第207話 初めての公爵家
中心街の観光を終えて、俺たちは馬車で公爵家に向かっているところだ。
母さんと父さんは公爵家が近づくに連れてかなり緊張しているようで、さっきから口数は少なく顔色も少し悪い。マリーもこの後は行儀良くしないとって言われたからか、いつもよりキリッとした顔で姿勢を正そうと頑張っている。うん、可愛い。
マルセルさんもかなり緊張している様子だ。
準貴族のマルセルさんが緊張するんだから、公爵家って凄いんだよな。俺はもう自分の第二の家みたいになってるから全く緊張しなくなっちゃって、皆の様子を見て改めて公爵家の凄さを実感してる。
そんな妙に緊張感の漂った馬車に揺られ、しばらくすると公爵家に着いた。
馬車を降りると、リシャール様とカトリーヌ様、リュシアンに続き、たくさんの使用人が並んでいる。
いつもこの時間にはまだリシャール様はいないのに、今日は早めに帰って来てくれたんだな。それでお客様を出迎える準備をしてくれたんだろう。
俺の家族を正式なお客人として迎え入れてくれるのは凄くありがたいけど、でも、でも……、リシャール様ちょっとやりすぎです! もう家族皆真っ青だよ。
「ロンコーリ殿、レオン君のお母様お父様、それから妹君。ようこそお越しくださいました。私はタウンゼント公爵家の前当主、リシャール・タウンゼントと申します。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。こちらは私の妻のカトリーヌ、それからこちらは孫のリュシアンです」
「リシャールの妻、カトリーヌ・タウンゼントでございます」
「リュシアン・タウンゼントと申します」
おぅ、凄く貴族っぽい。そして何より、リシャール様敬語使ってるよ。客人だからなんだろうけど、皆はそれを聞いてより一層真っ青な顔になり完全に萎縮しちゃっている。
リシャール様に気軽な感じでお願いしますって言ったんだけどな……。もしかして、これでも普段より崩した感じの出迎えだったりするの? もしそうなら認識が違いすぎる。
「レ、レオンの、父で、ジャンと申します」
「レオンの母、ロアナと申します」
「マリーです」
父さんが付け焼き刃の敬語でなんとか声を絞り出してそう挨拶をし、母さんもそれに続いた。いつもは元気一杯のマリーでさえ、雰囲気に呑まれて元気がない様子だ。
「ではこんなところで立ち話も何ですので、早速屋敷にお入りください。馬車での長旅でお疲れだと思います。それぞれ客室をご用意しておりますので、まずはそちらで疲れを癒してください」
リシャール様がそう言うと、四人の使用人が前に進み出た。
「こちらは皆様を担当する使用人です。何かありましたら、担当の者にお申し付けください。できる限り対応させていただきます」
そしてその言葉を合図に、四人が一斉に頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
「では皆様、中へどうぞ」
リシャール様がそう言って中に歩き出したので、俺たちもそれについて行く。母さんと父さんは手と足が同時に前に出てるぐらい、ギクシャクしながら歩いている。逆にマリーはエントランスに入るとその豪華さに目を輝かせ、さっきまでの緊張はどこかに飛んでいったらしい。
「うわぁ、凄い! 広いしキラキラだしふかふかだよ!」
マリーは大興奮でそう言って、楽しそうに辺りをキョロキョロと見回している。一応大声を出さない、走らないは守っているけれど、今にも走り出しそうな雰囲気で声も玄関ホールに響いている。
まあ、そのぐらいは仕方ないだろう。俺は苦笑しながらそう思ったけど、母さんと父さんはそう思わなかったらしい。
二人は楽しそうにしているマリーの肩を同時に掴み引き寄せ、もう片方の手でマリーの口を塞いだ。そして小声で言い聞かせている。
「マリー、ここではしゃべるのもダメよ。静かにするのよ」
「マリー、走らないのは当然だけど、その場で飛び跳ねたりキョロキョロ見回すのもダメだからね」
マリーはそんな二人の必死な様子に、よく分からないながらも必死に頷いた。
そこまで気にしなくてもいいんだけどな。でも確かに他の貴族家ではそこまで気にしないとダメだよね……、俺はそう考えて皆にどう声を掛けようか少し迷っていると、リシャール様が先に口を開いた。
「レオン君のご両親、そこまで気にしなくても構いませんよ。子供は元気が一番です」
「そうですわ。マリーちゃんと言ったかしら? このお家は気に入った?」
リシャール様がこちらを振り返り二人にそう言って、カトリーヌ様はマリーに優しそうに微笑みかけながらそう問いかけた。
二人がいいって言うなら……ここはもう少し緩くても良いことにしよう。皆が他の貴族家に行く可能性なんてかなり低いし。
俺はそう結論づけて、皆を安心させるために口を開いた。
「母さん父さん、リシャール様もカトリーヌ様もそう言ってくれてるんだから、もう少しリラックスしても大丈夫だよ。マリーも大きな声を出したり走り回ったりしなければ、普通にお話ししていいからね」
「本当に?」
「もちろん」
「分かった!!」
「じゃあ、カトリーヌ様にお返事しようね」
「うん! カトリーヌ様、このお家すっごく素敵だよ!」
マリーは嬉しそうに頷いたあと、カトリーヌ様のところに近づいて笑顔で話し始めた。カトリーヌ様も嬉しそうだから大丈夫だろう。
母さんと父さんはまだまだ固い感じだけど、とりあえずマリーから手を離してくれたので良しとしよう。
そうしてぎこちないながらも何とか屋敷の中を歩き、客室まで辿り着いた。客室は俺の部屋の近くにあるものを使うようだ。俺の部屋の隣がマリーで、その隣が母さん。俺の向かいが父さんで、その隣がマルセルさんみたいだな。
「ではこちらでごゆっくりと休まれてください。また夕食の時にお話しいたしましょう」
リシャール様達はそう俺たちに声をかけて、早々に下がっていった。多分皆がかなり緊張してる様子だったから気を遣ってくれたのだろう。ありがたい。
「レ、レオン、こんなに広い部屋を一人で使うのかい?」
父さんは使用人の方に部屋のドアを開けてもらい中を覗いたようで、顔を真っ青にしてまた廊下に戻ってきた。
「レオン、どうしましょう。母さん緊張して震えが止まらないわ。ゆっくり休むなんて無理よ!」
「お兄ちゃん、こんなに広いお部屋を一人で使うの? ちょっと寂しいの……」
母さんとマリーもそう言って、俺のところに戻ってきた。マルセルさんはまだ皆よりは落ち着いている様子で、使用人に連れられて部屋の中に入っていった。
どうしようか……。皆は多分それぞれの部屋に入っても、ひたすら緊張するだけで全く休まらないだろう。
それなら、とりあえずは俺の部屋に来てもらおうかな。
「ロジェ、この後の予定ってどうなってるの?」
「はい。この後皆様には夕食会への準備のために、ご入浴していただく予定です。ご入浴いただきましたらお洋服を再度お召しになっていただき、お髪を乾かしてセットさせていただきます。それからは時間になるまで待機をしていただき、その後は夕食の席へとご案内いたします」
「もうあんまり時間ないのかな?」
「そうですね……三十分ほどでしたら余裕がございます」
三十分か。じゃあその時間を使って、皆にもう少し落ち着いてもらうことにしようかな。
「じゃあ、とりあえず皆で俺の部屋に入るからお茶を準備してくれる? 少し休憩してから準備をすることにする。俺の部屋に入るのはロジェだけで、他の皆はそれぞれの部屋でこの後の支度の準備をしてくれるかな?」
俺がそう言うと、家族につけられた使用人の皆さんは一礼してそれぞれの部屋に入り、ロジェは俺の部屋のドアを開けた。
「かしこまりました。では皆様、どうぞ中へお入りください」
「皆、ここは俺の部屋だから緊張しなくていいよ。とりあえず皆で一緒に休憩しようか。急に一人になるのも不安でしょ?」
「それはありがたいわ……」
「ああ、一人はさすがに怖かったんだ……」
「お兄ちゃんのお部屋!」
「じゃあ中に入って。マリー、そこのソファに座ろうね」
「うん!」
そうして俺たちは四人で部屋に入り、ロジェがお茶の準備で部屋を出たので、部屋の中には四人だけになった。そこでやっと母さんと父さんの緊張が解けたらしい。
さっきよりもリラックスした様子でソファに座っている。
「皆大丈夫? 後三十分したらそれぞれの部屋で準備をしないといけないんだけど……」
「そうね。とりあえずここで一度休めたからさっきよりは大丈夫よ」
「父さんもだよ。とりあえず少しだけリラックスできたかな」
「それなら良かった。準備は使用人の方に任せれば大丈夫だからね」
「わかったわ」
「マリーもこの後は、使用人の方の話をよく聞くんだよ」
「うん!!」
俺がそう言うと、マリーは無邪気な笑みを浮かべつつ元気に頷いてくれた。とりあえず、マリーが元気そうで良かった。
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