第164話 マリーと釣り

 今日は遂にマリーとの約束を果たせる。そう、釣りだ。

 王立学校に入学する前に、マリーとまた釣りに来ようと約束したからね。俺は実家に帰ってきてすぐ、釣り竿と釣り針、釣り糸を用意した。

 

「お兄ちゃん! 今日は釣りに行く日だよね!」

「そうだよ。今日の午後に行こうね」

「うん! 楽しみ!」

「今回はちゃんと釣りの道具を準備したから、多分釣れると思うよ」


 前は釣り針もない状態だったし季節も悪かったから、あれは釣れなくてもしょうがない。でも今日は季節的にも釣れると思う。


「本当? いっぱい釣ってお魚食べたい! お兄ちゃんのお魚料理、すっごく美味しかった!」

「お魚料理って、前にお土産で買ってきたやつだよね?」

「そう!」

「そっか……」


 あの料理は海の魚を使ったからな。流石に川魚で同じクオリティは無理な気がする。

 でも川魚は川魚で別の美味しさがあるよね。内臓を取って塩焼きにしたら美味しいはずだ。


「前のと同じものは作れないけど、川魚は塩焼きにしたら美味しいと思うよ」

「本当? 私頑張って釣るね!」

「うん。頑張ろうね」



 そうして気合十分なマリーと、午後になって川までやって来た。マリーは終始ご機嫌で、スキップでもしそうな勢いだ。


「はい。これがマリーの釣り竿ね。針がついてて危ないから気をつけるんだよ」

「うん! これどうやって使うの?」

「この針に餌をつけて、川の中に糸を垂らして魚が食いつくのを待つんだ」


 俺も釣りの知識はあんまりないけど、とりあえずやり方はわかるのでそれを説明していく。


「じゃあマリーが餌を見つけるね! 確か小さな芋虫みたいなやつならいいんだよね?」

「うん。とりあえずどの餌が良いのかわからないけど、それで良いんじゃないかな」

「じゃあ、お兄ちゃんの分も見つけてあげる! お兄ちゃんは他の準備してて」


 マリーがそう言って餌を見つけ始めてくれたので、俺は魚を待つ間に座っていられるような椅子を作ることにした。マリーには全属性のことがバレているから、魔法を使えて凄く便利だ。

 俺は土属性で硬すぎない即席の椅子を作って、魚を捌くための石造のまな板も作った。そして水魔法で持って来た木の桶に水を満たし、釣れた魚の保管場所も作る。

 そして適当に木の枝を拾って来て、いつでも火をおこせるようにしておく。これで釣れた魚をここで捌いて焼くこともできる。

 父さんと母さんのためにいくつかは持って帰りたいけど、やっぱり釣ってすぐ食べるのが釣りの醍醐味だよね。ちゃんと塩も持って来てあるし完璧だ。

 あと必要なものはあるかな……、そう考えて辺りを見回していると、マリーが手に芋虫やミミズのようなものをたくさん持ってやって来た。


「お兄ちゃん! いっぱいいた!」


 す、凄いなマリー。満面の笑みで可愛い女の子が芋虫を差し出す図、なかなか破壊力が高い。

 俺は引き攣りそうになる顔をなんとか取り繕い、笑顔でマリーにお礼を言った。


「た、大量だね。ありがとう」


 この世界の人って虫に対する忌嫌感があまりないんだよね。俺はいつも虫にビビりまくって、皆に不思議そうな目で見られていた。今は流石に慣れたけど、でも皆ほど大丈夫じゃない。


「どれがいいかな?」

「うーん、多分どれでも大丈夫だと思うよ。順番にやってみようか」

「うん!」


 マリーは俺のその言葉を聞いて、両手に持ったうねうねの中からどれが良いかを選んでいる。

 俺はその光景に耐えられず、土魔法で即席の器を作りマリーに差し出した。


「マリー、これに入れて選ぼうか」

「うん。ありがと!」


 マリーはそう言って器に入れてくれたけど、器の中でうねうねしている。やっぱり気持ち悪い。


「じゃあ、私はこの子にする!」

「そ、そっか。じゃあ俺はこれにするよ」


 そうして二人で釣り針に餌をつけ、椅子に座って魚が食いつくのを待つことにした。

 それから三十分ほど、マリーは真剣な顔で川と釣り糸を見つめ続けていたが、ピクリとも動かない釣り糸に流石に飽きて来たらしい。


「お兄ちゃん、どのくらいで釣れるの?」

「どうなんだろうね。俺もわからないなぁ」

「そっかぁ」

「飽きて来た?」

「ううん! もうちょっと頑張る!」


 マリーはまた気合を入れ直して釣り竿を握りしめた。


 しかしその決意もすぐに薄れたようで、暇そうに足をぶらぶらとさせながら、辺りをキョロキョロと見回し始めた。


「お兄ちゃん、川って何で流れてるの? どこから来るの?」

「川は山の上から流れてくるんだよ。雨水が流れて来てるんだ」

「そうなの? でも今日は雨降ってないよ?」

「ここは降ってないけど山では降ってるかもしれないし、降った雨がすぐに流れてくるんじゃなくて、一度土に染み込んでからそれが溢れ出て流れてくることもあるんだよ」

「そうなんだぁ。お兄ちゃん頭いいね!」


 マリーは笑顔でそう褒めてくれたけど、多分これはほとんど理解してないな。俺は苦笑いしつつマリーの好奇心を無駄にしないように、マリーが興味を持てる話をすることにした。


「じゃあマリーに問題です。この川の水は最後にどこに行くでしょうか?」

「最後に? うーん、また山に戻る!」

「ブッブー。違います」

「うーん、うーんと、じゃあ、水溜りになる!」

「ちょっと惜しい! 正解は、海に辿り着くんだ」

「海?」


 マリーは海と言う言葉を聞いて、不思議そうに首を傾げた。


「そう。前にお土産でお魚を持って来た時に、海の魚って言ってたでしょ?」

「うーん、言ってた気がする?」

「その時に持って来たお魚が住んでいたところが、海っていうところなんだ。その海に川は辿り着くんだよ」

「じゃあ海は、とっても大きな水溜りなの?」

「そう、すっっごく大きいんだ。それに海は水溜りじゃなくて塩水なんだよ。マリーが想像できないくらい大きいんだけど、どのくらいだと思う?」


 俺がそう言うと、マリーは一生懸命大きなものを考えているようだ。しばらく悩んでマリーが出した答えは……


「教会ぐらいの大きな水溜り!」


 教会だった。確かにマリーの周りで大きなものと言ったら、教会が一番大きな建物なのかも。


「もっと全然大きいよ」

「そうなの!? うーんと、じゃあね、この森ぐらい!」

「もっとかなー」

「本当に? そんなに大量のお水があるの?」

「そう、この国よりも大きいよ。もしかしたらこの大陸より大きいかもしれない」


 俺がそう言うと、マリーはよくわからないような顔をした。確かにこの国の大きさとかイメージできないよね。マリーからしたら王都の大きさもイメージできないだろう。

 地図もないしな……。

 うーん、そうすると伝えるのが難しい。


「見渡す限り全部海で、終わりが見えないんだよ。終わりが見えない水溜り」

「じゃあ、遠くを見てもずっと水溜りってこと?」

「そう。見えないところもずっと水があるんだ」

「そうなんだ、凄いね! 見てみたい!」

「そうだね、いつか海を見に行きたいね。海の近くの街なら魚料理がたくさん食べられるんだよ」

「そうなの!? 行きたい!!」


 マリーは目を輝かして前のめりでそう言った。急に勢いが凄い。

 ……この話は止めた方が良かったかもしれないな。すぐに行けないのに可哀想なことしたかも。

 でも絶対に連れて行ってあげたい。母さんと父さんも一緒に連れて行ってあげたいな。


 自分で馬車が用意できたら行けるだろうか? あとはリシャール様に頼んでも行ける気がする。商会の馬車に乗せてもらうとかもありかも。

 うん、どんな方法にしろ絶対に連れて行ってあげよう。


「すぐには無理だけど、いつか一緒に行こうね」

「本当!? お兄ちゃんありがとう!」


 マリーがそう言って満面の笑みを浮かべたところで、ふとマリーの釣り竿が目に入った。

 ……あれ? もしかして魚釣れてない?


「マリー、もしかして魚釣れてるんじゃない?」

「え? 本当だ、引かれてるよ!」

「す、凄いよ!」

「これどうすればいいの? お魚さんが逃げちゃう!」

「マリー落ち着いて、釣り竿を引けば大丈夫なはずだから。釣り竿の先端を上に持ち上げるんだ」


 俺がそう言うとマリーが思いっ切り釣り竿を引いて、一匹目の魚が釣れた。

 凄い、俺までテンション上がる!


「やったー! お兄ちゃん釣れたよ」

「凄いよマリー!」


 マリーはビチビチ跳ねている魚をガシッと掴み嬉しそうだ。


「これ食べられる?」

「うーん、ちょっと待ってね」


 俺はマリーから魚を受け取り、回復属性の魔力で毒などがないかを確認した。

 うん、毒はないから食べられそうだ。でも美味しいのかな? 俺って川魚には全く詳しくないから、これが何の魚なのかわからない。まあでも、食べてみればいいか。


「これ食べられるよ。今食べてみる?」

「うん!」

「じゃあお兄ちゃんは食べる準備をするから、マリーはもう少し釣っててくれる?」

「わかった!」


 よしっ、どうやって捌くのかよくわからないけど、海の魚で捌き方は覚えたしいけるはず。

 最悪ピュリフィケイションとか使えるから大丈夫だろう。俺はそう思って魚を捌き始める。

 お魚さん、美味しくいただくのでごめんなさい。そう心の中で謝ってまずは魚を締める。そしてそれから捌いていく。

 必死に格闘すること十分ほど、少しガタガタだけど何とか捌けた。やっぱりもっと練習が必要だな。でも内臓も取れたし良くできた方だろう。

 これを土魔法で作った石串に刺して、塩を振って準備完了だ。あとはさっき集めた薪に火魔法で火をつけて焼いていこう。


「マリー、焼き始めるよ」

「はーい。お兄ちゃん、もう一匹釣れたよ」

「え? 本当?」

「うん! 桶に入れておいたからね」


 捌くのに真剣で全く気付かなかった。というか、そう話をしている間にもう一匹釣れている。凄い、今釣れる時間帯なのか? それともマリーが覚醒したのか?

 わからないけど凄い釣れてる。これなら母さんたちへのお土産も十分だな。


 それからしばらく魚が焼けるまで俺も釣りをして、魚が焼けたので食べることになった。俺はもちろん……釣れなかった。やっぱりマリーが覚醒したのかもしれない。まさか釣りの才能があったとは。


「お兄ちゃん、これそのまま食べるの?」

「うん。食べて良いところだけを残してあるからそのまま食べていいよ。あっ、でも骨には気をつけてね。あと頭と尻尾は食べない方が良いかも」

「はーい。いただきます!」


 マリーはそう言って魚にかぶりついた。


「う〜ん! 美味しい!」

「本当? お兄ちゃんももらっていい?」

「うん!」

「ありがと」


 そうしてマリーから受け取った川魚を食べてみる。

 おおっ……まじで美味しい。泥臭さとか全くない。ちょっとだけ甘みを感じるほくほくの身だ。ここまで美味しいと思ってなかった。


「美味しいね」

「ね! 私もっと釣る!」


 その後はかなり張り切ったマリーが五匹追加で釣って、俺も何とか一匹釣って、合計九匹も釣れて大成功で終了となった。

 たまには釣りも楽しいな。今度はニコラとルークも誘ったらいいかもしれない。そう思いながら家に帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る