第190話 授業再開と遠征について

 遂に昨日で夏の休みも終わり、今日からまた王立学校に通う日々が始まった。

 俺は夏の休み前を思い出しつつ朝から準備を整えて、リュシアンと共に馬車で学校まで来た。そしてEクラスの教室に入る。

 教室には既にロニーが来ていて、他の皆も集まっているようだ。長い休み明けの初日って、何故かいつもより早く来る人が多いよな。そんなことを考えながら、俺はロニーの隣である自分の席に向かう。


「ロニーおはよう」

「あっ、レオン。おはよう」

「皆はどう? 馴染めてる?」

「うん、問題ないよ。今までの生活との違いに驚いてはいるんだけど、それよりも毎日楽しそうかな。三食ご飯があることが一番嬉しいみたい。ティノさんがご飯を作る様子を、暇があれば厨房の入り口から眺めてるんだ」


 ロニーはそう言って少しだけ苦笑した。


「そうなんだ。まあ馴染めてるのなら良かったよ。じゃあ、そろそろ仕事を始めても大丈夫かな?」

「うん! 全く問題ないと思う。皆に市場の場所もお店の場所も教えたし、お店の中を見学もしたんだ」

「そっか。じゃあ明日の放課後に寮に行って、これからの仕事について話そうかな。売り上げと経費のこともその時に話し合おうか」

「うん、僕はそれで大丈夫だよ。皆も大丈夫だと思う」

「じゃあ、明日の放課後はロニーも馬車で一緒に帰ろう。帰りはリュシアンと別の馬車にしてもらうように頼んでおくから」

「いいの?」

「もちろん!」

「ありがとう。じゃあ、皆にも明日レオンが来るって伝えとくね」

「よろしくね」


 そうしてロニーとこれからの予定について話し合っていると、教室にEクラス担当のスティーブ先生が入ってきた。久しぶりだ。


「皆揃ってるかー。夏の休み明けでまだ休み気分が抜けないだろうが、しっかり切り替えて勉学に励むように! それから、今日は一つ重要な連絡があるからちゃんと聞くんだぞ」


 スティーブ先生はそう言って、少し真剣な表情になった。


「次の秋の休みのことなんだがな、魔物の森へ課外授業に行くことになった」


 スティーブ先生がそう言うと、クラスは騒然となる。

 確かにいきなりこんなことを聞いたら混乱するよな。今までは魔物の森の存在を知ってはいても、遠くの出来事だったんだから。

 でも俺は自分が提案したことだし、遂に決まったのかと感慨深い。これでやっと魔物の森に行けるんだな。


「騎士がしっかりと護衛につくから危険は殆どないとのことだが、強制はできないので自由参加だ。ただ参加しなかった者は、魔物の森について秋の休みに研究レポートを書くことが義務付けられることになる。それから、参加した者には魔物の森へ挑んだものに贈られる、勲章が授与される。その辺も考えて実家で相談し、参加するか決めて欲しい。参加するかは来週までに決めてくれ。来週末に参加者を募るからな」


 スティーブ先生がそこまで言うと、一人の女の子が手を挙げた。騎士爵の子供で、本人も騎士を目指しているかっこいい女の子だ。


「先生。なぜ魔物の森に行くのでしょうか? 今までそのような遠征はなかったと思うのですが……。もしかして、この国が魔物の森にいずれ飲み込まれるというのは、本当のことなのですか……?」

「俺も父上から聞いたぞ。だが大袈裟に言っているだけだと深刻な様子ではなかったが……」

「家ではかなり深刻な様子で父上と執事が話し合っていたぞ」

「私はそんなこと聞いてないわ。どういうことなの!?」


 その女の子の言葉を皮切りに、皆が一斉に話し始めた。

 実は数日前にリシャール様に聞いたんだけど、遂に魔物の森のことを貴族全員に伝えることにしたらしいのだ。前に俺がリシャール様と話してから、ずっと詳細を詰めていたらしい。

 そしてそれに伴って、数日以内に平民にも魔物の森の脅威について発信するようだ。どうなるのか……ちょっと怖いけど、魔物の森の脅威は避けられないんだ。仕方がないことだよな。


 俺がそんなことを考えつつ一気に大混乱に陥った教室を眺めていると、隣のロニーに小声で話しかけられた。


「レオン、どういうこと? 魔物の森に飲み込まれるって……、抑え込めてるんじゃないの?」

「ううん。いずれ平民にも公布されることだから言うけど、抑え込めてないらしい。段々と飲み込まれてるんだって。だから皆で危機感を共有して力を合わせましょうって感じなんだ。そうすれば抑え込めるだろうって……」


 俺がそう言うと、ロニーは俺の言葉を上手く飲み込めないような顔をした。そして不安そうな表情で口を開く。

 

「それ、本当に力を合わせれば抑えられるの?」


 ……どうしよう。貴族には本当に危ないって事実を教えてるんだよね。でも平民には、混乱を避けるために頑張れば抑え込めるって公布するんだ。

 ロニーは平民だけど……、混乱を煽るようなことはしないだろうし、何より王立学校にいればそのうち知ることだよな。


 俺はそう考えて、小声でロニーの耳元で言った。


「本当はかなり大変な状況らしいよ……。でもそれを素直に伝えたら混乱するから、平民向けには力を合わせて乗り越えようって感じにするんだ」

「大変って……どのぐらい?」

「正確なことはわからないけど……、俺たちが大人になれるかどうかぐらいかな……」


 俺がそう言うと、ロニーは驚愕の表情を浮かべた。


「それ、本当に?」

「うん。でも、これからどうなるかは誰にもわからないから。それに、対策も考えるだろうし」

「そっか……」

「大丈夫! ロニーと他の皆も、俺の知り合いは皆守るから。俺って魔法は凄く得意なんだ」


 俺がそう言うと、ロニーは俺が強がってそう言ったと思ったのか、少しだけ笑顔を浮かべた。


「ありがと。僕も魔法は使えないけど、皆を守るよ」


 そうして二人で話していると、スティーブ先生が声を上げた。


「お前ら、一旦静かにしろ!」


 そう言うと、皆は途端に静かになる。


「混乱するのはわかる。というか、俺も混乱してるんだ。魔物の森に飲み込まれるって話は俺も数日前に聞いたが、俄かに信じがたい。ただ、王家からの情報だ。デマだとも思えない。とりあえず、その話も加味しつつ魔物の森に行くか行かないか考えろ。一度見に行ってみるのもいいと思うぞ。真偽がわからないことは、自分の目で見るのが一番だ。それから遠征にかかる金は国から出されるらしい。だから金の心配はいらない。じゃあ、来週末までに決めておけよ!」


 スティーブ先生はそう言い残して、教室から出て行った。

 先生が出ていくと、また皆はざわざわと話し出す。ただ皆同じような情報しか持っていないので、結局魔物の森に行くか行かないか決めかねているようだ。

 しかしこのクラスは騎士志望が多いこともあり、騎士を目指している人は行くみたいだ。


「ロニーはどうする?」

「……レオンは?」

「俺は行くよ。一度行ってみたかったんだ。何も知らずに気付いたら手遅れだっていうのは嫌だからね」

「……そうだよね。うん、僕も行くよ」


 ロニーは少しだけ考えていたがすぐに決意を固めたようで、何かを見据えたような表情でそう言った。


「じゃあ、一緒に魔物の森の真実を見に行こうか」

「うん。それから対策を考えることにするよ。家族の皆は助けたい。僕みたいな子供一人じゃ何もできないかもしれないけど、何もしないよりはマシだと思うから」

「そうだね。俺も家族や大切な人達は助けたい」


 ……それからできることなら、この国を助けたい。


 その言葉を口にするのはやめておいた。俺の能力を知らないロニーからしたら、壮大すぎる話だからな。

 でも、できる限りなんとかしたい。そのためにはまず、魔物の森に一度行って現状を知り、魔力を増やして魔物の森まで転移できるようにすることだ。

 日常も忙しいけど、その日常を守るためにも頑張らないと。


 それからは少し落ち着かない雰囲気ながらも、いくつもの授業をこなし休み明け初日の学校は終わった。

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