第165話 魔法の検証 前編
実家に帰って来てからひたすらのんびりしたり、マリーたちと遊んだり、屋台巡りをしたりと楽しく過ごしていたが、流石にやるべきことに取り掛かろうということで、今日は一人で森に行くことにした。
人が入ってこないような森の奥まで行き、魔法の検証をする予定だ。アイテムボックスに生物が入れられるかの検証と、転移魔法の検証をしたい。
今までは一人になれることも少なくて、最低限の検証しかできなかったからね。
「ちょっと出かけてくるー」
「お兄ちゃんどこに行くの?」
俺がカウンターから厨房を覗きつつそう言うと、ちょうどマリーも厨房にいたようで、少し心配そうにそう聞かれた。
マリーは久しぶりに俺が帰ってきたのが嬉しいみたいで、前よりも俺と一緒にいたがるのだ。また俺がいなくなることを不安に思っている節がある。
……えへへ、嬉しすぎる。
夏の休みが終わって中心街に帰るのが今から憂鬱だ。多分俺は妹離れできない。一生できない気がする。マリーが可愛すぎるのが悪い。
そんな馬鹿なことを考えてだらしなく緩んだ顔を、なんとか気合いで引き締めてマリーに返事をする。
「森に行くんだよ」
「そうなの? 一人で行くの?」
「うん。訓練と魔法の練習をするんだ。マリーはルークと遊ぶんだっけ?」
「うん!」
「じゃあ、お兄ちゃんは頑張ってくるから、マリーは楽しんでね」
「わかった。お兄ちゃん、帰ってくるよね……?」
「もちろん帰ってくるよ」
俺はまだ少し心配そうなマリーに、明るく笑いかけてそう言った。
「そうだよね。じゃあ、行ってらっしゃい!」
「うん。母さんと父さんも行ってくるね」
「気をつけるのよ」
「暗くなる前に帰ってくるんだよ」
「はーい!」
そうして俺は家を出て、ウォーミングアップとして森まで走って向かった。森までは皆で歩くと三十分ほどかかっていたけど、普通に走って十五分ほど、身体強化を使うと十分弱で辿り着く。
日頃の成果が出て着々と体力はついてるな。公爵家の広い庭を走ったり剣術の練習をしたりと、リュシアンと一緒に日頃から鍛えるのは続けているのだ。このまま頑張れば、魔法がなくてもそこそこの強さにはなれると思う。
やっぱり魔法に頼りすぎるのは良くないからね。ちゃんと鍛えないと。
そんなことを考えつつ走っていると、すぐに森に辿り着いた。しかし今回は森の外縁部ではなく奥に向かうので、もう少し進んでいく。流石に森の中は走れるような状態ではないので早歩きだ。普段人が入らないほど奥に進めば、全く整備されていなくて歩きづらい。
こういう時に便利な魔法があったら良いんだけど。理想はウインドカッターみたいなやつだ。あれで邪魔な木や草を切り倒していけたらかなり楽だろう。でも風魔法で物を切る魔法は、何度挑戦してもできないんだよね。
かなりの強風で物を薙ぎ倒したり吹き飛ばすことはできるんだけど、切ることはできない。そもそも風で物が切れるって原理がわからないからな……。多分イメージできなくて使えないんだと思う。
そうなると他の属性だけど、ちょうど良い物が思いつかない。水魔法のウォータージェットは使えるかもしれないけど、あれも切るというより薙ぎ倒す、抉り取るって感じなんだよね。火魔法は山火事の危険性があるからダメだし、後は土魔法だけど……地面を掘り返して道を作る?
それなら多分できると思う。でも俺が通るためだけにそれをやるのもなぁ。やっぱりナイフや剣で切るのが一番早い。この短いナイフで頑張るか……
そう思ってナイフを手に持ったところで、ふと思いつくことがあった。そういえば土魔法で石って作れるけど、鉄とか剣とか作れないのかな?
鉱石だって土魔法の範囲のような気がするけど……。なんで今まで試さなかったんだろう。
俺はそう考えて、土魔法を使って鉄を作ってみることにした。とりあえず手のひらに乗るくらいの小さめの鉄の塊をイメージして……魔力を込めた。
「うわっあ! びっ、びっくりした。予想以上に魔力が必要だった……」
俺は魔力が一気に使われるのを感じて、途中で魔法を止めた。それでも一割近くは魔力が減っている。
手にはイメージした半分以下の鉄の塊。一応成功したけど……、これは魔力がかなり必要だ。気軽に使える魔法じゃないな。
でも最近は転移魔法を使わないと魔力を使い切るのが難しかったし、これからは鉄を作って魔力を使い切るのは良いかも。魔力はできるだけ使い切った方が量が増えていくから、寝る前にできる限り使うようにしているのだ。魔力は一晩しっかり寝れば、次の日には完全に回復している。
鉄はアイテムボックスに貯めておけば使い道もあるだろうし、無駄にはならないだろう。そうだ、この鉄って魔法で自由に形を変えられたりするのかな?
そう思って実践してみるが、一度作った鉄を自在に操ることは不可能だった。まあ、そこまで万能じゃないよね。
とりあえず、今はナイフで道を作って進んでいこう。ナイフにバリアを纏わせれば、かなり頑丈で怖い程の切れ味のナイフになるし。
そうして俺はバリアを纏わせたナイフで、スパスパと草や枝を払って森の奥に進んでいった。
そうして進んでいて気づいた。もしかして、最強の魔法ってバリアなんじゃないか? 俺はバリアを元々想定していた使い方じゃなくて、道具を補強して切れ味を鋭くするために使ってるけど、尖ったバリアをそのまま攻撃に使ったら、最強なんじゃ……?
そう思って手のひらサイズの小さなバリアを作り出し、それを自在に動かして草や枝を払ってみた。バリアは魔力を消費すれば自在に動かせるのだ。
おぅ……、凄い切れ味だ。これって自由自在に動かせて遠隔操作もできて刃こぼれの心配もいらなくて、さらに防御もできる代物だよね?
……怖っ! バリア怖っ!
え、もう俺が使う魔法ずっとこれでいいじゃん。
まあ問題は遠隔になる程、そしてバリアが大きくなるほど魔力消費量が増えることだけど、それでもしばらくは使い続けられる。
長期戦には向かないけど、強い敵と戦う時とかにはかなり使えるだろう。そんなに強い敵がいるのかは知らないけどね。
うん、これも攻撃魔法のバリエーションに加えよう。これから一番愛用する魔法になりそうだ。
そんな検証もしつつ進んでいき、確実に他の人はいないだろう森の奥の河原に辿り着いた。十分な広さがあるし、ここを俺の魔法練習場にしようかな。
まずは転移の検証からだ。部屋の中で一人の時に練習していたので、見える範囲への転移はもう完璧だ。さらに近い距離で見えない範囲への転移もできる。
転移先に物が置いてある場合は、それを避けて転移するので座標が少しずれることもあるけど、概ねイメージした通りのところに転移できるようになった。
例えば俺の部屋のベッドの上から、浴室の中への転移も完璧だ。転移先を頭の中に思い浮かべて魔法を使えば、一瞬真っ暗になった後、すぐにイメージ通りの場所まで転移できる。
よってあと検証したいことは一つ、どれほどの長距離転移が可能かどうかだ。
とりあえずこの場所を覚えて、森の入り口まで戻ってここに転移できるか試してみよう。たぶん感覚的にここまで一キロから二キロぐらいだと思う。この距離が転移できたら凄いよね。
そう考えて俺は森の外縁部までまた戻り、誰も人がいないことを確認して転移魔法を使った。
すると一瞬で森の奥の河原に戻る。
「凄い! 成功だ!」
本当に凄い!! イメージした通り、転移魔法を使って瞬きほどの時間で森の奥の河原に立っていた。
使った魔力は今の俺の魔力で一割弱だ。これは凄い。本当に凄い。今の魔力量なら十キロほどの転移が可能ってことだ。
実家からこの場所に直接転移することもできるし、公爵家から俺の家までも転移できる。これでいつでも帰って来れる!
……まあ、空間魔法を使えることを明かせばなんだけどね。うーん、ここまで便利だともう隠しておくのも面倒くさくなるな。自由に使いたい……。
でも、使徒様って祭り上げられるのは怖いんだよなぁ。だってこの世界って神様がいるみたいだし、天罰とか怖いし、使徒を騙ったとか言われても困るし。でも便利さを取りたい気持ちもある。
悩む、めちゃくちゃ悩むけど、とりあえず不便なのは仕方がないとして隠す方向ではいよう。でも、隠れてなら使おう。こんなに便利なものを全く使わないなんて無理だ。
そうだ、公爵家から森への直接転移なら、誰にもバレずに森に来れるんじゃないか? これで魔法の練習はいつでもできるな。
頑張って魔法の練度を上げて、さらに魔力量が増えていけば、国中どこでも転移できるようになりそうだ。本当に凄い!
ただ一点不便なのは、一度行ったことがある場所じゃないと転移できないことだ。まあでも、それは仕方がないよね。それでもこんなに便利な魔法はない。
港街にだって行けるようになるかも。いつでも海の幸が食べ放題だ。そう考えたら、魔力量をもっと真剣に増やさないとダメだな。最近は、これ以上いらないんじゃないかと思ってサボり気味だったけど、ちゃんと魔力を使い切って増やそう。
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