第188話 自己紹介

「皆はどう? ティノの料理は美味しい?」


 皆の食べるスピードから確実に美味しいのだろうということは分かったけど、一応聞いてみたら案の定凄い勢いで首を縦に振られた。皆口の中がいっぱいで喋れないらしい。

 一番に口の中のものを飲み込めたのがエマだったようで、エマが口を開いた。


「レオン様、ティノさん、本当に美味しいです! こんなに美味しい料理は生まれて初めてです。それに、こんなに沢山……、本当にありがとうございます!」

「そっか、それなら良かったよ。これからは毎日三食ティノの料理だからね。お店が始まったらお昼はお店に運んでもらうから、もう少し簡単な料理になると思うけど」

「……この料理は、今日だけの特別ではないのですか?」


 そう聞いたのはリズだ。


「うん。これからもこんな感じの料理だと思うよ? だよね、ティノ?」

「はい。レオン様から食材費は多めにもらっていますので、今回のような料理が基本になります。ただ先程レオン様も仰られたように、お昼はもう少し軽いものになると思います」


 ティノがそう答えると、皆は感動したようで言葉も出ない様子だ。確かに、孤児院の食事はかなり少なかったからね……

 皆にはしっかり食べて健康的な見た目になってもらわないと、逆に困るんだ。接客業は見た目重要だからね。

 ドニとリビオは稼いだお金で食料を買っていたみたいでガタイはいいんだけど、他の皆はかなり細い。一目で貧しい育ちだということがわかるほどには細い。とりあえず、しっかり食べてもらうことも仕事のうちだな。

 俺が皆を見回しながらそんなことを考えていたら、隣に座っていたロニーに小声で話しかけられた。


「レオン、こんなに豪華な料理を毎日なんて大丈夫なの?」

「うん。そこまで豪華ってほどでもないし大丈夫だよ。高価な食材を使っているわけじゃないし」

「それならいいんだけど……。レオン、僕ちょっと考えたんだけど、このお店ってどのぐらい経費がかかるのかな? どのぐらい売り上げがあれば黒字になるの?」


 ロニーに恐る恐るそう聞かれて、俺は結構驚いた。既にそんなことまで考えてくれてたなんて……ロニーは本当に頼もしい店長だ。

 でも、頼りきりじゃなくて俺も頑張らないとだよな。確かにそろそろしっかりと考えた方が良いと思ってたんだ。趣味の延長みたいな感じで、とりあえずお金は気にしないで始めちゃったけど、どうせやるなら売り上げも伸ばしたい。今度ロニーとその辺も話し合った方が良いな。


「まだちゃんと計算してみたことないんだけど、今度大体で計算してみようかな。一緒にやってくれる?」

「もちろん。あと、もし嫌じゃなかったらでいいんだけど、レオンがどれだけお金を持ってるのか教えてくれない? それを知らないから心配で。こんなに大きな寮を買ったり、お店も買って、皆も雇って。……破産しない?」


 ロニーは真剣に心配してくれているようで、深刻な表情でそう聞いて来た。

 確かにロニーには、具体的な値段とか俺の持ってる資産とか教えたことないよね……。うん、ここは一度教えておこうかな。ロニーなら信用できるし。

 というか、俺も自分の持っているお金がどれほどの価値なのかよく理解できてないんだけどね。最初にこの国のお金を安易に日本円に直したけど、あれもそこまで正確じゃない気がしている。それに、物価も違うから一概には言えないなということに気づいた。


 日本での価値を正確には知らないから正しいかわからないけど、この国は建物や土地はかなり安い気がする。ただ建物や土地が安い割に、服とか装飾品、貴族向けのお店で売っているものなどはかなり高いと思う。


 うーん、だから俺が持っているお金がどれほどなのかっていうのが、上手くイメージできないんだよな。他の人の資産を知る機会なんてないし。

 地球みたいに長者番付とかしてくれたらわかりやすいんだけどね。あとは国の年間予算とか、貴族家の資産とか、平民の平均年収とか、その辺を知れるとまた判断材料になるんだけど、何も知らないから本当に比較できない。


 でも、こうしてお店を始めるのにお金を使っている感じからして、余程のことがない限りお金の心配がいらないということはわかる。あとお店を十店でも二十店でも始められる。

 だから、破産の心配はとりあえずないはずだ。俺の資産って時間が経つとどんどん増えていくし……


「とりあえず、破産の心配はいらないから大丈夫。どれほどお金を持ってるのかも今度教えるよ」

「わかった。じゃあよろしくね」


 そうしてロニーと話したり、他の皆と話したりして昼食を終えた。


 昼食が終わったら次は自己紹介タイムだ。食器などを皆で片付けてまた席に座る。


「じゃあ、改めてまずは自己紹介からしてもらおうかな。まずはロニーから」

「僕からなの?」

「うん。店長でしょ?」

「そっか……わかった。あっ、僕もレオンに敬語の方が良いかな?」

「それだけはやめて! ロニーに敬語で話されたら悲しい……。余程公的な場とか敬語を使わないといけない場面なら仕方がないけど、基本的には今まで通りでよろしく」

「わかったよ」


 ロニーは少しだけ苦笑いをしてそう頷いてくれた。ロニーに敬語で話しかけられるなんて、距離ができたみたいで悲しいからな。


「では改めまして、僕はロニーです。レオンから店の店長を任されました。店長とは言ってもまだ経験もなく若輩者ですので、皆さんと力を合わせて頑張っていきたいと思っています。よろしくお願いいたします」


 ロニーは堂々とそう挨拶をした。最初に会った時のロニーとは比べ物にならない。本当にロニーは成長したよね。


「ありがとう。じゃあ次はヨアン」

「かしこまりました。改めまして、私はヨアンです。料理長としてスイーツを作る仕事と、スイーツの研究をする予定です。料理人志望の方は勿論、それ以外の方々もよろしくお願いいたします。新しいスイーツの試食など、手伝っていただけたら嬉しいです」


 ヨアンがスイーツの試食と言ったところで、皆の瞳が輝いた。多分、試食要員に困ることはないな。


「ありがとう。じゃあ次はアンヌかな」

「かしこまりました。改めまして、私はアンヌです。先日まではタウンゼント公爵家でメイドをしておりましたが、レオン様にお仕えしたいと思い、現在はレオン様に雇っていただいています。レオン様より給仕担当の責任者を仰せつかっておりますので、よろしくお願いいたします」


 アンヌはそう丁寧に挨拶をして、綺麗な礼をした。うん、さすが公爵家のメイドだった人だ。


「じゃあ、次はエバン」

「かしこまりました」


 そうしてエバン、ティノ、給仕志望としてエマとキアラ、料理人志望としてポールとリズ、警備志望としてリビオとドニが自己紹介をした。

 こうして皆の挨拶を聞くと、ずいぶんと従業員も増えた。本格的にお店が始まるって感じだ。


「皆ありがとう。そうだ、一応俺の紹介もしておくね。既に知ってると思うけど、俺はレオン。生まれは王都の西の外れにある食堂なんだけど、色々とあって今はタウンゼント公爵家に住まわせてもらって、公爵家から王立学校に通ってる。そしてジャパーニス商会の商会長でもある。今回のお店は俺の商会の一号店だよ。そしてこちらの男性がロジェ。俺の従者で基本的にはいつも一緒にいるから、皆も覚えてね」


 俺がそう言ってロジェに目配せをすると、ロジェは立ち上がり綺麗な礼をした。そして口を開く。


「ロジェと申します。レオン様の従者をしております。よろしくお願いいたします」


 ロジェはそれだけ言って椅子にまた座ってしまった。なんか、ロジェが最初の頃の無表情になってるんだけど。最近は無表情の中にも感情が読み取れたのに……


 ……もしかして、ロジェって人見知り?


 確かに、それあり得る。初対面かつ大人数の前で話すのは、仕事としてならいけるけど感情を出すのは難しいのかな?

 そう思ったら、途端にロジェの無表情が焦りを隠す必死の仮面に見えて来た。うん、またロジェの新たな一面発見かも。でもこれは言わないでおこう。せっかく必死に頑張ってるんだし。


「じゃあ、これで顔合わせは終わりでいいかな? ここまでで質問とか、一度休憩したいとかあるかな?」


 俺がそう聞くと、リズが恐る恐る手を挙げた。


「あの、レオン様、お手洗いに行きたいのですが……」

「そっか、気づかなくてごめんね。じゃあ一度休憩にしよう。二十分後……そういえば、皆は時計読める?」


 俺が突然思い出してそう聞くと、皆は頷いてくれた。さすがアシアさん。本当に教育って大切だ。


「じゃあ、その時計で二十分後まで休憩ね」


 そうして一度休憩を取ることにして、そのついでに皆には水洗トイレの使い方とお風呂の使い方を、アンヌが簡単に説明してくれた。

 この寮に時計は食堂に一つあるんだけど、皆には一人一つ時計を持ってもらったほうが便利だよな。それも支給しちゃおうかな……

 そんなことを考えつつ、俺も食堂で少し気を抜いて休んでいると、すぐに二十分が経った。

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