第163話 二人のお祝い

 母さんの声に従って皆でいただきますと挨拶をして、一斉に食事に手をつける。

 俺はまずカツサンドからだ。

 おおっ……、サクッとした食感の後にくる噛みごたえのある肉の旨み、さらにその後口の中に広がるトマトソースの味わい。うん、めちゃくちゃ美味しい。

 このカツサンド、食堂でお持ち帰りメニューとして売ってるらしいんだけど、かなり売れてるみたいだ。この美味さなら納得だよね。俺なら毎日買う。

 まだこの辺にしか広がってないみたいだけど、この美味さならもっと人気が出ると思う。まあ、他のお店に真似されちゃうだろうからそこが大変だけどね。


 俺がそんなことを考えつつカツサンドを堪能していたら、父さんがマリーとルークに話しかけた。


「マリーが回復属性で、ルークが身体強化属性だったのかい?」

「そう! 怪我は私が治すよ!」


 マリーはそう言って、やる気十分の顔で瞳をキラキラとさせている。可愛い。

 そんなマリーを微笑ましげに見つめつつ、おばさんが口を開いた。


「それは心強いわねぇ。ベンはすぐに怪我をするのよ。これからはマリーちゃんに頼もうかしら」

「え、おじさん怪我してるの!?」


 おじさんが怪我をしてると聞いて、マリーは一気に心配そうな顔になった。


「ハハっ、そんな顔をしなくても大丈夫だ。仕事柄、手を切ったりちょっとした傷ができやすいんだ」

「そうなのよ。商品を片付けてる時とかに、ちょっとした怪我をしちゃうみたいなの」

「じゃあ、その時は私が治してあげるね!!」


 おじさんがマリーを安心させるように笑いながらそう言うと、マリーはおじさんに向かって満面の笑みでそう言った。するとその様子を見ていたルークが、ちょっとだけ恥ずかしそうに口を開く。


「お、俺も怪我したら、マリーが治してくれるのか?」

「うん? もちろん治すよ?」

「そ、そうか。期待してるぜ!」


 ルークはそう言って、少し恥ずかしそうにステーキにかぶりついた。

 お? もしかして、もしかして、ルークはマリーのことが好きなのか!? マリーは全く気付いてなさそうだけど、大人四人はルークを微笑ましそうに見守っている。ニコラも……気づいてそうだな。

 わかる、子供の恋愛なんて大人からしたら微笑ましいよね。俺も対象がマリーじゃなければ、穏やかな心で微笑ましく状況を見ていられただろう。

 でも、でも、マリーはダメだ! ルークには悪いけど、マリーは諦めてもらおう!


 俺がまたそんな馬鹿なことを考えていると、母さんが口を開いた。


「ルークの身体強化属性は、仕事には良かったわね。重いものを持つこともあるでしょう?」


 え? ルークってもう仕事が決まってるの?


「ルークはもう仕事が決まってるの?」

「俺は道具屋をやるんだぜ!」

「ルークは俺の後を継いでくれるんだよな」


 そうだったのか……確かにニコラが兵士になるって言ってたから、お店を継ぐとしたらルークしかいない。

 この世界では当たり前なのかもしれないけど、この歳でもう決めてるなんて凄いな。

 そういえば、マリーはどうするんだろう。


「マリーは、将来やりたいこととか決まってるの?」


 俺がそう聞くと、マリーはさも当然とばかりに頷いた。


「うん。食堂をやるんだよ?」


 逆に、何でそんなに分かり切ったことを聞くのって感じだ。まあ確かに、この世界の平民で自分のお店があるのはかなり恵まれているから、お店の子供に生まれたらそれを継ぐのが当たり前なんだろう。

 でも、俺が継がなかったから無理にとかじゃないのかな……


「マリーは、食堂の仕事が好きなの?」

「うん! 料理するのも好きだし、食べた人が喜んでくれるのも好き!」


 そう言ったマリーの顔には嘘や誤魔化しは一切なく、本当に心からそう思っているようだった。

 ……良かった。俺は安堵して少しだけ強張っていた顔を緩めた。


「そっか、それなら食堂の仕事は楽しいね」

「うん! すっごく楽しいよ!」


 マリーも少しずつ成長してるんだなぁ。まだまだ子供だと思ってたのに、なんかちょっと寂しい。

 俺がそうして少しだけ感傷に浸っていると、話はニコラの将来についてに変わっていた。


「ニコラは兵士になるのよね?」


 そう聞いたのは母さんだ。


「うん。兵士の試験を受ける予定。今は試験に受かるように体力作りから始めてるんだ」

「そうなのね。兵士になれたら給金も良いし将来安泰ね」

「そうだけど、でもそれを言ったら一番はレオンだ。レオンは王立学校に行ってるから、卒業したら役人になれるんだよな? それとも騎士になるのか?」


 ニコラがそう言って俺に話を振ってきた。


「ロアナから話を聞いた時は本当に驚いたわ。まさかレオンがそこまで頭が良かったなんて。本当に凄いわ!」

「本当だよな。俺らの誇りだ!」


 おばさんがそう褒めてくれて、おじさんは手を伸ばして頭をガシガシと撫でてくれた。


「ちょっ、ちょっとおじさん、頭がぐらぐら揺れるよ!」

「ハハっ、すまんな。そんなんじゃ騎士になれないぞ」

「俺は騎士にはならないんだよ。役人になる予定なんだ」

「まあそうだな。レオンは弱そうだもんな。ハハハっ」


 確かに外見は弱そうだけど、これでも意外と強いんだからね! まあ、魔法を使えばの話だけど。


「役人になれたら本当に凄いわねぇ」

「でも、貴族様と働くのだから心配は尽きないわ」

「確かにそうね」

「今でも毎日心配なのよ。その点ニコラは兵士になるんだから安心よね。貴族様との関わりはほとんどないし、それでいて給金は高いし、ずっと近くにいてくれるでしょう?」

「確かにそう考えると、兵士になってくれた方が心配は少ないわねぇ」


 母さんとおばさんはそんなふうに二人で話し始めてしまった。こうなったらしばらく話が尽きないんだ。

 俺は巻き込まれないように母さんたちから目を逸らして、ニコラに近況を聞くことにした。


「ニコラは普段、どんな訓練をしてるの?」

「今は体力作りだから、走り込みぐらいしかしてないかな。どうやって鍛えれば良いのかよくわからないんだ」

「そっか。兵士の試験って何があるの?」

「魔力量を測るのと魔法の試験。あとは体力測定とちょっとした模擬戦らしい」


 魔力量もまた測るんだ。そういえば、兵士は魔力量が四か五の人しかなれないんだったな。


「結構いろんな試験があるんだね」

「そうなんだ。聞いた話では落ちることもあるらしい。体力が無かったりあまりにも弱かったりすると、結構落とされるみたいだぞ」

「確かに、体力ないと仕事にならなそうだもんね。でもニコラなら大丈夫そうだ。かなりガタイも良くなってきてるし、見た目も強そう。試験って十五歳から受けられるんだよね?」

「ああ、十五歳から三回まで挑戦できる」

「それなら十五歳になる頃には、もっと背も伸びて強くなってるよ。そうだ、今のうちから筋肉はつけすぎない方が良いかも」


 確か筋肉をつけすぎると、背が伸びづらくなるんじゃ無かったっけ? そんな話を聞いたことがあるような気がする。……これって根拠のない話なんだっけ?

 あー、こういう時にすぐ調べられるスマホが欲しい!


「そうなのか? 何でだ?」

「確証はないんだけど、筋肉をつけすぎると背が伸びづらくなるって聞いたことがあるような気がする……。だから今は体力をつけることを重視して、筋肉をつけすぎない方が良いと思う。もう少し背が伸びてから筋肉をつけても遅くないでしょ?」

「確かに、まだ時間はあるからな」


 そういえば、工房で働く子やお店を継ぐ子は八歳を過ぎると段々と仕事を始めるけど、兵士になる子って十五歳まで仕事ができないよね。それまでって鍛えてるだけなのかな?


「今更かもしれないけど、兵士になる人って十五歳までは何してるのが普通なの?」

「基本的にはどこかで働いてるのが普通だ。体力作りも兼ねて建設現場で雑用をするとか、木こりの雑用とか、そういう仕事だ」

「じゃあ、ニコラもやってるの?」

「ああ、俺は荷運びの仕事をしている」

「荷運び?」

「荷物を指定の場所から場所まで運ぶ仕事だ。基本的には馬車から荷物を下ろしたり馬車に荷物を乗せたりだな。荷車で運ぶこともある」


 そんな仕事もあるのか。

 俺って魔法具のために王立学校に一直線だったから、普通の平民の仕事をあまり知らないんだよね。ちょっとはその知識も身につけよう。


「かなり体力が必要そうだね」

「そうなんだ。体力や力もついて金をもらえるんだから、ありがたい仕事だ」

「確かに訓練しつつお金をもらえるんだから、良い仕事だね」


 皆も将来のために色々と頑張ってるんだな。ニコラは兵士になるために、ルークは道具屋を継ぐために、マリーは食堂を継ぐために。

 俺も皆に負けないように頑張らないと。


 そうして皆の将来について話をしつつ、二人のお祝いの食事会は進んでいった。

 そしてマリーとルークがはしゃぎすぎて眠そうになってきたところで、食事会はお開きとなった。

 久しぶりに皆と話せて本当に楽しかった。やっぱり実家は落ち着くな。

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