第199話 新バリアの魔法具

「おほんっ。えー、それで、一度に何人まで転移可能なのだ?」


 リシャール様がはしゃいだことを誤魔化すようにわざとらしく咳払いをし、話を戻した。


「はい。それは未だ検証できていないので、いずれ機会があれば検証したいと思っています。しかし物はいくら増やしても大丈夫でしたので、人も同じように増えても大丈夫な可能性が高いです」

「そうか……、本当に凄いな。では、どれほどの距離を転移可能なのだ?」

「魔力が最大残っている状態ならば、現状ではここから私の実家まで転移することは可能です。もう少し遠くにも行けます」

「なっ……。それは本当なのか!?」

「はい。それからしっかりと報告したことはありませんでしたが、私の魔力量はどんどん増えているのです。魔力を使えば使うほど、特に魔力を使い切るほど増えていきます。よって、そのうち国内どこでも転移可能になると思います」


 俺がそう言うと、二人はさっきまでのはしゃいだ様子から一転、驚愕の表情を浮かべた。

 魔力量が多いってことは全属性のことからも暗黙の了解みたいになってたんだけど、魔力量が増えることはしっかりと報告したことなかったんだよね。


「ま、魔力量が増えていたのか! 魔力量が多いということは分かっていたが、まさか増えていたとは……。まあ、そうだな、でもレオン君ならば、魔力量が増えるぐらい、大したことではないだろう」


 リシャール様は自分に言い聞かせるようにそう言って、なんとか納得している。


「では、これからどれほどの距離を転移できるようになるのかは未知数ということだな」

「その通りです」

「分かった。心得ておこう」

「よろしくお願いします」


 俺はそこまで話したところで、ふぅ〜と大きく息を吐いてソファーの背もたれに寄りかかった。

 なんか、もうここで話を終わりにしたいぐらい疲れた。でも最後まで話さないとだよな。というか、まだ本題を話してないし。

 リシャール様とリュシアンも転移魔法ではしゃいだからか、少し疲れた様子だ。


「少し休憩されますか?」

「いや、大丈夫だ。レオン君こそ大丈夫か? 魔法をたくさん使わせてしまったが」

「はい。先程のような近距離の転移ならば、魔力の消費量も多くないので大丈夫です」

「そうか、それならばこのまま続けよう」

「かしこまりました。では最後の空間魔法なのですが、アイテムボックスというものです。これはこことは違う空間に物をいくらでも収納しておけるという魔法です」


 俺はそう説明をして、アイテムボックスから塩や砂糖、調理済みの料理、大きな椅子などを次々と取り出していった。


「こんな感じで、無限に物が仕舞えて取り出せるという魔法です。さらに中は時間停止なので、出来立ての料理を仕舞っておけば、いつでも出来立ての状態で取り出せます。ちなみにこのスープは数カ月前に仕舞ったものです」


 俺はそう言って器に入ったスープを取り出した。これは屋台で買ってそのままアイテムボックスに仕舞っていたものだ。


「そ、その、湯気が出ているスープが、数ヶ月前のものなのか!?」

「そうです」

「レ、レオン、それはいくらでも物を仕舞えるのか? どんなに大きな物でも?」

「うん。大きさは何でも」


 そうして俺にいくつかのことを確認すると、二人は驚きで固まってしまった。今日は驚かせすぎかもな……

 でも、まだ他の属性魔法についての報告もしたいんだけど。


「な、何ともまた、便利すぎる魔法だな……」

「はい。これは本当に便利です。しかし気をつけなければいけない点もあって、生物を仕舞うとその時点で息絶えてしまいます。以前試しに魚を仕舞ってみたことがあるのですが、取り出した時には生きていませんでした」

「なっ……、そ、それは、人間も仕舞えるのか!?」


 リシャール様は、少しだけ引き攣った顔でそう聞いてきた。


「それは試せないのでわかりません。ただ私は入れませんでしたので、仕舞えない可能性が高いと思います。まずは他の動物や魔物などで試してみたいと思っています」

「そ、そうか、それならば良かった。確かに他の生物で試してみた方が良いな。とりあえずは、くれぐれも安全に配慮して使ってくれ」

「かしこまりました」


 よし、これで空間魔法のことは全部話したな。後は他の魔法属性の使い方も報告してしまおう。


「リシャール様、後一つ魔法について報告がありまして、一般的な魔法属性の使い方についてなのですが……」


 それからは水魔法で衣服や髪、死んだ生物の水分が取り出せること、またその応用で湿度も変化させられること。さらに土魔法で鉄を作れることなどを話した。


「確かに水魔法でそのようなことができるという事実は報告されている。しかし魔力量がかなり必要なため、結局は使う者がいなくなったはずだ。普通に乾かしたり血抜きをすれば良いからな」

「そうなのですね」


 やっぱり魔力消費量が割に合わない魔法なのか。それだと広がることはないな。普通に服を干せば乾くし、髪の毛もそのうち乾くからな。


「ああ、しかし土魔法で鉄が作れるというのは驚いた。ただそれもレオン君にしかできないだろう」

「鉄を作るのにはかなりの魔力を消費するので、私にしかできないと思います。一応伝えるだけ伝えておこうと思い、報告いたしました」

「ああ、どんなことでもとりあえず報告してくれたら嬉しい」

「かしこまりました。これからはしっかりとご報告いたします」

「よろしく頼む」

「はい。ではやっと大元の本題に戻れるのですが、先ほど説明したバリアの魔法具を、アルテュル様にお渡ししたいのです」


 そうしてやっと元の話題まで辿り着くと、リシャール様は一気に難しそうな顔になり考え込んだ。


「まず大前提だが、空間魔法も今まで通り、周りに明かさないよう気をつけてほしい。それは分かっているか?」

「はい。心得ています」

「ではレオン君は、それを分かった上で公に明かされる危険を冒してまでも、アルテュルの助けになりたいということだな」

「その通りです」


 俺はリシャール様の目を見て、しっかりと頷いた。するとリシャール様は少しだけ顔を緩めてくれた。


「わかった。それならば許可しよう。ただ万が一公にレオン君の能力が広まってしまった場合、君の身はかなり危険になる。特に貴族になるまでの期間が危険だ。そのため今よりもよほど厳しい護衛がつくことになる。更に自由もなくなる。それでも良いか?」

「……はい。覚悟の上です」


 それは何度も考えた。ロニーにバリアの魔法具を渡すことと、敵対貴族の筆頭であるプレオベール公爵家の嫡男に渡すのとでは天と地ほどの差があるだろう。でも、やっぱりアルテュル様を放っておくことはできない。

 もし俺の力がバレて今より危険になったら、家族は中心街に連れてくることになるだろう。更に親戚や知人友人にも護衛がつくことになるかもしれない。皆に迷惑をかけるだろう。

 でも、それでも、ここで何もしなかったら後悔すると思うんだ。


 ……皆、わがまま言ってごめんなさい。もしもの時は俺が皆を守るから許して!


 俺は心の中でそう皆に謝って、覚悟を決めてリシャール様を見返した。


「わかった。では魔法具を早急に作成し、アルテュルに渡すといい。手渡すのはリュシアンが良いだろう。周りに悟られぬよう、何でもないことを装って渡すのだ。魔法具もそれとわからないようなものを作るべきだろう」

「かしこまりました」

「では、今ここで作ってしまうか? 今ならば人払いも済んでいる」


 確かにそうだな。そうさせてもらおう。


「そうさせていただきます。ありがとうございます」


 俺はそう答えて、どんな魔法具にするか考え始めた。ロニーと同じだとダメだ。パッと見て魔法具だとわかったら直ぐに不審に思われてしまうだろう。肌身離さず身につけていられるもので、魔法具だとわからない物。しかし、もしもの時は直ぐにバリアを発動できる物。


 難しいな……やっぱり一番はネックレスだと思う。ネックレスの形をどうするかが問題だ。魔石は隠して更に普段は魔鉄に触れないように、でもいざというときはすぐに魔鉄に触れてバリアが発動するように。


 うーん…………そうだ!!


 今いい形が思いついたかも。ひょうたんみたいな形のペンダントトップはどうだろうか? 

 上半分は普通の鉄で作って下半分は魔鉄で作るんだ。そして真ん中の通り道を鉄の棒などで塞ぎ、上部分に魔石を入れ込む。何かあった時はその棒を引き抜けば、魔石が下に落ちてバリアが発動する。

 うん、我ながら良いアイデアかも。


 俺は思いついたアイデアを早速試すために、アイテムボックスから魔鉄と魔石を取り出した。しかしそれを使うより先に、まずは土魔法からだな。

 さっき転移で魔力を使ったけど、小さなペンダントトップの上半分を作るぐらいなら魔力も足りるだろう。形はひょうたんというよりも……砂時計みたいな感じの方がオシャレかな? でも魔石が通るようにしないとだから通り道は広く、更に差し込んだ鉄の棒は普段は抜けないけど、力を入れれば抜ける程度。


 そうして頭の中でイメージしていき、俺は砂時計のような形の上半分だけを作り出した。そして鉄の棒を抜き、バリアを込めた魔石を中に仕舞う。

 そうしたら次は魔鉄だ。魔鉄に魔力を注ぎ込みぐにゃぐにゃにして、上手く上半分と繋げるように魔鉄を形作っていく。

 よしっ、完璧だな。後はこれをチェーンに通せば完成だ。でももうチェーンを作り出す魔力がない。


「リシャール様、とりあえずペンダントトップだけは完成しました。しかしチェーンを作り出す魔力が残っていないので、チェーンだけはこれから用意する必要があります」

「そうか……、いつものことだが本当に凄いな。こんなに短時間で作り出してしまうとは……。チェーンならばこの部屋にあるものをいくらでも使うと良い。そうだな、これなんてどうだ?」


 リシャール様はそう言って、箱から一つのチェーンを取り出した。


「よろしいのですか?」

「ああ、いくらでもあるからな」

「ありがとうございます」


 そうしてリシャール様のチェーンを一つ貰い、バリアの魔法具は完成した。この世界は男性でもネックレスをする人は多く、リシャール様もその一人のようだ。

 服の内側に見えないようにつけている人が多いので、着ける意味あるのかと思うけど、見えないオシャレというやつらしい。

 うん、俺には理解できそうにない。


 まあそんなことは置いておいて、とりあえず完成だ!


「これで完成いたしました。この棒を引くと魔石が下に落ち、バリアが発動する仕組みです。ではリュシアン様、アルテュル様にお渡ししていただいても良いでしょうか?」

「ああ、アルテュルには危険なことがあったらこの棒を引けと伝えておく。必ず守ってくれるものだから肌身離さず持っていろと」

「ありがとうございます。しかし、それだけで信じてもらえるでしょうか? どのようなものなのか聞かれませんか?」

「確かに聞かれるとは思うが、事情があって話せないことを伝えれば納得してくれるだろう」

「そうですか……。でもそれだと、本当に危険な状況になった時に使っていただけるでしょうか?」

「ああ、アルテュルは良くも悪くも素直なやつだからな、疑うことはしても約束は守ると思うぞ」


 確かに、アルテュル様ならそうなのかな? でも、自分の目で見たものを信じるタイプでもあるんじゃないか?


 ……まあ、そんなこと考えても仕方がないか。俺はできる限りのことをやったんだから、後はアルテュル様次第だな。


「では、よろしくお願いします」


 そうしてアルテュル様に渡すバリアを作ったところで、今日の報告会は終了となった。

 隠していることがなくなって、なんだか気が軽くなった気がする。そう感じて少し軽い足取りでリシャール様の部屋を辞去しようとしたその時、後一つ聞きたいことがあったのを思い出した。


「リシャール様、私の家族には転移のことを伝えても良いでしょうか? 実家にも頻繁に帰りたいのですが……」

「そうだな。レオン君の家族は全属性のことも知っているしいいだろう。ただ、口止めは忘れずに頼む」

「かしこまりました!」


 やった〜! これでいつでも実家に帰れる!

 そう考えたら思いのほか嬉しくて、俺はるんるんな気分でリシャール様の部屋を後にした。

 そんな俺の後ろ姿を見て微笑ましいような顔をしているリシャール様と、呆れたような顔をしているリュシアンには全く気が付かなかった。

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