第213話 ヨアンの要望
魔法の検証をしてから数週間。
俺は基本的にのんびりと学生生活を謳歌していた。放課後には、魔法具研究会の教室で皆と魔法具談義をしたり普通に雑談をしたりと、のんびりとした時間を過ごした。
さらに回復の日には転移魔法を使って実家に帰り、マリーと森に行ったり家族皆でご飯を食べたりした。マルティーヌ達と頻繁にお茶会をやる時間も確保できるようになった。
そんな今までの生活と比べたらかなりゆったりとした毎日を過ごしていたある日、ヨアンにお店に来て欲しいと呼ばれた。
「ロジェ、ヨアンはなんの話があるか言ってた?」
「いえ、ただ相談があるとだけ伺っております」
「そっか」
じゃあ、ケーキが出来上がったわけじゃないのかな?
「何か問題かな?」
「そうですね……、何か困り事があるような雰囲気でしたが、そこまで深刻な様子ではありませんでした」
「そうなんだ……」
ヨアンの仕事に大きな問題があったら、お店が開店できるかどうかの問題になる。ちゃんと話を聞かないとだな。
そうしてロジェと話しつつ馬車に揺られ、お店に辿り着いた。
馬車を降りて厨房に向かうと、厨房には必死にクリームを塗っているヨアンと、その手伝いをするポールとリズがいる。凄く真剣な様子だ。これは……、まだ話しかけない方が良いな。
俺はヨアン達がキリの良いところまで作業を進めるのを待ち、それから声をかけた。
「……ヨアンお疲れ様。ポールとリズもお疲れ」
「レっ、レオン様、いつからそこに!?」
本当に気づいてなかったんだな。凄い集中力だ。
「数十秒前ぐらいだよ。そんなに待ってないから大丈夫」
「わざわざ足をお運びくださったのに、お待たせして申し訳ございません」
「気にしないで。何かあったら気軽に呼んでくれていいから。それよりも真剣に仕事をしてくれて嬉しいよ」
「ありがとうございます」
「それで、今日は何の用だったの? 問題でもあった?」
「いえ、問題というよりも相談なのですが……。こちらを見ていただけますか?」
そう言ってヨアンが差し出してきたのは、先程真剣な様子で作っていたショートケーキだ。でも、なんか、ちょっと不恰好だ。
「どう思われますか?」
「そうだね……、ちょっと不恰好かな」
「やはりそうですよね……。どう頑張ってもこのような仕上がりになってしまうのです。そこでなんとか綺麗に塗れるようなアイデアがないかと思いまして、レオン様にご連絡いたしました」
ヨアンはそう言って、申し訳なさそうに頭を下げた。
そういえば今思い出したんだけど、日本では生クリームを塗るために台が回るんだっけ? テレビでそんなのを見たことがある。それに、生クリームで飾るための絞り袋と金具もあったはず。
……なんで今まで忘れてたんだ! それが全部なければ流石に難しいよね。
「ヨアン、本当にごめん。色々と必要なものが足りてなかったかも。ちょっと待っててくれる? 魔鉄と魔石は少し持ってるから、改善できるものを考えてみるよ」
「もう思いつかれたのですか!?」
「いや、今というか、前から少し考えてたんだ。でも忘れてて、今それを思い出しただけだよ」
「それでも凄いです!」
ヨアンが尊敬の眼差しでこちらを見つめてくる。
うぅ……俺はそんなに凄い人じゃないのに、ヨアンの評価がどんどん上がっていくよ。なんか騙してるみたいだ。ヨアンごめんね。
「そんなに凄いものじゃないよ。それで、少し従業員の休憩室を借りてもいい?」
「もちろんです! いくらでもお使いください!」
「今日は他の皆はいないの?」
「警備と給仕の者達は、勉強会をするということで早めに寮に帰りました」
「そっか、ありがとう。じゃあ休憩室借りるね」
そうして俺は従業員の休憩室に入った。他には誰もいないので俺一人だ。あっ、ロジェもいるから二人だな。
「ロジェ、これからこの部屋に誰も入れないようにしてくれる? アイテムボックスを使いたいんだ」
「かしこまりました」
ロジェのその言葉を聞いて、俺はアイテムボックスから色々と材料を取り出した。魔石と魔鉄。それから紙とインクも必要だな。
まずは考えやすそうな絞り袋から作ろう。とりあえず袋部分は、ビニールなんてないので革袋にするしかない。出来るだけ薄い革袋を使って、使い捨てにできないからピュリフィケイションで毎回綺麗にすることにしよう。
革袋はどれが良いだろうか……、うーん、とりあえずこれかな。ちょっと古いやつだけど使い込まれてるから革は柔らかい。でもいくらピュリフィケイションで綺麗にしても、これに生クリームを直接入れるのは嫌だな……。でも今日だけは仕方がないか。後でもっと適したものを見つけよう。
そうしてとりあえず革袋を決めて、ピュリフィケイションの魔法具を作り完璧に綺麗にした。よしっ、後は絞り袋の金具部分だ。
皆は俺が全属性を使えることも土魔法で鉄が作り出せることも知らないから、今回は魔鉄で作ろう。形は……なんか、ギザギザしたやつだった気がする。
とりあえず、色々作って試してもらうしかないな。丸い形、星のような形、ギザギザした形、四角、三角、ひし形、思いつく限りいろいろな形を作った。
とりあえずこれで試してもらって、出来の良いものを後で作り直そう。
よしっ、これで絞り袋は終了だな。次は回る台だ。でも回る台って……、改めて考えるとどんな仕組みだったのだろうか?
やばいかも、仕組みが一切思い浮かばない。その場で回るものと言えば、中華屋さんのテーブルとか、回る椅子とかもあったよね。でも、あれの裏側って見てみたことないし……
ダメだ、全く見当がつかない。とりあえずお盆の下にキャスターでも付けて、その下にキャスターが沿うように道を作ればいいのか?
そう考えてお店にあったお盆に魔鉄でキャスターをつけてみたけど、何か、違う気がする。
いや、でもやってみないとわからないよね。俺は自分にそう言い聞かせ、魔鉄で下に敷くレールのようなものを作り、その上にキャスター付きのお盆を置いて必死に微調整した。
その結果……何とか回るようにはなった。でもとにかく動きがスムーズじゃない。引っかかってガツッと止まるし、気づいたら脱線してるし。これだと結局生クリームがガタガタになって使えないだろう。
これキャスターじゃなくて、もっと滑らかに回るやつ何かないかな。滑らかに転がるものといったら……
そこまで考えた時、ふと魔石が目に入った。魔石って例外はあるけど基本的には球体だから、何かの中に入れたりしないとコロコロと転がっていくんだ。これ、使えないかな?
そう考えた俺は、お盆とレールの間にキャスターではなく同じ大きさの魔石を選び並べてみた。
すると、さっきよりよほどスムーズにお盆が動く。
「おおっ、これ凄い」
俺は思わずそう声に出してしまった。
これをもっと安定させて、球がどこかに飛び散らないようにすれば意外とうまくいくかも。
それからしばらく、俺は回るお盆を作るために奮闘した。試行錯誤しまくってどうにか実用できるものを作り出そうと頑張った。
「あぁ! もう無理!」
でもそんなに上手く行かなかった。俺の貧相な知識と発想力じゃ不可能だ。
とりあえず使い勝手はそこまで良くないけど、お盆がスムーズに回るという一点だけは達成できたのでそれで完成ということにしよう。……後で、マルセルさんにどう改良すればいいか相談しよう。
「レオン様、少し休まれますか?」
「ううん、大丈夫だよ。あっ、どのぐらい時間経ったかな?」
「一時間ほどです」
「もうそんなに経ったの!? じゃあヨアン達のところに戻ろう」
「かしこまりました。ではこちらの荷物は私がお持ちいたします」
「ありがとう。あっ、それ傾けたりできないから俺が持つよ」
そうしてロジェと共に作ったものを持って、厨房に戻る。
「皆待たせてごめんね」
「いえ、なにかお作りになったのですか?」
「うん。馬車にあった材料を使ったから仮のものだけどね。まずはこれから説明するね」
俺はそうして革袋と金具を手に取った。
「この革袋の小さく穴が空いてる方に金具を装着するんだ。そしてこっちの大きく穴が空いてる方から生クリームを中に入れる。そしてぎゅっと絞るとこっちから生クリームが均等に出てくるから、それで飾り付けができると思う。革袋はピュリフィケイションの魔法具で毎回綺麗にして使って欲しい」
そう説明をしてヨアンに絞り袋を手渡す。すると、ヨアンは金具の形や革袋をじっくりと観察してから口を開いた。
「これは……素晴らしいものかもしれません。試してみても良いでしょうか?」
「うん。ピュリフィケイションで綺麗にしてからね」
「かしこまりました」
そうしてヨアンが冷蔵庫から生クリームを取り出して、革袋に詰めていく。金具はギザギザしたものを付けたようだ。
「では、絞ってみます」
そして準備を整えて、生クリームをお皿の上に少し絞った。すると、予想以上に綺麗に絞れている。あり合わせのもので作ったにしては上出来だな。
ヨアンは小さく生クリームを飾ってみたり、線のように描いてみたりと色々試しているようだ。
「ヨアンどうかな? 使えそう?」
「レオン様、これは素晴らしいです!! これでとても華やかで綺麗なスイーツが作れます!」
ヨアンは紅潮した顔でそう言った。とりあえず使えそうなら良かった。
「それなら良かったよ。この金具部分を変えると生クリームの形が変わるんだ。何か欲しい形はある?」
「そうですね……とりあえずはもう少し細いものが欲しいです。それからいくつも小さな穴があるものや、このギザギザが深いものもあれば良いと思います。他には……難しいですね。実際に使ってみるとまたわかるかと思います」
「わかった。じゃあとりあえずは、今ヨアンが言ったものを作ってみるね。今ここにあるのは魔鉄で仮に作っただけだから、ここのも鉄で作り直してもらうよ」
「かしこまりました。よろしくお願いいたします!」
とりあえず絞り袋は上手くいってよかった。問題は回る台だな。
「あと、これも作ってみたんだけど……」
「これは、何なのでしょうか?」
「この上の台が回るようになってるんだ。でもとりあえず作っただけだから使い勝手は悪いと思うんだけど……」
「回してみても良いですか?」
「うん。台の下に球があるから、球が飛び散らないように注意してね」
「かしこまりました」
ヨアンはそう言って、真剣な表情で台を回し始めた。そしてスポンジケーキが載ったお皿と生クリーム、それから生クリームを塗るための細長いヘラのようなものを持ってきて、スポンジケーキに生クリームを塗り始めた。
おおっ、思ったより使えそうかも。
「意外と使えるかな?」
「レオン様……意外とどころではありません! これは素晴らしいです。これがあれば均等に生クリームを塗ることができます。仕上がりがより美しくできます!」
「本当? それなら良かったよ」
とりあえず使えるものなら良かった。でもこれは要改良だな。
「レオン様、色々と考えてくださってありがとうございます! この御恩に報いるためにも、素晴らしいスイーツを作り上げてみせます」
「ははっ、大袈裟だよ。でも楽しみにしてる」
「はい!」
そうして俺は何とかヨアンの悩みを解決して、お店を後にした。
日本にあった回転テーブル、あれどんな仕組みだったんだろう……。日本にいるときは全く気にもならなかったのに、今になって知りたい。
本当にこの世界に来て何度も思ったけど、日本にいた俺、もっと色々に好奇心持って! 周りにたくさんの凄いものや面白いものが溢れかえっていたのに、一つも興味を示すことなく過ごしてたよな……勿体なかった。
進んだ科学技術は魔法と変わらないって何かで聞いたことがあるけど、本当にそれを実感してるよ。
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