第153話 院長先生
「院長先生、これから十二週間程ここに泊まっても良いでしょうか? レオンも数日だけお願いしたいです」
「ええ、もちろんいいわよ。ここはロニーの家なんだから、遠慮せずに帰って来なさい」
「院長先生、ありがとうございます!」
「では二人分の食事も追加で作らなくてはね。仕事に行っている皆もそろそろ帰ってくるでしょうし、夕食を作りはじめましょう。今日の料理担当は、エマとリズだったかしら? 下拵えは終わった?」
アシアさんはそう言って二人の方を見た。料理担当とかあるんだな。だからロニーも最初から料理ができたんだ。
「はい! もうほとんど終わってます」
「ありがとう。では厨房に行きましょう。配膳担当の子も後少ししたら来なさい。ロニーとレオン君はゆっくりしていてね」
「ううん、僕たちも手伝います。食材もお土産で色々買って来て、それにお土産でスイーツもあるんです! それも作らせてください」
ロニーはそう言って、食材が沢山入って重い布袋を少しだけ持ち上げた。重すぎるので立ち止まるたびに床に置いているのだ。ここに来るまでも、俺とロニーが交互で頑張って運んできた。
「そんなに買って来て、大丈夫なの? かなり重そうだけど……。それにスイーツなんて高いでしょう。そうでなくとも王立学校はお金がかかるのに……」
アシアさんはそう言ってロニーを凄く心配そうに見ている。確かに屋台で働き始める前のロニーだったら、お土産は無理だったよね。
「レオンがやってる屋台で働いてるので、お金が少しは貯まってるんです。それから、スイーツはレオンからのお土産です」
「レオン君が屋台を?」
「レオンはちょっと……、特殊なんです。僕は本当に助けられています」
ロニーがそう言うと、アシアさんは何か言いづらい事情があると思ったのか、そこで追及をやめてくれた。
「ロニーに良い友達ができて良かったわ」
「はい! 僕には勿体無い、本当に良い友達です!」
ロニー、そんなこと思ってくれてたなんて……! 照れるけど嬉しい。最近はロニーに呆れられてばかりだったからね。
そうして俺たちが話し込んでいると、ロニーの袖を引っ張る存在が現れた。
「お兄ちゃん、屋台で働いてるの!?」
リズがキラキラした瞳でロニーにそう聞いている。確かロニーが言ってたな。妹と、屋台で働けたら好きなだけご飯が食べられるね、と話してたんだっけ。
リズにとっては屋台で働くのは憧れなんだな。確かに自分のお店っていいよね。
「そうなんだ。クレープっていう食べ物を売ってるんだよ。お土産で材料を買って来たから、今日の夜に皆にも作るね」
「本当!? 嬉しい!」
「では厨房まで移動しましょう」
そうして俺たちは厨房まで向かうことになった。その途中で俺は、ロニーにずっと疑問に思っていたことを聞いてみる。
「ロニー、皆アシアさんには敬語を使ってるけど、なんで使えるの?」
平民は敬語なんて使えないのが普通なのに、皆がアシアさんに対しては敬語を使ってるんだ。さっきからずっと疑問に思っていた。
「院長先生が、敬語と簡単な計算ぐらいはできるようにって教えてくれるんだ。その二つ、特に敬語ができると、中心街で良い仕事場を見つけられる可能性が高くなるからって。本当は読み書きも教えたいみたいだけど、それは流石に時間がなくて難しいんだよね。皆少しは出来るけど」
そうなのか……それは凄いな。この世界って学ぶためにはかなりのお金がかかるのが普通だし、無償で教えるような人は殆どいない。
孤児院という特殊な場所だけど、たくさんの子供相手に無償で勉強を教えているなんて……。これを応用すれば、この世界でも義務教育ができそうだ。
義務教育までは無理でも、教会で授業を受けられるようにすれば、この国の教育レベルは格段に上がるだろうな。
まあ、それをするのが難しいんだけどね。
何にしても、ロニーはこの孤児院に来て本当にラッキーだったな。というか、アシアさんて何者?
教会の職員って基本的には平民だよね? 確か前に聞いたことがある。読み書きの簡単な試験があるから全く勉強したことがない人には無理だけど、少しでも学ぶ機会がある人なら簡単に合格できるって聞いたことがある。
でもその程度で敬語とか教えられないだろうし……
「凄くありがたいことだね。アシアさんって、何でそこまでの知識があるのかな? 普通は教会の職員って平民だよね?」
「本当にありがたいよ。僕も気になって聞いたことがあるんだけど、院長先生の親が準貴族だったんだって。それで学ぶ機会があったらしいよ」
アシアさんの親が準貴族ってことは、祖父母は貴族ってことか。アシアさんの身分は平民だけど、貴族の子孫なんだな。
「そうなんだ。何でここの孤児院長になったんだろう?」
「僕もよく知らないんだけど、中心街は疲れるから嫌だったって言ってたよ。準貴族を親に持つ平民は、中心街の様々な施設で職員として働く人が多いんだって」
そうなんだ……。そう言われると、今まで準貴族の子供の行き先とか考えたことなかったけど、確かに王立学校にも職員がいるし、そういうところで働いてる人が多いのかもしれないな。
でも学んでいるなら王立学校に入ろうとか思わないのかな? 卒業すれば役人になれるのに。
「今ふと思ったんだけど、準貴族の子供って王立学校に入らないのかな?」
「うーん、僕も知らないけどあんまりいないよね?」
「うん。いるとしたら俺たちのクラスだよね?」
「そうだけど……あっ、確か一人だけ女の子が、準貴族の子供って言ってた気がする」
なんと、いつの間に女子と話してたんだ。俺なんてクラスの女子どころか、学校で女子と話したことなんてないのに。
いや、二人いたか。マルティーヌとステイシー様だ。でもマルティーヌはまた別枠だし、ステイシー様は誰にでも話しかけそうだし……
でも、俺に話してかけてくれる二人はめちゃくちゃ貴重だ。大切にしよう……
「そんな子がいたんだ」
「うん。確か馬鹿にされるのは分かってるけどどうしても入学したかったって言ってたから、もしかしたら貴族に見下されるのが嫌だから入学しない人が多いのかも」
確かに祖父母は貴族だけど自分は平民、凄く微妙な立ち位置だよね。貴族に見下されるのも嫌だろうし、入学すれば嫌な思いをすることも分かりきってる。
それにわざわざ辛い王立学校に行かなくても、良い就職先があるのならそっちで良いよね。平民が入学しても役人になれるってだけだし、役人になれても貴族と働いてたら一生下に見られそうだし……
そう考えると、平民が王立学校に行くメリットって殆どなくない?
貧しい平民が、一発逆転で役人を目指して入学するのはありだけど、すでにそこそこ恵まれてる平民だと入る意味がないのかも。
実際に平民は、殆ど商会の子供ぐらいしかいない。多分商会の子供は、貴族との伝を求めてるのとステータスの意味合いなんだろう。
「確かに準貴族の子供が王立学校に入るメリットって、あまりないかも」
「そうだよね。僕もそう思う」
ロニーと小声でそんな会話をしつつ歩いていると、厨房に辿り着いた。
厨房に行くには、裏庭からまず食堂へ行き、食堂を通って別のドアに入り辿り着く。最初にエマとリズが出て来たドアの先が厨房だったようだ。
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