第206話 家族のお店見学
しばらく馬車に揺られていると、スイーツ店に着いた。お店には馬車を停められるスペースがないので、大通りの端に馬車が止まる。
基本的に中心街の全てのお店は馬車の駐車スペースはなく、前の通りに馬車を停めてお店を利用する。短時間の利用なら馬車はそのままで、長時間の利用ならば馬車は中心街のあちこちにある馬車を停めるスペースに向かうことがマナーだ。
そうして馬車がお店の前に止まり俺たちが馬車から降りていくと、お店からアンヌとキアラ、エマが出てきてくれた。
実は俺の家族がお店に行くからスイーツの準備をよろしくと頼んだ時、アンヌに給仕の練習もさせてほしいと言われたのだ。俺の家族だと貴族とかけ離れすぎていて練習にならないのではないかと思ったけど、態度が良い貴族ばかりではないから様々なお客様へ対応するための練習と言われたら、頷くしかなかった。
確かにいるよね。権力振りかざすような貴族とか、自分の主張が全て通ると信じて疑わない貴族とか、考えるだけでめんどくさい。
でも、そんな貴族の対応もしないとだからな。俺もちゃんとどう対応するのか頭に入れておかないと。
「ようこそお越しくださいました。どうぞ、店内へお入りください」
三人が声を揃えてそう言うと、俺の家族はビクッと反応して一歩後ずさった。確かに、びっくりするよね。
「レオン、このお店が本当にあなたのお店なの?」
「そうだよ。じゃあ中に入ろうか」
「うん! お兄ちゃんのお店、すっごく可愛いし、すっごくかっこいい!!」
「本当? マリーありがと〜!」
もうマリーに褒められただけで、今まで頑張ってきた甲斐あったな。嬉しすぎる。
そうして緊張感の全くない俺とマリーに続いて、いつも通りのロジェ、それからかなり驚いた様子のマルセルさん、さらに緊張している様子の母さんと父さんが続き店内に入った。
店内に入るとマリーが一際楽しそうな声を出す。
「わぁ、何これ。この大きいの綺麗! 中に何か入ってる?」
「これはショーケースだよ。この中は冬みたいに寒くなってて、そこで作ったスイーツを保管してるんだ」
ヨアンが気を利かせていくつかスイーツを入れてくれていたみたいだ。うん、こうしてみてもこのショーケースいい出来だな。頑張って調整しただけある。
「これは、随分と形を変えたんじゃな」
「そうなんです。こうしたほうがお客様から見やすいと思って。それから重くて重厚な感じもなくなりますし」
「確かにそうじゃな。この店の雰囲気と合ってるわい」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
「それに……この部屋は冷風機で冷やしとるな」
「はい! 冷風機もしっかり使ってます」
今のところ好感触みたいで良かった。これなら大きな問題はなさそうだな。
「じゃあ皆、席に座ろうか? 厨房とか裏側は後で案内するとして、まずはスイーツを食べよう?」
「食べる〜!」
「では、お席にご案内いたします」
そうして俺たちはキアラの案内で席に座った。するとすぐにスイーツが運ばれてくる。
「本日のメニューはスイーツの盛り合わせでございます。こちらがスポンジケーキの生クリーム添え、こちらが生クリームクレープ、こちらがバター蜂蜜クレープでございます。ごゆっくりとお召し上がりください」
そうして皆が給仕してくれたお皿には、三つのケーキがとても綺麗に飾られていた。凄い、ヨアンのセンスが凄すぎる。もうここまで綺麗なプレートを作れるようになっていたなんて……
スポンジケーキの生クリーム添えは、焼いたスポンジケーキをちょうど良い大きさに切り、そのそばに生クリームを添えただけだ。多分まだ生クリームを塗ったりが上手くいってないのだろう。しかし生クリームと共にフルーツも飾られていておしゃれになっている。多分これだけでも商品化できるな……
そして生クリームクレープ、これは驚きだ。見た目は完全にミルクレープになっている。一番上は生クリームではなく何かのジャムが塗られているようで、凄く美味しそう。見た目も良い。うん、これも商品化できそうだ。
最後はバター蜂蜜クレープ。これはずっと屋台で売っていたものだ。しかしクレープの畳み方や盛り付け方を工夫しているので、屋台のものと同じには到底見えない。
これも貴族向けのクレープとしてもう少し豪華にすれば商品化できそうだ。
……ヨアン本当に凄いな。ヨアンと出会えたことで運を使い果たしたんじゃないかってぐらい凄い人材だ。ヨアンが作ったスイーツをちゃんとリスト化して、名前もつけていかないとだな。
「じゃあ皆食べようか。一応ここでは左手にフォークを持って右手にナイフを持って、こんなふうに切り分けながら食べるんだけど……まあ、皆は難しいと思うからフォークだけで食べるので良いよ。とにかく味わって楽しんで食べよう! じゃあ、いただきます」
「いただきます!」
そうして皆で美味しそうなスイーツを食べ始めた。俺はまず、ミルクレープからいただく。
一口サイズにカットしてミルクレープを口に運ぶ。うわぁ……これ本当に美味しい。クレープが何層にもなったことによる食感も楽しいし、何より一番上にかかっていたジャムが良いアクセントになっている。生クリームも甘すぎなくて……うん、美味しすぎる。
「マリー、美味しい?」
俺はスポンジケーキをフォークで頑張って食べていたマリーにそう聞くと、マリーは口の周りに生クリームをつけながら満面の笑みを浮かべてくれた。
「うん! これ今まで食べたものの中で一番美味しい!」「それは良かった。母さんと父さんはどう?」
「本当に、本当に美味しいわ!」
「これ、何で作られてるんだい? なんでこんなに甘くて美味しいのに、ふわふわでとろけるような食感で、うん、とにかく美味しすぎるよ」
母さんはミルクレープを食べてとろけるような笑みを浮かべ、父さんはスポンジケーキを食べて好奇心旺盛な顔をしている。うん、皆気に入ってくれたみたいで良かった。
ロジェとマルセルさんの方を見ると、二人とも優雅に、でもかなりのハイペースで食べすすめている。
ロジェはいつもの無表情が完全に崩れて口角が上がり、目を瞑ってケーキを食べつつ至高のひと時を楽しんでいるようだ。
マルセルさんは、ミルクレープの食感が気に入ったのか、ミルクレープを食べる手が止まらない様子だ。
「ロジェ、美味しい?」
「はい。これらのスイーツは、本当に美味しいです。甘いだけではなく絶妙な甘さの中にある酸味。口の中でとろけるような、それでいて満足感のある食感。他にもたくさんの素晴らしいところがあります。素晴らしいところを挙げ始めたらキリがありません」
「そ、そう。そこまで言ってくれて嬉しいよ。ありがとう」
ロジェは相当ケーキが気に入ったみたいだな。この前の試食の時から、ケーキを食べると途端に饒舌になるしキャラが変わるんだ。
まあ、ロジェが好きなものが増えたのなら良かった。
「マルセルさん、お口に合いましたか?」
「ああ、これは美味しいなんて言葉では言い表せないほど素晴らしいものだ。このお店は貴族向けなんじゃな?」
「そうです」
「多分相当流行る。覚悟すべきじゃな。混雑対策なども考えたほうが良い」
そこまでなのか……ロジェにもそう言われたよな。謙遜なんてせずに、お客さんが殺到する予定で準備したほうが良いかも。
「はい。そうします」
そうして皆でスイーツを堪能して、その後少し休んでから、俺は皆にお店の中を案内することにした。ついでに従業員の皆を紹介していく。
「皆、最初に迎えに出てきてくれた三人が左からアンヌ、キアラ、エマ。給仕担当の三人だよ。それからお店の入り口に立っているのがドニとエバン、お店の奥にいるのがリビオ。警備担当の三人だよ」
俺がそう言って、お店にいる従業員を紹介していくと、皆が軽く自己紹介をしてくれた。そして店舗側を全て案内したところで、カウンター裏に入っていく。
「ここが厨房なんだ」
中に入ると、片付けをしていた料理人の三人がいた。
「一番奥にいる大きな人がヨアン、その隣の女の子がリズでその隣の男の子がポール。皆料理人だよ」
俺がそう言うと、マリーはヨアンのところに一直線に走って行き、ヨアンの足にガシッと抱きついた。
「おじちゃんがあれ作ったの? すっっごく美味しかった!!」
マリーがヨアンに抱きついたままキラキラした瞳で見上げてそう言うと、ヨアンは完全に固まった。多分今までその外見から子供に好かれることはほとんどなかったんだろう。マリーは隣のおじさん然り、大きくて筋肉ムキムキな感じの人が好きだからな。
「ヨアン、大丈夫?」
俺がそう声をかけると、ヨアンはやっと我に返りマリーの前にしゃがみ込んだ。
「レ、レオン様の妹さんか? ありがとな」
ヨアンがそう言ってぎこちなく頭を撫でると、マリーは満面の笑みを浮かべた。
その笑顔を真正面から見てしまったヨアンはもうデレデレだ。強面なんて面影もなくなるほど顔が崩れている。
マリー、怖い子だ。
「本当に美味しくてびっくりしたの! ふわふわで口の中でとろけちゃう甘いやつ、あれが一番好き!」
「スポンジケーキか? 少し残ってるから食べるか?」
ヨアンはそう言って、冷蔵庫から残っていた切れ端を取り出した。多分後で皆で食べるつもりだったのだろう。
良いのだろうか? そう思いつつも、ヨアンが凄く嬉しそうにしているから口を出すのはやめておいた。
「食べて良いの!?」
「ああ、切れ端でごめんな」
「おじちゃん大好き! ありがと!」
マリーはそう言って、ヨアンからお皿を受け取りケーキを食べ始めた。うん、マリーが幸せそうだからなんでも良いや。
そうしてマリーに翻弄されつつもお店の見学は進み、最終的に皆がマリーにデレデレになったところで見学は終わった。やっぱりマリー最強だな。
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