第176話 従業員のリーダー

 そうして二人と話し込んだ日の夕食の席。

 俺はリシャール様にも帰宅の挨拶をして、早速従業員のことについて相談することにした。


「リシャール様、本日帰宅いたしました」

「ああ、無事で何よりだ。久しぶりの実家は満喫できたか?」

「はい。久しぶりに家族にも会えて、充実した時間を過ごすことができました」

「それは良かった」


 リシャール様はそう言って優しい顔で微笑んでくれる。やっぱりリシャール様は本当に良い人だ。なんか話してると安心する。

 相談もしやすいから、ついつい色々と話しちゃうんだよね。


「実はリシャール様に相談したいことがありまして、今お話ししても良いでしょうか? お店のことなのですが」


 俺がそう言うと、少しだけ表情を引き締めたリシャール様が話の続きを促してくれる。


「もちろんだ。なんでも相談してくれ」

「ありがとうございます。お店の従業員についてなのですが、実は今回の休みの間に従業員を数人雇いました。しかし全員まだ歳若く、経験がほとんどありません。そこで経験豊富な方を雇いたいと思っています。どのようにしてそのような方を募集したら良いのか、教えて頂きたいです」

「ふむ、どのような仕事をする者を雇いたいのだ?」

「はい。お店で給仕をする者と警備担当の者です。それぞれの部門の従業員を、まとめる立場になってもらいたいと思っています」


 俺がそう言うと、リシャール様は少しだけ考え込むような仕草をしたあと、口を開いた。


「普通であれば店の従業員は、教会で募集するか伝手で雇い入れる。しかしレオン君の場合はまだ伝手はないだろう。そうなると教会で雇い入れるしかないのだが、それだと良い者を雇い入れられるとは限らない。そうだな……、私がレオン君の店で働きたい者を紹介しよう」


 リシャール様はそう言って、それが一番だというように頷いてくれた。でも俺はすぐに頷くことができない。だって、リシャール様に頼りすぎじゃないか? 

 このお店は絶対にリシャール様がいなければここまで上手くはいかなかった。そう思うとちょっと悔しいんだよね。

 人脈も才能だとロニーに言ったことがあるけど、そう割り切れないのも事実だ。


 ……でも、現実的に考えたら紹介してもらうのが一番だろう。教会で募集するとなると、信用できる人かどうか自分で見極めないといけないし、万が一人選を間違えたら大変だ。

 うん、俺のちっぽけなプライドのために危険を冒す意味はないな。従業員の皆もリシャール様の紹介なら安心だろうし。

 俺はそう結論づけて、リシャール様に返事をした。


「良いのでしょうか? もし紹介していただけるのでしたら、お願いしたいです」


 そう言って、リシャール様に頭を下げた。


「もちろんだ。レオン君のお店は公爵家が後援するのだから、従業員を紹介するのも当然だろう?」


 するとリシャール様は、少し軽い口調でそう返してくれた。俺が遠慮しないように気をつけてくれてるんだろうな……本当に優しい人だ。

 そんなリシャール様の様子に心が軽くなり、俺は先程よりも明るい口調で言った。


「では、よろしくお願いいたします」

「わかった、本人の意思と私からの推薦を加味して決めておく。明日中には決められるだろう。従業員の待遇はもう決めてあるのか?」


 確かに、待遇が分からないと働きたいって人はいないよね。


「はい。まだ正確に給金などを決めているわけではないのですが、相場程度かそれ以上は出す予定です。また、住む場所は従業員寮を作ろうと考えています」

「従業員寮とはどのようなものだ?」

「建物を一棟購入し、そこを従業員が住む建物として改装しようと思っています。そうでした、そのご相談もしたかったのです。私のお店の近くに、従業員寮として良い建物をご紹介いただけないでしょうか?」


 建物はお店を決める時に思ったけど、絶対にコネや伝手がある方が良いものを手に入れられる。ここはプライドや遠慮などと言っている場合じゃない。

 リシャール様に負担をかけて本当に申し訳ないけれど、できれば紹介して欲しい。リシャール様にはどうやって恩を返していくか、真剣に考えないとだ。


「もちろん紹介しよう。この前に店舗を見つけた時、一通り情報は手に入れたからすぐに候補を提示できるだろう。それも明日中に、従業員の紹介と一緒に渡そう」

「本当にありがとうございます。助かります」


 俺がそう言うと、リシャール様は優しく微笑んでくれた。そして真剣な話がとりあえず終わったところで、また表情を少し緩める。


「店の準備は順調か?」

「はい。内装も整ってきていますし、必要なものは一通り注文出来ています。後は一部の改装が終わるのを待ち、細かい装飾品なども揃えていきます」

「そうか、それは楽しみだ」


 俺はそう言いつつ、リシャール様に報告しなければいけないことがあるのを思い出していた。冷蔵庫や冷風機のことを話さないと。

 既に登録したからリシャール様も知ってるだろうけど、やっぱり俺の口から報告すべきだよね。


「リシャール様、お店関係でもう一つお話があります。今度は相談と言うより報告なのですが……」

「何だ?」

「冷風機、冷蔵庫、冷蔵ショーケースのことです。実はマルセルさんの工房でともに開発をして、魔法具登録を済ませてあります。こちらは私の店に設置する予定です」

「ああ、その魔法具についてならば確認した。また新しい魔法具が開発されたとの報告を聞き、多分レオン君だろうと思い情報を見てみたら案の定だった」


 やっぱり魔法具開発は俺だと思われてるんだな……まあ、その通りなんだけど。


「あの魔法具はどれも素晴らしかった。特に冷風機は革命だ。この屋敷でも送風機を使い、製氷機ができてからは氷と送風機を組み合わせていたんだが、問題点も多かった。それが改善されていて、画期的だったぞ」

「そう言っていただけて嬉しいです。夏の辛さが少しでも軽減できたらと思っています」

「ああ、またすぐに売りに出される予定だ。その時はこの屋敷にも取り入れようと思っている。レオン君のおかげで日々の暮らしが次々と快適になるな。ありがとう」


 そうしてお店のことや夏の休みの出来事に関して談笑を続け、しばらくして夕食は終わりとなった。

 そしてその日は疲れていたのか、ベッドに入りすぐ眠りに落ちた。



 そして次の日の午後。


「レオン様、連れてきました」


 ロジェがそう言って、リシャール様が推薦してくれた従業員候補を連れてきてくれた。給仕として女性が一人と警備として男性が一人だ。

 俺はそのうち一人の顔を見て凄く驚いた。女性の方は俺がよく知っている人だったのだ。


「アンヌさん!」

「レオン様、私のことを覚えて下さり光栄でございます。よろしくお願いいたします」


 アンヌさんは俺が初めて公爵家に来た時に、色々と世話をしてくれたメイドさんだ。四十代ぐらいで少しふくよかな、凄く優しい人だ。

 ロジェが俺の従者になってからはたまに姿を目にするぐらいだったんだけど、アンヌさんが働いてくれるなら嬉しい!


「では既に面識がある方もいるようですが、今一度紹介いたします。右側の女性がアンヌ、給仕担当です。そして左側の男性がエバン、警備担当です」

「レオン様、改めましてよろしくお願いいたします」

「レオン様、何度かお手合わせいただきましたが、しっかりと挨拶するのは初めてですので、改めて挨拶させていただきます。エバン・べラールと申します。エバンとお呼びください。よろしくお願いいたします」

 

 ロジェが二人を紹介してくれて、二人が俺に挨拶をしてくれた。アンヌさんの驚きで気づかなかったけど、この男性も何度か剣術の訓練に付き合ってくれた人だ。確かにエバンって他の人から呼ばれてた気がする。

 エバンさんは三十代ぐらいに見える、青みがかった黒髪に濃い青の瞳ですらっとした体型の人だ。兵士としては珍しく、細マッチョって感じなんだよね。背も高すぎなくて、俺としては親しみやすい。

 でもそんなエバンさんだけど実力はかなりあって、剣は凄く強いんだ。


「アンヌさんお久しぶりです。エバンさんも改めてよろしくお願いします。お二人とも、俺のお店で働いてくれるんですか?」

「はい。レオン様のお店で働かせていただきたいと思い、立候補いたしました」

「私もです。働かせていただけたら嬉しいです」

「こちらからお願いしたいぐらいです。本当にありがとうございます。これからよろしくお願いします」


 この二人が働いてくれるなんて、本当に嬉しい。というか、二人とも公爵家のメイドさんと兵士だったんだよね。そんな二人を紹介してくれるなんて、本当にリシャール様には感謝してもしきれない。

 人材を育成するのって大変だろうし……、本当にありがとうございます。


「ロジェ、二人にはいつから働いてもらえるの?」

「はい。レオン様が二人を雇うことをお決めになられたのであれば、本日からレオン様に雇われることになります」

「そうなの!? そんなにすぐで大丈夫なの? 引き継ぎとか、後進の育成とか……」


 俺が心配してそう告げると、ロジェは問題ないというように頷いてくれた。


「公爵家の使用人には余裕があり普段から後進の育成に力を入れていますので、二人が抜けても大きな問題にはなりません。また、使用人全員がどの仕事もできるように教育されていますので、二人が抜けた穴はどの使用人でも埋めることができますので、心配いりません」


 そうなんだ……そんなところまでちゃんとしてるなんて、公爵家凄すぎる。


「それなら良かった。じゃあ、今日からよろしくお願いします。あっ……二人は俺が雇うんだから敬語はおかしいかな?」

「できればロジェと同じようにお話ください」

「じゃあアンヌとエバン、これからよろしくね」

「はい」

「よろしくお願いいたします」


 二人はそう言って優しく微笑んでくれた。俺の周りって本当に良い人ばかりだ。俺は幸せだな。この二人がいればお店は上手くいく気がする。

 俺がそう思って、これからのお店の成功を確信していると、ロジェがもう一つ報告をしてくれた。


「レオン様、従業員寮候補の建物も決まったようです。建物の鍵も預かってきたのですが、いかが致しますか?」


 うーん。今の時間は午後二時。まだ時間あるし従業員寮も決めちゃおうかな。

 皆が来るまであんまり日はないし、早い方が良いだろう。


「じゃあこれから見に行って決めちゃおうかな」

「かしこまりました。では馬車を手配してきますので、少しお待ちください」

「うん。よろしくね」


 二人にも住んでもらうところだし、二人にも一緒に行ってもらおうかな。


「二人も一緒に行ってくれる? 二人もこれから住むところになるし……」

「もちろん、お供させていただきます」

「護衛はお任せください」

「良かった、ありがとう」


 そうして四人で従業員寮を見に行くことになった。どんどんお店の準備が進んできたな。従業員寮、良い物件を選ぼう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る