第197話 衝撃の事実
そうしてしばらく休んだ後、リシャール様の準備が整ったようなので、俺はリシャール様の自室に向かった。
部屋に入ると既に人払いがされていて、テーブルには軽食が乗っていた。夕食が少し遅くなるから軽く食べられるようにだろう。
既にリュシアンも来ているようだ。
俺は入室の挨拶をして、ロジェに廊下で待機してもらうようにお願いし、ソファに座った。
「さて、レオン君から話があると聞いたんだが、なんの話だ?」
「はい。お時間をいただいてありがとうございます。まずは、アルテュル様のことについてリシャール様は知っておられますか?」
「ああ、リュシアンから聞いた。それにプレオベール公爵家のことはできる限り情報を集めているからな。敵対勢力の筆頭だ」
「それでしたら、その話は省かせていただきます。私はアルテュル様が今のような状態に陥った原因の一端は、私にあると思っています。そこでなんとかアルテュル様の助けになりたいと思い、アルテュル様にある魔法具を送りたいと考えています」
俺がそう言うと、リシャール様は少しだけ優しげな顔になって言った。
「まず、レオン君の責任だということはない。プレオベール公爵家は最近、目に余るほど平民に対して当たりが強い。しかしそれを取り締まれていないのは、ひとえに国を動かす立場である私の責任だ。申し訳ないと思っている。しかし貴族は影響力も強く、容易に取り締まれないのだ。貴族と平民が助け合うとは言っても、近年はその決まりがあってないようなものだからな……。本当に悲しいことだ。話を聞く限り、アルテュルという少年は立派なように思える。そのような者が力を奮えないようではダメなのだが、これは国の責任だ。アルテュルにも申し訳ないと思う」
リシャール様はそう言って頭を下げた。俺はそれに慌てて頭を上げてもらう。
「リシャール様、頭を上げてください! 確かに国の責任がないとは言いませんが、貴族という身分がある仕組みなのですから、仕方がないことだと思っています。……そういえば細かい事例について知らないのですが、貴族が平民に暴力を振るった場合、基本的にはどうなるのですか? まだ授業でも習っていなくて……」
「そうだな、基本的には注意を受ける程度だろう。それも証拠がしっかりとあり目撃者がいる場合に限る。基本的に平民と貴族の言い分が食い違った場合、貴族の言い分が優先される。しかし、それも個々の事例にはよるがな」
「そうなのですね……」
やっぱり身分がある世界だな……。要するに、貴族は平民に対して何をしても、大きな罪にはならないということだろう。この世界では動画を撮ることもできないし、平民は泣き寝入りするしか方法がないよな……
昔はもっと厳格だったのかもしれないけど、近年の風潮ではこうなるのも仕方がないのだろう。
王立学校で習っている感じだと、この国の法は日本とはかなりタイプの違うものだ。憲法のように絶対の法はなく、それは王家が担うことになっている。しかし貴族の力も無視できないため、国の重鎮による会議などで方針が少しずつ変わったりするらしい。
殺人はダメとか人身売買はダメとか、盗みはダメとか基本的に守るべきところは変更されないらしいけど、それでも貴族という身分の者がそれを犯した場合、平民より罪が軽くなったりするのだという。
一応細かい法律のようなものもあるにはあるけれど、トップの方針が流動的なため、法律もそこまで厳格に施行されるわけではないみたいだ。俺からすればそんなに曖昧なものを法っていうのか? って感じだけど、とりあえずそれで国が回っているらしい。
でも多分、その曖昧な感じでもこの国がうまく回っていたのは、使徒様の教えが絶対的なものであったからだと思うんだよね。それが揺らいでいる今、この国ってそのうち滅びるんじゃないか? と思ったりもしている……
まあそんな国の現状だから、アルテュル様のことを根本から助けるのはかなり難しい。というよりも方法がないだろう。
国の仕組みを大きく変えられたらできるかもしれないけど、それは流石に無理だからな……。例えやるとしても長い年月が必要だ。
そうなると、密かに手助けするか、無理矢理プレオベール公爵家から攫ってきて匿ったりなど強硬手段を取るしかない。でも無理矢理攫うのはバレたらこちらが犯罪者になるし、アルテュル様も外を出歩けなくなるという点では、状況は結局変わらない。それに貴族が他家のことに口を出すのは基本的にタブーとされているしな……
……やっぱり、バリアの魔法具を渡すことが今できることの限界だろう。
「……アルテュル様の現状は、今の時点では仕方がないことだと思っています。他家の事情に口を出すのは難しいこともわかっています。しかし現状を引き起こした原因が私にもある以上、少しでも助けになりたいのです。そこで、バリアの魔法具を、アルテュル様に渡したいと思っています。」
俺がそう言うと、リシャール様は不思議な顔をした。
「バリア、とはなんだ?」
「はい。実は私……、一般的に言われている属性以外にも使える魔法があるのです。空間属性と名付けた魔法が使えます。バリアとは空間属性魔法の一つで、さまざまな攻撃から身を守る透明な盾のようなものです」
俺がそう言うと、隣のリュシアンはかなり驚いたような様子で固まっていたが、リシャール様は冷静だった。
「そうか、あの魔法がバリアという名前なのだな」
「……驚かないのですか? それにあの魔法って?」
俺は思わずそう聞いてしまった。すると、リシャール様の口から衝撃的な事実が語られた。
「ああ、実はレオン君が他の魔法も使えることを、私は知っていたのだ」
…………え!? どういうこと!?
俺言ってないよね? 覚えてないだけで言ったっけ? いや、流石にこの話をしたことを忘れるってことはないだろう。じゃあ、なんでだ?
「なぜご存知なのか、聞いても良いのでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。私からレオン君に話そうと考えていたのだが、影から入手した情報は基本的に明かさないことがマナーだからな。迷っていたんだ」
…………影。
そうだよ。完全に存在を忘れてた。確か、俺にもついてるって言われた気がする。存在を感じたことは一度もなかったし、紹介されたこともなかったから忘れてたよ……
護衛として俺の家族や知り合いと、更に俺自身にも影がついてるんだったな。
……なんで忘れてたんだろう。じゃあ、今までの俺の行動は、全て筒抜けってことじゃないか!?
俺はその衝撃の事実に本気で驚き、思考が停止してしまう。そうしてぼーっとしていると、リシャール様が少しだけ申し訳なさそうに口を開いた。
「レオン君にも影をつけることは伝えたから知っていると思っていたのだが、その様子ではやはり忘れていたのか? 確かに最初に許可を得てから話に出したこともなかったな。もう少し定期的に影がついていることを伝えれば良かったかもしれない。これからは改善しよう」
「い、いえ、忘れていた私が悪いので、気にしないでください……」
俺はリシャール様になんとかそう返して、また頭の中で今までのことをぐるぐると考えはじめた。
何か、やばいことが見られたりしてないだろうか? でも、秘密にしてることなんてほとんどないよな。秘密にしてるのは、空間属性のことと転生したことぐらいだ。空間属性のことは伝えるから見られていても問題ない。
ということは、転生したことがバレてなければ大丈夫だろう。転生したことを話したのは、マルティーヌに対してだけだ。
マルティーヌと日本のことを話したのは、王宮でのお茶会の時と馬車の中でだけ。どちらも声は抑えていたし、すぐ近くに人がいない限り聞かれていたということはないだろう。
……多分、大丈夫なはずだ。
「……リシャール様、影の方達はどこまで入っているのでしょうか? 建物の中などはどうなのでしょうか?」
「ああ、基本的には建物の中までは護衛しない。中に入ったのを見届けたら外から建物の周りを監視するだけだ」
そっか。それなら転生のことがバレたということはないだろう。とりあえず、良かった……。
転生のことを伝えるのはかなり怖いから、できる限り秘密にしたいんだ。特に家族には知られたくない。
いずれリシャール様やリュシアン達には教えるかもしれないけど、それでも家族にだけは秘密にすると決めた。知らない方がお互いに幸せなこともあると思うから……。
だから、今回バレていなくて本当によかった。
「そうなのですね」
「レオン君はずっと監視されているのは嫌かも知れないが、護衛という意味も込めているからこれからも付けさせてくれるか?」
「もちろんです。というよりも、こちらからも改めてお願いします。守っていただけているのは心強いです」
俺はそう言って、しっかりと頭を下げた。家族はもちろんだけど、俺も守ってもらえているのは凄く心強い。
「そう言ってもらえて良かったよ。ではこれからも影は付けておく」
「ありがとうございます」
「それでは話を戻すが、私は影からの報告でレオン君の魔法について既に知っている。しかし詳細はわからないのだ。できれば詳しいことを教えてくれるか?」
そうだよ、その話だった。影の存在が衝撃的すぎて元の話を忘れてた。リシャール様は、というか影の人は見ていてどこまで分かったんだろう?
「リシャール様、影の方からの報告ではどこまで知っておられるのですか?」
俺がそう聞くと、リシャール様は心得たように頷いてくれた。
「確かにそうだな。先に私が聞いた報告について話そう」
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