第141話 作戦決行〜昼〜

 そうして次の日の朝。

 俺は朝起きて今日の準備を整えて、昨日作ったバリアの魔法具を試してないことに気づいた。そうだ、昨日眠すぎて作ってすぐ寝ちゃったんだよね。

 ちゃんと使えるかの性能テストは必要だ。そう思ってロジェにしばらく部屋に一人にして欲しいと頼んで、バリアの魔法具のテストをすることにした。


 昨日作った魔法具をアイテムボックスから取り出して、魔法具を作動させる。すると魔法具を起点としてバリアが発現し、一メートルほどスライドして止まった。

 おおっ、成功だ! でも一応成功だけど、パッと見ただけでも問題があるな。

 まずバリアが上下にないことが一番の問題だ。横はバリアで守られていても、上から何かを投げ込まれたら避けようがない。さらに、下からも剣ぐらいなら通るほどの隙間がある。……これはダメだな。

 上下にもバリアを追加しよう。でも上はそのまま追加でいいけど、下は大変じゃないか? 下は地面があるから……その場合はどうすれば良いんだろう? このバリアって何かにぶつかったら止まるのかな? いや、ぶつかったものを破壊していきそうだよね。

 うーん、バリアが何かに触れた場合は、バリアの動きを止まるようにしておけば良いのかな? そうしておけば、地面に触れたバリアはすぐに静止して、下からの攻撃も防いでくれるはずだ。


 よしっ、それでいこう。俺はそう決めると、魔法具に込める魔法を変更してバリアの魔法具を完成させた。

 そして試しに発動させてみる。うん、我ながら完璧な仕上がりだ。ただ最後に一つだけ問題が残るんだよね。それは魔石の色だ。

 魔石の色は込めた魔法属性で変わるけど、空間属性は黒になるらしい。禍々しい黒ではなく凄く綺麗な黒なんだけど、これは明らかに今までにはない色の変化だ。多分ロニーは疑問に思うだろう。でも秘密で押し通すしかないよね。ロニーなら深く追及しないでいてくれると思う。

 よしっ、そうと決まったらあとは、ロニーに魔法具を渡すだけだな。俺は魔法具が無事完成したことに安堵して、大きく息を吐いた。

 そしてすぐにロジェを呼び朝食を準備してもらう。食べずに研究をしてたからとにかくお腹が空いたのだ。


 そんな慌ただしい朝を過ごして、俺は今ロニーの家に向かって歩いているところだ。ロジェは馬車で送ると言ってくれたけど、今日はなんとなく歩きたい気分だった。

 段々と夏が近づきつつあるけどれど、まだぽかぽかと暖かい春の陽気で、たまに吹く風が少し冷たくてとても気持ちいい。

 そんな季節の移り変わりを感じながら歩き、ロニーの家まで辿り着いた。


「ロニー、来たよー」

「はーい。レオンおはよう」


 俺がドア越しに呼びかけると、ロニーがすぐに返事をしてドアを開けてくれた。


「おはよう。もう準備できてる?」

「うん。あとは荷車に荷物を運ぶだけ」

「じゃあこのまま屋台まで行っちゃおうか」

「いつもよりちょっと早いけどいいの?」

「うん。今日は無料配布でしょ? いつもより多めに準備したいし、いつもと違うサイズで作るから少し練習した方が良いと思うんだ」

「確かにそっか。じゃあ荷物を運んじゃおう」


 そうして荷車を部屋の前まで持って来て、ロニーが渡してくれた荷物を俺が荷車に乗せていく。そしてすぐに準備が完了した。

 準備も終わったので出発しようと思ったけど、一つ忘れてることに気づいた。


「あ、そうだ。ロニーに渡したいものがあるんだよね。ちょっとだけ部屋に入ってもいい?」

「いいけど……?」


 なんで部屋に入るのかと不思議そうな顔をしたロニーと部屋に入り、俺はポケットから出すフリをしてアイテムボックスからバリアの魔法具を取り出した。


「これをロニーに、肌身離さず着けていて欲しいんだ」

「これって指輪とネックレスだけど……魔法具? 黒?」

「そう。何かあったときに身を守る魔法具。何か危険なことがあったら、指輪をネックレスに触れさせれば発動するんだ。危険がなくなるまではネックレスを離しちゃダメだからね。その魔法を発動させてる間は、ロニーの周りに危険な人は寄って来れないから、発動させながら上手く逃げて」

「そんなに凄い魔法具を僕に……? というか前から思ってたんだけど、魔法具って実在してる魔法しか込められないんだよね? そんなに凄い魔法なんてあるの?」


 やっぱり疑問に思うよね、ロニーは頭が良いし当然だ。でもだからこそ、追求しない方が良いところは聞かないでくれるはず。

 今回も秘密だと言えば納得してくれるだろう。ロニーにも本当のことを言いたいけどまだ言えないから……。早く王立学校を卒業したいな……


「そこは、公爵家の秘密だから今はまだ言えないんだ。ごめんね……」

「そ、そうなんだ。それなら聞かないよ。というか言わないで!」


 ロニーは必死にそう言った。公爵家の秘密なんて聞きたくないらしい。わかる、俺もロニーの立場だったら絶対に聞きたくないよ。


「うん、今は言わないでおくよ。でもそれは持っていてくれる?」

「うん、本当にありがとう。凄く心強い」

「ロニーを危険に晒してる原因は俺だからね……」

「そんなことないよ! 僕も望んでやってることだから、レオンの所為じゃないよ」

「そっか……そう言ってくれてありがとう」

「本当のことだからね」

「うん。じゃあ、今日は一緒に頑張ろう!」

「うん!」


 そうしてロニーにバリアの魔法具を渡して、そのまま部屋を出て市場に行き、買い出しを済ませて屋台まで来た。



「じゃあ僕がマヨネーズの準備をするから、レオンには他の準備を頼んでいい?」

「わかった」


 屋台についてからは二人で黙々と準備を進め、手早く開店準備を済ませた。

 そして、ついに無料配布の宣伝をする。


「本日限定で、ミニクレープを一人一つ無料で食べられるよ。興味がある方は是非どうぞ!」


 俺が声を張り上げてそう言うと、近くにいた人が疑いながらもたくさん来てくれた。

 一番乗りは若いお兄さんだ。


「無料って本当か?」

「うん。ミニクレープなんだけど本当だよ。どっちのクレープがいい?」

「無料なんて太っ腹だな! 豚肉サラダで頼む。ずっと気になってたんだが、少し高いから手が出せなかったんだ。ありがとな」

「美味しかったらまた買いに来てよ!」

「ああ、そうするよ」


 そんな感じでどんどんと人がやって来る。俺が声に出して呼び込んでるのもあるけど、木の板に書いて立て掛けてるのも良いのかもしれない。この辺は中心街に近いから、文字を読める人も割といるんだ。

 今回の作戦のためにやったことだけど、意外とこれからの売り上げにもつながるかも。

 そう思って忙しく働いていたら、柄の悪そうな大柄な男が五人現れた。五人のうち三人は屋台の前を陣取って座り込み、他の二人は列に並んだ。

 これは……完全に営業妨害だな。それに予想より怖い。ロニーはこんな人が来てる中、一人で営業してたのか……


「ロニー、あの人たちで間違いない?」

「うん」


 俺が小声でそう聞くと、ロニーはそう頷いた。


「じゃあ、とりあえず列に並んだ二人にクレープをあげて、その流れで座り込んでる三人にもクレープを上げちゃおう。三人には俺が持っていくよ」

「わかった。豚肉サラダでいい?」

「うん。そっちで良いと思う」


 そうして他のお客さんのクレープを作りながら、ロニーが三人分のクレープも追加で作ってくれる。そしてついに列に並んだ二人組の順番が来た。

 二人組に対応するのはロニーだ。


「どっちのクレープがいい?」


 ロニーがそう聞くと、二人は下卑た笑いを浮かべてどちらを買おうか悩んでいるそぶりを見せた。


「うーん、どっちがいいかなぁ。でも高ぇな。俺たち金ねぇんだよ。なぁ?」

「ひっひっひっ。そうなんだよなぁ〜。金ねぇから買えねぇんじゃねぇか?」

「でも一度食ってみてぇよなぁ」


 そんな会話をしながら、二人組は屋台の前から退こうとしない。これで時間を稼いで営業妨害をしてるのか。確かに厄介かも。というか、話し方がイラつくな。

 そんな会話をしている二人に向けて、ロニーが良い笑顔で大声で言った。


「今日は無料だからお金の心配はいらないんだ! 最近よく屋台まで来てくれて、いつもお金がなくてクレープを買えない人達だよね? 今日は無料だから食べてみて! お兄さんたちのおかげで無料配布をやろうと思ったんだ。ありがとう!」


 ロニーが満面の笑みでまだそう言うと、二人組は顔を真っ赤にして怒りの形相になった。


「な、こ、小僧! 馬鹿にするんじゃねぇよ!」

「別に馬鹿にしてないよ? クレープはちょっと高いよね」

「お、俺たちはこの程度の値段、いくらでも買えらぁ!」

「そうなの? でもさっきはお金がないって言ってなかった?」

「そ、そんなこと言ってねぇよ!」

「じゃあ僕の聞き間違いかな? まあ何にしても、今日は無料だから食べていって。お金がなくても大丈夫だから!」


 ロニーはまた大声でそう言って、二人に豚肉サラダクレープを無理矢理手渡した。


「ちゃんと食べてね。あっ、後そこに座ってる三人のお兄さんも、お金がなくてクレープ買えなかった人だよね? お兄さんたちも今日は無料だから食べてね!」


 ロニーがそう言ったので、俺はクレープを持って三人組のところまで行く。そして順番にクレープを手渡していく。


「はい。今日は無料だからどうぞ! クレープはちょっと高いからいつも買えないんだよね? 今日は存分に味わってね。あと、お金が稼げるようになったら買いに来てくれたら嬉しいな!」


 俺はできる限り無邪気に、悪気がないように、満面の笑みを浮かべてそう言った。

 三人組の男性は何が起きているのかわからない様子でポカーンとしていたが、周りにいた他のお客さんの声で我に返ったようだ。


「あの人たち、お金がないのにクレープがそんなに食べたかったのね」

「クレープは安くないけど、普通に働いていけばたまには買える程度の値段だけど……」

「子供がたくさんいるんじゃないか?」

「それか仕事をクビになったとか……」


 あちこちで三人組の男性をチラチラと見ながら、そんな会話がされている。

 それを聞いた三人組の男性は、顔を真っ赤にしてクレープを持ったまま立ち上がった。そして一番近くにいた男性が、腕を振り上げて俺に殴りかかってこようとしたが、殴る寸前ここが人がたくさんいる広場だと気付いたらしい。振り上げた腕をなんとかそのまま下ろして、そのまま足早に去って行く。

 力を入れすぎて額には青筋が浮かび、手は握りしめすぎて血が滲んでいるようだった。


 そしてその男性が去った後、他の四人もその後に続き立ち去った。皆立ち去るときに射殺すような目つきで俺を睨みつけてきた。

 様子を見るにかなり怒っているようだ。これは、予定通りに成功するかもしれない。多分この後は雇い主のところに行くだろう。そこで屋台を壊す方向にシフトしてくれればいいけど。

 一番厄介なのは怒りの矛先が俺やロニーに向くことなんだよね。もし直接俺たちに危害を加えてくることがあったとして、俺の場合は全く問題ない。問題はロニーの時だ。ロニーもバリアの魔法具を持っているから大丈夫だと思うけど、万が一ということがある。

 その時のために、今夜男たちが現れなかったら屋台はしばらく休みだな。ロニーも馬車で送り迎えしよう。

 まあ、それは今考えてもわからないことだ。とりあえず上手くいって良かった。

 俺は一旦安堵してロニーのところに戻り、ロニーに話しかけた。


「ロニー、作戦成功だよね?」

「うん。上手くいったと思うよ」

「だよね、とりあえず良かった。じゃあ早めに終わりにして帰ろうか」

「うん! 準備してある生地があと少しだから、これが終わったらでいい?」

「それで良いよ」

「ありがと。じゃあ後少し頑張ろう」


 そうしてその後は、ロニーと共にクレープの無料配布に精を出し、それが終わると屋台を手早く片付けてロニーの家に戻った。

 後は夜の見張りだ。頑張ろう!

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