第175話 ロジェの過去と帰宅
ロジェはいつものような無表情で口を開いた。いや、無表情というよりも、少し悲しそうな表情だ。他の人にはわからないかもしれないけど俺には分かる。
俺はロジェがあまり思い出したくもない過去を話してくれるのだと思い、しっかり聞こうと居住まいを正した。
「レオン様にお伝えしたことはありませんでしたが、私は孤児なのです。親のことは全く覚えていません。覚えている幼少の頃の思い出は、少ない食べ物を奪い合う子供達とそれを放っておく大人達。そのうち自分がいる場所が孤児院だと知りました。私がいた孤児院はかなり酷いところで、食べ物も少なく皆生きるために必死でした。したがって争いが絶えず、身体の小さかった私はいつも野菜の皮などしか食べられませんでした」
俺は話の初めから衝撃を受けた。……そんなに酷いところがあるのか。予想以上だ。
そう考えると、ロニーの孤児院って本当に当たりなんだね。あれが普通じゃなくて、あれが特殊なのか。
というか、そんな環境だったら最低限生きていくこともできない子供が絶対いるよね……
「私はあの場所にいても生きていけない、そう思い七歳の時に孤児院を出ました。それから向かったのは中心街です。孤児院でなんとか集めた少ない情報から、他の孤児院に行っても同じだろうと思い、仕事がたくさんあるという中心街に行こうと思いました。そして中心街がある方向へ歩き続け、どれほど歩いたのかはわかりませんが、ある路地裏にたどり着きました。もう夜になっていたので、そこで身体を休めてまた明るくなったら歩き出そう、そう思って道路の端に座り込んだところ、三人の男達に囲まれたのです」
路地裏で三人の男達に囲まれる七歳のロジェ。嫌な予感しかしない……
「私は突然男達に桶の水を掛けられて、布でゴシゴシと顔を磨かれました。そして、まあ悪くはないんじゃないか? そう言われ、無理やり腕を引いてどこかに連れて行かれそうになりました。幼い私は何が起きているのかわかりませんでしたが、男達の乱暴な様子に助けてくれる人ではないと確信し、男達が油断したところでなんとか逃げ出したのです」
ロジェはそこで一度言葉を切った。ふぅ〜、無意識のうちに身体に力が入ってたよ。俺は意識的に力を抜いて、握りしめていた拳を解いた。
俺の今の気持ちはただ一つだ。七歳のロジェを助けてあげたい! 今この場にロジェがいるんだから助かったのだろうと思うけど、それでも心配だ。
そうして一息つくと、またロジェが話し始めた。
「しかし子供の身体です。必死に走りましたが、すぐに追いつかれてまた捕まえられる、そう思った時にちょうど通りかかった男性が私を救ってくれたのです」
七歳のロジェ助かったのか。本当に良かった……。
というか、やっぱりこの世界ってそういうことあるんだな。この国は基本的に奴隷禁止って聞いたことがあるけど、裏では人身売買とかあるのだろうか。
確か、重罪を犯した犯罪奴隷だけが認められてるんだったはずだ。犯罪奴隷は例外なく全員が鉱山などの過酷な労働に従事させられるらしいから、俺は見たことがないけど。
でもそれ以外で、隠れてやっている人はいるんだろうな。全てを防ぐのは難しいんだろうし。その場合、しっかりと管理されてない孤児院なんて真っ先に標的にされるよね……。
孤児院の改革、本当にやるべきだな。
「助けて下さった男性は、タウンゼント公爵家の使用人の方で、ちょうど実家に一時帰宅するところだったそうです。たまたま通り掛かったら逃げている子供がいたのでとりあえず助けたと、後に話してくれました。そうしてその男性に保護された私は、一晩男性の実家でお世話になり、次の日に公爵家の屋敷に連れて行かれました。本当は孤児院まで送ると言われたのですが、私が頑なに拒否したため仕方なく公爵家まで連れていってくれたのです」
その男性ナイス! 素晴らしい!
本当に助けられて本当に良かった。ロジェが今ここにいてくれて良かった。
「そしてお屋敷に行き、そのまま公爵家で下働きとして雇っていただけることになりました。外部から雇う場合は基本的に成人後の者を雇うのですが、例外として雇っていただけたのです。したがって、私は七歳の時からずっと公爵家で過ごしています。そのため、休みをいただいても帰る場所もなく、途方に暮れてしまうのです」
タウンゼント公爵家って、本当に良い貴族だよね……。孤児でなんの能力もない七歳の子供を、下働きとはいえ雇って教育をしてくれるんだから。
今のロジェは本当に立派で頭も良い、従者として完璧だ。元の頭の良さもあるだろうけど、教育の良さもあるだろう。
というか、本当にロジェが今ここにいてくれて良かった。奇跡のような巡り合わせがなければ、今こうしていることはなかったんだな……
「ロジェ、仕事は楽しい?」
俺がそう聞くと、ロジェは少しだけ顔を緩めて頷いた。
「はい。とても充実した毎日を過ごしています」
「そっか。じゃあ、これからもよろしくね。休みはあんまりないかもしれないけど、俺の従者でいてくれる?」
「もちろんでございます」
そう言って嬉しそうに微笑んだロジェをみて、俺も凄く嬉しくなった。今のロジェが幸せそうで良かった!
でもロジェは俺の従者なんだ。もっと幸せになってほしいよね。これからロジェの趣味を見つける大作戦やろうかな。
「話は変わるんだけど、ロジェは趣味ある?」
「いえ、特には……」
「じゃあ、仕事で一番楽しいものは何?」
「そうですね……、掃除でしょうか」
「掃除?」
「はい。私の手で綺麗になっていくのが楽しいのです。どんなに汚れていても、時間を掛ければ最終的には綺麗になってくれます。成果が目に見えるのが楽しいと言いますか……」
ロジェはそう話しつつ、いつもより瞳が輝いているように見える。本当に好きなんだな。確かに綺麗になるから掃除が好きって人はいるよね。
でもそれを趣味にすると、どうなるんだ……?
ロジェって掃除が仕事の一部だし……、まあ趣味を仕事にしていると思えば良いのか。でもそれだとリフレッシュにはならないよね。
うーん、掃除道具を買い集めるのを趣味にするとか、使いやすい掃除道具を開発するのを趣味にするとか、そういうのありなんじゃないかな?
「ロジェは掃除道具って興味ある?」
「掃除道具ですか? 公爵家にあるものしか使ったことはありませんが……」
「じゃあ、もっと便利な道具を開発したり、掃除道具を買い集めるのはどう?」
「もっと便利な道具……」
ロジェはそう呟くと目を輝かせた。おおっ、興味持ってくれたみたい。
この世界の掃除道具は、基本的に竹の箒とちりとり、擦り切れた布だからな。この三つで綺麗にしてる使用人の方々は本当に凄いと思う。
もっと細かい箒とかタオルとか、日本にあったお掃除便利グッズを開発するのも面白いよね。
「何かあったら良いなと思うものとかある?」
「床掃除をする時にどうしても腰を痛めてしまうので、もう少し楽にできれば良いなとは思います。あとは高い位置の掃除も布で拭き掃除するのですが、どうしても埃が舞ってしまうのでそれもなければ良いなと。……こうして考えてみると、たくさん出てきます」
「じゃあ、その悩みを解消できるようなものを、考えてみるのも面白いんじゃない?」
「確かにそれは……、面白そうです」
ロジェがかなり興味を持っているみたいだ。多分他の人にはわからない変化だと思うけど、俺にはわかる!
今のロジェは凄くウキウキしてテンションが上がっている。
これでロジェにも趣味ができて、休みも充実させられるようになったら良いな。
俺が思いつくものをいくつかだけ話しておこう。日本には便利グッズっていっぱいあったよね。例えばお掃除スリッパとか、床を拭くモップとか、高いところの埃取りとか。
全部言ったら面白くないし少しだけ……
「箒の先端に布をつけたら便利かもしれないよね。あとは布の種類も、もっと埃を吸着するものだと良いかな。あとは……、足も有効的に使えると便利だね」
「確かに、そうですね……」
ロジェはそう言ったっきり、黙って考え込んでしまった。うん、ロジェの好奇心を刺激できたみたいで良かった。これからは趣味も増やしてほしいな。
それから公爵家まではしばらく無言で馬車が進み、そのまま屋敷にたどり着いた。
そして馬車が止まったところで、やっとロジェが我に返ったようだ。
「はっ、も、申し訳ございません。少々お待ちください!」
ロジェはそう言って急いで馬車を降りていった。そしてすぐに俺も馬車から下ろしてくれる。
馬車を降りると、そこにはカトリーヌ様とリュシアンがいた。
「おかえりなさい」
「レオン久しぶりだな。待ちくたびれたぞ」
そう言って二人は俺を笑顔で出迎えてくれた。俺にもおかえりって言ってくれるんだな、凄く嬉しい。
「ただいま戻りました」
「疲れたでしょう? 応接室にお茶を準備してあるから行きましょう」
「私のためにありがとうございます」
「当然よ」
そうしてカトリーヌ様に促され、俺は屋敷の中に入る。でも、お茶を準備してくれたのはありがたいんだけど、今貴族の恰好してないんだよね。平民でも目立ち過ぎない恰好だから、身綺麗ではあるけど質は低い服装だ。
やっぱり着替えた方が良いよね。
「カトリーヌ様、お茶をいただく前に身支度を整えてきても良いでしょうか?」
「そのままでも良いわよ?」
「いえ、流石にそれは……」
「では、待っているので素早く着替えるのですよ」
「かしこまりました」
そうして俺はロジェに手伝ってもらい服装を整え、応接室に向かった。
「お待たせいたしました」
「来たわね。では話をしましょう! 私はレオンとたくさん話したいことがあります。スイーツの進捗について聞きたいですわ」
「私もレオンと夏の休みのことについて話したいぞ。十週間も会えなかったのだからな」
俺が席に着くと、二人にすぐそう言われた。俺と話したいと思ってもらえるなんて、本当に嬉しい。
俺は思わず笑顔になり応えた。
「私もお二人に話したいことがたくさんあります。夏の休みには色々なことがありました。聞いていただけますか? もちろんスイーツについても」
「もちろんよ」
「時間はたくさんあるぞ」
そうして二人と夏の休みのことについて、楽しく話をした。時間を忘れて話し過ぎて、夕食の時間になったので止められたぐらいだ。
本当に楽しい時間だった。俺の家族はもちろん母さんと父さんとマリーだけど、公爵家も第二の家族だ。俺は勝手にそう思っている。公爵家の皆さんもそう思ってくれていると信じてる。
二つも家族があるなんて、俺は本当に幸せだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます