第131話 ダリガード男爵家

 リシャール様に話をしてから丁度一週間後の回復の日。俺はダリガード男爵家を訪れるために朝から準備をして、今はロジェと共に馬車に乗っている。

 先週の話し合いの後リシャール様がすぐに連絡を取ってくれて、快く了承してもらえたみたいだけど、どんな人達かわからないのでちょっと心配だ。

 ステイシー様を王立学校に通わせているのだから良い人達だとは思うけど……結構緊張する。


「ロジェ、そろそろ着くかな?」

「もう少しお時間がかかります。……緊張しておられますか?」

「うん、ちょっと緊張してる。見てわかる?」

「私には分かりますが、初対面の方には分からない程度です」

「そっか、それなら良かった。ダリガード前男爵様とその奥方様がどんな方々かわからないから、少し緊張してるんだよね」

「私が知っている情報で良ければお話できますが、いかがいたしますか?」

「本当? 何でも良いから情報があれば教えて欲しい」

「かしこまりました。ダリガード男爵家は、貴族としては異端な家として有名でございます」

「異端な家?」


 そう言われるとより緊張するんだけど。異端な家って、ステイシー様みたいな方がたくさんいるとかじゃないよね? もしそうなら俺の手に負えないよ。


「はい。ダリガード男爵家は家を重視しないと有名なのです。家よりも家族や自分の幸せを優先するとか」

「それって……、貴族としての利益よりも幸せに暮らせることを重視してるってこと?」

「そのような解釈で良いと思われます」


 それって、俺にとっては凄く馴染みやすい家なんじゃないか? そんな家だからステイシー様も伸び伸びと育ったのかな。何か一気に緊張が解れたかも。


「それなら、平民だからと蔑まれることもないかな?」

「そこまでは分かりませんが、大旦那様のご紹介ですのでそういったことはないと思われます」


 確かにそうか。リシャール様がそんな家を紹介するはずないよね。


「確かにそうだね。ちょっとは緊張も解れたよ、ありがとう」

「お役に立てたのでしたら良かったです」



 ロジェとそんな話をしつつ馬車に揺られ、しばらくしてダリガード男爵家に着いた。

 ダリガード男爵家は中心街の端にあり、屋敷はこぢんまりとしながらも綺麗に整えられているようだ。何となくだけど、落ち着くようなホッとする雰囲気が流れている。

 そんな屋敷の敷地内に馬車は入って行き、すぐに屋敷の前に辿り着いた。ロジェに促されて馬車を降りると、屋敷の前には優しそうなご夫婦とステイシー様が待ってくれていた。


「君がレオン君だね。ダリガード男爵家にようこそ。私はダリガード前男爵のピエール・ダリガードだ。ピエールと呼んでくれて構わないよ」

「私はピエールの妻、キャロリン・ダリガードよ。キャロリンと呼んでくださいね」


 このお二人が、ステイシー様のお祖父さんとお祖母さんなんだな。笑顔で微笑んでくれていて、凄く優しそうな人達だ。


「初めまして、レオンと申します。ピエール様、キャロリン様、よろしくお願いいたします」


 俺が二人にそう挨拶を返すと、ステイシー様が嬉しさを隠せない表情で話しかけて来た。


「レオン、ダリガード家にようこそ」

「ステイシー様、本日はよろしくお願いいたします」


 そうして皆さんと挨拶を交わし、俺は屋敷の応接室に通された。応接室まで歩いた感じでは、屋敷の中は質素だけれど温かみがある雰囲気で、俺はかなり好きな感じだ。公爵家の豪華な屋敷にも慣れたけど、やっぱりこじんまりとしているのは落ち着くよね。

 そうして入った応接室には、机を挟んでソファーが二つあり、ダリガード家の皆さんが一つのソファーに座ったので俺はもう一つのソファーに一人で座る。

 ソファーに座り紅茶が準備されると、早速ピエール様が話しかけてくれた。


「レオン君は王立学校で、ステイシーと仲良くしてくれているようだね。ステイシーは他の子と少し違う部分があるから、友達ができないのではと心配していたんだ。レオン君のような素敵な友達ができて良かったよ」


 ピエール様は心からの笑顔でそう言った。

 友達だったのか……、俺とステイシー様が友達と言っていいのかはちょっと引っかかるけど、ここで否定するのは絶対に違うってことは確かだ。


「いえ……、私の方こそステイシー様と知り合えて良かったです」

「そう言ってもらえて嬉しいよ。ステイシーは可愛いだろう? 自慢の孫なんだ」


 そう言われると確かに、外見は可愛い。ふわふわの金髪ボブヘアで瞳も金色、顔はかなり整っている。

 でも見た目の良さを打ち消すくらいの不思議な子だから、可愛いというより不思議っていう印象が勝るんだよね。

 まあ、それを素直には言えないけど。


「とても可愛らしい方だと思います」

「本当かい!? ステイシー良かったね」

「嬉しいです。ですが私のお友達でもっと可愛い子がいますの。レオンとも仲良くなれると思います。そうだ! その子を連れて来ますわ」


 ステイシー様はそう言って、他の人の言葉を聞かずに応接室から出て行ってしまった。やっぱりステイシー様って不思議な子だ……

 ピエール様はそんなステイシー様の様子を見て苦笑いしていたが、すぐに俺の方に意識を戻して謝ってくれた。


「レオン君、ステイシーに悪気はないんだ。許してやってくれるかい?」

「許すも何も、怒ったりしていませんので」

「それなら良かった。あの子は貴族としての礼儀作法も覚えているし、王立学校に入学できるほどには勉強もできるんだけど、どこか他の子とはズレていてね」

「確かにそうですね……」


 俺は何て返せば良いのか分からず、曖昧な返事になってしまう。そうして少しの間気まずい空気が流れたが、それを破ったのはキャロリン様だ。


「私はあの子の将来が心配だわ」


 キャロリン様はステイシー様が出て行ったドアを見ながら、心配そうな顔でそう言った。


「まだ子供だから、これからどうなるかは分からないよ」

「ですが他の子ならば、そろそろ婚約者を決める年頃ですわ。もちろんステイシーが貴族にこだわらないのであれば、結婚しなくても良いですけれど、準貴族として生きていくとしてもあの子にお仕事などできるのかしら」

「王立学校には通えているのだから心配いらないと思うけど、やっぱり頼れる人のところに嫁いでくれるのが一番安心できるね」

「そうよね……」

「貴族よりも、生活に困らない程度の平民が良いかもしれない。商人だと貴族と同じで大変だろうから……」

「貴族に雇われている兵士や役人かしらね……」


 二人はそこまで話したところで、一斉に俺の方を見てきた。え? 俺? もしかして俺のところにステイシー様を嫁がせたいの!?

 いやいや、それはないです! そんなに見ないでください! 

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