第212話 魔法具と癒し

「では皆、これにて魔法の検証は終了とする。使用人は通常業務に戻るように。それ以外の者も各自解散だ」


 リシャール様がそう言って、使用人の方々は素早く屋敷に戻っていく。ジュリアン様とフレデリック様も仕事に戻り、カトリーヌ様も屋敷に戻っていった。

 家族の皆とマルセルさんは、戻っていいのか迷っている様子だ。俺はそんな皆と一緒に屋敷に戻ろうとそちらに向かっていると、リシャール様に呼び止められた。


「レオン君、ちょっといいか?」

「はい。何でしょうか?」

「アイテムボックスと転移は、魔法具にできるのだろうか?」


 そういえば、バリアは魔法具にしてたけどその二つは作ったことなかったな。


「試したことがありません」

「では、今ここで試してみてくれないか? 今日試してもらおうと思い魔石と魔鉄は持ってきてある」

「かしこまりました。では、試してみます」

「ありがとう」


 そうして俺はリシャール様から魔石と魔鉄を受け取った。アイテムボックスと転移の魔法具となると、まず一番の問題は消費魔力量だな。転移はかなり魔力を消費するから、連結魔石を使ってもそこまで遠くへの転移はできないだろう。

 俺はそんなことを考えつつ素早く連結魔石を作り、そこに転移魔法をイメージして空間属性の魔力を込めた。とりあえず見える範囲で数十メートル先に転移できるように魔力を込めてみたんだけど……、これ、失敗しそうだ。

 なんだろう、なんとなくだけど、魔力を込める時に魔法として完成せずに、魔力だけが魔石に流れ込んでいくような感じがしたのだ。


 でも魔石は綺麗な黒になっていて、空間属性の魔力が込められているのは確実だ。

 俺は魔法が発動するのか試してみようと思い、連結魔石を右手に持ち魔鉄を左手に持ち、二つを触れ合わせた。


 …………何も起こらない。


「リシャール様、転移を魔法具にするのは難しいみたいです。なんといいますか、魔石の中に転移という魔法は入らないのです。私にも理由はわからないのですが……」

「ふむ。……そうか、それならば仕方がない。アイテムボックスの方も試してもらえるか?」

「かしこまりました」


 俺は先ほど転移魔法を込めようとして失敗した連結魔石に、今度はアイテムボックスの魔法をイメージして魔力を込めた。すると、今度はすんなりと魔力が込められる。

 こっちは成功するかも。

 連結魔石に魔鉄を触れ合わせてみると、魔石から少し上空にアイテムボックスの入り口が作り出された。


「リシャール様、アイテムボックスはできたみたいです」

「おおっ、凄いな……」

「物が入るのか試してみますね」


 俺は自分のアイテムボックスから熱々のスープを取り出して、魔法具の方に仕舞ってみた。すると問題なく収納できる。おおっ、凄い。後は取り出せるかだけど……、これって取り出せるのか試すためには、この魔法の中に腕を入れないとだよね? それは怖い……。


「リシャール様、とりあえず普通に収納できます。しかしこの中に腕を入れるのは怖いので、どうやって取り出すのかが問題ですね。人間は中に入らないという確証が持てれば良いのですが……」

「確かにそうだな。レオン君、その魔法具を預からせてくれないか? 厳重に保管して決して悪用しないと誓おう。そして、人間が中に収納されるのかされないのか、された場合どうなるのか。それから魔法具でも時間停止機能はあるのか、どの程度の量を収納できるのか。さらに魔力が切れた場合中に収納されたものはどうなるのか。これらの検証をしたいと思っている」


 人間が収納されるのか検証するって……、実際に人間でやるってこと……?


「人間が収納されるかって、実際に試すのですか……?」

「ああ、死刑を受ける者で試すことになるだろう」


 死刑を受ける者で試すのか……、それって、ありなのかな。この世界では普通にありなんだろうな……

 死刑を受けるほどの重罪を犯した人なんだから、同情する余地なんてないのだろう。でも、こんな実験みたいなことで死んじゃうかもしれないなんて、しかもそれが俺の魔法によってだなんて……


 自分が間接的にでも人を殺してしまうかもしれないと考えるだけで、怖くて手が震える。

 でも、これは乗り越えないといけないことだ。さっきマルティーヌとも頑張るって約束したんだ。


 俺は震える手をぎゅっと握りしめてなんとか震えを止めて、魔法具をリシャール様に渡した。


「よろしく、お願いします」

「ありがとう。結果は改めて報告する」

「はい」


 そうしてこの世界の厳しさや俺の弱さを痛感した魔法の検証は、完全に終わった。


 リシャール様は俺が震えているのがわかったからなのか、魔法具を受け取った後労わるような視線を向けてくれたが、俺の後ろをチラッとみるとそちらに軽く頭を下げて屋敷に戻って行ってしまった。

 その様子に不思議に思い後ろを振り返ると、そこには母さんと父さん、マリーがいた。


「お兄ちゃん、大丈夫? お顔が真っ青だよ?」


 そう言って俺の手を握ってくれたマリーの手はとても温かくて、俺は自分の手が冷え切っていることを今更実感した。


「マリーありがとう」


 マリーは凄い。マリーが触れて温かくなった手のひらから、じんわりと全身がほぐれていくような気がする。そこで全身にも力が入っていたことに気づく。


「お兄ちゃん冷たいね」

「うん。でもマリーのおかげでどんどん温かくなってるよ」

「それなら良かった!」

「うん。本当にありがとう」


 俺はマリーにそう言って、マリーをぎゅっと抱きしめた。


「ちょっとお兄ちゃん、苦しいよ?」

「でもお兄ちゃん寒いんだ。ちょっと我慢して温めてほしいな」

「もう〜、しょうがないなぁ〜」


 マリーは少し不満気にそう言いつつも、俺をぎゅっと抱きしめ返してくれた。

 マリーは俺の癒しだ。マリーがいると強張った心もするっと解けていく。マルティーヌに対してとはまた違う感情だけど、マリーのことも大好きだ。


「マリー、今日は楽しかった?」

「うん! 魔法凄かったの! 転移ってやつ! またやりたいなぁ」

「マリーがやりたい時はいつでもやってあげるよ?」

「本当!? じゃあ今! もう一回!」


 マリーはキラキラと期待した瞳を俺に向けてくる。俺はその様子に自然と笑みが溢れた。


「ふふっ……そんなに楽しかった?」

「うん、すっごかった! 気づいたら別の場所にいるんだよ!」

「じゃあもう一回やろうか」


 俺はそう言ってマリーの両手を握りしめ、母さんと父さんの後ろ側に転移した。そしてマリーにしーっと唇に手を当てて静かにするように言って、母さんと父さんを指差す。二人は突然消えた俺たちをまだ見つけられてないみたいだ。

 するとマリーは俺の言いたいことが分かったのか、キラキラした瞳で大きく頷いてくれた。


「せーのっ」


 俺はかろうじてマリーに聞こえるぐらいの声量でそう言って、マリーと共に母さんと父さんに後ろから抱きついた。


「わぁ!!」

「きゃっ、ちょっと、レオン!」

「うわぁ、っと、マリー?」


 二人はかなり驚いた様子で声を上げたが、後ろを振り向いて俺達だとわかると、すぐに安堵のため息を吐いた。母さんはちょっと怒ってるけど。


「びっくりするじゃない!」

「はははっ、ごめんね。母さん凄く驚いてたよ」

「もうっ、驚かすのはダメって言ってるのに」


 母さんはそう言いつつも、顔は笑顔だ。


「きゃ〜、父さん凄い!」


 マリーは父さんに捕まって抱き上げられたようで、キャッキャっと楽しそうだ。

 その様子を見て俺の顔にはまた笑みが浮かぶ。その頃には身体中がぽかぽかと温かくなって、気持ちも晴れやかになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る