第177話 従業員寮の候補

 ロジェが馬車を用意してくれて、皆でそれに乗って公爵家を出た。候補の建物は二つあるみたいで、まずはお店に近い方に向かっている。やっぱり職場への近さって重要だよね。

 そして従業員寮候補の建物に着くまで、俺は二人と仲を深めるために少し話すことにした。


「二人とも、俺のお店で働いてくれて本当にありがとう。……何で俺のお店で働こうと思ってくれたの?」


 俺は二人が公爵家からこっちに来てくれた理由がわからなくて、恐る恐るそう聞いた。


「私はレオン様が開発されたスイーツを何度かいただいて、レオン様の手助けをしたいと思ったのです。こんなにも素晴らしいものを開発されるレオン様を、お近くで御支えしたいと。また、レオン様と接して主としてお仕えしたい方だと思っておりました」

「私もです。レオン様が毎日訓練に励んでいる様子を見て、お仕えしたいと思いました。もちろん公爵家の方々にもその気持ちはずっと持っていましたが、レオン様のところでなら、より近くでお守りすることができると考えた次第です」


 ……俺に仕えたいって思ってくれたなんて。なんか恥ずかしい、でも嬉しい。

 その期待に応えられるように頑張らないと。


「二人ともありがとう。二人に相応しい雇い主になれるように頑張るよ。……そ、そうだ。エバンは名字があったけど、実家は貴族なの?」


 俺は二人にそうお礼を言ったけど、少し恥ずかしくなって慌てて話を逸らした。エバンのことが気になっていたのも事実だけど、とにかく恥ずかしかった。

 主としてお仕えしたいって言われるの、結構恥ずかしいんだな。


「はい。実家はべラール男爵家です。私は三男で、現当主は私の兄です。ただ既に兄の子も育っていますので、私が実家と関わることは多くありません。また、私は結婚の予定もありませんので、仕事で遠くに行くことなどがあっても気になさらないでください」


 やっぱり貴族だったのか。でも三男でお兄さんには子供もいるなら、エバンが関わることは本当に少ないのだろう。

 結婚はしたいのなら全然してくれていいんだけど、騎士や兵士の人って結婚しない人も結構多いんだよね。危ない仕事だからなのだろうか。


「そうなんだ。結婚はしたい人が現れたら、遠慮しなくて良いからね」

「ありがとうございます」

「うん。エバンは王立学校に行って、その後タウンゼント公爵家に雇われたの?」

「はい。最初は騎士になろうと考えていたのですが、大旦那様と縁があり兵士に誘われまして、タウンゼント公爵家で兵士となりました。騎士は王立学校を卒業しなければなれませんので、その地位も高く私の友人は皆騎士となりましたが、私は自分の選択を後悔したことはありません。タウンゼント公爵家の皆様をお守りしてきたことは私の誇りです」


 エバンは清々しい表情でそう言った。何か、かっこいいな。俺もこういう男になりたい。


「エバン、カッコいいね」


 俺が思ったことをそのまま口にすると、エバンは一気に慌て出して少しだけ恥ずかしそうに言った。


「も、申し訳ありません。先程の話は忘れてください。偉そうに語ってしまいすみません……」

「謝らないでよ。感動したよ! というか、そんなタウンゼント公爵家での仕事を辞めて、俺のお店で働くので良かったの?」

「はい。公爵家での仕事は後進も育ってきていますし、今はレオン様の手助けをしたい気持ちが強いのです」

「そっか、それなら良かった。これからよろしくね」

「よろしくお願いいたします」


 そうしてエバンは深く頭を下げた。本当にカッコいい人だ、俺も見習おう。仕事の合間にでも鍛錬に付き合ってもらおうかな。うん、今度お願いしてみよう。

 そう考えつつ、今度はアンヌの方に身体を向けた。エバンのことについて聞いたのなら、アンヌにも平等に聞いた方が良いよね。


「アンヌは何でタウンゼント公爵家で働くことになったの? もし話しても良いなら、教えてくれる?」

「かしこまりました。ごくありふれた話で恐縮なのですが、私の実家は王都の外れにある貧しいアパートでした。父は私が幼い頃に病死し、母が女手一つで私と妹二人を育ててくれていました。そんな貧しい生活でしたので、早くに働いてお金を稼ぎたいと思い、私は八歳で魔力測定をしてすぐに家を出ました。そして中心街に来て運良く住み込みの仕事を見つけることができ、それが食堂の給仕でした。それからは人の縁にも恵まれ、十五の時にタウンゼント公爵家で使用人として雇っていただき、現在までずっとお仕えしておりました。そしてこれからはレオン様にお仕えいたします」


 ……結構壮絶な人生だと思うけど、それがごくありふれた話だなんて。俺、というかレオンの生まれって、本当に恵まれてたんだな。他の人の話を聞くとそう気づく。


「アンヌがタウンゼント公爵家で働いてくれていて良かったよ。そのおかげでこうして俺のお店で働いてくれるわけだし。アンヌはもう、タウンゼント公爵家での仕事に未練はないの……?」

「はい。タウンゼント公爵家には娘も雇っていただいておりまして、まだ半人前ですがお役に立てるようになってきましたので、そちらは娘を信じて任せようと思っています。また、他の使用人の教育もしっかりと行ってきましたので、問題ありません」

「娘さんがいるんだ」

「はい。今年でちょうど十五歳、成人いたしました」

「そうなんだ! それはおめでとう」

「ありがとうございます」

「じゃあ、安心なんだね。これからよろしくね」

「よろしくお願いいたします」


 そうして二人と話しているうちに、馬車が止まった。もう着いたのかな?


「レオン様、到着したのですが門が開いていませんので、門を開けて参ります。それから敷地内に馬車が入りますので、今しばらくお待ちください」

「わかった。よろしくね」


 そうしてロジェが門を開けてくれて、馬車は敷地内に入った。馬車が二台ほど置ける広さの庭があるようだ。

 建物は大通りから少し中に入ったところにあるけれど、中心街だから大通りではなくても馬車が普通に通れるし、不便は全くないだろう。周りにはアパートのような建物や普通の住宅がいくつか建ち並んでいる。

 やっぱり中心街なだけあって、貴族の屋敷には遠く及ばないとしても小綺麗な建物が並んでいるな。雰囲気としては日本の住宅街が近いかも。中心街の外とは大違いだ。


 この辺の建物って誰が住んでるのかな? 多分家賃も高いよね。中心街のお店の従業員とか、あとは誰だろう? 貴族の使用人は屋敷に住むし、商会も同じだし、お店くらいしかない気がするけど……


 ……そうだ、あとは準貴族やその家族が住んでたりするのかも。うん、それが一番ありそうだな。


 従業員寮候補の建物は、外から見た限りだと木造二階建ての建物で、横に大きい建物だった。外見ではまだ新しい。


「レオン様、こちらが一つ目の候補の建物です」


 ロジェがそう言いつつ、俺を馬車から下ろしてくれる。馬車から降りて周りを見回すと、敷地が塀で囲まれているのがわかる。出入り口はさっき馬車で入ってきた門だけのようだ。門には馬車用の扉と人間用の扉がある。

 さっき馬車から見てた感じだと、この辺りの建物は基本的に周りが塀で囲まれていて、各建物に小さな庭がついているのが普通のようだった。なのでこの建物も、この辺では普通なのだろう。凄いよな、格差社会だ。俺はロニーのアパートを思い出しながらそう思った。


 そうして外から建物をしばらく観察して、玄関から建物の中に入った。この建物は各部屋に外から直接入るタイプではなく、玄関は一箇所で中で部屋が分かれているタイプらしい。

 玄関は建物の真ん中にあり、中に入ると左右に廊下が伸びていた。階段は玄関を入ってすぐのところにある。


「レオン様、この建物は二階建てとなっております。では、まず一階の右側の廊下からご案内いたします」


 そうしてロジェが右側の廊下を進んでいく。


「レオン様、こちらが台所と食堂でございます」

「食堂なんてあるんだ」

「はい。実はこの建物、ある貴族が使用人を教育する場として建設したようなのですが、結局使われることなく一年間以上放置されていたものなのです。一応定期的に清掃はされていたようですが、今まで誰も住んだことはありません。そのような事情から、購入者がいればすぐにでも売りたいと言われております」


 そんな建物もあるのか。結局使わなかったなんて、その貴族が何でこの建物を建てたのかよく分からないけど、俺にとってはありがたいな。


「それなら少し掃除をすれば、すぐ使えるよね」

「はい。使用人の教育のためにと作られたので、設備も新しいものが揃っております。もちろん水洗トイレやお風呂もございます」


 それは凄い。もしなかったら改築しないとダメだと思ってたんだけど、それなら改築の必要もないな。

 厨房を覗いてみると、ちょうど良い広さで使い勝手が良さそうだ。設備は一度も使われていないので全て新品だし。

 食堂の家具とか厨房の各種調理道具はそのままあるけど、これって貰ってもいいのかな?


「ロジェ、家具とか調理器具はどうなるの?」

「それらは購入者が全て貰えることになっております」


 この建物凄い。もうここまで見ただけでここに決めたいぐらいだ。細々としたものを揃えるのって意外と大変なんだよね。


「では次にお風呂をご案内いたします」


 そうしてお風呂とトイレ、それから洗濯場などを案内してもらって、次は居住スペースに来た。部屋は全て同じ作りで、一階に六部屋、二階に十二部屋あるらしい。

 俺達は一階の端の部屋まで移動して、その部屋のドアを開けた。そして皆で中に入る。

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