第145話 お店の内覧
屋台の問題も片付き、それから一週間は穏やかな毎日が過ぎていった。
サリムは王立学校を退学になり、公爵家の屋敷で下働きとして働いているそうだ。しかし俺は一度も姿を目にしていない。何でも、俺とは絶対に会わないように細心の注意を払っているらしい。
教育が終われば普通に会話もできるって言われたけど……どんな教育をするんだろうか。ちょっと怖くて聞けないでいる。まあ、アルバンさんだから酷いことはしないと思うけど……
そして今日は店舗候補の内覧に行く。どんなお店があるのか凄く楽しみだ。
先程ロニーとヨアンと共にリシャール様と歓談をして、今はそれも終わり馬車で公爵家を出た。最初の店舗は中心街でもかなり王城に近いところにある店舗らしいので、完全に貴族向けのお店にするのなら良い立地だと思う。
「ロニー、ヨアン、今はまだ三人しかいないけど、これから頑張ってお店を盛り上げていこうね」
「うん!」
「全力でスイーツ開発に努めます!」
「ありがとう。そうだ、さっきはちゃんと紹介できなかったから今するね」
ロニーとヨアンは今日が初対面なんだけど、公爵家に着くとすぐにリシャール様との歓談になったから、二人の間では紹介をしていないのだ。
「ロニー、こちらがヨアン。今まではダリガード男爵家でスイーツの研究をしていたんだけど、これからはお店でスイーツの研究をしてもらう。あとはお店が始まったら料理長もやってもらいたいと思ってる」
「ヨアンさん、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
二人はまだギクシャクとした様子で、頭を下げて挨拶をした。
「ヨアン、こちらがロニー。王立学校の同級生で俺の友達。今はクレープの屋台で働いてもらってる。新しいお店では店長をやってもらう予定だよ」
「ロニーさん、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
二人はまたさっきと同じセリフで挨拶をして、頭を下げた。うーん、凄く固い。もっと打ち解けて欲しいんだけど。やっぱり敬語と敬称は無しにした方が打ち解けてくれるかな?
「二人とも、もっと仲良くなるために敬語も敬称も無しにしない? お店を始める初期メンバーってことでこれから一緒に頑張っていくわけだし、もっと打ち解けよう! ということで、二人の間の敬語はなし。あと、ヨアンは俺に敬語を使わなくてもいいよ。同じ平民だしね」
「い、いえ! レオン様にはこのままで! ただ、ロニーさんとはもっと打ち解けようと思います」
ヨアンはそう言った後、ロニーの方に身体を向けた。
「ロニーと呼んでもいいか?」
ロニーはその言葉を聞いて、さっきまで緊張してる様子だったのが少し和らいだ。そして笑顔を浮かべて返事をする。
「はい。じゃなくて、うん! 僕もヨアンって呼んでもいい?」
「勿論だ。これからよろしく、ロニー」
「よろしくね、ヨアン」
うん、さっきよりは柔らかい空気になった気がする。この後に一緒に仕事をしていけば、どんどん仲良くなっていくだろう。
俺がそう思って安堵していたら、ロニーが少し言いづらそうにヨアンに尋ねた。
「僕、ヨアンに一つ頼みがあるんだけど……」
「何だ?」
「新しいスイーツの作り方を僕にも教えてくれないかな? 僕はお店でスイーツを作ることになるのかわからないけど、料理は好きだから教えて欲しいんだ」
「そうなのか! 勿論いいに決まってる。店舗ができたら休憩時間や仕事の後に教えるぞ」
「本当!? ありがとう!」
ロニーはヨアンの言葉に凄く嬉しそうにしている。
そういえばお店を作ることは決めてたけど、誰がどの仕事をするのかは全然決めてなかったよね。ロニーも料理人がやりたいのかな?
「ロニー、お店が始まったらどんな仕事を任せるか決めてなかったけど、ロニーも料理人がやりたい?」
本当はロニーには、店長としてスタッフの管理や食材の調達、売り上げの管理など、その辺の業務をやってもらえたら嬉しいんだけど、本人が料理人をやりたいのなら無理にとは言わない。そっちの仕事はまた別の人を雇えば良いからね。
「ううん、僕は店長として色々な雑務をやるよ。多分そっちの方が向いてると思う。料理は好きだけど趣味としてもできるし。得意なことをやった方が良いからね」
「そっか、じゃあロニーは店長としてよろしくね」
「うん! 任せて!」
「頼もしいよ」
実際ロニーほど店長に適した人物もいない。完全に信頼できるし、能力も申し分ないどころか一つの店舗の店長には勿体ないくらいだ。そのうち複数の店舗を持つことができたら、それを統括する立場になってもらいたいぐらいだ。
「ヨアンは料理長で良い?」
「勿論です! スイーツを作る仕事なんて幸せです。ただ、スイーツの研究をする時間もあったら嬉しいです」
確かにそうなんだよね。しばらくは料理長としてやってもらうけど、他の料理人を雇ってヨアンには研究をしてもらった方が良い気もする。
他にもまだまだ作りたいものは沢山あるし、新商品を出すためにも研究は必須だ。そう考えると何人か料理人を雇うべきだな。
「確かにヨアンにはこれからも研究を続けて欲しいから、他にも料理人を雇うよ。それで日々のスイーツ作りはその料理人に任せて、ヨアンは研究をできるように考えるね」
「レオン様……ありがとうございます!! レオン様に出会えたことが俺の人生最大の幸運です!!」
「ヨアンはいつも大袈裟だよ」
「大袈裟じゃないです! これは本心ですし事実です!」
ヨアンは本当にスイーツのことになると勢いが凄い。その勢いで研究してくれるからありがたいんだけど。
「ありがとう。これからもよろしくね」
「はい! まずは今の研究を形にしてみせます!」
そんな話をしていたら、一店舗目に到着したようで馬車が減速して止まった。
普通の内覧だと、不動産屋のような人が店舗の説明をしてくれるらしいんだけど、それだとゆっくり見られないと思ったのか今回はロジェが説明をしてくれることになっている。事前に情報は全て手に入れてあるらしい。やっぱりロジェって本当に有能。
なので今回は出迎えもなく、ロジェが店舗の鍵を開けてくれた。
「レオン様、こちらの店舗は以前装飾品店でしたが、住居兼店舗だったため、台所などの設備は一通り整っているようです。しかしあくまでも台所でしかないため、厨房としては少し狭いところが難点でございます。最も良い点は王城に近い立地です」
ロジェが店内に入ったところでそんな説明をしてくれる。基本的に中心街では、王城に近いほど高級なお店が並んでいるので、王城近辺でしか買い物をしない貴族もいるそうだ。
だから貴族向けに商売をするならこれ以上ない立地なんだけど、購入金額はかなり高い。基本的にこの国では店舗を賃貸するということはなく、賃貸はあくまでも住居、それも部屋単位での話なので、お店を始める時は購入することになる。
まあお金はあるからいいんだけど、でも厨房が狭いのは致命的だよなぁ。
お店に入ると、まずは広い空間が広がっている。今はほとんど何もなく壁に棚がある程度だけど、ここが売り場スペースだったのだろう。
そして奥に扉があり中に入ると、短い廊下があり左右に二つずつの部屋と階段がある。左側の扉がトイレとお風呂、右側の扉が台所と倉庫という感じだ。
階段を登ると二階には三部屋あり、どれもただの広い部屋だった。多分ここが生活空間だったのだろう。
「うーん、意外と広くないんだね」
「はい。貴族は基本的に、装飾品などを購入する際、屋敷に商人を呼び寄せますので、そこまで広い店舗は必要なかったのかと」
確かにそうか。服とか装飾品を買う時は、屋敷に商人を呼び寄せるのが普通だよね。でもこの世界の貴族は、自分で店舗に出向くことも割とあるみたいだけど。
うーん、ちょっとこの店舗だと狭すぎるかなぁ。奥にカウンターを作ってそこにショーケースを設置するとして、カフェスペースはほとんどなくなる。テーブルが二つぐらいしか置けないだろう。
「二人とも、ここはどう思う?」
「うーん、基本的にはスイーツを持ち帰りできるお店にして、カフェを併設するんだよね? それだと狭すぎるんじゃない?」
「やっぱりそうだよね」
「それに厨房も少し狭すぎると思います。俺一人で作るのならば良いですが、他にも料理人を雇うとなるともう少し広さが欲しいです」
「そうだよね。俺もここはちょっと違うかなと思ってる。じゃあ次を見に行こうか」
俺がそう言うと、ロジェが心得たように頷いてくれた。
「かしこまりました。では次の店舗にご案内いたします」
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