第154話 夕食とクレープ

 厨房に入ると、中は大人数の食事を作るからか結構広かった。設備は古そうだけど使いやすそうな厨房だ。


「では、二人は夕食をよろしくね」

「かしこまりました!」


 アシアさんがそう言うと、エマとリズは手際良く夕食を作りを始める。そして二人が問題なく作り始めたことを見届けて、アシアさんは俺たちの方に来た。


「ロニー、レオン君、お土産を受け取ってもいいかしら?」

「勿論です」

「では、そこの台の上に置いてくれる?」


 そう言われたので、俺はかなり重い袋を何とか持ち上げて台の上に乗せた。全属性がバレないように身体強化の魔法は使っていなかったので、とにかく重かった。やっぱりあの魔法を使わないと、まだ子供の身体は貧弱だな。


「とても沢山、しかも日持ちするものばかりだわ。本当にありがとう。これであの子たちの食事量が増やせる」


 アシアさんはお土産の中身を一つ一つ見てそう言い、嬉しそうに微笑んだ。この人は、本当に子供たちが好きなんだな。こっちまで嬉しくなる笑顔だ。


「院長先生、こちらに入っているものは、僕たちが皆に振る舞うスイーツを作るために使うので、それ以外のものを棚に片付けてもらえますか?」

「分かったわ。そのスイーツは今すぐに作るの?」

「はい。皆の分を作るのは大変なので、すぐに作り始めたいと思います。調理器具を借りても良いですか?」

「ええ、勿論よ」

「ありがとうございます!」


 ロニーはアシアさんとそう話をすると、クレープの材料を次々と取り出して準備を進めていく。

 俺もロニーを手伝ってクレープ作りを開始する。ただ、今回作るクレープは蜂蜜バターの一つだけなので、そこまで大変ではないだろう。

 いつもはマヨネーズ作りに一番時間がかかってるからね。


 そうしてエマとリズが夕食を作り、アシアさんが食材を片付けて、その隣で俺とロニーがクレープを作る。そんな慌ただしくも心地よい時間が流れ、暫くすると夕食が出来上がった。今は配膳担当の子が食堂に料理を運んでいるところだ。

 この孤児院の子供たちは、誰一人として摘み食いをしないし、自分の食事を大量に確保しようともしない。こうして見ていても皆が助け合って争いは起きていないようだ。

 これって凄いことだよね。かなりしっかりと躾けられている。多分アシアさんの教育が凄いんだろうな……。アシアさんって、学校の先生に向いていると思う。


「今日は夕食を配膳したら、ロニーとレオン君からのお土産のスイーツも一人一つ配膳するのよ」

「はい! ロニー、スイーツって美味しいのか!?」

「凄く良い匂い……、美味しそう!」


 配膳の子達はスイーツの言葉を聞いた途端に、目を輝かせてロニーのところに殺到した。


「皆落ち着いて。凄く甘くて美味しいよ。だから早く食べられるようにどんどん運んでね」

「わかった!」

「ロニー、一人一つってこの大きいのが一つなの!?」

「そうだよ」

「やったー!」


 そうしてテンションマックスの子供たちがテキパキと準備をしてくれて、食堂には夕食の準備が整ったようだ。

 厨房を軽く片付けて食堂に向かうと、皆は席について俺たちが来るのを待っていた。

 お腹が空いてるだろうに、待てるなんて本当に凄い子達だな……。この子達ならいくらでも仕事がありそうだけど、孤児ってだけでイメージが悪いのかな? ロニーは仕事を探すのが大変って言ってたし。


 食堂にはここへ来た時はいなかった、年上の人たちも皆席に着いている。結構大きい人もいるけど、一番年上でも十五歳なんだよね。そうは見えない人も数人いる。

 凄くガタイが良くて背も高い男の子がいるけど、まだこれからも成長するとしたら多分相当大きくなるな……鍛えてそうだし兵士にでもなりたいのかも。


「皆、今日はロニーとその友達のレオン君が来てくれています。皆の前に置いてある一皿は二人からのお土産なので、二人にお礼を言いましょう」

「ありがとうございます!!」


 アシアさんの言葉に合わせて、皆が一斉にお礼を言ってくれた。何かくすぐったい気分だ。


「では、今日も食事ができることに感謝をして、いただきましょう」

「いただきます!!」


 そうして孤児院での夕食が始まった。メニューは至ってシンプルで、硬いパン一切れと野菜スープだ。スープにはたくさんの具材は入っているけど、それでも育ち盛りの子供たちには少ないだろう。

 確かにこれだと、働いて稼いだお金は食費に消えていくよね。それで結局はお金が貯められずに、孤児院を出るときに殆どお金がなく苦労することになるんだな。

 問題は、孤児院の運営費が少ないことと、孤児が多いことだ。というか、この孤児院でこれだけの食事量だったら、職員が孤児院のお金を私的利用してるところはどんな食事なんだ? もっと悲惨だとすると、パンと水だけとか? 

 もしそうなら、最低限生きていけるだけの食事は食べられているとは言っても、病気などで亡くなる子が多そうだ……。やっぱり、日本よりは厳しい世界だな。


 改善するには、まず職員が不正をできないような体制を整えて、その上で孤児院に回すお金を増やすこと。それから孤児となる子供の数を減らすために、もう少し衛生環境を整えて病気で死ぬ親を減らすことだよね。

 この世界って怪我は回復魔法で治せるのに病気は治せないから、病気にかかると死ぬ可能性がかなり高い。普通の風邪でも危険だ。基本的には薬師が煎じた薬湯を飲むぐらいだからな……。あれって効果あるのだろうか?

 回復魔法で病気を治すのが無理でも、せめてもう少し衛生観念が広まれば病気での死亡者も減る気がするんだけど。

 一応糞尿を外にそのまま捨てるとかはないから、最低限は保たれてるけど、それでも手洗いの習慣が根付いていなかったり、まだまだ問題がある。

 基本的にこの世界の人、特に平民って、泥で手が汚れたとか目に見える汚れが付かない限り洗うことはないんだよね。実際は雑菌だらけで汚いと思うけど。

 中心街はもう少ししっかりとしている。俺の予想だけど、多分使徒様が広めたんじゃないかな。それが平民にまで浸透しなかったんだろう。

 確かに井戸水を汲むのは大変だし、頻繁に洗うのが面倒くさいのはわかる。


 こうして考えると、問題点と改善すべきところはわかるんだけど、今の俺がどうにかできることじゃないんだよなぁ。多分、国としても他にもたくさんの問題があるんだろうし。

 とにかく今は、魔物の森のことと貴族の勢力争いで手一杯なんだろう……。こういう細かいことは放っておかれるよね。俺にしたら貴族の勢力争いなんかより、よほど衛生環境を整える方が大切だと思うけど。


 そんなことを考えながら久しぶりの硬いパンをスープに浸して食べ進めていると、周りの子供達がざわざわと騒ぎ出した。


「すげぇ! こんなに美味いもの初めて食った!」

「これ凄いね! 美味しいね!」

「幸せ……」

「生きてて良かった……」


 皆が思い思いの感想を口にしながら、クレープを食べているようだ。喜んでもらえて良かった。

 俺は皆の様子を見ながら、隣に座っているロニーに話しかけた。


「ロニー、喜んでもらえて良かったね」

「うん! 本当は一度美味しいものを知って、そのあと食べられないのは可哀想かとも思ったんだ。でもクレープは平民でも買えるものだし、皆も一生懸命働けばこれが食べられるっていう希望になるかなって。やっぱりこの後、孤児院を出た後の人生を悲観してる子は多いから……」

「そっか。じゃあ皆が働いて稼いだら気軽に買いに来られるような、庶民向けのスイーツ店も作らないとね」

「そうだね。僕頑張るよ!」

「うん。一緒に頑張ろうか」


 最初は貴族向けのお店からだけど、できる限り早く庶民向けのお店も始めたいな。庶民向けは、とにかく無駄を省いてコストを下げて値段を安くしよう。逆に貴族向けは、装飾を増やして貴族に受ける豪華なものにして、値段は少し高めにしよう。

 あとは、あのクレープの屋台も止めないでずっと続けようかな……。そのためには屋台の従業員も必要になるけど。


「ロニー、従業員として推薦したい子を決めた?」

「うん。何人かは決まってるよ。レオンが話してみて、雇っても良いと思ったら雇ってもらえたら嬉しい」

「わかった。ちゃんと話してから決めるよ」

「うん。明日紹介するね」


 そうしてその日の夕食は終わり、そのあと少しだけ皆と話してから、俺とロニーは貸してもらった部屋で早めに眠りについた。やっぱり長距離移動は子供の身体には疲れるのだ。

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