第198話 影と空間魔法
「私が最初に聞いた報告は、レオン君が王立学校の訓練場で奇妙な魔法を使っていたというものだ。透明なガラスのようなものを空中に作り出して、それに向かって攻撃をしていたという話。それから巨大な岩を一瞬にして消し、また出現させたという話。更に瞬きほどの時間で別の場所に移動したという話。この報告を聞いた時点で、私はレオン君が使徒様が使われていたとされる魔法と、似た魔法を使えるのではないかという結論に至った」
バッチリ全部見られてたぁ〜。
あれを見られてたら使徒様と結びつけるよね。だって、俺も使徒様が使っていた魔法の本を読んで、俺にもできるのか試したんだから……
使徒様と結びつけられるのが嫌で隠してたんだけど、意味なかったな。
あれ、でもその割には使徒様だと祭り上げられたり、使徒様じゃないのかとしつこく聞かれたりしなかったな。
確かリシャール様達って、俺を使徒様だとまだ疑ってるって話だったよね? マルティーヌが前に言ってたはずだ。
でもさすがにその疑いも晴れたのかな。俺が否定し続けた甲斐あったのかも。
「レオン君、この際もう一度聞くが、レオン君は本当の本当に、使徒様ではないのか? 使徒様であるならば今のように回りくどいことをする必要はないのだ」
おおぅ……。全然まだ疑われてたよ。
まあ、俺の能力だと完全に疑いを晴らすのは無理だよね。俺も神様に直接聞いてみたいぐらいだ。俺はなぜ転生したのか、なぜ使徒様と同じような能力を持っているのかって。
「使徒様ではないんです」
「……そうか」
「使徒様だと今のようなことをする必要がないって、どういう意味ですか?」
「使徒様ならば、特別待遇で王立学校を卒業せずとも貴族とすることが可能だ。護衛もたくさん付けられるし、家族や友人知人全てに護衛をつけることも、安全な場所に引っ越してもらうことも可能だ。レオン君には屋敷が与えられるだろうから、その敷地内に親しい人の家を建ててもいいだろう。国として公に守ることができるようになる」
使徒様って、そんなに凄いことになるんだ。
もういっそのこと使徒様だったら楽だったのに。逆になんで俺は使徒様じゃないんだ!
「本当に使徒様じゃないんです。確かに似ているところは多いですが……。私は、使徒様ではないのに使徒様を騙ったら、神の怒りに触れるのではないかと怖いんです。なので、私のことを使徒様だというのは、極力やめていただけませんか?」
俺が真剣な表情でそう言うと、リシャール様は同じく真剣な表情で頷いてくれた。
「分かった。もちろんレオン君の意に反することをするつもりは全くないから安心してくれ」
なんだ、ちゃんと話せば分かってもらえるのか……
隠す必要なんてなかったな。というか、隠そうとしてたってことは、俺がリシャール様を信じきれていなかったってことだよな。
ここまで誠実に対応してくれる方を信じられないなんて……なんて申し訳ないことをしてしまったんだろう。
俺はその事実に気づいてかなり落ち込んだ。でも、ここで俺が謝ってもそれは自己満足なだけだろう。これからの態度で示していくべきだよな。
まずこれからは、隠し事をしないでなんでも話そう。なんでも話し合って、一緒に解決策を探らせてもらおう。
「ありがとうございます」
「では、レオン君は使徒様ではないが同じような魔法を使えるということだな」
「そうです。今ここで使ってみますね。まずはバリア、これは基本的には攻撃を防いだりする目的の魔法なのですが、形は自由自在でかなり頑丈な物質なので攻撃にも使えます。例えばナイフの刃の部分をこれで覆うと驚くほどの切れ味になります」
俺はそう説明しつつ、自分の前に小さめのバリアを出現させた。
「触ってみてもいいか?」
「……はい。ただ、外側からではなく私の方から触っていただけますか? 触っても何も起こらないとは思いますが、万が一何かあると大変ですので……」
「そうか、ならばまずは物で触れてみよう」
リシャール様はそう言って、まずはペンでバリアをつついた。そして何事も起こらないのを確認して、次は指先でちょんっと少しだけバリアに触れた。
「ふむ、つるりとした材質でガラスと似ているな」
「はい。ただガラスの何十倍、いや何百倍も頑丈かも知れません」
「それは凄い……」
「レオン、私も触っていいか?」
「もちろんです」
そうしてリシャール様とリュシアンは、しばらくの間バリアを手でペタペタ触ったりナイフで傷付けようとしてみたり、色々と確認をしていた。
そして数分でとりあえず満足したようだ。
「レオン君ありがとう」
「いえ、またいつでも出しますので仰ってください。それでは次に行きます。次は転移です。転移は魔力を多く使えば使うほど遠くに転移できます。たくさんの荷物と一緒に転移も可能です。一応魚で試したところ生物との転移も可能でした。しかしまだ人で試したことはありません。それから私が触れていないものでも魔力を広げれば転移対象として一緒に転移できますが、私以外のものだけを転移させることはできません。転移をする時は必ず私と一緒にとなります」
そう説明をして、俺はその場で立ち上がり部屋の隅まで転移した。
「こんな感じです」
「これは……実際に見ると驚くなんて物ではないな……」
「レオン! これは凄いぞ!」
リシャール様は凄く驚いてる様子だけど、リュシアンは身を乗り出して興奮している様子だ。珍しくリュシアンが子供っぽくなってるな。
「レオン! 私も連れて転移してくれ!」
「いや、流石に最初をリュシアン様で試すのは……」
生き物を連れて普通に転移できたし、なんとなく感覚的にも人間を連れて転移できるのだろうと思ってるんだけど、やっぱり絶対とは言えないことだからな。流石に最初をリュシアンで試すのは違うだろう。
まあ、最初は誰ならいいんだって話なんだけどね。
「だが、それならば最初は誰で試すのだ?」
「それは、まだわからないですが……」
俺がそうして答えに詰まっていると、リシャール様が驚くことにリュシアンの味方についた。
「レオン君、使徒様の魔法でもたくさんの者を一気に別の場所へ移動させたと記述があったはずだ。なのでレオン君の魔法も大丈夫だろう」
いやいやいや、俺は使徒様ではないですからね! やっぱり俺の意は尊重してくれるけど、まだ疑いは晴れてないのか。まあ、無理矢理使徒様として祭り上げられないならいいんだけど。
「レオン、お祖父様もこう言っているし早くするんだ!」
リュシアンはそう言って、未だ部屋の隅に立っていた俺の方にやってきた。さあ早く! と言わんばかりの期待した目をしている。
「リュシアン様は、怖くないのですか?」
「レオンの魔法だろう? それならば大丈夫だ」
何でそんなに信頼できるの!?
「ですが……、万が一ということがあります」
「だが、生き物と転移しても大丈夫だったのだろう? それならば心配いらないんじゃないか?」
確かにそうなんだけど、多分大丈夫だろうと思ってるんだけど、万が一の可能性を考えちゃうんだよな……
まあ俺が転移して普通に大丈夫なんだから、大丈夫だとは思うんだけど……
「レオン君、使徒様と同じ魔法だから大丈夫だ。やってみてくれ。リュシアンで試すのが嫌ならば私からでもいい」
リシャール様はそう言ってソファから立ち上がった。
リシャール様は使徒様への信頼が厚すぎます! 俺は使徒様じゃないんですよ!
「お祖父様、最初は私です!」
リュシアンも反応するとこそこじゃないから!
「ほらレオン、早く。お祖父様に先を越されてしまう前に転移するぞ」
「ですが……」
俺がそうしてまだ渋っていると、リュシアンに手をぎゅと握られた。
「これで転移できるか? レオンと手を繋いでいれば、転移の途中で迷子になることもないだろう?」
リュシアンはそう言って、期待した目でこちらをみてくる。これは絶対に引かないな……。
はぁ〜、仕方ないか。何かあったら俺が全力の回復魔法で治そう。
生き物も大丈夫だったから人間も大丈夫なはずだ。使徒様の魔法でも大丈夫だったのなら大丈夫なはずだ。
俺はそう自分に言い聞かせてリュシアンの手をぎゅっと強く握り返し、意を決して転移魔法を使った。
そして転移後に恐る恐る隣を見ると、リュシアンが輝かしい笑顔で俺を見つめていた。
……はぁ。本当に、本当に良かった。人生で一番緊張した。
「レオン凄いぞ! もう一回だ!」
「分かったよ。でもちょっと待って。めちゃくちゃ疲れたから」
「どうしたんだ? 早くもう一回やってくれ!」
「すっごく緊張してたんだから! もしリュシアンに何かあったらどうしようって!」
「大丈夫だと言ったぞ?」
「なんの根拠もなかったけどね!」
「大丈夫だ。私はこういう時の直感はあたるんだ」
「それは根拠になってないから!」
俺は思わず敬語も崩れ、リュシアンにそう怒った。はぁ〜、本当に怖かった。
「レオン、早く次の転移をしてくれ!」
「だからっ……はぁ〜」
こんなに危ないことをしてはダメだとリュシアンに言い聞かせようと思ったけど、リュシアンのキラキラした瞳を見た途端に気が抜けてそんな気持ちもなくなってしまった。
まあ、また後でちゃんと言い聞かせればいいか。俺はそう考えて、今度はさっきよりもかなり軽い気持ちで転移をした。
「本当に凄いな! もっと遠くに転移できないのか!?」
「リュシアンの部屋とかならできるけど、でも人がいたら驚かれるし転移がバレちゃうから」
「大丈夫だ! 今私の部屋には誰もいないぞ」
そうしてテンション爆上がりのリュシアンにしばらく付き合って転移をし、その後隠そうとしてはいるが隠しきれていない期待の目をリシャール様に向けられ、リシャール様とも何度か転移をし、やっとソファに戻った。
疲労感が凄いよ……
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