第174話 中心街へ

 それから数週間。

 マルセルさんの工房に行ったり、マリーとニコラやルークと遊んだり、森で鍛錬したりと充実した休みを過ごした。

 毎晩寝る前に鉄の生成を忘れずにやっていたことで、また魔力量も結構増えている。

 実は途中で鉄以外も精製できるんじゃないかと思って、他のものを生成しようとしたんだ。まずは魔石や魔鉄、この二つは魔力量が足りないとかではなく生成不可能だった。それからダイヤモンドなど他の鉱石。これは生成可能だった。

 しかしダイヤモンドなんて、米粒より小さなものを作るのに俺の魔力が空っぽになるんだ。それよりも鉄を作った方が後に使える気がして結局は鉄を作っている。

 

 そうして有意義な休みを満喫して、遂に今日は中心街に帰る日だ。早めに帰ってやることがたくさんあるので、流石にそろそろ帰らないとまずい。本当はもう少し早く帰る予定だったんだけど……、もう少しいいかなと延ばして延ばして今日まで来てしまった。

 マルティーヌ達とお茶会の約束もしてるし、従業員寮も整備しないとだし、うん、帰らないとだよね。


 そう思って俺は昨日のうちに今日帰ることを告げていたんだけど、それからマリーはずっとご機嫌斜めだ。

 俺が帰ることを悲しんでくれるのは凄く嬉しいんだけど……帰りたくなくなる! マリーの悲しそうな顔を見るだけで帰るのを一日延ばしちゃうんだ!


 でも流石にもう延ばせない。俺はそんな後ろ髪引かれる思いで帰る準備をした。

 そして今から家を出るところだ。


「父さん、母さん、マリー、そろそろ行くね。秋の休みは王立学校の行事で出かけることになるから、あまり帰ってこれないかもしれないんだ。でも、絶対に暇を見つけて帰ってくるから」

「ええ、身体に気をつけるのよ。しっかりとご飯を食べるのよ」

「うん。ちゃんと気をつけるよ」

「勉強頑張るんだよ。友達は大切にね」

「もちろんだよ」


 母さんと父さんはそう笑顔で送り出してくれたけど、マリーはむすっとしたままだ。泣きそうというか、不機嫌な顔をしている。


「マリー、また帰ってくるから。そんな顔しないで」

「本当に帰ってくる? 今回だって全然帰って来なかった。それに、次のお休みは予定があるんでしょ?」


 マリーはそう言って下を向いてしまった。

 確かに……忙しくて結局夏の休みまで帰って来れなかったんだよね。またそうなるかな……

 でも、秋の休みには絶対に帰って来る。


「予定はあると思うけど、少しでも絶対に帰ってくるよ。もし無理だったら他の日にお休みを作り出して帰ってくるから」

「うん」


 それでもマリーはまだ下を向いている。泣いてはいないけど……納得してない感じだ。俺の大好きな笑顔を見せてくれない。


「マリー、何かあるならなんでも言って良いよ」


 俺が優しい声を心掛けてそう言うと、マリーはポツポツと話し始めた。


「……ニコラお兄ちゃんは、いなくならないよ? なんでお兄ちゃんだけ、いなくなっちゃうの?」


 ……そっか。確かにニコラがずっといるのを見てると、羨ましくなっちゃうのか。


「マリー、お兄ちゃんは中心街の学校に行かないといけないんだ。遠いからここから通うことはできないんだよ。だから中心街に住んでるんだ」

「でも! ニコラお兄ちゃんは、行ってないよ? なんでお兄ちゃんだけ、学校行くの……?」


 そう言って顔を上げたマリーは涙を堪えている様子だ。俺までもらい泣きしそうだ。


「……お兄ちゃんが行きたいからだよ。それから、お兄ちゃんが助けてもらっている人のために行ってるんだ」


 俺がそう言うと、マリーは理解できるけど理解したくないような複雑な顔をして、また俯いてしまった。

 しかし今度は、それからすぐに顔を上げた。


「わかった。お兄ちゃん……、頑張ってね」


 そして小さな声でそう言った。涙はかろうじて溢れていない。

 うぅ……こんなの俺までもらい泣きする! 俺がいなくなることをこんなに悲しんでくれるなんて……心が痛い。

 それに、泣かずにいられているマリーは成長したな。そんなマリーの成長も感じられて、俺の方が泣きそうだ。

 俺はまだ笑顔になってないマリーを、ギュッと抱きしめて言った。


「絶対にまた帰ってくるから、今回もちゃんと帰ってきたでしょ? だからそれまでは、母さんと父さんと食堂をよろしくね。これはマリーにしか頼めないんだ」


 俺がそう言ってマリーの顔を覗き込むと、泣くのを我慢しながらも何とか笑顔を浮かべてくれた。

 そして決意の籠もった顔で頷いた。


「……うん。任せて!」

「マリーがいたらお兄ちゃん安心だよ。……じゃあ、またね。皆行ってきます!」

「いってらっしゃい」

「気をつけるんだよ」


 そうして家族と別れ、俺は一人で乗合馬車に乗った。

 やっぱり寂しいなぁ。乗合馬車で二時間以上かかるから、気軽に帰って来れる距離じゃないのが難点だ。回復の日一日だけで帰るのは大変なんだよね。

 やっぱり転移を使いたい……。転移なら回復の日にいくらでも帰ってこれるし、毎日夜に帰ることもできる。というか転移があれば、実家から通うこともできる。まあ、それは転移を完全に公表できないと無理だけど。


 リシャール様達に報告して、公表はしなくても転移を使えるようにするか……どうしよう。めちゃくちゃ悩む。他の魔法についても報告するか考えないと……



 そうして悩みつつ馬車に揺られていると、すぐに中心街の広場についた。馬車を降りるとロジェが迎えにきてくれている。

 帰る時は連絡をしてくれとロジェに言われたので、手紙を出しておいたのだ。ロジェには中心街の広場に迎えをよろしくと伝えておいた。


「レオン様、おかえりなさいませ。お久しぶりでございます」

「ロジェただいま。久しぶりだね」

「またお会いできる日を心待ちにしておりました。では、馬車はあちらにご用意してありますので、あちらまで移動していただけますか?」

「うん、ありがとう」


 そうしてロジェとともに公爵家の馬車に乗り換えて、公爵家の屋敷に向かう。なんかこの感じ久しぶりだな。

 馬車の乗り心地も天と地ほどの差がある。綺麗さも全く違うし。中心街に、公爵家に帰ってきたって感じだ。


「十週間ぐらいだったけど、ロジェは何をしてたの?」

「はい。私は他の使用人の仕事の手伝いや、大旦那様に命じられて書類仕事などをしておりました」

「休みはなかったの? というか今更だけど、ロジェってずっと俺に付いてるよね。休みは……?」

「基本的に従者に休みはございません。どうしても休みをいただかなければならない時は、信頼できる別の使用人に仕事を任せ休みをいただきます」


 マジか……従者って結構ブラックだった。

 でもそうか、確かこの世界ってあんまり休みの日の概念がないんだよね。平民は何か予定がない限り仕事を休むことはないし、だから貴族の使用人もそうなのかな……


「じゃあ今回も、ロジェはずっと仕事をしてたの?」

「いえ、今回は特別に大旦那様から一週間ほどお休みをいただきました。たまには休息も必要だとのことで……」

「そうなんだ! それは良かったね。お休み満喫できた?」

「いえ、何をして良いものかわからず……」


 俺がそう聞くと、ロジェは困惑したような表情を浮かべた。休みの日に何をして良いのかわからないって……仕事人間すぎる! 典型的な社畜だよ!


「結局一週間どうしてたの?」

「最初はお屋敷の自分の部屋にいたのですが、何もしないというのも落ち着かず仕事を手伝おうとしました。しかし休みだからと断られ、お屋敷にいるとダメだと思い外に出ました。しかし何もすることはなく、結局はレオン様のお店の掃除や改装の見回りなどを……」

「結局仕事してるじゃん!」


 ダメだ。ロジェは休めないタイプの人だ。ベッドでゴロゴロとしてるのも良いし、友達や家族に会いに行くとか、趣味を満喫するとかあるのに!

 でも休みの日に家族に会いに行かないってことは、ロジェに家族はいないのかな……?

 俺がそのことを聞いても良いのか悩んでいると、ロジェがそのことを察してくれたのか、話をするきっかけを作ってくれた。


「レオン様、私の生い立ちをお伝えしたことはありませんでしたが、お聞きになられますか? 珍しい話でもありませんが、あまり楽しい話ではないと思われます」

「うん。……ロジェが嫌じゃなければ、聞いても良い?」

「かしこまりました。ではお屋敷に着くまでの時間、話させていただきます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る