第178話 従業員寮の決定

 部屋に入るとまず目に入るのは、木で作られた簡素な机と椅子。それから壁際にはタンスがあって、部屋の奥にはカーテンが掛かったガラスの窓がある。そして部屋は左側に広がっていて、左奥にはベッドがある。

 これだけの簡素な部屋だけど、最低限のものは揃ってる感じだ。広くはないけど一人で住むには十分だろう。


「アンヌとエバン、この建物どう思う?」

「はい。私としましては、とても住み心地の良さそうな建物だと思います。お部屋も公爵家で住まわせてもらっていた部屋と似た作りで、とても落ち着きます。お風呂も水洗トイレもあるのならば、文句などありません」

「私も同じです。お風呂があるのはとてもありがたいです。また食堂も広く、皆で集まり話し合いなどにも使えると思いました」


 やっぱり好印象だよね。この建物は文句の付け所がないと思う。もうここで決まりで良いんじゃないだろうか?


「やっぱり、この建物凄く良いよね。ロジェ、もう一つの建物ってどんな感じなの?」

「はい。もう一つの建物は、今までアパートとして使われていたものです。しかし建物が老朽化し、管理していた者は修繕して管理を続けるという選択肢は選ばなかったようで、住民には引っ越してもらい建物は売りに出されています。とはいっても、料金はかなり安く建物の値段は無料でございます。そちらの良さは、安さと建物を取り壊せば好きなように一から建て直せることです」


 それは……もうこっちで決まりかな。イチから建て直してる時間はないし、この建物に文句はないし。何なら一から作るとしても、ここと同じような建物を作ると思う。


「この建物は凄く良いと思うし、一から建て直しはかなり時間がかかるだろうから、もうこっちで決めちゃおうかな。二人はそれでいい?」

「勿論でございます」

「私もです」

「じゃあ、ここで決まり!」


 予想以上に良い物件だった。こんな物件を持ってきてくれたリシャール様に大感謝だな。

 この建物は見た限りだとすぐにでも引っ越して来れそうなんだけど、どこか改装したり設備を足したりするところはあるだろうか。

 基本的な設備は全部あるし、何なら細々とした家具や道具などもある。うーん、もう買い足すものが思い浮かばない。

 俺は自分では思い付かないので、二人に聞くことにした。


「二人とも。何か改装して欲しいところとか、買い足して欲しいものとか、それ以外にもここに住む上で気になることはある?」

「では、一つ気になっていることがあるのですが良いでしょうか?」

「うん。なんでも言って」

「ありがとうございます。食事はどうするのかについてお聞きしたいです。公爵家の屋敷では、兵士や使用人の食事は料理人がまとめて作ってくれていましたが、ここではどうなるのでしょうか? それぞれで作るのでしたら、練習しなければいけないと思いまして……」


 エバンが苦笑しつつそう言った。確かにエバンは貴族出身だし、そのあとはタウンゼント公爵家で働いてたのなら料理の経験なんて一切ないよね。

 貴族の屋敷では料理人が全て作るのが普通だし、ここにも一人料理人を雇った方が良いのかな?


 うーん、結構悩む。従業員に使用人をつけるって考えると微妙だけど、寮って管理する人がいるのが普通だよね。それに俺は商会を立ち上げた訳だから、皆は商会で雇ってることになる。商会の使用人は、多分料理人が皆の食事を作るだろう。

 それに、皆には結構長時間働いてもらうことになると思うんだ。ヨアン達料理人は朝早くからスイーツを作り始めないとだし、お店は朝から夜までやる予定だから他の皆の勤務時間も長くなる。

 その辺を諸々考えると、寮の料理人が一人いても良いかもしれない。勤務条件が良くないと従業員も定着しないし増えないだろう。

 従業員のお昼ご飯もどうするか悩んでたけど、ここで作ってお店まで運んで貰えば良いよね。

 うん、一人料理人は雇うことにしよう。

 

 ……日本で考えたら甘いのかもしれないけど、この世界ならこれが普通な気がする。


「確かに料理は問題だね。勤務時間的にお店の料理人に作ってもらうのは難しいと思うから、寮に一人料理人を雇うのはどうかな? 朝昼夜全部作ってもらって、昼はお店まで届けてもらうことにする。どう思う?」


 俺がそう言うと、エバンは食い気味に頷いた。


「それはありがたいです!」

「良かったよ。アンヌはどう思う?」

「料理はほとんど経験がありませんので、凄くありがたいです」


 アンヌも少し恥ずかしそうにそう言った。貴族社会で生きていると、料理は料理人がやるものだから他の使用人がやることもないんだな。


「じゃあ、料理人を一人雇うことにするよ。ロジェ、どこで募集をしたらいいかな?」

「はい。お店にも出入りすることになりますし、やはり大旦那様へご相談された方が良いと思われます」

「やっぱりそうか、じゃあ帰ったら相談しようかな」


 俺がそうロジェと話していたら、アンヌがおずおずと口を開いた。


「あの、レオン様、大変差し出がましい申し出かもしれないのですが……、私の息子を紹介しても良いでしょうか?」

「アンヌの息子? 息子もいたの?」

「はい。娘が一人と息子が一人おります。息子は十八歳なのですが、料理が好きだと言って今は食堂で働いています。しかし息子は少し変わっていまして……、料理以上に、その料理を食べている様子を観察しているのが好きなのだそうです。それゆえに貴族様のお屋敷では働きたくないと言って食堂で働いているのですが、自分が作った料理が運ばれると客席の方を気にしすぎる所為か、仕事が疎かになるので今まで何度もクビになっているのです……」


 ……結構変わった人なんだな。でも料理が好きで、その料理を美味しく食べてくれるところを見るのが好きってことだよね? それならこの仕事はかなり向いているだろう。

 食事を作ったら一緒に食べてもらっても良いし、皆が了承すれば観察してもらってもいい。お昼も届けてさえもらえれば、食べてる様子を見ているのは構わない。

 アンヌの息子なら身元はしっかりしているし、ちょうど良い気がする。


「仕事内容を聞いて息子にもできるかと思ったのですが、変わっている子ですので断ってくださってももちろん構いません。むしろこのようなことを提案してしまい申し訳ございません……」


 アンヌはそう言って申し訳なさそうにしている。


「ううん、紹介ありがとう。話を聞く限りだと息子さんはこの仕事に向いてるよ。一度会ってみたいな」

「ほ、本当ですか!? ……ありがとうございます」


 アンヌはそう言って、深々と頭を下げた。


「ロジェ、アンヌの息子なら雇っても問題ないよね」

「はい。私も面識がありますが、先程指摘された点以外は問題ありませんので、レオン様が雇いたいと仰られるのでしたら構いません」


 ロジェも面識があるのか。というかそうだよね、使用人の子は屋敷に住むよね。ロジェも小さい頃から屋敷にいたんだから、面識あるのが普通か。

 使用人は家族で別の家に住んでいる通いの人もいるけど、基本的には屋敷に住んでる人が多い。

 そういえば、アンヌの旦那さんって誰なんだろう? 聞いても良いのかな……。でも何も言われないし、もしかしたら既に亡くなってる可能性もある。

 この世界は医学が発展してないから、聞いたら既に亡くなってたってことがかなりあって、もう聞かないのが一番なんだ。とりあえず話してくれるまでは聞かないでおこう。


「じゃあアンヌの息子を雇う予定にする。アンヌ、息子さんとはいつ会える?」

「最近また仕事をクビになったらしく、いつでもレオン様のご予定に合わせてお連れいたします」

「そっか……、じゃあ早い方が良いし明日でもいい?」

「かしこまりました」

「あと、この建物すぐにでも引っ越しできそうだから、明日から早速引っ越してもらえる? そして住んでみて足りないことがあったら教えて欲しい。それ以外は、他の従業員が来るまでは休みってことで自由にしてくれていいから。俺が雇ったのにずっと公爵家にいるのも微妙だと思うし」

「かしこまりました、配慮ありがとうございます。では明日までに引っ越しの準備もしておきます」

「うん、よろしくね」


 そうしてこの日は従業員寮を決定して、公爵家に戻った。明日はアンヌの息子さんと会う予定、ちょっと楽しみだ。

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