えたよ。というかこの後真剣な話があるのに、マルセルさんのおかげで雰囲気が緩んじゃったじゃないか。


 俺は緩んだ雰囲気を変えるように、真剣な表情を作り一つ咳払いをした。


「オホンッ……実は、マルセルさんの身の安全についてのお話があります」

「わしの?」

「はい。今回実家を襲った犯人の目的は、家族を攫って俺を誘き出すことだったんです。なので今後は……、マルセルさんも危険な状態になるかもしれません」

「ふぅ〜、なんだそのことか。もっと重大なことかと緊張したわい。それならレオンと出会ってからずっと考えていたことじゃよ」


 マルセルさんは、少しホッとしたような表情でそう言った。


「……そうなんですか?」

「少し考えれば、わしが狙われる可能性には思い至るからな」

「……すみません、巻き込んでしまって」

「いいんじゃよ。レオンのせいじゃない」


 マルセルさんはそう言って、今度は優しく微笑んでくれた。


「あの、マルセルさんは中心街にいるのが嫌だから、王都の外れに工房を建ててもらったんですよね?」

「そうじゃな」

「そんなマルセルさんに本当に申し訳ないんですけど、もし良ければ……、中心街に来てもらえませんか? 私の家族も来るんです。中心街の方が安全ですし守りやすいので……」


 俺が申し訳なさから少し俯きつつそう言うと、マルセルさんはあっさりと了承の意を示した。


「良いぞ」

「やっぱり嫌ですよ…………え!? いいんですか!?」

「ああ、もちろん良いぞ」

「え、でも、中心街は嫌だったんじゃ?」

「もちろん貴族社会が面倒くさいというのもあるが、一番はそこまでして近くにいたい者がいなかったから離れたんじゃよ。今はその面倒くささを許容しても、レオンの家族の近くにいたいからな。もちろんお主の近くにもじゃぞ」


 マルセルさん……

 俺はマルセルさんのその言葉に感動して、思わず泣きそうになっていた。なんか、一度泣いたら涙腺弱くなったかも。気をつけないとだ。


 それにしても、マルセルさんには本当に助けられているな。物理的にも精神的にも助けられてる。

 マルセルさんは、軽口も言い合えて真剣な話もできて、さらにものづくりの相談もできて、おじいちゃんであり師匠である感じなんだ。

 そんなマルセルさんが近くにいてくれるってなったら、予想以上に嬉しいし安心するかも。


「……マルセルさん、ありがとうございます。俺もマルセルさんが近くにいてくれたら嬉しいです。たくさん相談したいこともあるんです」

「ああ、いつ相談してくれても構わんよ。……また忙しくなるな」


 マルセルさんはそう言いつつ、凄く嬉しそうな顔をした。


「そうですね。忙しいけど楽しくなりそうです」

「ああ、そうじゃな」


 そうして二人で顔を見合わせて、笑い合った。マルセルさんと出会えて本当に良かった。


「じゃあ、今からうちの食堂に来てもらえますか? 危険なのでできる限り早くに移動して欲しいんです。あっ、でも荷物の整理とかありますよね。それだと数日後とかが良いですか?」

「……いや、レオンのアイテムボックスを借りても良いなら今すぐでも良いんじゃが」

「それはもちろん、いくらでも使ってください。でもこんなに急で良いんですか?」

「別に何日もかける意味はないじゃろう?」

「……そうですか?」

「そうじゃよ。よしっ、どんどん荷物を仕舞ってくれるか?」


 そうしてそれから三十分ほどかけて、マルセルさんの家にあるものを粗方アイテムボックスに仕舞い終えた。

 もっと時間がかかるかと思ってたけど、マルセルさんは工房以外にほとんど物を持ってなかったので、かなりスムーズに終えられたのだ。


「これで最後じゃな」

「はい。意外と少ないですね」

「わしは一人暮らしじゃからな。そんなに物はいらないんじゃよ」

「そうなんですね」

「じゃあ行くかのぉ」

「わかりました。では俺の家に転移します」


 そうしてマルセルさんを連れて、俺はまた実家のリビングに戻った。すると皆はロジェが入れたお茶を飲んでいるところだったようで、リビングには和やかなムードが漂っていた。


「あっ、レオンやっと帰ってきたのね」

「お兄ちゃん遅いよ!」

「ごめんごめん。マルセルさんも中心街に来てくれることになって、荷物を全部仕舞ってたんだ」

「え、マルセルおじいちゃんも中心街に来るの!?」

「ああ、マリーちゃんが住む所の近くじゃよ」

「やった〜!!」


 マリーはマルセルさんも一緒に行くことに大喜びだ。マルセルさんはそんなマリーにデレデレな様子。

 マルセルさん、ノックアウト早すぎます。わかりますけどね、マリーの可愛さに抗えないのはわかりますけどね。


「レオン様、ロンコーリ様も中心街に来ていただけるのですか?」

「うん。荷物も全部アイテムボックスに仕舞ってきたから、すぐにでも行けるよ」

「かしこまりました。では後は、隣に住む方々ですね」

「そうだね」

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