第184話 ヨアンの成果
そこまで俺が考えをまとめたところで、ついに焼き上がったようでヨアンに声を掛けられた。さっきから凄く良い匂いがしてたんだよね。
日本で実家にいるときに、お母さんがお菓子作りをしてた時の匂いに似てる。……本当に懐かしい。
「レオン様、焼き上がりました」
「ありがとう。このまま食べても良いのかな?」
「はい。出来立てはやはり美味しいです。しかしこれは、出来上がった後にすぐに濡らした布を被せて冷やすと、しっとりとして冷めても美味しくなります」
確かに、ケーキにするならスポンジは冷まさないとダメだよね。生クリームが溶けちゃうし、結局冷やすんだし。
そのことを伝えてなかったのに美味しく冷やす方法を考えてくれるなんて……ヨアン天才!!
「そこまで考えてくれるなんて、ヨアンありがとう。実は俺が考えてるスイーツのレシピは冷たいものなんだ。だから本当にありがたいよ」
「いえ、レオン様は持ち帰りが基本のお店になると仰られていましたので、出来立てよりも時間をおいても美味しいものをと考えました」
……ヨアン、本当に素晴らしすぎる!
めちゃくちゃ給金弾むし、研究費もいくらでも出す。特別手当とかも出す。本当にありがとう!
「俺、ヨアンと出会えて良かったよ」
「なっ……大袈裟です! ……では、今味見される分を少し取り分けて、残りは冷やす方に回します」
そうしてヨアンは少しだけ照れた表情を隠すように、黙々とケーキを取り分けてくれた。俺の分とロジェにもだ。
「では、召し上がってみてください」
ヨアンは少しだけ緊張した面持ちで、そう言って俺とロジェにケーキとカトラリーを渡してくれた。
「ロジェも食べたら感想をお願いね」
「かしこまりました」
「じゃあヨアン、いただくね」
そうして二人でスポンジケーキを一口食べる。
……やばい。これスポンジケーキだ。めちゃくちゃ美味しい! 美味しすぎる!!
ふわふわで甘くて口の中でとろけちゃうような感じ。これだよ、これだ!
やばい、泣きそうなぐらい感動する。
「ヨアン、すっっごく美味しい。これだけでも確実に売れるよ。こんな食感と味の食べ物なかった!」
俺がそう言うと、ヨアンは途端に安心したような顔をして笑顔になった。
「良かったです! 私もとても素晴らしいものができたと思っています。ただ一番凄いのはレオン様です。材料を曖昧ながらも指定してくださったので、ここまで美味しいものが作れました。本当に、本当にありがとうございます!」
「そんなことない、俺は適当なレシピを思いつくだけだから。それを実現させたヨアンが凄いんだよ。今回のこれなんて何となくの材料を伝えて、それで美味しいものが作れる気がするってかなり曖昧な指示だったし……」
本当にこれを作り上げたヨアンには感謝しないとだ。俺一人だったら絶対に作れなかった。
「いえ、私に研究の機会を与えてくださったのはレオン様ですし、実際にレオン様と出会うまでは全く上手くいかない研究でした。やはりレオン様のおかげです!」
「いやいや、違うよ……って、ふふっ、お互いに感謝してるってことでいいか」
俺は二人で感謝し合っているのが途端に面白くなって、少し笑いながらそう言った。
「確かにそうですね」
「うん。そうだ、ロジェはどう?」
俺はまだロジェの感想を聞いていなかったと思いロジェの方を見ると、予想だにしない光景が待っていた。
ロジェが、思いっきり微笑んでいたのだ。というよりも、幸せそうな顔をしている。こんな顔初めてみた!
最近は感情も出すようになったけど、それでも無表情がデフォルトだったのに。
「レオン様、これは、これは、本当に素晴らしいです! ふわふわで口の中で溶ける食感も、甘くて優しい味も、全てが完璧です!」
ロジェは興奮した様子でそこまで言うと、途端に我に返ったようで、少しだけ慌てた後にいつもの無表情に戻った。
いつもさっきみたいに感情を出してくれていいのに。
「それは良かった。これ売れると思う?」
「はい。確実に売れます。貴族で大人気となるでしょう。連日待ちができるでしょう。予約制にするべきかもしれません」
無表情に戻ってもいつもより饒舌だな。俺はその様子に思わず顔が緩みそうになりつつ、それを何とか抑え込んだ。
「そこまでかな?」
「そこまでです。普通の店は最初に流行るまでのきっかけが必要ですが、レオン様の場合は大奥様が広めてくださると思いますので、すぐに客が殺到すると思われます」
確かにそうかも。そうだ、マルティーヌも絶対にお店に行くって言ってたよな。王女殿下が来たってなったら、とりあえず貴族は皆来そうだ。そこで味を気に入ってくれたなら、贔屓にしてくれるだろう。
忙しくなりそうだな。嬉しい悲鳴だ。
「じゃあ販売方法も考えないとだね。とりあえず、これは大成功! この後どうやって使うのか考えようか。後これに名前もつけないとだね」
俺がそう言うと、二人は不思議そうな顔をした。
「レオン様、これで完成ではないのですか?」
「え? 違うよ? これを使っておいしいスイーツにするんだ」
「これ以上ですか……?」
「もちろん! とりあえずこれの名前だけど、俺が決めちゃっても良い?」
「はい。もちろん構いませんが……」
ヨアンは少し戸惑いつつも了承してくれたので、俺はこれをスポンジケーキと名付けることにした。やっぱり名前はそのままが覚えやすくてわかりやすいからね。日本の名前を覚えているものはそのままが良い。
「じゃあ、これはスポンジケーキって名前ね」
「スポンジケーキ、ですか?」
「そう。覚えにくい?」
「いえ、発音もしやすいですし良いと思います」
「じゃあ決定ね。これはスポンジケーキ。そしてこれをどうやってアレンジするかなんだけど……」
そこから俺は、ヨアンに俺が知っている限りの知識を教えた。まずは生クリームで全体を覆うことや、中に生クリームを挟むこと、それからフルーツを飾ることや、生クリームを綺麗に盛ること。
生クリームとフルーツなどを挟んで巻くこと。焼くときに型を小さいものとすることでカップケーキになること。
ただ、日本にあったような耐熱紙のカップケーキはできないので、ちょっと違うものになりそうだけど。小さなホールケーキみたいな感じとかかな。まあ、美味しければ良いよね。
あとはマロンクリームが作れないかとか。チーズを使って美味しいケーキにできないかとか。クレープに生クリームを挟んで重ねてデコレーションできないかとか。とにかくそんな感じで、ヨアンに無茶振りをしまくった。
途中で止めようかと思ったんだけど、ヨアンは凄く瞳をキラキラとさせてやる気に満ちてたから、多分止めなくても良かったと思う。
「レオン様、レオン様の発想力は素晴らしいです! 今レオン様が仰られたことを全て再現できるかは分かりませんが、とりあえずできそうなところからやってみます!!」
ヨアンは頼もしい顔でそう言ってくれた。
「ヨアン、本当にありがとう。何か足りないものとかあったらすぐ言ってね」
「かしこまりました」
「そうだ、お店の厨房がもうすぐ使えるようになるから、そしたらそっちに移ってもらいたいんだ。あと、従業員専用の寮を作ったから、そっちにも引っ越してもらいたいんだけど……」
「それはありがたいです!」
ヨアンは食い気味にそう言って、俺の方に身を乗り出してきた。凄いな、ヨアンのテンションも上がりまくってる。
「ヨ、ヨアン、ちょっと落ち着こうか」
「はっ……、も、申し訳ありません。つい嬉しくて」
「それはわかるよ。その情熱は研究にぶつけてね」
「もちろんです!」
この勢いなら、たくさんのケーキを作り出してくれそうだ。本当に頼もしい。
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