第134話 スイーツ専門の料理人

 ピエール様はステイシー様が部屋を出て行くのを見送った後、ソファーに腰掛けた。そしてキャロリン様もその隣に腰掛け、料理人さんは立ったままだ。


「レオン君話が逸れてしまってすまないね。ステイシーに付き合ってくれてありがとう。それじゃあ料理人を紹介するよ。スイーツの研究をしてくれているヨアンだ」

「ヨアンと申します。よろしくお願いいたします」


 ヨアンさんは緑の髪に緑の瞳で、かなり背が高くガタイが良い人だ。吊り目気味で顔も迫力があるので、初対面だとちょっと怖い。今が真顔だからよりそう感じるのかもしれないけど。

 でもそこまで年上じゃないと思う。二十歳ぐらいか、もう少し上かな。


「レオンです。よろしくお願いします」

「ヨアンにはレオン君のお店について軽く説明しておいたけど、改めてレオン君から話してくれるかい?」

「かしこまりました」


 俺はピエール様にそう返事をして、身体ごとヨアンさんの方を向いた。


「ヨアンさん、私はスイーツ専門店を始めたいと思っています。カフェのようにサンドウィッチなど食事のメニューを一切出さない、スイーツだけのお店です。そこで新しいスイーツを一緒に開発してくれる料理人を探しているのですが、私に力を貸していただけないでしょうか?」

「ピエール様から、これからもずっとスイーツの研究を続けるのは難しいかもしれないと言われていますので、スイーツの研究を続けられるのは本当にありがたいです。またそのお店も素晴らしいと思います。ですが、条件を聞いてから決めても良いでしょうか?」


 確かにそうだよね。条件も聞かずに決められないよね。

 うーん、条件か……給金はどのくらいが適当なんだろう。とりあえず今もらっている給金と同じくらいは出すと言っておけば良いかな。

 あとは住む場所とか働く場所かな。住む場所は今の段階では自分で探してもらうしかないし、働く場所も決まってない……。

 あれ? これって条件最悪じゃないか? 絶対に来てくれない気がする! どうしよう……とりあえずヨアンさんの意見を聞こう……


「ヨアンさんはどのような条件を望んでいるのでしょうか? できる限り要望には応えたいと思っています」

「そうですね……スイーツを毎日食べられるようにしてほしいことと、研究費をできる限り上げて欲しいです」

「それだけで良いのですか……? 給金や住む場所、働く場所と時間などは要望がありますか?」

「いえ、給金は最低限暮らしていければ良いです。住む場所や働く場所などもどこでも構いません。スイーツを食べられて研究できるのであればそれ以上は必要ありません。あっ、ただ料理人として身綺麗にしたいので、お店に着替える場所と体を清められる場所が欲しいです」


 ヨアンさんって強面な顔をして、実はスイーツ馬鹿なのかもしれない……。でもそれぐらいの人の方が研究が上手くいきそうだ。是非とも力を貸してほしい。


「ではまず、ヨアンさんは基本的にスイーツ食べ放題とします。経費で買った材料で、好きなだけスイーツを作って食べていただいて構いません。ただ食べるのは休憩時間や仕事が終わってから、それから食べて良いのはヨアンさんだけとします。また研究費は基本的に上限を設けません。足りなければその都度追加するので言ってください」


 俺がそう言うと、さっきまで少し緊張していたのか、強面だったヨアンさんの顔がみるみる崩れていく。


「ほ、ほ、本当ですか!? その条件は、本当なんですか!?」

「は、はい。本当です……」


 ヨアンさんが凄い勢いで聞いてきた。ヨアンさん、圧が凄いよ……。その強面でその勢いで迫られたら、子供は普通泣きます!

 俺のそんな心の声が届いたのか、ヨアンさんは俺の方に近づいてきていた分を、ゆっくりとまた遠ざかっていった。


「す、すみません、つい嬉しくて……」

「いえ、大丈夫ですよ。その条件で良いですか?」

「勿論です! これ以上ない条件です! 本当にありがとうございます!」


 ヨアンさんは距離は遠いままだけれど、それでも凄い勢いでそう肯定してくれた。そして最後に勢い良く頭を下げた。

 なんか……、ヨアンさん強面で大柄な人だけど、こんなこと言うのおかしいだろうけど、ちょっと可愛いかも。


「顔をあげてください。こちらこそ力を貸していただきありがとうございます。他の条件ですが、給金は今ヨアンさんがもらっている金額に、住む場所を用意するお金を足したものとします。なので住む場所は自分で探していただきたいです。働く場所はまだお店が決まっていないので、どこか厨房を借りるので少しお待ちください」

「はい! 最初の二つの条件さえ守っていただければ、他はなんでも構いません」


 なんでも良くはないでしょ! ヨアンさんってスイーツの研究をやり出したら周りが見えなくなるタイプかも。ちゃんと時間で帰らせたりしないと……

 俺がそんなことを考えていると、ピエール様が良いことを思いついたというように、声を上げた。


「そうだレオン君、お店ができるまではうちの厨房を使ってくれて構わないよ。ヨアンも慣れているだろうし、色々と揃っているからね」

「え? いや、それは悪いです!」

「いいんだよ。気にしないでくれ」

「ですが……」


 流石にそれは申し訳なさすぎる……


「そうだ、ではこうしよう。うちの厨房を貸す代わりに、ステイシーのお店についても助言してもらえないだろうか? ステイシーもレオン君と会えて喜ぶと思うんだ」

「それはもちろん良いのですが……、本当に厨房をお借りして良いのですか?」

「もちろんだよ」


 ……何て良い人なんだ。全員がこんな貴族だったら良いのに。せめてものお礼で、研究途中のスイーツとして美味しいスイーツを差し入れしよう。


「本当にありがとうございます。では、研究途中のスイーツも味見していただけますか?」

「ああ、それはこちらからお願いしたいくらいだよ」

「では頑張って、美味しいスイーツを作ります」

「楽しみにしているよ」


 そうしてその日は話を終えて、俺は公爵家に帰ってきた。

 ヨアンさんは、とりあえず一週間は荷物をまとめたりの期間として、次の回復の日に屋敷から引っ越すことに決まった。ピエール様は、住む場所も今まで通り屋敷の使用人部屋を使っても良いと言ってくれたけれど、流石にそれは甘えすぎなので丁重にお断りした。

 それなので住む場所はヨアンさんが探してくれるようだけど、場所を選ばなければすぐに見つかるみたいだ。この一週間は部屋を探したり新しい生活に慣れる期間として、仕事は来週の回復の日からになった。

 これからは俺も毎週ダリガード男爵家に行くことになるな。

 まずはとにかくスイーツの開発をして、その目処が立ったらお店の場所を決めたり商会を立ち上げたり、かなり忙しくなる。大変だろうけど、ワクワクするな。



 そしてその日の夕食の時、俺はリシャール様に今日のことを報告した。


「リシャール様、本日ダリガード男爵家を訪ねましたが、スイーツ研究をしていた料理人を紹介していただけました。とりあえず、これからはスイーツの研究をする予定です」

「そうか、それなら良かった。その者はどこで研究をするのだ? まだ店は決まっていないだろう?」

「はい。ダリガード前男爵様が厨房をそのまま使って良いとおっしゃって下さいまして、ご好意に甘えることにしました」


 本当にありがたい提案だった。ピエール様にも恩返ししないとだよな。


「それはありがたいな。しかし早めに店の場所を決めた方が良いのではないか?」

「スイーツ開発の目処がついたらで良いと思っていたのですが、それでは遅いでしょうか?」

「そうだな……店は中心街に開くのだろう?」

「その予定です」

「それならば早い方が良いだろう。良い立地の店は売りに出されてもすぐに買われてしまう。それに改装工事にも時間がかかるからな」


 確かに言われてみればそうだよね……買ったらそのまま使えるとは限らないんだ。まずはお店を準備した方が良いかも。


「確かにそうですね。では早めにお店を準備しようと思います。売り出している店などはどこで探せば良いのでしょうか?」

「教会で探せるが、私の方で探しておこう。私の方が早く沢山の情報を手に入れられるからな。そうだ、レオン君は商会の登録はする予定なのか?」

「はい。商会の登録もしようと思っています」

「では商会の登録と店を探すのは私がやっておこう。何件か良い店を探してくるからその中から選んでくれ」

「そこまでやっていただいても良いのでしょうか……」


 流石にリシャール様に頼りすぎな気がしてるんだよね。凄くありがたいんだけど……


「もちろん良いに決まっている。タウンゼント公爵家はレオン君のお店を後援するのだから当然だ。それにこの程度のことならば、そこまで時間もかからないからな」

「……本当に、本当にありがとうございます! 必ず成功させます!」

「楽しみにしているよ」


 それからリシャール様にジャパーニス商会という名前を伝えたり、お店の立地や作りで望ましいものを伝えたり、牛乳の仕入れについての話などをして、夕食は終了となった。

 話がどんどん進んでいって俺がついていけてないくらいなんだけど、しっかり頑張ろう。とにかくまずはケーキの開発だな。

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