第152話 孤児院

「ただいまー!」


 ロニーが声を張ってそう言うと、すぐにドアの一つが開き、中から同い年くらいの女の子が出てきた。


「あ! ロニー帰ってきたの!?」

「エマ! 久しぶり」


 ふわふわな茶髪のボブヘアに茶色の瞳で、笑顔が可愛い女の子だ。やっぱり前世が日本人だった俺からすると、この色合いは落ち着く。


「王立学校は? 何かあったの?」


 エマと言うらしい女の子が心配そうにそう聞いた。


「王立学校は、夏の月前半と秋の月後半に十二週間お休みがあるんだ。今はそのお休み期間だから帰ってきたんだよ」

「そっか。じゃあロニーはしばらくここにいるってこと? それは嬉しい!」

「ふふっ……そんなに喜ぶこと?」

「喜ぶに決まってるよ! だってロニーは、もうここに帰ってくることはないのかと思ってたから」

「ここには皆もいるし帰ってくるよ」


 ロニーはそう言って優しい顔で微笑んだ。何か、何か凄く良い雰囲気じゃない!? 俺、邪魔なんじゃない!?


 ……転移魔法ですぐにこの場から立ち去りたい。


 そう思ってできる限り存在感を消していると、エマちゃんが俺の方を向いた。そして俺に話しかけてくれる。

 エマちゃん、本当にありがとう。もうこの空気には耐えられなかったんだ。


「あなたはロニーのお友達?」

「うん。王立学校で同じクラスなんだ」

「わぁ! じゃああなたも優秀なのね!」

「ロニーほどじゃないよ」


 俺はエマちゃんからの素直な賞賛が照れ臭くてそう謙遜したら、ロニーにすぐ突っ込まれた。


「レオン、嘘はダメだよ。僕なんてレオンの足元にも及ばないから」


 ロニーはジト目で俺を見つつ、そう言ってきた。


「でも、純粋な頭の良さならロニーの方が……」

「レオンは自分がどれだけ規格外なのか、まだわかってなかったんだね。わかるまでひたすら、レオンの素晴らしさについて語ってあげようか?」


 ロニーが笑顔を浮かべてそう言ってくる。でも笑顔なんだけど、綺麗な笑顔なんだけど、何故か怖い! あの純粋だったロニーがいつの間にそんな表情を覚えたのか……

 俺か、もしかして俺のせいなのか。


「ロニー、なんかごめん」

「ん? 何で急に謝るの?」

「何となく謝りたかったんだ……」


 まあでも、強くなるのはいいことだよね。俺はそう考えることにして話を変えた。エマちゃんが完全に置いてきぼりになっちゃってるし、早くエマちゃんを紹介してもらおう。


「ロニー、こちらの女の子は?」

「ああごめん、紹介してなかったね。こちらはエマ、僕たちと同い年だよ。エマ、こちらはレオン。王立学校の友達なんだ」

「改めて初めまして。ロニーの友達でレオンです。よろしくね」

「私はエマ、エマって呼んでね。レオン、これからよろしく!」


 そうしてお互いに挨拶をして笑い合ったところで、エマが出てきたドアがまた開き、俺たちより少し小さな女の子が出てきた。


「お兄ちゃん!!」


 その女の子は満面の笑みでそう叫んで、ロニーのところまで一直線に走りロニーに抱きついた。


「うわっ……リズ、痛いよ」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃんだぁ」


 ロニーがリズと呼んだ女の子は、ロニーに抱きついたまま頭をぐりぐりと押し付けている。


「リズはロニーが中心街に行ってから、ずっと元気がなかったんだよ」

「そうなの? リズ、寂しかった?」

「うん、だって……だってぇ〜、ひっ、ひっく……」

「ちょっ、ちょっとリズ、泣かないでよ。本当にどうしたの?」

「お兄ちゃんと、離れるの、初めてだったから……お兄ちゃんもお母さんみたいに、もう会えなくなるのかと思ったの」


 確か、ロニー達のお母さんって病気で亡くなったんだよね? そっか……小さい頃にお母さんと死に別れて、唯一の家族であるお兄ちゃんとまで会えなくなったら不安になるよね。


「リズ、大丈夫だよ。僕はいなくならないよ。また一緒に住むこともできるし、いつでも会えるようになるよ」

「本当?」

「うん! お兄ちゃんがお金を稼げれば一緒に住めるよ」

「そっか……そっか、良かったぁ」


 リズちゃんはロニーのその言葉を聞いて、安心したような顔でやっと笑顔を見せた。泣き止んでくれたみたいで良かった。

 それにしてもかなり可愛い子だな。これは大きくなったら大変そうだ。


「じゃあリズ、レオンにご挨拶しようか」

「レオン?」

「そう。僕の友達のレオンだよ」


 ロニーがそう言って俺を紹介してくれたところで、リズちゃんはやっと俺を認識したようでこちらを向いた。そして数秒目が合ったと思ったら、素早くロニーの後ろに隠れてしまった。


「うわっ、リズ? ご挨拶は?」


 ロニーの後ろからちょっとだけ顔を出して俺を観察している。もしかして、人見知りなのかな?

 何か王立学校入学時のロニーみたいだ。ちょっとビクついてる感じが似てる。やっぱり兄弟だな。


「レオンごめんね、リズは人見知りなんだ。慣れると大丈夫なんだけど」

「大丈夫だよ」


 俺はロニーにそう言って、ロニーの後ろにいるリズちゃんをひょいっと覗き込んだ。


「初めまして。お兄ちゃんの友達のレオンです。お名前教えてくれる?」

「…………リズ」

「リズちゃんって言うんだ。よろしくね」

「……リズでいいよ」

「ありがとう。じゃあリズ、よろしく」

「うん。レオン……、よろしく」


 リズはそう言ってちょっとだけ笑顔を見せてくれた。まだ警戒心は抜けないみたいだけど、ちょっとは心を許してくれたかな?

 俺がそうしてリズとコミュニケーションを取っていると、ロニーが何かを思い出したような声を上げた。


「あっそうだ。エマ、急に来ちゃったけど泊まれる部屋ってある? なかったら掃除しないとだよね?」

「うーん、確か二人しか入ってない四人部屋があったから、そこを使えば良いんじゃない?」

「そっか、じゃあそこを借りることにする」

「うん。どのぐらいここに居るの?」

「夏の休みは十二週間なんだけど、その間は基本的にいる予定かな。でも途中でレオンの家にも行く予定だから、ずっといるわけじゃないかも」

「そうなんだ。じゃあ、とりあえず院長先生のところに行く?」

「そうする」


 そうしてエマとロニー、リズは先程二人が出てきたドアとは別のドアに向かっていく。俺もそれに付いて行き中に入ると、そこは廊下に繋がっていて、左右にたくさんの部屋があった。

 そしてその廊下を少し進むと突き当たりにドアがあり、三人はそのドアを開けた。

 おおっ、結構広い。ドアの先は裏庭につながっていたようだ。子供なら十分に走り回って遊べるような裏庭に、数十人の子供達がいる。

 木箱に座って大人の話を聞いていたり、庭をただただ駆け回っていたり、木の枝を剣のように持ち素振りをしていたり、様々なことをして過ごしている子供がいる。


 そんな子供達が一斉に俺たちの方、いやロニーの方を見た。そしてロニーの顔を少しの間凝視すると、一斉に駆け寄ってくる。


「ロニー、帰ってきたの!?」

「中心街はどうだったの?」

「美味しいものあったぁ?」

「王立学校は??」

「うわっ……ちょ、ちょっと皆、勢いが凄すぎるよ」


 ロニーが皆に囲まれてタジタジだ。ロニーって皆に慕われてたんだな。ここにいるのは俺たちより小さい子ばかりみたいだし、皆のお兄ちゃんみたいな感じなのかも。

 確か孤児院って十五歳までいられるんだよね? 年上の人達はどこにいるんだろう?

 俺がそんなことを考えながらロニーの様子を見ていると、先程子供達に何かを教えていた大人がこっちに歩いてきた。

 三十代ぐらいに見える女の人で、ふんわりとした雰囲気で優しそうだ。


「皆、ロニーが困っているわ。落ち着きなさい。ロニー久しぶりね。元気だったかしら?」

「院長先生! 元気にやっています。最初は大変でしたけど、王立学校にも慣れてきました」

「それは良かったわ。ロニーに王立学校へ行かせるのは、酷だったかしらと思っていたのだけど」

「今では王立学校を受験させてくれたこと、本当に感謝しています。僕が王立学校でやっていけているのはレオンのおかげなんです。紹介しますね、こちら王立学校で仲良くなった、友達のレオンです」


 ロニーがそうして俺を紹介してくれたので、俺はしっかりと挨拶をする。


「初めましてレオンと申します。ロニー君とは仲良くさせていただいてます」

「アシアです。この孤児院の院長をやっています。ロニーと仲良くしてくれてありがとう」


 アシアさんはそう言って優しく微笑んでくれた。この人が凄く良い院長先生だということは、もう見ただけでわかる。雰囲気が柔らかいし、子供達を見る目が凄く優しい。

 確かにどんな院長先生なのかで、孤児院の雰囲気って変わるよね。この孤児院が当たりというより、アシアさんが当たりなんだな。

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