第159話 実家の味

「ロニー、こっちがリビングだよ」


 そう言って俺が食堂から廊下に続くドアを開けようとすると、ロニーに呼び止められた。


「待ってレオン、手土産を渡すの忘れてたんだけど……」

「あっ、確かにそうだね。母さんがお昼を持ってきた時に渡せば良いよ」

「わかった」

「じゃあ、まずはリビングね」


 そんな会話をしてロニーをリビングに案内する。マリーも一緒に付いてくるみたいだけど、マリーは出かける用事とかないのかな?


「マリーは今日お出掛けしないの?」

「うん! 昨日森に行ったから今日は行かないよ」

「そっか」

「だからお兄ちゃん達と一緒にいる!」


 マリーはそう言って、凄く楽しそうに俺たちの後をついて来た。やっぱりマリーは天使だ。

 俺はそんなマリーに顔を緩めつつ、ロニーに家の説明をしていく。


「ロニー、右側の扉が厨房で左の奥がトイレ、そしてこのドアがリビングへの入り口だよ」

「凄いね……本当にこの建物全てがレオンの家なんだ。僕はお母さんが生きている時は狭い部屋一室が家だったし、孤児院はまた感覚が違うし……。今も狭い部屋一室が僕の家だから、なんか変な感じだ」

「そっか、この家の中ならどこに入っても良いから遠慮しないでね」

「うん。ありがと」

「じゃあ、そこの椅子に座って」


 俺はリビングのドアを開けてロニーを中に招き入れ、ロニーに椅子を勧めた。そして俺とマリーも椅子に座る。


「う〜ん、やっぱり馬車に長時間乗ってるのは疲れるね」

「わかる。あれはいつまでも慣れないよ」

「だよね」


 俺が机に身体を預けて脱力していると、ロニーも少し疲れたように椅子の背もたれにもたれ掛かった。


「馬車?」

「マリーはまだ馬車に乗ったことないんだっけ?」

「うん。お兄ちゃん達は乗ってきたの?」

「そうだよ」

「いいなぁ〜!」


 マリーは馬車に乗ってきたという話でかなり興奮しているようだ。確かに、平民は馬車に乗る機会ってそうそうないよね。乗合馬車の料金だって安いわけではないし。

 なんか最近金銭感覚がヤバくなってるな……ちゃんと初心を忘れないようにしよう。お小遣いを全てかき集めても乗合馬車には乗れなかったあの頃を。

 うん、思い出した。そうだよ、最初はマルセルさんにお金を出してもらったんだよ。


「マリーも乗ってみたい?」

「うん!!」

「そっか。じゃあ今度乗ってみる?」

「本当!? 乗りたい!」

「うん。じゃあ今度馬車に乗ってみようか。約束ね」

「やったー! お兄ちゃんありがとう!」


 中心街まで行かなくても、一番近場の馬車乗り場まで乗るだけでも楽しめるだろう。今度乗せてあげよう。


「そうだ、マリーにお土産があるんだよ」

「お土産?」

「そう。クレープっていう甘い食べ物」

「甘い食べ物!!」


 俺が甘い食べ物と言うと、マリーの瞳が一気にキラキラと輝き出した。


「うん。マリー好きでしょ?」

「うん。甘いもの大好き! でもね、最近は母さんがあんまり食べさせてくれないの……」

「そうなの?」

「うん。お兄ちゃんが砂糖を沢山買ってくれたでしょ? あれもまだ沢山残ってるんだよ。私は毎日でもパンケーキとクッキーを食べたいのに、たまにしか許してくれないの」


 マリーがしょんぼりとしてそう言った。確かに甘いものを食べすぎるのは良くないけど、あの時の砂糖がまだ沢山残ってるほど食べてないのか。それは流石に節制しすぎじゃないかな。何でだろう?


 ……そうだ、確か俺が母さんに言ったんだ。


 砂糖は食べすぎると身体に悪いから少しずつっていうのと、しっかりと歯を磨かないと危険だよって教えた。

 もっとどの程度なら食べても良いとか、詳細に教えてあげれば良かった。


「マリー、甘いものを食べ過ぎるのは良くないんだけど、毎日かなりの量を食べるとかじゃなければ、そこまで気にする必要はないよ。俺が母さんに言っておいてあげるね」

「本当!? じゃあこれからはもっと食べられる?」

「うん。今までよりは多く食べられるようになるよ」

「やったー! じゃあ、お兄ちゃんのお土産も食べられる?」

「もちろん。でもそのお土産を作るのはロニーなんだ。俺よりロニーの方が美味しいのが作れるんだよ」


 俺がそう言うと、マリーは途端に尊敬の眼差しをロニーに向けた。


「ロニーお兄ちゃん、美味しい甘いものが作れるの? 凄いね!!」

「ありがとう。でもレシピを考えたのはレオンなんだよ。それを作るのが僕ってだけで」

「じゃあ、お兄ちゃんも凄い?」

「うん。マリーちゃんのお兄ちゃんは本当に凄いんだよ」

「そうなんだ! お兄ちゃん凄いね!」


 マリーはそう言って、今度は俺のことを尊敬の眼差しで見つめた。

 マリーに尊敬されるだけで、色々と頑張って良かったと思える。本当に、頑張って良かった。

 俺が目指してるスイーツ専門店も確実にマリーが喜んでくれるだろう。そう考えるともう必死で頑張るしかないな!!


 そうして俺がやる気を滾らせていると、リビングのドアが開き、母さんと父さんが入ってきた。


「お昼できたわよ。ステーキのお肉はもう残ってなかったから、野菜炒めだけどごめんなさいね」


 母さんがそう言いつつ、俺とロニーの前に山盛りの野菜炒めを置いてくれる。


「あとは、パンとスープとお水だよ」


 そして父さんが他のものも机に並べてくれる。久しぶりに実家のご飯だ。凄く嬉しい!


「母さん、父さん、ありがとう!」

「あの、こんなに沢山ありがとうございます。これ、少しですけど使ってください」

「あら、これは布よね? 貰って良いの?」

「はい。ぜひ使ってください。今回は突然来て受け入れていただいて、ありがとうございます」

「そんな、手土産なんて良かったのに。でもこれはありがたくいただくわね。ありがとう」

「いえ、こちらこそありがとうございます」


 そうしてロニーは手土産を渡すことに成功したようだ。


「じゃあ二人とも冷める前に食べちゃってね」

「うん。いただきます!」

「僕もいただきます」


 俺はとりあえず野菜炒めを沢山取って、大きく一口食べた。うん、この味だ。実家の味だ。めちゃくちゃ美味い。

 よく炒められた野菜は少しシャキシャキしているけど全体的にしんなり食感で、塩味だけの味付けが野菜の旨味や甘みを引き出している。

 噛めば噛むほど甘みが出てきて本当に美味しい。豚肉には多めに塩味がついているので、少し濃い味付けが食べたい時は、豚肉を食べるとそれも満たされる。そしてまた野菜の旨味を楽しむ。

 歯応えがあるちょっと硬いパンも、それを浸して食べるスープも、ただの井戸水も全部美味しい! 凄い、公爵家で食べているご飯の方が絶対に美味しいのに、懐かしい実家の料理ってだけで五割増ぐらいで美味しく感じる。

 俺は大満足で昼食を食べ進めた。そしてとりあえず落ち着いたところで、隣のロニーを見る。


「ロニー、口に合わないものとかはない?」

「大丈夫! 凄く美味しい! しかも量が多いよね。毎日こんなに沢山食べられるの?」

「うん。大体このぐらいの量かな」


 確かに孤児院の食事と比べたら多いよね。


「うちは食堂だから、営業の残り物を食べてるんだ。だから量は沢山あるんだよ。毎日同じものだけどね」

「凄いね。屋台の経営者がずっと憧れだったけど、食堂の経営者も凄い!」

「ロニー忘れてない? ロニーもお店の経営者になるんだよ?」


 俺は苦笑いを顔に浮かべつつ、ロニーにそう言った。


「そ、そうだったね。感動で一瞬だけ忘れてたよ。そういえば、お店はスイーツの専門店だよね? お昼ご飯はどうするの? 毎日スイーツ?」

「いや、流石にそれは身体に悪いよ。多分順番にお昼休憩を取ってもらうことになるんだけど、料理人に従業員のお昼を作ってもらうことにしようかな」


 従業員のお昼の問題も考えないとだな。周りのお店で買ってもらうのは流石に高すぎるだろうし、お店で準備した方が良いだろう。

 サンドウィッチとかシチューとかを作ってもらって、それを随時食べてもらうのが良いかな。うん、料理人に簡単な料理を作ってもらおう。

 冷蔵設備ができたなら保存の問題もないし。


「また考えておくよ。でもロニーは心配しないで。お昼はちゃんと準備するから」

「ありがと」


 そこまでロニーと話したところで、マリーが首を傾げながら俺に質問してきた。


「お兄ちゃん、スイーツのお店をするの? スイーツって甘いものだよね?」

「うん。お兄ちゃんこの食堂とは別に、甘いものだけを出すお店をするんだ」

「本当に? お兄ちゃん凄い! 私も、私もそのお店行きたい!」


 マリーは一気にテンションが上がったようで、俺のお店に行きたいと期待の眼差しで言っている。

 マリーにも来てもらいたいけど、でも中心街なんだよね。実際に開店してから来てもらうのは難しいだろう。裏口から従業員のエリアだけならいけるかもしれないけど……

 万が一何かあったらと考えると怖い。俺の家族ってだけで誰かに目をつけられそうだし、極力怖いところには近付いてほしくない。


「マリー、お店に来てもらうのは難しいんだ。でもその代わりに美味しいスイーツを沢山作ってあげるから、それで許してくれる?」

「そうなの……?」

「うん。来てもらうこともできるかもしれないけど、絶対と約束はできないんだ」

「そっか……、わかった」


 マリーは少し悲しそうな顔をしつつも、そう了承してくれた。マリーが、マリーが成長している! 大人になってる! でも成長は嬉しいけど……、ちょっと悲しい気持ちもあるな。かなり複雑だ。

 しかしそんな俺の複雑な心境を他所に、マリーはすぐに気持ちを切り替えたようで、いつもの明るい笑顔に戻ってしまった。


「じゃあお兄ちゃん、美味しいスイーツを作ってね!」


 とりあえずお店に行けなくても、美味しいスイーツが食べられれば良いのかもしれないな。

 俺はそんなマリーの様子に思わず苦笑いを浮かべつつ、返事をした。


「うん、勿論だよ。すっごく美味しいのを作るからね」

「うん!」


 そうして楽しいお昼の時間は終わった。

 その後はマリーと一緒に、ロニーに家の中を案内して、夜営業の手伝いをロニーも一緒にやり、かなり疲れて夜は早めに眠りについた。

 流石にベッドに五人は寝れなかったので、俺とロニーはリビングに布を敷いて寝た。ベッドより寝心地は悪いけど、疲れていたので眠れないと言うこともなく、朝までぐっすりだった。

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