第204話 初めての中心街

 それから数日後の土の日。

 今日は家族皆が中心街に来る日だ。俺は今まで一度も休んだことのなかった王立学校の午後の授業を休んで、皆を中心街入り口の広場に迎えに来ている。

 皆はまず公爵家に向かうのではなく、広場で俺と合流したら中心街を観光し、それから公爵家に向かう予定なのだ。


 皆は初めての中心街だからね。楽しんでもらわないと! 

 俺はそう考えて今日はめちゃくちゃ気合を入れている。昨日までにプランを考えてきたんだけど、まずは合流したらおしゃれなカフェに行きお昼ご飯を食べる。それから服飾店で皆の服を買う。これは公爵家で過ごす時のための服だ。そこまで豪華でなくても良いけど、従業員の皆に買った以上のものは買おうと思っている。

 さらにそのあとは市場を回り、最後に俺のお店を見てもらおうと思っている。スポンジケーキも食べてもらう。


 すっごくワクワクする。俺は皆を楽しませる立場なんだけど、一番ワクワクしてるのは俺かも。そんなことを考えながら馬車を待っていると、遠くから質素だけどしっかりとした作りの馬車が来た。

 多分アレだ! 自分がいつも乗っている馬車なので、公爵家のお忍び用の馬車はパッと見ただけで分かるようになっているのだ。


「レオン様、楽しみなのはわかりますが、そんなに身を乗り出されると危ないです」


 ロジェに注意されてしまった。

 そう、今は広場の端に馬車を停めて、馬車の窓から外を見ていたのだ。この馬車は俺とロジェが降りたら公爵家に戻ることになっている。俺たちは皆が乗ってきた馬車に合流する予定だ。


「でもロジェ、あれ公爵家の馬車じゃない?」

「確かにそうかもしれませんが……他の貴族のお忍び用の馬車もあのような作りですし、まだわかりません。もう少々お待ちください」


 ロジェはそう言って俺が指差した馬車をじっと見ている。そしてその馬車がもう少し近づいてきたところで、ロジェは外から中に視線を戻した。


「レオン様、先程の馬車が公爵家の馬車で間違いないようです」

「なんで分かったの?」

「御者の顔が見えればわかります」


 凄っ……御者さんって沢山いるけど覚えてるんだ。それに顔を見るにはまだ結構遠いけど、ロジェって目が良いんだな。

 この世界って目の悪さは回復魔法で治せるから、基本的に目が悪い人はいないんだ。でも治せるとは言っても日常生活に支障はないほどまで治せるだけで、目が凄く良くはならない。

 だから目が良い人は、一度も目が悪くなっていない人ってことなんだ。まあ、そもそもこの世界って目が悪くなる人は少ないんだけどね。日本みたいにずっとスマホを見てるとかないし。

 でもやっぱり生まれつきの視力に差はあるから、ロジェは目が良い人達の中でもさらに良いのだろう。


「ロジェは目が良いんだね」

「昔から目だけは良いのです」

「目だけじゃないけどね。……まあ今はいいか、早く行こう!」

「かしこまりました」


 そうして俺とロジェは馬車から降りて、皆が乗ってきた馬車へ近づく、すると馬車の御者さんがドアを開けてくれた。


「お兄ちゃん!!」


 俺が馬車に乗るとマリーが大興奮の様子で俺に抱きついてきた。か、可愛い……。


「お兄ちゃん! この馬車凄いんだよ! すっごくふわふわでね、明るくてね、柔らかくてね、すっごいんだよ!」


 多分だけど、絨毯でふかふかで光球で明るくて椅子がクッションで柔らかいってことだろう。


「本当? それは凄いね。馬車に乗るの楽しかった?」

「うん!!」


 やばい、マリーがリアル天使。可愛すぎる。

 俺はマリーの可愛さにノックアウトされそうになりながらもなんとか踏みとどまり、他の皆にも挨拶した。


「母さんと父さんも何か問題なかった? マルセルさんも大丈夫でしたか?」

「わしは大丈夫じゃよ」

「ええ、問題ないどころか、こんなに凄い馬車に乗れるなんて驚きよ」

「本当に凄いよ。こんな馬車に乗れるなんて……」

「この馬車乗り心地いいよね。問題ないなら良かったよ。じゃあこのまま中心街の観光に向かうけど良い? 凄く楽しみにしてたんだ!!」


 俺がマリーのテンションに若干引きずられて勢いよくそう言うと、マリーはテンション高く飛び跳ねてくれた。


「私も楽しみだったよ!!」


 三人はその様子を微笑ましげに見守ってくれている。なんか……、はしゃぎすぎてちょっと恥ずかしいな。でも楽しいんだから仕方ないよね。


 そうして俺とロジェと皆の合計六人で、中心街観光は始まった。


「お兄ちゃん、まずはどこに行くの?」

「まずはカフェに行こうと思ってるんだ」

「カフェって何〜?」

「カフェはおしゃれな食堂みたいな感じかな。まずはお昼ご飯を食べないとだからね」

「本当!? やった〜! 私お腹空いてたの」

「じゃあたくさん食べようね」


 俺はマリーとそんな会話をしつつ、人生で一番楽しい馬車移動を経験した。永遠に続いてほしい時間だった……

 他の皆はロジェと話したり、それぞれ有意義な時間を過ごせたようだ。ロジェは俺の家族とはすでに面識があるからか、結構穏やかな様子で会話をしていた。ロジェも楽しめているなら嬉しいな。


 そうして楽しい雰囲気で馬車は進んでいき、しばらくして目的のカフェに着いた。

 馬車が止まると、ロジェはすぐに降りて席が空いてるかを確認してきてくれて、空席があったようなので俺たちはカフェに入る。

 ロジェには、今日は仕事を忘れて一緒に楽しもうよって言ったんだけど、どうしても仕事が抜けないらしい。まあ、ロジェが仕事をしたいのなら無理に止めることもないよね。


「お兄ちゃん! すっごく可愛いお店だね!」

「可愛いよね。お料理も美味しいんだよ」

「楽しみ〜!」


 マリーは今にも店の中に駆け出して行きそうな様子だけど、母さんにがっしりと肩を掴まれて止められている。


「マリー、走り回るのはダメよ。あと大声もダメ」

「そうだよ。ゆっくりと動くのが大人なんだ。マリーならできるよね?」


 マリーは母さんと父さんにそう言われ、家で散々注意されたことを思い出したらしい。はっと何かに気づいたような顔をして、手で口を押さえた。

 実は公爵家に来ることが決まったあと、最低限無礼にならないようにどうすればいいのかと母さんと父さんに聞かれたから、マリーは大声を出さないことと走らないことを守れば大丈夫って言ったんだ。

 母さんと父さんには使えそうな挨拶などと、また少しだけ敬語を教えておいた。


「マリー偉いね。じゃあ中に入ろうか」


 そうして俺たちは四人掛けのテーブルを近づけてもらい、六人で席につく。すると店員さんがメニューを持ってきてくれた。


「こちらメニューになります。ご注文が決まり次第またお声がけください」

「はい。ありがとうございます」


 俺とマルセルさん、ロジェは普通にメニューを受け取ったけど、家族の皆は不思議そうだ。


「レオン、なんであの店員は注文も聞かずに行ってしまったんだい?」

「そうよ。私たちが貧乏に見えるからってあの態度はないわよね」


 母さんと父さんはそう言って、先程メニューを渡してくれた店員さんをチラチラと見ている。俺は二人のその話を慌てて止めた。

 そうだよね。平民の食堂ならメニューは多くても二、三個だから、すぐにどれがいいか注文聞くのが当たり前なんだ。だからここに来たらそうなるよね。


「母さん父さん、ここのお店はメニューを紙で渡してくれて、ゆっくり選んで注文を決めたら店員さんをまた呼ぶんだよ」

「あら、そうなの?」

「なんでそんなに回りくどいことをするんだい? その場でどれがいいか聞いたほうが早いんじゃないか?」

「ううん。メニュー数が多いから口頭だとわからないんだ。ほら、この紙見て」


 そうして俺は母さんと父さん、それからマリーにお店の仕組みを教えて、さらにメニューの内容も読んであげて注文を決めた。

 皆も読み書きの勉強をしたほうが良いよね……。俺が教えてあげられるのが一番なんだけど、俺って日本語を書くとこの世界の言葉に自動変換される仕組みでこの世界の言語を扱えてるだけだから、俺よりも他の人に教えてもらったほうが良い気がする。

 誰か教えてくれる人を見つけようかな。読み書きできたら便利だし仕事の幅も広がるだろうし。うん、そのうち考えよう。


「じゃあ、母さんはジャムトーストと緑茶、父さんはサンドウィッチと紅茶、マリーはフレンチトーストと水でいい?」

「ええ、それで良いわ」

「わかった。じゃあ注文しちゃうね。ロジェとマルセルさんも決まってますか?」

「ああ、決めてあるから大丈夫じゃ」


 そうして俺たちは、お店に入って十分ほどでやっと注文を終えた。ロジェは仕事を完璧にこなしつつも、俺が一緒に楽しもうと言った言葉があるからなのか、当たり前のように席に座って料理を注文してくれた。多分俺の家族が気を遣わないようにとの配慮もあるのだろう。本当にありがたい。

 ロジェとももっと仲良くなれたら嬉しいな。

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