第173話 マルセルさんを紹介
マルセルさんの工房から家に帰り、母さんと父さんにマルセルさんが来ることを知らせると、一度会ってみたかったと言われてすんなりと了承してくれた。
そうして次の日の午後になり、俺はマルセルさんを連れて実家に向かっているところだ。
「マルセルさん、こっちです」
「レオンの家はこっちにあったんじゃな」
「そうなんです」
「大通りで良い立地じゃな」
「はい! 知り合いの伝で運良く買えたらしくて、家に井戸もあるんです」
そんな話をしつつ、二人で家までの道を歩いていく。
「そういえば、お主の家族はわしのことをどれだけ知っているんじゃ?」
「そうですね……、確かマルセルさんが魔法具を作ってるということは知ってます。俺がマルセルさんの開発の手助けをして、それでお金をもらったことも。後は……、一緒に中心街に行ったことも知ってますね」
「そうか。お主が王立学校に行くきっかけを作ったと怒られるじゃろうか?」
「え? 何でですか?」
「レオンはわしの工房に来なければ、王立学校に行くこともなかったかもしれんじゃろう?」
確かにそうか……最初はマルセルさんの工房で魔法具と王立学校のことを知ったんだ。それからマルセルさんと中心街に行った時に、フレデリック様と再会したんだっけ?
その辺から王立学校に行く道が拓けたんだよな……
でも、マルセルさんと会わなくても、最終的には王立学校に辿り着いていた気がする。もしかしたら、今より悪い環境だった可能性もあるよな。というか、今より良い環境なんて殆どないし。
マルセルさんを責めることなんて絶対にない。どちらかといえば感謝だ。改めて考えてみると、本当にマルセルさんのおかげで俺は今の生活が出来ている。
母さんと父さんはその辺を詳しく理解してはいないだろうけど、それでもマルセルさんを責めるようなことはないはずだ。母さんと父さんは子供のやりたいことを尊重してくれるし、俺の手助けをしてくれたマルセルさんを悪く言うことはないだろう。
「心配しないで下さい。マルセルさんが悪く言われるなんてことはないです。どちらかといえば感謝されるほうですよ。俺も、本当にありがたいと思っています。マルセルさんがいなければ今の俺はいません」
「そんなことはないじゃろう。お主の能力があれば何でもできる」
「いえ、何も知らない段階で上手く利用されていた可能性もありますし。何かをやらかして捕まってたなんて可能性も……」
そう考えると怖っ……マルセルさんと出会えて良かった。マルセルさんと公爵家の皆さん、本当に良い人たちに巡り会えたよなぁ。もう一生分の運を使ったレベルだ。
「まあとにかく、心配しないで下さい! もう着きますよ」
そうして実家に着き、俺は食堂のドアを開けてマルセルさんを中に招いた。
「ただいまー。マルセルさんどうぞ」
「ああ、ありがとう。……ここがレオンの家なのか」
マルセルさんはそう言って、食堂をぐるっと見回した。母さんと父さんはまだかな? 俺がそう思った時、廊下と繋がっているドアが開き二人が食堂に入ってきた。
二人は朝からかなり緊張していたけど、今も顔が強張ってなんだかぎこちない動きをしている。
マルセルさんは貴族じゃなくて準貴族だって言ったんだけど、二人にしたら貴族は皆同じらしい。
「初めまして、レオンの母です。いつもレオンがお世話になっております」
「初めまして、レオンの父です。いつもレオンの助けになってくださり、本当にありがとうございます。どうぞ中にお入り下さい」
「初めまして。マルセル・ロンコーリと申します。ありがとうございます」
母さんと父さんがそう言って、マルセルさんをリビングに案内する。
二人には挨拶の言葉だけ敬語を教えたんだけど、結構スムーズに話している。かなり練習したんだろうな……二人ともありがとう。
そうして皆でリビングに入ると、リビングにはマリーが待っていた。マリーはマルセルさんに席を勧める役目のようだ。
マリーはマルセルさんのために用意した椅子を引き、満面の笑みで言った。
「お席どうぞ!」
そのマリーの顔を見たマルセルさんは、一瞬で顔が崩れた。わかります。その気持ち、めちゃくちゃわかります。
「ありがとう。君はレオンの妹さんかな?」
「うん! マリーだよ」
「マリーちゃんというのか。わしはマルセルじゃよ」
「マルセル……おじいちゃん?」
「そう! そうじゃよ、マルセルおじいちゃんと呼んでくれるか?」
マルセルさんは、マリーにマルセルおじいちゃんと呼んでもらえてかなり嬉しかったようで、食い気味に肯定している。
「うん! マルセルおじいちゃんよろしくね!」
「ああ、よろしくな」
そうしてマリーと会話をしたマルセルさんは、崩れた顔のまま椅子に座った。もうマリー最強だな。
そうして俺たちも席に座って、まず口を開いたのは父さんだ。
「マルセル様、改めてお礼を言わせて下さい。レオンの助けになってくださり、本当にありがとうございます。おかげでレオンは王立学校に入学出来ました」
「わしは何もしていません。レオン君の実力ですよ」
「いえ、レオンに話を聞きました。マルセル様に助けられたと。私からもありがとうございます」
そう言って父さんと母さんは頭を下げた。やっぱりこうなるよね、マルセルさんに感謝こそすれ文句を言うなんてありえない。本当に助けられている。
マルセルさんはそんな二人の様子にかなり戸惑っているようだ。
「わしも、レオン君に助けられていることもありますし、お互い様です。それに様などと他人行儀ではなく、もっと普通に接してください。わしは平民のようなものですから」
マルセルさんがそう言うと、二人は戸惑ったような顔をした。確かにこういう場合が一番困るよね。本当に言葉を崩していいのか、断られる前提で言ってるのか判断が必要だ。
俺は困っている二人に助け舟を出すことにした。
「母さん父さん、マルセルさんって呼べば良いよ。俺もそう呼んでるし」
「じゃ、じゃあ、マルセルさんと、そう呼びます。ありがとうございます。これからもレオンをよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
父さんと母さんは、そう言ってまた頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
マルセルさんが優しい顔でそう言うと、二人は少しだけ緊張が解れてきたのか、肩の力を抜いて顔に笑顔を浮かべた。
なんか、俺のことを話されているのかと思うと照れくさいな。これあれだ、三者面談みたいな恥ずかしさがある。
俺がそうして恥ずかしさに耐えていると、マリーが首を傾げつつマルセルさんに質問した。
「マルセルおじいちゃんは、お兄ちゃんのお友達なの?」
「そうじゃな……、お友達かもしれないが、それよりも孫と祖父という感じじゃな。レオンがどう思ってるかは知らんが……」
マルセルさんはそう言うと、俺の方を見た。え? 俺に決定権を委ねるの?
「……そうですね。マルセルさんは俺の第三の祖父でもあり、魔法具作りの師匠でもあるって感じです」
「じゃあ、お兄ちゃんにはおじいちゃんが三人もいるんだ! いいなぁ」
マリーは目をキラキラとさせて、羨ましそうな顔でそう言った。
「ふふっ、羨ましい?」
「うん!」
「じゃあ、マリーもマルセルさんの孫にしてもらおうか?」
俺はマリーにそう言って、マリーの耳元に口を寄せた。そしてマルセルさんに聞こえないようにマリーに教える。
「マリー、マルセルさんに私も孫にしてって言ったら、マルセルさんはマリーのおじいちゃんになるよ」
「本当に?」
「うん、本当だよ」
俺のその言葉を聞いてマリーは、にっこりと笑顔でマルセルさんに言った。
「マルセルおじいちゃん! マリーも孫にしてくれる?」
マリーがそう言った途端、マルセルさんの顔が再度崩れた。それはもう盛大に崩れた。
マルセルさんは家族と疎遠で結婚もしてないって言ってたから、子供との関わりもあまりないんだろう。でもマルセルさんって結構子供好きだよね。俺にも最初から好意的だったし、今もマリーにデレデレだし。
「も、もちろんじゃよ」
「本当!? やったー! じゃあ、これからはお家に遊びに来てね!」
「それは、いいんじゃろうか?」
マルセルさんはマリーに返事をしつつ、父さんと母さんの方を向いた。二人はマリーに対するマルセルさんの態度を見ているうちに、完全に緊張感は無くなったようで、今では微笑ましげに二人のやりとりを見ている。
これからはうちの家族とも、もっと交流してくれたら嬉しいな。マルセルさんは基本的にあの工房で一人みたいだし。一人って寂しいよね。俺は頻繁に行くことはできないし。
「もちろん、いつでも来て下さい」
「良いって! じゃあ、今度一緒に屋台巡りしようね!」
「そうじゃな」
マルセルさんはマリーのその言葉に、本当に嬉しそうに頷いている。
凄く微笑ましいんだけど、これは危険だ。マルセルさんはマリーに際限なく何でも買い与えるだろう。絶対にそうなる。俺と中心街に行った時がそんな感じだったし。
マリーのためにも平民としての限度を教えておこう。このままだとマリーがダメ人間になる。
「マリー、良かったね」
「うん!!」
そうしてその後は皆で穏やかに談笑をして、マルセルさんは帰っていった。
それから数日後。
マルセルさんから連絡があり、無事に魔法具登録は完了した。全てマルセルさんと連名での登録だ。
ショーケースの方はそこまで売れないかもしれないけど、冷風機と冷蔵庫はかなり売れるだろうと言われた。
またお金増えるよね。うん、まあお店を作るのに使ったし、ありがたくいただいておくけど。でもこれ以上俺一人にお金が貯まったら、経済に悪影響がありそうだ。
スイーツのお店を増やしたり、他にも使い道を考えよう。お金がありすぎて悩むなんて、本当に贅沢だな。
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