第181話 ティノの料理 後編

 俺はテンション上がって色々と考えたので、とりあえず落ち着くためにスープをまた一口飲んだ。うん、やっぱり絶品だ。美味しすぎる、幸せ。


「ティノ、本当に凄いよ。このスープだけで俺がお店を出したいぐらい」

「……それほどでしょうか?」


 ティノは俺の言葉に半信半疑の様子だ。まあ、今まで認められなかったんだからしょうがないか。本当に今までの職場の料理人はセンスない。


「絶対人気になる。これ凄く美味しいし、色々な料理に応用できるでしょ?」

「確かに、これは応用可能なものだと私も思います。しかし最近作り出したものなので、まだそこまで試行錯誤していないのです」

「ティノ、材料費は出すから色々と試行錯誤してみて」

「本当ですか!? レオン様、本当にありがとうございます!」


 俺が材料費を出すと言うと、ティノは一気に笑顔になった。そして勢いよくお礼を言いながら頭を下げる。


 はぁ〜、一品目からかなり驚いたな。でも後三品もあるんだ。とりあえず次に行こう。

 次は……、黒いソーセージみたいなやつにしようかな。俺はそう決めて、そのソーセージを一口食べた。

 すると、さっきとは逆の意味で驚いた。


 ……不味い。これは不味い、何これ? 何の味?


「ティノ、これは何? あんまり美味しくない……」

「ああ〜、やっぱりそれはダメでしょうか? それは結構昔に開発したものですが、一部の人にはうけるのです。ただ大多数の人には微妙だと言われます」

「何で作られてるの?」


 俺が今まで食べたことがない味なんだよな。全く想像がつかない。でもとりあえず不味い。吐き出すほどではないけど、二口目は食べない。


「これは豚の血と油、それから香草などと小麦粉で作ってます。俺はかなり好きなんですけど……」

「血!? これ血なの!? ……何で血を料理にしようと思ったの?」

「はい。血は毎回捨ててしまうのが勿体無いと思ってまして、どうにか美味しい料理にできないかと考えて辿り着いたのがこれです。他にも煮込み料理や調味料としての使い方など色々と試したのですが、これが一番美味しくできました」

「そ、そうなんだ……。アンヌとエバン、ロジェはどう?」


 俺は他の三人にそう聞いてみた。エバンは普通に食べていて、アンヌは一切手をつけていない。ロジェは恐る恐る一口食べて止めたようだ。


「私は普通に好きです。クセになる味と言いますか……」

「だよね! エバンさんわかってる!」

「私は苦手で食べられません。初めてティノに食べさせられた時、あまりの不味さに飲み込めませんでした……」

「やっぱりそうだよね。ロジェはどう?」

「私も苦手です……」


 うん、やっぱり苦手な人の方が多いよね。これは日本で言うところの、塩辛とかこのわたとか、そういうタイプのやつだな。お父さんが好きでよく食べてたけど、俺は何が美味しいのか理解できなかった。それと同じだな。


「とりあえずこれは苦手かな……」

「私の料理は人を選ぶものもありますので、苦手なものは避けていただければと思います」

「そうするよ。じゃあ次を頂くね」


 そうして俺は、次に野菜炒めに手を出した。茶色のものは怖いので後回しだ。

 野菜炒めに入っているお肉のようなものを一つ取り、近くでまじまじと眺めた。前回の反省から、とりあえず外見を観察することにしたのだ。

 そうして観察することしばし、俺はそれの正体がわかった気がした。多分アレだ。もしアレなら絶対美味しい、そう思って躊躇いなく口に入れる。


 ……やっぱり! 美味しい!


 これ、もつだ。弾力があって噛めば旨味が出てきて本当に美味しい。これって確か下処理とか大変なんじゃなかったっけ? 臭みなんてほとんど感じなくなってる、凄いな。


「このお肉凄く美味しいよ」

「本当ですか! それも苦手という方が結構いるものでして、普段は捨てる豚の臓物なのです。最初は臭くて不味くて食べられるものではなかったのですが、色々と試行錯誤して美味しく食べられるまでになりました」


 凄い、ティノの料理に対する情熱が本当に凄い。もう尊敬だ。ティノ先生と呼びたいぐらいだ。


「ティノは本当に凄いよ。美味しいものができるまで諦めない姿勢が凄い。尊敬する」

「そこまで言っていただけるなんて……。ありがとうございます」


 俺がそう言うと、ティノは照れたように笑った。今までこの才能が埋もれてたことが本当に勿体ない。ティノと出会えたことに感謝しないと。


 よしっ、あと一皿も食べよう。俺はもつが美味しかったことでまた安心して、残っていたもう一つの料理も食べることにした。茶色くてよくわからないやつだ。

 少量だけをフォークで取り口に運ぶ。そしてゆっくりと咀嚼した。


 ……あれ? これ意外と美味しいかも。


 よくわからない見た目とは違い、味はかなり良い。だけど何の味かと聞かれると困る。しょっぱいんだけど、塩をかけた感じじゃない。

 でも、なんかこれ、どこかで食べたことがある味な気がする。うーん、何だっけ……

 ちょっと硬くて筋があるけど、噛めば噛むほど美味しい。野菜かな? 野菜の茎とか。でも、何の野菜だろう?


「ティノ、これは何? 野菜?」

「いえ、こちらは竹でございます。簡単に言えば、竹を塩漬けしたものです」

「竹って、タケノコじゃなくて竹そのもの?」

「はい。竹の中でも柔らかくて食べられる部分ですが、竹そのものです」

「竹って食べられたんだ……」


 竹なんて初めて食べたよ。でも、別に不味くない。ちょっと硬いけど歯応えがあると思えばそこまで気にならない。何か、白米が欲しくなる味なんだよな。

 本当にこれ何の味だっけ。絶対に似たものを食べたことがあるはずだ。でも思い出せない。竹は流石に食べたことないし……


「レオン様はこちらがお好きですか?」

「うん。これは嫌いじゃない。というか好きかも。クセになる味だね」

「気に入っていただけて良かったです。これも他の方にあまり受け入れられないのです」

「そうなの? 皆はどう?」


 俺が皆を見回してそう言うと、アンヌとエバンは好きじゃないようで、ロジェは意外と気に入っているらしかった。


「アンヌとエバンは苦手なの?」

「はい。硬くて食べ物とは思えません……」

「私も竹を食べるのは流石に……」


 確かにこの歯応えが苦手な人は多いよね。それに竹って聞いたら食欲無くなるのもわかる。俺は何となく懐かしい味だから、抵抗感はあまりないけど。


「ロジェはこれ好きなの?」

「はい。最初は微妙かと思いましたが、食べ慣れたらずっと食べ続けたい味です」

「やっぱりクセになるよね」


 本当にこれ何の味だっけ……

 俺はそう考えながら、一つ二つと食べ進めていく。そうしてずっと食べ続けていると、ティノが他の食べ方を提案してくれた。


「これは細かく刻んで、こちらのスープに入れても合います。それから硬いパンに乗せても結構合うのです。肉との相性も悪くありません」


 俺はそう言われて、スープにいくつか入れて一緒に口に入れてみた。うん、確かに意外と合う。でも俺はそのままの方が好きかなぁ。


 と、そこまで考えたところで閃いた。わかった、これが何に似てるのかわかった。これ、メンマだ!! 味はかなり似てる。食感もそこまで外れてない気がする。メンマも歯応えがある感じだったはずだ。

 はぁ〜、スッキリした。そうだよ、メンマだよ。メンマって竹から作られてたのかな? それともこれが似てるだけ?

 よく考えれば、メンマの原材料なんて考えたことなかったな。ラーメンに乗ってたのしか食べたことないし。


 でも、思い出したらより懐かしい味だ。今日は、ティノのおかげで懐かしい味に沢山出会えた。本当に嬉しい。


「ティノ、今日は沢山の料理をありがとう。苦手なものもあったけど、このスープと竹、あと野菜炒めは凄く美味しかったよ」

「そう言っていただけて良かったです!」

「さっきも言ったけど、材料費は渡すからこれからも料理の研究を続けてほしい。そして何か出来上がったら教えてくれる? 俺も絶対味見するから」


 俺がそう言うと、ティノは今日一番の笑顔を浮かべた。


「もちろんです! こちらからお願いしたいぐらいです。本当に、本当にありがとうございます!」

「こちらこそありがとう、期待してるよ。じゃあとりあえずは、あのスープの使い道を考えてくれたら嬉しいかな。そうだ、食材を無駄にすることだけは極力避けてね」

「かしこまりました。そこは心得ております。これからよろしくお願いいたします!」


 そうして驚きの連続だった昼食を終えて、俺は公爵家に戻った。

 ティノを雇えたし、これで従業員についての諸々は整ったかな。ロニーと一緒に皆が中心街に来ても、もう大丈夫だろう。


 でもまだまだやることは沢山ある。マルティーヌ達とお茶会の予定もあるし、ヨアンのところにも行かないと。その後は従業員の皆を寮に案内して、ロニーにも引っ越してもらって、従業員の皆が集まったら仕事を割り振って。

 そうして慌ただしく過ごしてたらすぐに学校が再開するな。


 ……俺って、まだ十歳のはずなのに忙しすぎる。


 でも自分から仕事を増やしてるようなもんなんだけどね。うん、ちょっと大変だけど、楽しんでやってるし頑張ろう! でも今日は、とりあえずゆっくりしようかな。

 そうして今後の予定を頭の中で考えつつ、馬車に揺られた。

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