第182話 夏の休みの思い出

 そうしてティノと会った次の日。

 今日はマルティーヌ達とお茶会の予定が入っている。お茶会兼昼食会なので、お昼前にマルティーヌとステファンが来る予定だ。

 俺とリュシアンは既に応接室に集まり、二人を待ちながら話をしていた。部屋には二人だけだ。


「リュシアンは夏の休みの間何してたの?」

「基本的には鍛錬と勉学だな。ただステファン達と数回は会ったぞ。それから他の友人にも会ったな。後は貴族の集まりに参加したぐらいだ」

「貴族の集まり?」

「ああ、同じぐらいの年齢と爵位の者達が集まる茶会のようなものだ。友好を深めるのが目的だとか言っているが、婚約者探しの意味合いが強い」

「そんな集まりあるんだ……」


 まだ十歳なのに、もう婚約者か。貴族って大変だ。


「リュシアンは婚約者っているの?」

「いや、私はまだいない。ただ数人には絞られているぞ」

「え、そうなの!? 俺も知ってる人?」

「いや、レオンとの面識はないだろう。まだ王立学校に入学してない歳の者がほとんどだからな。私も名前を知っているぐらいで会ったことはない」


 会ったことはない婚約者候補、そんなの嫌だなぁ。これは俺が日本人的な自由恋愛の考えを持ってるからなんだろうけど。

 マルティーヌとステファンも候補はいるのかな? いや、あの二人は決まってる可能性もあるのか……


「マルティーヌとステファンはもう決まってるのかな? 第一王子と第一王女だし……」

「いや、決まっていないぞ。だから二人の婚約者になろうと必死な者が大勢いるのだ。ただ、あと数年以内には決めなければならないだろう」

「……そっか」


 何か、皆が遠くに行っちゃうみたいでちょっと寂しいな。俺はそんな寂しい気持ちを振り払うように、前に思った疑問を聞いてみることにした。


「前に考えたことあるんだけど、マルティーヌとリュシアンが婚約するって可能性はないの?」

「私とマルティーヌ? それは絶対にないぞ?」

「絶対になの? 爵位的には十分あり得るんじゃない?」

「そうか、レオンは知らなかったのか……」


 リュシアンがそう言って、驚いたような表情で呟いた。なに、何か秘密とかあるの?


「何かあるの?」

「いや、私とマルティーヌは従兄弟だぞ。従兄弟は一応結婚できるが、推奨はされていない。よって私がマルティーヌと婚約することはないな」

「え、従兄弟なの!? じゃあステファンも!?」

「そうだぞ」


 待って、そんな衝撃の事実初めて知ったんだけど! だって、二人とは初対面みたいだったじゃん! そんなこと今まで一度も聞いてないよ!

 リュシアンと二人が従兄弟ってことは、親が兄弟ってことだよね?


「誰と誰が兄弟なの? クリストフ様とエリザベート様? それともアレクシス様とソフィア様?」

「陛下と母上だ」

「ということは、ソフィア様って元王女様だったの!?」

「そうだぞ。知らなかったのか? お祖父様も母上のことはソフィア様と呼んでいただろう? 昔からの癖だと聞いたことがある」

「確かに……そんな気もする」


 そんな細かいことまで気づくわけないよ! 今年一番の衝撃だった。いや、人生で一番ぐらいの衝撃だった。

 じゃあ、アレクシス様とソフィア様、それから王立学校の校長先生であるトリスタン様が兄弟ってことか。確か前に、三人兄弟だって聞いたことがあるような気がする。あの時は聞き流しちゃったけど、まさかすでに面識がある人だったなんて。

 でも従兄弟なんてまだ信じられない。全くそんな雰囲気なかったよね?


「でも、リュシアンと二人は王立学校で初対面だったんだよね?」

「ああ、覚えていないほど小さな頃には会ったこともあるらしいが、それ以降は会っていないからな。貴族は基本的に領地にいて、会う機会はあまりない。気軽に会えるような立場でもないし、タイミングを逃して王立学校入学になったんだ」

「そうなんだ……。兄弟仲が悪いとか、そういうことではないんだよね?」

「そういう話は聞いたことがないぞ。ただ、貴族は嫁いだら実家にはあまり帰らないのが普通だからな。よほど仲が良くない限り頻繁に会いに行くようなことはないんじゃないか? 私が当主の座を継いで父上と母上が王都に住むようになれば、今よりも会えるようになるのだろう」


 貴族って里帰りもあまりできないなんて、窮屈だな。それにしても本当に驚いた。じゃあマルティーヌもソフィア様みたいにどこかの貴族に降嫁して、そうしたら王都に来ることもほとんど無くなるんだな……

 リュシアンも領地に住むようになるし、本格的に寂しくなりそう。

 リュシアンにはまだ転移で会いに行けるかもしれないけど、マルティーヌには難しいだろう。だって、妻に頻繁に会いに来る男なんて騒動の元にしかならない。どんなに懐の深い旦那さんだって嫌だろう。


 はぁ〜、なんか落ち込む。今の楽しい時間にも終わりはあるんだよな。

 そうしてリュシアンから衝撃的な話を聞いていると、マルティーヌとステファンが到着したと知らせが入った。そしてすぐに二人が部屋まで来る。


「ステファン様、マルティーヌ様、お久しぶりでございます」

「レオン久しぶりね。会えて嬉しいわ!」

「レオン、やっと帰ってきたんだな」

「はい。数日前に戻って参りました」


 使用人がいるので硬めの挨拶をして、昼食を準備してもらってから部屋には四人だけになった。

 まず口を開いたのはマルティーヌだ。


「レオンがいなかったから、夏の休みが楽しくなかったわ」


 マルティーヌは少し不満げな顔で、頬を膨らませてそう言った。そんなふうに言ってもらえるなんて、本当にありがたいことだ。

 でもこれも今だけか……、俺はさっきリュシアンとした話を引きずって、少しだけ寂しい気持ちになってしまう。

 でも皆にはバレないように、いつも通りの笑みを浮かべてマルティーヌに返す。


「ごめんね。またこれからはしばらく中心街にいるから、お茶会しようか。マルティーヌは夏の休みの間何をしてたの?」


 俺がそう答えると、マルティーヌは途端に笑顔から心配そうな表情に変わった。


「……レオン、何かあったの?」


 そして顔を覗きこまれながらそう聞かれる。いつも通りに笑ってたはずなのにな……

 何でいつもマルティーヌにはバレちゃうんだろうか。そう思いながらも気づいてもらえたことが嬉しくて、複雑な気持ちになる。


「さっきリュシアンから衝撃的な話を聞いて、まだ思考がまとまってないんだ。それだけだから大丈夫だよ」

「衝撃的な話って、リュシアンは何を話したんだ?」


 ステファンにそう聞かれたので、俺は簡潔にさっきの話をすることにした。


「リュシアンとマルティーヌ、ステファンが従兄弟だって話を聞いて、本当に驚いたんだよ」

「レオンは知らなかったのね」

「確かに私たちも従兄弟ということは知っているが、日頃意識することはないからな。どちらかといえば友達という認識が強い」

「でも、それがそんなに驚くこと?」

「すっごく驚いたよ。皆が従兄弟で、まさかソフィア様が元王女様だったなんて」

「確かにそうかしら? でも何でそんな話になったの?」

「皆の婚約者の話をしてたんだ。まだリュシアンは決まってないけど候補はいるって。二人は決まってないらしいけど……、候補はいるの?」


 俺がそう聞くと、マルティーヌが途端に嫌そうな顔をした。


「ここでも婚約者の話なの?」

「ははっ……マルティーヌは婚約者の座を狙う貴族に嫌気がさしてるんだ。男性と会えば自分を売り込み、女性と会えば家族を売り込み、そんな人ばかりだって」

「本当に嫌になるわ! 皆は私をアクセサリーか何かだと思ってるのよ」


 マルティーヌは怒ったようにそう言った。確かに、前もそんなこと言ってたな。そうだ、貴族を昼食会に招待する話の時だ。


「確かに前も言ってたね」

「もううんざりよ! 私は私のことを見てくれる人じゃなければ結婚なんてしないわ」

「マルティーヌはこう言って一向に婚約者を決めないから、多分決まるのはもっと先になる。今この国にはマルティーヌを嫁がせてまで関係を強化したい国はないからな。そこまで急ぐ必要はないんだ。私は一応候補は決まっている」


 そっか、マルティーヌの婚約者が決まるのはまだ先になるのか。じゃあまだしばらくは、今みたいに楽しく話せるんだな。

 その事実を認識したら、さっきまでの落ち込んだ気持ちが嘘のように晴れていくのを感じた。


 俺の今のこの気持ちはちょっとまずい気もするけど……まあ、今は気にしないようにしよう。とりあえずこの瞬間を楽しもう。そう思ったら本当に気持ちが軽くなり、何だか楽しくなってきた。


「じゃあ、マルティーヌと会えなくなることはしばらくないね」

「たとえ結婚しても私は四人で会うわ。それを許してくれる方とじゃないと結婚なんてしないもの」

「ふふっ……そんな人いないんじゃない?」

「いないなら結婚なんてしなくて良いのよ」

「ははっ……今のこのマルティーヌを見たら、同年代の貴族は皆ガッカリするぞ」


 リュシアンがそう言って笑った。


「いいのよ! もうこの話は終わり、もっと楽しい話をしましょう。私はレオンの話を聞きたいわ。夏の休みに何をしてたの?」

「そうだね。俺は基本的には実家にいたけど、それ以外にロニーの孤児院に行ったり、マルセルさんの工房に行ったりしたよ。後は、料理の開発とか」

「また新しい料理を開発したの!?」

「今度はどんな料理なんだ?」


 皆は料理の話になった途端、目を輝かせている。やっぱり子供は婚約者より美味しい食べ物だよね。

 そうしてそれからは皆で楽しく休みの間の話をして、夕食の時間まであと一時間という時間に、名残惜しく解散となった。

 やっぱり皆と話すのは楽しい。俺はこれからもこうして皆と仲良くしていきたいな、そう強く思った。

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