第127話 クレープ会

「レオン様とロニー様がお越しです」


 ロジェがそう言うとすぐにドアが開き、部屋の中に招き入れられた。


「やっと来たか。とりあえず座ってくれ」


 中に入るとステファンにそう言われたので、俺とロニーはリュシアンの隣に座る。

 三人掛けのソファーの一つにステファンとマルティーヌ、そしてもう一つのソファーにリュシアンと俺とロニーだ。

 俺たちが座ると、皆の従者がすぐにテキパキとクレープと紅茶を用意してくれて、テーブルの上は華やかになった。


「ご苦労。皆は下がってくれ」


 そしてステファンがそう言い他の皆もそれに頷くと、使用人達は部屋から退出していった。部屋の中にはいつもの四人とロニーだけだ。

 ここまで一瞬の出来事で、ロニーが目を白黒させている間に準備は整ってしまった。凄い早業だったな……


「よしっ、これで人払いもできたし楽にしてくれ。レオンとリュシアンもいつものように話そう」


 ステファンが珍しく、子供らしい顔でそう言った。いつものようにってタメ口でってこと? ロニーがいるのにいいのかな?


「ロニーがいるのに良いのですか?」

「ああ、ロニーは言いふらしたりするような者ではないだろう? それに、公的な場や他の多数の者の目がある場以外では、そもそも当人同士が納得していれば良いのだ。ロニーも楽に話してくれ」


 まあ、確かにそうか。プライベートでは自由だよね。

 ロニーは話がよく分からず不思議そうな顔をしつつも、ステファンの言葉に何度も頷いている。絶対に言いふらしませんと言わんばかりだ。


「じゃあ普通に話すよ。でも最近、特にリュシアンなんだけど、こっちで話してることが多いと思わず敬語を忘れそうになるんだよね」

「この前、お祖父様の前で完全に忘れてたよな」

「あれは! まあ、俺のミスだね……」

「私達とも敬語を忘れるくらい話す時間が欲しいですわ」


 マルティーヌがそう言って頬をぷくっと膨らませる。


「マルティーヌとステファンは王立学校で会うことが一番多いから、周りに他の人がいないって結構難しいよね」

「では、もっと昼食会をやりましょう!」

「それはいいけど、まだ他の貴族との昼食会をやってないんじゃないの?」


 俺が苦笑いでそう言うと、マルティーヌはその事実を思い出したのか途端に落ち込んだ。


「そうでしたわ……。これからは苦痛の昼食会が待っているのですわ」

「マルティーヌ、ただその苦痛を乗り越えたらまたリュシアンとレオンとの昼食会ができる」

「お兄様! そうですわね!」

「でも、そうしたらまた苦痛の昼食会をやらないといけないんじゃない?」


 俺がそう言ったらマルティーヌがまた落ち込んでしまった。そしてその様子を見て皆で笑う。

 そんな俺たちの様子に隣のロニーが唖然としていることに気づいた。そうだよね、いつもは絶対敬語を使ってるもんね。


「ロニー、俺たちいつもはこんな感じなんだ。周りの目がある時はちゃんと敬語を使ってるけど」

「そうなんだ……」


 ロニーは驚きすぎて頭が回っていないのか、ぽつりとそう言っただけでまだ唖然としている様子だ。


「ロニーも敬語でなくて良いぞ?」


 リュシアンがロニーにそう言った。するとロニーはハッと我に返った様子で、頭をブンブンと横に振っている。


「め、滅相もございません。あの、僕はこのままで話させていただきます……」

「そうか? まあ強制はしないが」

「では、このままで!」


 ロニーは必死に敬語で話すことを死守したようだ。確かにタメ口で話すなんて怖いよね……俺はもう慣れちゃって敬語で話す方が違和感を覚える。

 やっぱり俺ってこの生活に染まってきてるな。


「そんなことよりも早くクレープを食べないか?」

「そうですわ。先程からとても良い匂いがしてお腹が空きました」

「そうだね、じゃあ食べようか」


 そうしてまずはクレープを食べることにした。俺たちの前には、大きめの皿に二つのクレープが綺麗に盛り付けられている。昼食代わりなので一人二つずつだ。

 既にクレープを食べたことがある俺とリュシアン、ロニーは驚きもなく普通にクレープを食べたけど、ステファンとマルティーヌは一口食べてかなり驚いている様子だ。


「こ、これは凄く美味しいですわ! なぜこんなに美味しいのかしら? この白いソースは何ですの?」

「これは驚いた……確かにこの白いソースが美味しい。これは初めて食べる味だが、何のソースだ?」

「これは何で作られているのですか?」


 ステファンとマルティーヌがマヨネーズに驚いている。やっぱりマヨネーズって美味しいし、初めて食べると驚くよね。


「それはマヨネーズっていうソースだよ。俺が考えたんだ。生の卵と油、お酢、塩で作ってる」

「生の卵って、それは食べて大丈夫なの!?」

「魔法具で生でも食べられるようにしてるから大丈夫だよ」


 俺がそう言うと二人は驚いた表情を浮かべた。

 殺菌の魔法具のことって二人に言ってなかったっけ? うーん、殺菌は言ってないかもしれないけど、毒除去の魔法具についてはアレクシス様が伝えてるんじゃないのかな?


「アレクシス様から毒除去の魔法具について聞いてない?」

「それは聞いたが……、あれは毒を除去するだけではないのか?」


 そうか、毒除去と卵の殺菌が結びつかないのか。確かに厳密には違うものなのかな。

 でも俺にとっては、人体に害のあるものを除去するという点で同じようなものなんだよな。毒除去、殺菌、病気治癒、この三つの魔法はかなり似ている。


「うーん、説明が難しいんだけど、あれは人体に悪影響のある物質を除去するから、卵の中にある悪いものも除去できるんだ」

「毒を除去できるというだけでも驚きましたけど、そのような効果まであるなんて凄いですわね……」


 マルティーヌがそう言ったところで、俺はロニーがこの場にいることを思い出した。

 ロニーには全属性も明かしてないし俺が病気を治せることも、何も教えてないんだよな。別に教えてもいいんだけど、ロニーを危険に晒す可能性は上げない方が良いだろう。

 まだ魔法具の話しかしてないし、ここでやめておいた方が良いな。そう思って俺は話を変えることにした。


「蜂蜜バタークレープの方はどう?」

「蜂蜜の甘さとバターの風味がマッチして、とても美味しいですわ!」

「それなら良かった」

「このクレープはレオンが開発したんだよな?」

「そうだよ」

「今は屋台で売っているだけなのか?」

「そうだけど……?」


 ステファンに少し真剣な表情でそう聞かれた。何の話だろう?


「もっと、屋台の数を増やしたりお店を作ったりはしないのか? これは貴族向けのカフェなどで売れるだろう」


 ……そんなこと考えたこともなかった。元々ロニーが働く場所を探してたから始めたものだったし、ロニーが王立学校を卒業したらやめるつもりだったんだよね。


「今まで考えたこともなかったよ。ロニーが王立学校を卒業したらやめる予定だったし……。あっ、でもロニーがこれからも続けたいならそれでも構わないけど!」


 俺がそう言ってロニーの方を見ると、急に話を振られたロニーは少しビクッとしながらも顔を上げた。


「ロニーはどうなんだ?」

「僕は……、王立学校を卒業したら役人となって働きたいと思っていました。しかし役人にこだわっているのではなく、お金を稼ぐことができるという理由で選んだので強い思い入れはないのです。それで、最近は……、僕は役人よりも今の仕事の方が向いているのではと思い始めました。僕は料理が好きですし、買ってくれた人が喜んでくれるのも嬉しいですし……」


 ロニーそんなふうに思ってたんだ。もっとちゃんとロニーの考えも聞かないとダメだな。

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