第202話 家族皆で夕食
マルセルさんの工房への転移場所は悩んだけど、二階の生活スペースではなく工房の中にした。この時間ならば多分二階にいるだろうと予測してだ。
しかしその予測は外れた。マルセルさんはまだ工房で熱心に仕事をしていたのだ。下を向いているので俺が現れたことに気づいている様子はない。
俺はマルセルさんをできる限り驚かせないように、身体は動かさずに小さな声でマルセルさんに呼びかけた。
「……マルセルさん」
すると、マルセルさんはガバッと顔を上げて俺を視界に収めた。そして五秒ほど固まってから勢いよく立ち上がったかと思ったら、手に持っていた魔鉄を俺の方に投げてきた。
「あっ、危ないですよ!!」
俺は咄嗟にバリアを発動させたので無事だったが、後少し遅れたらやばかった。セーフだ。
「も、もしかして本物か!?」
「本物です! なんだと思ったんですか」
「いや、幻覚か何かだと……」
「こんなにはっきりとした幻覚なんてないですよ! もう、気をつけてくださいね」
「ああ、わかった……って、わしは悪くないわい! なぜこんなところに突然現れるんじゃ!!」
まあ確かに、マルセルさんは悪くないな。
「ごめんなさい。俺って全属性以外にも使える魔法があって、その魔法でここにきました」
「全属性以外の魔法……?」
「はい。一瞬で場所を移動できる転移だったり、さっき魔鉄を防いだバリアだったりです。他にもあるんですけど、その魔法の説明とお願いしたいことがあるのでここに来ました。急に押しかけてすみません」
「そ、そうか……。別にいつ来ても構わんが驚いたぞ。そんなに急ぐことなのか?」
「はい。できる限り早くお伝えした方が良いと思います。それで、今から一度うちの実家に来ていただけませんか? 家族とマルセルさんに一緒に説明しようと思いまして」
俺がそう言うと、マルセルさんは一度大きく息を吐いて強張った体の力を抜いた。
「わかった行こう。それにしても、お主は非常識なことしかせんな……」
「そんなことは……ある、かもしれません……」
「分かってるのなら良い。とにかくレオンの家に行けばいいんじゃな?」
「はい。今すぐに行けますか?」
「ああ、ちょっと待っておれ、家の鍵だけ持ってくる」
そう言って立ちあがろうとしたマルセルさんを制して、俺はマルセルさんに尋ねた。
「それって外から鍵を閉めるためですよね? 今は鍵閉まってますか?」
「ああ、少し前に閉めたからな」
「それならこのまま行けますよ? 転移で家まで行くので」
「そうなのか? だが、帰りはどうなんじゃ?」
確かに……帰りのこと考えてなかった。流石にまたマルセルさんを送り届けるだけの魔力はないな。
「……帰りは魔力が足りないかもしれません。すみません」
「やっぱりか。お主はそういうところが抜けとるからな」
マルセルさんは少しだけ呆れたような表情でそう言った。うぅ……返す言葉もない。実際に帰りのことは全く考えていなかった。
勢いだけで突き進むんじゃなくて、ちゃんと周りを確認しよう。
「いつもご迷惑をかけてすみません。では、鍵を持ってきてもらえますか?」
「別にいいんじゃよ。レオンは有能すぎるんじゃから、そういうところも少しはないとな。鍵を持ってくるから待っておれ」
……マルセルさん、良い人すぎる!
「どうする? レオンの家にも歩いていくか?」
鍵を持ってきたマルセルさんがそう聞いてきた。
「いえ、行きだけは魔法でいけますけどどうしますか?」
「そうじゃな、転移と言ったか?」
「はい。一瞬で別の場所まで移動できる魔法です」
「じゃあ、行きはその魔法で行くとしよう」
マルセルさんはキラキラと期待した瞳でそう言った。
「マルセルさんも体験してみたいんですね?」
「ち、違うわい! ただあれじゃ、弟子の魔法を確認するのも師匠の務めじゃからな」
「ふふっ、そうですね。じゃあ行きますよ」
俺はそうしてマルセルさんの手を握り、マルセルさんと共に家のリビングに転移した。
するとそこには母さんと父さんとマリーがいて、ちょうど夕食の準備をしているところだった。
「おおっ、凄いな」
マルセルさんが隣でそう呟いたのが聞こえる。
「母さん父さんただいま。マルセルさん連れてきたよ」
俺がそう言うと、皆は疲れ切ったような表情でため息を吐いた。なんか、皆に呆れられてる気がするんだけど。
「わかったわ。それよりレオン、その転移とか言うのは驚くからあまり使わないようにしなさい」
「え!? でもそれだと頻繁に実家に帰ってこれなくなっちゃうよ……」
俺が少しだけ焦ってそう言うと、母さんは妥協案を示してくれた。
「じゃあ、物置部屋にレオンが転移するスペースを作っておきなさい。これからはそこに転移するように」
「わかった! ありがとう」
これからの転移についてとりあえず決まり事を作ると、母さんはマルセルさんの方に身体を向けた。そして親しげな様子で話しかける。
「マルセルさんいらっしゃい。どうぞ座ってください。うちの子が突然ごめんなさいね」
「いいんじゃよ。レオンはいつものことじゃからな。それよりも今日の夕食は豪華じゃな」
「マルセルおじいちゃん! 今日は皆で豪華な夜ご飯なんだよ! お兄ちゃんもだよ!」
「それは良かったな」
なんか、マルセルさんめちゃくちゃ馴染んでない!? あんなにぎこちなかったのに!
マルセルさんどれだけうちに来てるんですか!!
「早くレオンも座りなさい。まずは夜ご飯よ」
「は〜い」
俺はマルセルさんに問い詰めようと思ったが、その前に夜ご飯の準備が整ったようなので、まずは食べることにした。だって、凄く美味しそうなんだ!
「じゃあ、いただきます」
「いただきます!」
そう言って皆で一斉に食事を始める。うん、やっぱり母さんと父さんの料理美味しい!
「そうだ、皆にお土産があるんだ」
俺は公爵家の夕食を持ってきていたことを思い出し、それをアイテムボックスから取り出した。
「チキンステーキとポタージュスープとパン、後付け合わせのお野菜。今日は向こうで食べられなかったからもらってきたんだ」
「うわぁ! 美味しそう! お兄ちゃん、これ食べていいの!?」
「いいんだよ。あっ、でもチキンステーキはまだ切ってないからお兄ちゃんが切っちゃうね」
「うん!」
俺はマリーの嬉しそうな顔が見れて大満足で、アイテムボックスからナイフを取り出してチキンステーキを一口サイズに切った。ナイフはピュリフィケイションで綺麗にして、またアイテムボックスに仕舞う。
「はい、どうぞ」
「ありがとう! ……きゃー、何これ!! すっごく美味しいよ!」
「そんなに喜んでもらえるなら、持ってきて良かったよ。パンも食べてみて。貴族のパンはふわふわなんだ」
「本当だ! ふわふわだ!」
そうして俺とマリーが公爵家の食事を楽しんでいると、マルセルさんが口を挟んできた。
「レ、レオン! 今のはなんじゃ!? どこからこの料理を取り出したのだ!」
「もう、訳がわからないことが多すぎて、私には理解できないわ……。もう考えないことにしましょう。レオン、このお料理は公爵家の夕食なの? 母さんも食べていいかしら?」
「レオン、父さんもいいかい?」
マルセルさんは魔法の方に気が取られているらしいが、母さんと父さんはもう考えないことにして料理を楽しむことにしたらしい。
美味しいものの力は凄い。
「もちろんいいよ。あんまり量はないんだけど、俺はいらないから皆で食べて」
「ありがとう。じゃあいただくわね。……まあ、このスープ凄く美味しいわ。時間がかかってるわね。それに、なんだかうちのものよりも味が複雑よ」
「このチキンステーキのソースもだよ。これ何で作ってるのかな? トマトソースっぽくないし……」
「お兄ちゃん! 皆でご飯楽しいね!」
「そうだね」
そうしてマリーは純粋にご飯を楽しんで、マルセルさんは魔法のことを気にしていて、母さんと父さんは公爵家の料理に夢中で、なんだかカオスな感じで夕食の時間はすぎていった。
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