第157話 健康診断

 すぐに悲鳴が上がった場所に向かうと、頭から血を流した女の子が倒れていて、木の枝を持った男の子が呆然と佇んでいた。


「何があったの!?」

「い、院長先生、剣の練習しようと思って木の枝を振ってたら、頭に当たっちゃって……」


 男の子が院長先生にそう説明した。


「わかったわ。ここは……、剣の練習をして良いエリアね。何でここに入ったの?」


 アシアさんは男の子に説明を求めながら女の子を抱き起し、女の子も意識があるようなので女の子にも話しかけた。

 木の枝で深く切れてるから出血はひどいけど、そこまで重傷ではなさそうだ。良かった……


「院長先生、ごめんなさい……虫を追いかけてたら周りを見てなくて……。本当にごめんなさい」


 女の子が泣きながらそう謝っている。


「そう、周りを見ずに走るのは危ないわ。もし本当の剣だったらもう命はなかったかもしれないのよ」

「うん……気をつけます」

「反省しているのならいいわ。これからは気をつけるのよ」


 剣の練習をするエリアとか決まってるんだな。皆が思い思いに遊んでいるように見えるけど、結構ちゃんとルール分けされてるみたいだ。


「今日は回復魔法が使える職員がお休みなのよね。仕方がないから私はこの子を治癒院に連れて行くわ。ロニーとレオン君は自由にしていてね」

「あの……、私が回復魔法を使いましょうか?」


 回復魔法が使える職員がいないと聞いて、俺はそう言った。


「レオン君は回復属性なの?」

「はい。魔法はかなり得意なので、すぐに治せると思います」

「それはありがたいわ。じゃあ頼んでも良いかしら?」

「勿論です」


 俺がそう言うと、院長先生は女の子を庭に一つだけあるベンチに下ろした。


「じゃあ、すぐに治すからね」

「うん。ありがとう……」


 俺がそう言うと、女の子は安心したように少しだけ笑顔になった。

 俺は女の子の傷に手をかざして傷を治しつつ、とりあえず全身を魔力でスキャンした。どうせ治すなら、他に悪いところがないかも確認しようと思ったのだ。

 すると、お腹の辺りに少しだけ悪いものがある。

 何か悪いものでも食べたのかな? ちょっと腐ってるものとか……

 とりあえず、それも何も言わずに治しておいた。


「はい、綺麗に治ったよ」

「ありがとう! あれ? お腹が気持ち悪くなくなった?」

「本当? 痛いのが治って、気持ち悪いのもどこかに行っちゃったのかもね」

「嬉しい! ありがと!」


 女の子はそう言って、元気に駆けて行った。

 元気になってくれて良かった。俺はそう思ってロニーとアシアさんの方を振り返ると、ロニーは呆れた顔を、アシアさんは驚いた顔をしていた。

 えっと……今回は何もやらかしてないはずなんだけど。スキャンも魔力が見えないようにしてたし……


「レオン君は……凄く回復魔法が上手いのね。治すのが早いし、とにかく傷痕一つ残らずに綺麗だったわ。熟練の治癒士みたいね」


 そっか、最近は回復魔法の授業でも皆が慣れてきたのか、何も言われなくなっていたから忘れてた。そこも他の人と違うんだっけ。


「魔法は得意なんです。授業でも練習してますし」

「そうなのね。王立学校の授業は凄いのね……」

「そうだ。他の子達の様子も見ていいですか? 皆を治すことはできませんが、酷い怪我の子から何人かは治せるので」


 本当は皆を治してあげられるんだけど、それは流石におかしいからとりあえずそう言っておいた。

 そして皆を診察するフリをして、スキャンをしてあげたい。さっきの子みたいにお腹を壊してる子がいるかもしれないし、もしかしたら病気の子もいるかもしれない。

 そういう子がいたらさりげなく治しておこう。いつでも会える人は体調悪くなってからでも間に合うかもしれないけど、この子達とはまた会えるとは限らないからね。


 でも、いつも会える人たちもたまにはスキャンしておいた方が良いのか。辛い症状を我慢してるかもしれないし、自覚症状が出ないうちに状態が酷くなるかもしれない。

 うん、とりあえず実家に帰ったら皆にはすぐやろう。

 そういえば、ロニーにスキャンをしたことないかも。


「レオン君、本当にありがとう。職員に一人回復属性の人がいるのだけれど、皆すぐに怪我をするから治し切れてないのよ。その人は魔力もそこまで多くないし」

「そうなのですね。じゃあ俺が皆を見ます」

「ありがとう。皆を順番に連れてくるわ。ロニーも手伝って」

「はい」


 そう言ってアシアさんとロニーは子供たちの方に向かっていたので、俺は咄嗟にロニーを呼び止めた。


「ロニー、ちょっと待って」

「え? 何?」


 ロニーは体調が悪そうじゃないから大丈夫だろうと思うけど、一度気になったらどうしても気になる。一度スキャンしておきたい。

 今度、マルティーヌ達にもまたやっておこうかな。


「ちょっとだけ動かないで」

「いいけど……」


 俺は不思議そうな顔をしたロニーに近寄って、回復属性の魔力を流した。魔力は見えないようにしているから、ロニーは本当に何をされているのか分からないだろう。


 ……うん、ロニーはどこも悪いところはないみたいだ。良かった。


「うん、もういいよ」

「え? 本当に何だったの?」

「うーん、ちょっと確認? そう、ロニーよりまだ俺の方が身長高いなって確認」

「何で今?」

「なんか負けたかもって思ったから」

「本当!? 僕レオンに勝つことを目標にしてるから!」

「まだ俺の方が勝ってるかな」

「すぐに追い抜くからね!」


 ロニーはそう言ってアシアさんを追いかけて行った。

 咄嗟に出た身長の話だけど、ロニーに抜かされそうなのは事実なんだよね……。最初は俺の方が確実に大きかったのに、最近はロニーに近づかれてる感じだ。

 まあ、まだ子供だからこれから成長するだろうと思っている。日本の俺はちょっと背が低かったからな。ちょっと、ちょっとだけだけど。

 だからこの世界の俺は背が高くなりたい。いや、必ずなるはずだ。そう信じてる。父さんは背が高くないけど、母さんも別に背が高くないけど、でも信じてる。


 そんな馬鹿なことを考えていたら、アシアさんが子供達を連れてきてくれた。

 そこから、俺は子供達を順番に診ていった。全員をスキャンで確認しつつ、怪我が酷い子を治していく。

 酷いとは言っても切り傷や擦り傷程度だけど、放っておけば化膿しそうな怪我もあったので治せて良かった。

 本当は全員治してあげたかったけど、流石に魔力量がおかしいことになるから無理だ。やっぱり能力を隠すって大変だよな……。


 そんなことを考えつつ子供達を診ていき、ついに残すところ五人だ。俺はやってきた小さな男の子に魔力を流す。まだ三歳ぐらいだろう。


 ……この子、悪いところがある。まだそんなに酷くはなさそうだけど、既に症状があるんじゃないのかな。

 俺はさりげなく回復魔法を使って治していく。結構魔力が必要だな……、多分症状はあっただろう。


「どこか辛いところはある?」

「あのね、僕の身体はおかしいの。皆みたいに走れないの」

「そうなの?」

「うん。すぐ疲れちゃうの」

「そっかぁ……じゃあ、お兄ちゃんがマッサージしてあげる。お兄ちゃんのマッサージは疲れが取れるんだよ?」

「本当!?」

「本当だよ。じゃあ腕を出してくれる?」

「うん!」


 そうして男の子を二、三分マッサージして、完全に悪いところは治した。


「どう? 身体は楽になった?」


 俺がそう言うと、男の子は立ち上がって俺の周りを駆け回り始めた。


「凄い、凄い! 走っても疲れないよ!」


 男の子は小さな身体で、凄く楽しそうに走り回っている。そしてしばらく走り回ったところで、地面にあぐらをかいて座っていた俺に飛び込んできた。


「お兄ちゃん、ありがとう!」


 そう言って満面の笑みで見上げてくる。

 か、かっ、可愛すぎる……幼児に性別は関係ないな。とにかく可愛い!! 


「良かったね」

「うん!」


 男の子は元気よくそう返事をすると、皆のところに戻っていった。うん、癒された。可愛かった。とにかく可愛かった。そして元気にしてあげられて良かった。

 それから残りの四人を診て、特に何事もなく終わった。


「レオン君、本当にありがとう」

「いえ、数人の子を治しただけですし」

「それでも、治癒院に行くほどではないけれど、酷い怪我の子ばかりだったわ。治癒院に払うお金がなくて、怪我もそのままにしている場合が多いのよ。余程酷かったり怪我したところが悪くない限りは」

「大変ですね……」

「まあ、言っても仕方がないことね」


 アシアさんはそう言って子供たちの方に向かって行った。そろそろ夕食の時間か、手伝いに行こうかな。俺はそう思って厨房に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る