第133話 ステイシー様のお友達
「キャロリン、確かにそうだね。ステイシーの幸せの方が重要だ。スイーツ研究はもうやめることにする。あっ、でもレオン君は、スイーツ研究についての話があるのだったかい?」
そうなんです。でもダリガード家でスイーツ研究をしなくなるのなら、研究をしていた料理人さんを簡単に引き抜けるかも知れない。
タイミング良かったかも。
「はい。もしかしたらスイーツ研究の問題は解消できるかも知れません」
「本当かい? 詳しく話してくれ」
「私はクレープという料理の屋台をやっているのですが、その屋台をお店にしてスイーツの専門店を始めたいと思っております。そこで、そのお店で出す予定のスイーツのレシピを考えているのですが、一緒に試行錯誤してくれるような料理人を探しているのです。その話をリシャール様にしたところ、ピエール様をご紹介いただきました。もしよろしければ、スイーツの研究をしていた料理人を私が雇っても良いでしょうか? スイーツの研究も引き継がせていただきます」
俺がそう言うと、ピエール様はかなり驚いたような表情をしたあと、嬉しそうに破顔した。本当にスイーツが好きなんだな。
「それは本当にありがたい申し出だよ、レオン君ありがとう。クレープがレオン君の屋台だったことも驚きだ」
「クレープを食べていただけたのですか?」
「もう何度も食べているよ。新しいスイーツがあるという噂を聞いてすぐ買いに行ったけれど、食べて本当に驚いた。凄く美味しくて頻繁に買いに行っているよ」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
「確かにあの味はお店にしても売れるだろうね。でもクレープの専門店ではなくて、スイーツの専門店にするのはなぜだい?」
「私は甘いものが好きなので、もっとスイーツも発展してほしいと思っているのです。その先駆けのお店になればと思っています」
俺がそう言うと、ピエール様とキャロリン様は勢い良く立ち上がり、キラキラした瞳で身を乗り出してきた。
「レオン君、君は素晴らしいよ!」
「本当ね! スイーツの発展を考えているなんて!」
「あ、ありがとうございます」
本当にスイーツが大好きなんだな。頑張って美味しいスイーツを作ったら、絶対お二人に食べてもらおう。
「まずは本人と会ってみた方が良いね。スイーツの研究が大好きな料理人で、熱意は保証するよ」
「ぜひ会ってみたいです。ピエール様、本当にありがとうございます」
「それはこっちのセリフだよ。レオン君のお店ができたら食べにいくのが楽しみだ」
ピエール様はそう言って優しく微笑んでくれた。なんて良い人なんだ……! リシャール様も本当に良い人だと思ってたけど、やっぱり類は友を呼ぶのかな。
良い人に囲まれすぎて逆に怖いぐらいだ。
「では早速料理人を呼んでこよう」
ピエール様はそう言って部屋から出て行った。もしかして、従者に呼んできてもらうんじゃなくて自分で呼びにいくの!? そんな貴族もいたんだね……
俺がそう驚いていると、キャロリン様が苦笑いで俺に話しかけてくれた。
「はしたなくてごめんなさいね。あの人いつも自分が動いてしまうのよ。お客様がいらっしゃってる時は従者に頼みなさいと言っているのに……」
「いえ、私は気にしませんが……そのような方を初めて見て驚いたのです」
「貴族としては褒められた行為ではないわ」
キャロリン様はそう言いつつも、ピエール様が出ていったドアを見て優しく微笑んでいる。キャロリン様はそんなピエール様が好きなんだろうな。
ロジェが言っていた、貴族として異端って意味が理解できた。でも俺はこの家かなり好きだ。
「私は平民ですので気になさらないでください。私も全て従者に頼む貴族のやり方には、まだ慣れていないのです」
「あら、そうなのね。では今日はいつも通りにすることにしますわ」
キャロリン様はそう言って微笑んだ。
「そうしてください」
「ではまずお茶のおかわりを用意しないと。レオン君はステイシーと話していてね」
キャロリン様はそう言って部屋を出てしまった。部屋には俺とロジェ、ステイシー様とその従者の四人だけだ。
貴族の屋敷を訪れて、訪れた先の家人がいなくなるって変な感じだな。そう思って少し居心地の悪さを感じていると、ステイシー様が話しかけてくれた。
「レオンのおかげで私のお店ができそうです。ありがとう」
「いえ、私は少し助言しただけですので」
「これからも何かあれば相談しても良いですか? レオンもお店をやるのですよね?」
「はい。私はスイーツの専門店をやる予定です」
「ではお店を始める同士、仲良くいたしましょう」
「よろしくお願いします」
ステイシー様って変なところもあるけど、基本的には普通にまともなんだよね……。なんであんな感じになっちゃったんだろう。
まあ、考えても分からないか。俺は早々に思考を放棄して、ステイシー様の前のテーブルに置いてあるプランターを見た。そこには綺麗な白い花が咲いている。
「ステイシー様、そちらがご紹介くださるもの? 方? ですか?」
「そうです! この子がお花のお友達の中で一番可愛いのです。レオンも仲良くなれると思います」
「そ、そうなのですね……」
「名前はユキです。自己紹介してあげてください」
じ、自己紹介!? 花に自己紹介する、考えるだけで面白すぎる。でもステイシー様は真剣なんだから笑っちゃダメだ。絶対ダメだぞ! 俺は自分にそう言い聞かせて、真剣に自己紹介をした。
「初めまして、レオンと申します。えーと、ステイシー様の友達です。よろしくお願いします」
「ユキはとても喜んでいるみたいです!」
ステイシー様が満面の笑みでそう言った。何か、だんだん怖くなって来たんだけど。
喜んでるって……本当に植物の気持ちがわかるとか、そんなことある……? いや、流石にそんなことは……でもここって異世界だし魔法とかあるし……
「あ、あの、ステイシー様?」
「なんですか?」
「さっき喜んでるって言ってましたけど、何故わかったのですか……?」
「何故、ですか? 見ればわかります。ほら、喜んでいる気がしませんか? さっきよりも花弁がツヤツヤしています」
「そ、そうですか? そうかもしれません? あの、ユキちゃんの声が聞こえるとか、そういうことではないのですよね……?」
「声ですか? 聞こえませんよ?」
「そうですよね。それなら良いのです」
ふぅ〜、植物と話せるとか、そういう特殊能力を持っているわけではないんだな。そこは良かった。良かったのか? でも植物の気持ちがわかるなんて絶対辛いよね。そんな能力を持ってなくて良かった。
そうして俺が安堵のため息を吐いていると、部屋にピエール様とキャロリン様が戻ってきた。二人は大柄で強面の男性を連れている。この人がスイーツの料理人なのかな?
何か……料理人っていうより、兵士とかが似合いそうな感じだ。
「レオン君、彼がスイーツの研究をしてくれている料理人で……」
「お祖父様、お待ちください」
そうしてピエール様が料理人さんを紹介し始めてくれたその時、ステイシー様がそれを遮った。どうしたんだろう。
「ステイシー、どうしたんだい?」
「お祖父様、レオンにお友達の紹介もしましたので、私はお先に失礼したいです。先程のお店について、早く料理人と相談したいのです。料理長が毎日私の食事を作ってくれていますから、そのレシピが使えると思います!」
「確かにそうだね……ステイシーが美味しく食事ができるように、いつも試行錯誤してくれているからね」
そうか、ステイシー様の食事のために毎日試行錯誤しつつ、野菜だけの料理を作ってたんだよな。それは絶対使えると思う。そのノウハウを家の中だけに眠らせておくのはもったいないよ。
「そうですよね。では、私は料理長のところに行ってきます!」
ステイシー様はそう言って、すぐに部屋から出て行ってしまった。家だからかも知れないけど、ステイシー様めちゃくちゃ自由だな。でも、楽しそうで良いよね。
俺はステイシー様を見て、自分の顔が自然と笑顔になっていくのを感じた。
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