閑話 最高の朝と最悪の夜(サリム視点)
今日は気持ちのいい朝だ。今頃屋台が破壊されてることに気づいた誰かが兵士に伝え、それがレオンまで伝わっている頃だろうか。悔しがるレオンの様子を考えるだけで胸が躍る。
ふんっ、あいつが俺より目立つから悪いんだ。俺が平民の中で一番恵まれているはずだったのに、あいつはどんなズルをしたのか知らないが公爵家に取り入って、あまつさえ屋台で大成功など、受け入れられるわけがない!
あいつは平民の中でも王都の外れにある食堂の息子だぞ!? 俺は貴族とも取引のある大商会、ヴォクレール商会の息子だ。生まれた時から格が違うんだ!
大方屋台で成功を納めたのも、公爵家のアイデアを横取りしたとか、そんなところだろう。公爵家もレオンを排除した俺に感謝して欲しいものだ。
さて、王立学校に行ってレオンの顔でも拝んでやるかな。落ち込んでるか怒ってるか、はたまた悔しがってるか、どんな表情でも笑えるな。しっかりと目に焼き付けなければ。
そう思って部屋から出ようとしたその時、廊下をバタバタと走る音が聞こえてきた。
誰だうるさい奴は、無能な使用人がいるようだな。
「おい、今走っている使用人は誰だ? 主を不快な気持ちにさせるなど、使用人として無能だ。すぐにクビにしろ」
俺がそう言うと、従者は一礼して言った。
「かしこまりました」
こいつは俺の言うことに従順で有能な従者だ。今度褒美をやるべきかもしれないな。俺は使用人思いで完璧だな。
そうして朝から気分よく部屋を出たところで、さっきからうるさい音を立てている使用人が、俺の所まで一目散に駆けて来た。
「サ、サリム様! 大変です!」
「うるさいぞ」
「も、申し訳ありません。ただ、それどころではないのです! 兵士が、兵士がサリム様を捕らえにやってきております!」
兵士が俺を捕らえに? 何故だ、昨日の奴らが捕まって俺のことを話したのか!?
全く、せっかく人が雇ってやったというのに使えない奴らだ。ただあいつらの言葉よりも俺の言葉が信用されるのは確実、口頭での契約のみだったし重い罪になることはないだろう。
公爵家もたかが平民の屋台のことで表に出てくることはないだろうし、そもそも今頃は俺に感謝してるかもしれないんだ。もしそうならば軽い罪もなくなるな。
全く心配することはない。
「落ち着け。何かの間違いに決まっているだろう? 誰かが俺を羨んで嘘を吐いたのだ」
「た、確かにその可能性はありますね……」
そこまで話した時、兵士が家の中まで入ってきて一直線に俺のところまで来た。
「ヴォクレール商会所属のサリムだな。器物損壊罪の容疑で捕らえよとの命が出ている。縛って連れていけ!」
「はっ!」
三人の兵士がいて、偉そうな奴の命令で二人の兵士が俺の手を縛り上げた。そして俺はそのまま兵士の詰所まで連れていかれる。
乱暴な奴らだ。後で父上に頼んで罰を与えてやる。
そのあとは兵士の詰所で事情を聞かれたが、ひたすら「知りません」と答えていれば終わりだ。
やっぱりなんてことはなかった。軽い罰金は課されたが父上がすぐに払ってくださるだろう。この程度でレオンを陥れられるのならば安いくらいだ!
ただ父上には叱られるだろうか? いや、公爵家から感謝状でも届いていれば逆に褒められるかもしれないな。
俺はそう思いながら、作戦が上手くいった高揚感で足取り軽く兵士の詰所を出た。しかしそこで足が止まる。
何故迎えがきていないんだ。普通は俺が出てくるまで馬車で待っているものだろう! あの従者は命令に忠実で使えると思っていたが、気が利かないようだな。
はぁ〜、無能ばかりで困る。あいつもクビだな。
それにしてもどうやって帰るか。兵士に伝言を頼んでもいいが、さっきまで俺を犯人扱いしていた奴らだ。頼りたくはない。
そうなると歩いて帰るしかないか。この俺を歩かせるなど、あの従者は本当に無能だ! クビにするだけではなくて罰を与えてからクビだ!
従者にどんな罰を与えようか考えながら歩くこと数十分、やっと家まで着いた。
はぁ〜、この俺が帰ってきたと言うのに迎えもないとは。本当に無能しかいないのか。
「帰った。帰ったぞ! 誰かいないのか! 俺が帰ったのに誰も迎えにこないとは何事だ!?」
俺がそう言うと、家の中からドタドタと足音が聞こえてくる。やっと誰か来たか、これは使用人全員に罰を与えた方が良いかもしれない。
ただ、今駆け付けてる使用人だけは罰を軽くしてやろう。そう思って誰が現れるのか待っていると、現れたのは父上だった。
「父上? どうされたのですか?」
「サリム、お前、お前……なんてことをしてくれたんだ!!」
父上は我を忘れたような怒りの形相で、喉が潰れるんじゃないかというほど大声でそう言った。
「な、何のことでしょうか?」
「お前、公爵家が後援している屋台を壊させたのだろう!?」
「そ、それは男たちが勝手に言っているだけで……現に罰金だけで帰って来れましたし……」
「そんな建前を聞いてるんじゃない!! 本当はお前が指示をしたのだろう!?」
「た、確かにそうですが……。ただ平民の屋台を壊しただけです。そこまで問題にはならないはずですが……」
「平民の屋台ではない!! 公爵家が後援している屋台だ!! その違いが分からないとは言わせないぞ!!」
な、何で父上はこんなに怒っているのだ。公爵家の後援があるというよりは、ただ何らかのズルで公爵家に所属できただけの、レオンがやっている屋台のはずだ。所属しているとは言っても使用人のようなものだろうし……
使用人の問題に、いちいち公爵家が関与するはずもない。
「確かにレオンがやっている屋台ですが、レオンは公爵家に所属していると言っても下働きとかのはずです。そこまで問題になるはずがありません」
「ならば何故、こんなものが送られてくるのだ!?」
「これは……?」
「公爵家からの手紙だ!! 此度の屋台への襲撃は、公爵家への攻撃と見做しても良いかと書かれている!!」
「なっ……そんな意図はありません!」
「そんな意図はなくとも、公爵家がそう思ったらそうなるのだ!! もうお前はヴォクレール商会から放逐する。二度と私の前に現れるな!!」
放逐……? 放逐!? 何故俺がそんなことをされなければいけないのだ!
「父上、何故ですか!?」
「うるさい! 公爵家に目を付けられたとなれば商会は存亡の危機だ! お前なんかに構ってる暇はないんだ。早く消えろ! おい、こいつを敷地外に放り出して二度と中に入れるな」
「かしこまりました」
俺は父上に付いてきていた従者に腕を掴まれて、敷地の外まで引きずられた。
父上はいくら呼び掛けても、もうこちらを見てくれない。何でこんなことになったんだ……何故、何故……
俺は屋敷の外に放り出されて、どこにいけばいいのか分からずしばらく呆然としていた。
それからそこに、どれほどの時間いたのだろう。誰にも見向きもされないまま数時間、遂に喉の渇きが限界になりもう一度父上に謝ろうと家に入ろうとした。
しかし入り口は完全に閉められていて、兵士の見張りまでいる。兵士に話しかけてもまるでいないように無視される……そんな……本当に俺はもう家に戻れないのか……
俺は感情に任せて泣き喚いた。泣いて泣いて泣きまくって、泣きながらふらふらと目的もないまま歩き回り、どこか分からない裏路地で力尽きた。もうあたりは真っ暗だ。
本当なら美味しいご飯を食べて、ふかふかのベッドで寝ていたはずなのに……何故こんなことに……どこから俺は間違えたんだ……
そう思いながら硬い地面に座り込んでいると、俺の前に一人の男性がやってきた。上質な使用人の服を着ている。
どこかの貴族の使用人だろうか。もしかしたら執事かもしれないな。もう疲れ切って頭も働かないし、何だか眠くなってきた……
そう思いながらぼんやりとしていると、唐突にその男性に話しかけられた。
「少しは反省したか?」
「反省……?」
「助けて欲しいか?」
ああ、助けて欲しい。もう喉が渇いて疲れ切って限界だ。
「助けてくれ……」
「では付いてくるんだ」
そうして俺は知らない男性に腕を引っ張られて無理矢理立たされ、近くにあった馬車に乗せられた。
「これからお前には私が自ら教育をする。その腐った性根から叩き直すから覚悟するんだな。泣き言を言っても逃げることは許さない」
俺はそんな言葉を聞いたのを最後に意識を手放した。なので、そのあと男性が何を言ったのか、聞くことは出来なかった。
「レオン様やそのご友人を蔑むような態度や此度のこと、許すことは到底できない。しかしこの子もまだ子供。教育者が悪かったのも事実だろう。まだ今からなら人生をやり直せるはずだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます