第122話 魔物の森への行き方

 俺がそういうと、リシャール様は途端に難しい顔になった。


「それは何故だ?」

「やはり話に聞いただけでは想像しにくいですし、実際に目で見た方が対策も考えられると思うのです。また、どのように鍛えれば良いかもわかると思います」


 俺はリシャール様の顔を見ながら真剣な表情でそう言った。この世界って異世界なのに日本のような環境だから、魔物の森とか言われてもどうしても現実だと思えないんだよね。アニメの設定みたいだと思っちゃうし……、いくら話に聞いてもその時は危機感を覚えるけど、それもどんどんと薄れていく。

 だから実際に見てみたい。この前聞いたような不思議植物とか実際に見ないと対策なんて思いつかないし、魔物だってどんな力を持っているのか全く知らない。


「それはそうだが……子供がわざわざ危険な場所へ行く必要はない。また魔物の森の近くは、騎士団と貴族の私兵団以外は立ち入り禁止としている」


 やっぱりそうなのか……でもどうしても一度行ってみたい。危険だと言っても騎士が一緒にいれば余程のことが起こらない限り大丈夫だろうし、立ち入り禁止と言ってもアレクシス様とリシャール様が許可を出してくれれば絶対に入れるはず。

 だからまずはリシャール様を説得しないといけないんだよな……


「リシャール様、貴族の当主はほとんどの者が魔物の森の現状を知っているのですよね?」

「ああ、そうだ」

「では、他の方はどこまで知っているのでしょうか? 例えば配偶者や子供には知らせている貴族が多いのですか?」

「いや、基本的には爵位を継ぐ子供が爵位を継ぐタイミングで知らせている家が多いようだ。配偶者には知らせている者と知らせていない者がいるだろう。基本的にはあまり他へは知らせていない」


 やっぱりそうなのか……リュシアンも知らなかったからね。魔物の森の脅威が迫っているのに呑気に内戦を考える貴族が現れるのは、そこも問題なんだよな。

 確かに多くの人に知られれば混乱が生じて大変なことになるのは分かるけど、それでもせめて貴族の当主とその家族には知らせても良いと思う。それで実際に魔物の森を見てもらうのが一番早い。

 ただ敵対勢力の大人達は魔物の森に近づくことはないだろうから、そこで子供達に魔物の森へ行ってもらうのはどうかな。

 王立学校の課外学習とかで魔物の森に行って実際の状況を見れば、それを親に伝えるだろう。また、課外授業に参加しなかったとしても、学校で他の生徒が魔物の森について話していたら嫌でも耳に入るだろう。

 貴族の子供達だけならばそこまで大混乱になることはないはずだ。それなら俺も魔物の森に行けるし。

 

 でも俺が魔物の森に行けるように、王立学校には通ってる他の平民も行けることになるんだよね。そこから平民の間に噂が広まることは考えられる。

 うーん……、でもそもそも、今の段階は既に噂として魔物の森が危ないと広まっても仕方がない段階だ。多分そのうち嫌でも広まると思う。

 それなら、その噂が広まることを予測した上で平民にお触れを出した方が良いんじゃないのかな? 少し嘘を含めるのはしょうがないとして、魔物の森の脅威が迫っているけれど、皆で団結すれば乗り切れますとか。兵士を募集しますとか。

 その方向に舵を取る時期だと思うんだよな。そうすれば馬鹿な貴族も少しは現実が見えると思うけど。


「リシャール様、魔物の森について多くの人に知られれば混乱が生じることを懸念するのはわかります。しかし、貴族家の者には全員に知らせても良いのではないでしょうか」

「しかし……知らせる者が増えれば、それだけ話が広まる危険性が高まるのだ」

「それは分かります。ですが、既に隠し切る段階は過ぎているのではないでしょうか。今は魔物の森の脅威について噂が広まることを前提として行動するべきだと思います」

「……確かにそろそろ隠し通すのも難しくなり、陛下とも今後の対応を協議しているところなのだ」

「そうだったのですね。……私の意見を述べても良いでしょうか」

「ああ、どんな意見でも良いので聞かせてくれ。やはり外部からの意見で気付かされることは多々あるからな。最近は外部から意見を聞くと言っても貴族だけになり、考え方が凝り固まってしまうのだ」


 リシャール様は平民の俺の意見をしっかりと聞いてくれるし、本当に柔軟で優秀な人だよな。アレクシス様もそうだ。

 俺はどんな意見を言ってもしっかりと聞いてくれるだろうと、安心して口を開いた。


「まず、魔物の森についての噂が流れて混乱するのを避けるため、事前に平民に対して魔物の森についての情報を伝えるのが良いかと思います」

「平民に伝えては混乱が起きるのが早まるだけではないか?」

「いえ、伝え方を工夫すれば良いかと思います。例えばですが、魔物の森が広がりこのままではいずれ人が住む場所は無くなってしまう。しかし皆で力を合わせれば打ち勝てる。実際に今は騎士達が抑えている状況だ。だが騎士達だけでは力が足りなくなっているのも事実、そこで魔物の森に対処するため皆の力を借りたい。具体的には魔物の森対策に協力してくれる兵士への応募とそれに伴い必要になる食料の提供をお願いしたい。もちろん相応の対価は支払う。このような感じはいかがでしょうか?」


 今咄嗟に考えただけだから粗があるだろうけど、大筋はこんな感じで良いと思うんだよな。平民にこの情報を伝えてから貴族に魔物の森の現状を伝えれば、流石に馬鹿な貴族でも本当にヤバい状況だと理解するんじゃないかな。それでも理解できない貴族は……いそうだけど、でも少数なはずだ。多分……。

 俺はリシャール様がどんな反応を示すか少し怖かったけど、恐る恐るリシャール様の顔を見た。するとリシャール様はかなり驚いた様子で考え込んでいる。そんなに驚く要素あったかな?


「レオン君……、有益な意見の提供感謝する。私達は平時の際は平民に助けられているのだから、有事の際こそ平民を守らなければいけないと考えていた。そのため騎士と今現在の兵士だけで解決しなければと思っていた。しかし他の者にも協力して貰えば良いのだな……」


 ……何でそんな考え方になったんだ? 女神様が平民と貴族は助け合ってって決めたはずなのに。


 もしかして……、貴族は平民の最低限の生活を保障しないといけないって言うのが曲解されて、平民は守るべき存在だってなっちゃったのかな?

 もしそうだとしたら、どちらの勢力も考え方が極端すぎるよ!


「何も知らされずに魔物の森に飲み込まれるくらいならば、しっかりと情報を得て自分も戦いたいと思う平民が大多数だと思われます」

「確かにその通りだ。陛下と今の意見を参考に話し合おう」

「よろしくお願いします。それからもう一つ意見があるのですが、王立学校の課外授業として、長期の休みに魔物の森へ遠征に行くのはどうでしょうか。もちろん自由参加になると思いますが、子供の頃から実態を見ておけば危機感も高まりますし、子供から大人へ危機感が共有されることもあると思うのです」

「……確かにそうだな。実際に見ることで危機感が高まるのは事実だろう……」

「敵対勢力の家の子供は遠征に参加しないかもしれませんが、学校で嫌でも話が耳に入ってくるでしょう」

「確かに効果が見込めそうだ。子供から大人への情報共有とは、思いつかなかったな……」


 上手くいくかは分からないけど、やる価値はあると思うんだよな。というか何で今まで思い付かなかったのだろうか? 

 うーん、この世界って学校はほとんどないから、学校を活用するって考え方がなかったのかな。あくまでも王立学校は、貴族の子供達が知識を得て人脈を広げるところって感じだもんな。

 日本では学校教育で思考を統制することについてとか、たまに話題になってたからね……歴史の授業でもやったし。

 そういうのを知らないと意外と思い付かないのかも。


「どちらの意見も陛下と話し合って前向きに検討する。レオン君、貴重な意見感謝する」

「いえ、思いついたことを言っただけですので。粗もたくさんあると思いますが、検討していただけたら嬉しいです」


 そうしてリシャール様との話は終わり、俺とリュシアンは自室に戻った。

 ちょっと話は逸れたけど、これで魔物の森に行けるかもしれないな。ずっと気になってたけど遂にだ。

 俺は好奇心と恐怖心が混ざったような妙な気持ちで、自室に戻った。

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