第158話 久しぶりの実家

 それから数日は孤児院で過ごし、今日は孤児院から俺の実家に行く予定の日だ。

 数日孤児院で過ごしただけで、完全に子供達に情が移ってしまっている。特に一緒に遊んでいた小さな子達は尚更だ。

 皆は俺が今日行ってしまうという話を聞いて、孤児院の前まで見送りに来てくれた。


「レオン君、またいつでも来て良いのよ」

「はい、ありがとうございます。また寄らせていただきます。孤児院の子達を数人雇わせていただきましたので、皆の里帰りがてら一緒に来ようと思います」

「楽しみにしているわ」


 俺とアシアさんがそう話していると、我慢し切れないように子供達が俺のところに寄ってくる。


「レオンー、帰っちゃうの?」

「うん。また絶対来るからね」

「いつ来るの? 明日?」

「明日はちょっと無理かなー。いつ来るとは言えないけど、絶対に来るよ」

「……本当?」

「うん!」


 俺に特に懐いてくれていた四歳の女の子が、俺の服を掴みながら上目遣いでそう聞いてくる。目には涙が溜まっていて今にも溢れそうだ。

 すっごく可愛いんだけど、めちゃくちゃ罪悪感を刺激される。俺が悪いことをしている気分だ。

 俺は女の子の目線に合わせるようにしゃがみ込んで、頭を軽く撫でた。


「今はお別れだけど、また会えるからね」

「うん。……あのね、わたし、お勉強頑張る。だから、レオンのお店で働ける?」

「俺のお店で働きたいの?」

「うん……」

「そっか。もう少し大きくなったら働けるかもしれないよ。もしその時にまだ働きたいと思ってくれたら、俺のお店に来てね」

「そっか……、うん。わたし、頑張る!」


 女の子はそう言って俺の服から手を離した。今度は泣きそうな顔じゃなくて、決意を込めた良い顔をしている。


「じゃあまたね」

「うん! またね」


 そうして俺は子供達と次々とお別れをしていった。こんなに子供達に慕ってもらえるなんて思っていなくて、本当に嬉しい。ここにはまた絶対に来たいな。


 それからしばらく子供達とお別れをして、次は俺が雇った六人のところに向かう。仕事がある人もいるのに、休みを取って見送りに来てくれたらしい。


「皆はまた十週間後ぐらいかな。ロニーと一緒に中心街に来てね。住む場所は整えておくから」

「かしこまりました! レオン様、本当にありがとうございます」


 六人はそう言って深く頭を下げた。


「そんなにかしこまらなくても良いよ。俺の方こそ、これからよろしくね」

「はい! 精一杯頑張らせていただきます!」

「じゃあ、またね」


 そうして俺は、皆に見送られてロニーと共に孤児院を出た。凄く充実した数日間だったな。本当に楽しかった。



 そうして孤児院を出て、ロニーと共に乗合馬車乗り場に向かって歩く。


「レオン、皆にかなり好かれてたね」

「本当に良い子達ばかりだったから。それにしても、本当に楽しかった。来て良かった」

「本当? 子供達の世話ばかりで嫌じゃなかった?」

「全然! 確かに毎日ずっと続くのは大変かもしれないけど、それでも皆可愛いし楽しい気がする」

「確かにね。僕も子供達と遊んでるのは嫌いじゃないよ。そうだ、レオンにも妹がいるんだよね? 会うの楽しみだなぁ」

「紹介するよ。すっっごく可愛いから! 早く会いたいなぁ」


 マリーに会うのは本当に久しぶりだ。もう少しで会えるとなったら凄くテンションが上がってくる。早く帰りたい!


「じゃあ、早くレオンの実家に行こうか」

「うん! あっ、その前にどこか寄りたいところある?」


 俺がそう言うと、ロニーは歩いていた足を止め真剣に悩み始めた。


「どこか寄りたいところがあるの?」

「ううん。寄りたいところというか、レオンの実家に行くのなら手土産とか必要かなと思って。何が良いと思う?」

「手土産なんて必要ないよ?」

「でも、レオンだって孤児院にクレープの材料を買ってくれたし、何か買って行った方が良いよ。レオンの家族は何が好きなの?」


 改めてそう言われると、反応に困るかも。マリーはとにかく甘いものが好きだ。あとはステーキとか食べ応えがある肉。母さんと父さんは……、どんなものでも美味しそうに食べてるからわからないな。

 服装はいつも同じようなものだし、そもそも平民の服にオシャレさなんてないし。手土産にするとしたら実用品が良いよね。

 そうなると……布とかかな。俺の実家は食堂だから、布の消費量が他の家より多いんだ。食堂の掃除や机を拭くのにも頻繁に使うし。あとは厨房でも使う。

 まあ、それでも擦り切れるまでは使うから、すぐに新しいものというわけではないんだけど。それでも交換頻度が高いから、母さんが大きな安い布を買って布巾を自作しているんだ。

 その布ならいくらあっても困らないだろうし、母さんと父さん二人にとっても嬉しいだろう。布の大きさによって値段も調節できるし。


「母さんと父さんは仕事で使うものが良いから、布が良いと思う」

「布?」

「そう。安くて大きめの布を買って布巾を手作りしてるんだ。だからその布が良いかなと思って」

「じゃあ、お二人にはそうするよ。レオンの妹は? マリーちゃんだっけ?」

「うん。マリーで合ってるよ。マリーはお肉と甘いものがとにかく好きなんだ。だからクレープを作ってあげるのが一番喜ぶと思う。クレープの材料は俺が実家用に買ってあるから、実家でクレープ作りを手伝ってくれる?」

「それで良いの?」

「うん。それが一番だと思う」

「じゃあ、頑張って美味しいクレープを作るよ」


 そうして今後の方針を決めた俺たちは、乗合馬車に乗って実家の近くまで行き、必要なものを買って実家に向かった。

 乗合馬車を降りた時、懐かしくて少しだけ泣きそうになったのは内緒だ。忙しくて寂しさを感じる時間もなかったけど、ちょっとホームシックだったのかもしれない。

 今実家までの道を歩いているけど、本当に落ち着く。


「レオンの実家ってこの大通り沿いにあるの?」

「そうだよ」

「食堂をやってるって聞いてたから良い立地なのかと思ってたけど、予想以上に良い立地なんだね」

「うん。確か知り合いの伝で、良い物件を安く買えたらしいよ」

「そうなんだ。そんな幸運なこともあるんだね」


 そうして話しつつ歩き、ついに家の前に到着した。今は十四時過ぎだから、お昼ご飯を食べて夜営業の準備を始めるぐらいの時間かな。

 そう考えて、俺は勢いよくドアを開ける。


「ただいまー!」


 俺がそう言うと、ちょうど厨房にいたらしい父さんがカウンター越しに顔を出して、焦ったように大声を出した。


「レオン!? どうしたんだい!?」


 そしてその声に驚いた母さんとマリーが、奥から食堂にやってくる。


「レオン!? どうしたの? 何かあったの?」

「お兄ちゃん! お兄ちゃんだ!」


 母さんは必死な形相で俺にそう聞いてきて、マリーは嬉しそうに飛び上がって俺に抱きついてくる。

 完全にカオスだ。そこに父さんまで加わってくるし、奥からイアン君まで出て来た。


「ちょっ、ちょっと、皆落ち着いて! 王立学校が夏のお休みになったから帰ってきただけだよ!」


 俺が声を張り上げてそう言うと、母さんと父さんはやっと落ち着いてくれた。


「夏の休み?」

「そう。夏と秋に十二週間ずつ休みがあるんだ。だから心配いらないよ」

「そうなの。それなら良かったわ。突然帰ってくるからびっくりしたじゃない」

「ごめんね」

「まあいいわ。レオンおかえりなさい」


 母さんがそう言って優しく微笑んでくれた。父さんもその横で優しく笑ってくれている。


「母さん、父さん、ただいま」

「お兄ちゃん! おかえりなさい!」

「マリーもただいま。イアン君も久しぶり」


 俺は未だ抱きついているマリーの頭を撫でつつ、後ろにいるイアン君にも挨拶をした。


「レオン君久しぶり。元気そうで良かった」

「うん。元気だよ」

「お兄ちゃん、もう学校は終わったの? もうどこにも行かないの?」

「ううん。学校が少しの間お休みだから帰ってきたんだよ」

「そうなんだ……」


 マリーはまだ俺が学校へ行ってしまうと聞いて、しょんぼりとしている。

 マリー、マリーが可愛すぎる!! やっぱり俺の妹最強。誰よりも可愛い。本当に可愛い。


「マリー、でも六週間以上はここにいるよ」

「本当?」

「うん。前に約束してた釣りにも行こうね」

「うん!!」


 そこまでマリーと話したところで、俺は後ろで一連の流れを見守ってくれていたロニーを呼ぶ。


「皆、王立学校の友達のロニー、数日だけ遊びに来たんだけど、良いかな?」

「ロニーです。よろしくお願いします」

「王立学校にお友達ができたのね。もちろん大歓迎よ! ロニー君よろしくね」

「ロニー君、いくらでもゆっくりしていくと良いよ」

「ありがとうございます」


 ロニーは母さんと父さんとそう挨拶をすると、マリーと目線を合わせるように少しだけ屈んで、マリーにも挨拶をした。


「マリーちゃん、ロニーです。よろしくね」

「お兄ちゃんのお友達?」

「そうだよ」

「じゃあロニーお兄ちゃんだ! よろしくね!」


 マリーはそう言って満面の笑みを浮かべた。マリー、まじで天使。マジで可愛い。

 俺が久しぶりのマリーに感極まっていると、ロニーに腕を叩かれて現実に戻された。そして小声で話しかけられる。


「レオン、あの方は誰?」

「ああ、イアン君ね」


 俺はロニーと小声で話していた音量を上げて、イアン君をロニーに紹介することにした。


「ロニー、うちの従業員のイアン君だよ」

「イアンさん、よろしくお願いします」

「うん。よろしく」


 そうして一通り挨拶を終えたところで、母さんがロニーに声をかけた。


「こんなところで立ちっぱなしで話してないで、もっと中に入って。二人は昼食は食べたの?」

「ううん。まだ食べてない」

「じゃあ、準備するから食べちゃいなさい。レオンはロニー君をリビングに案内して。イアンは厨房よ」

「はーい」

「わかりました」


 そうして母さんと父さん、イアン君は厨房に向かったので、俺はロニーをリビングに案内することにする。

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