第103話 クレープの屋台開店
俺は屋台に下がっている木の板をひっくり返して、開店を示した。ダイヤのようなマークが書かれている方を表にしていると開店、何も書かれてない方を表にしていると閉店らしい。
他の広場の屋台ではこんな板はなかったと思うけど、この広場の屋台ではこのシステムが採用されているようだ。まあ、いちいち店員に聞かなくてもぱっと見でわかりやすいし、便利で良いよな。ひっくり返すのを忘れないようにしないと。
「じゃあ、生地を焼いてお客さんが来るのを待ってようか。生地は提供する前に鉄板に乗せて温め直せば大丈夫だから」
「わかった。じゃあ生地は作り置きして良いってことだね」
「うん。大丈夫だと思う」
「じゃあ作るね」
ロニーが生地を焼き始めた。真剣な表情なので邪魔しないようにしよう。そのうち慣れてきてサッと焼けるようになるだろう。
俺は何か足りないものがないか、屋台をざっと見回して考えた。うーん、日本の屋台と比べて何かあるかな……
日本とは設備が違うから参考にならないことも多いんだけど、日本の知識が役に立つことも結構あるんだ。
うーん、やっぱりクーラーボックスだな。あれが作れたら良いんだけど、そもそも製氷機を使えないから無理だし……
そうだ。生地とマヨネーズはボウルで作ってるけど、ボウルを井戸から汲んだ水に入れておけば、温度が上がらなくて良いかもしれない。今の季節ならまだ大丈夫だけど、夏は絶対にやった方がいいな。
俺は、ロニーが一枚生地を焼き終わったところで声をかけた。
「ロニー、今よりも暑くなったらボウルに入った生地とマヨネーズは、井戸水にボウルごと浸けて冷やしておいた方がいいと思う。だから、桶は二個買っておいた方がいいね」
「確かに暑くなったら冷やしておいた方がいいね。豚肉もそうした方がいいんじゃない?」
「確かにそうだね。じゃあボウルも買い足した方がいいかな?」
「うーん、あと二個くらいあると便利かも」
「わかった。じゃあ後で買っておくよ」
「よろしくね」
他に足りないものは……今のところ思い浮かばないな。まあ、これから続けていくうちに足りないものが見えてくるだろう。
よしっ、俺は呼び込みでもしようかな。買ってくれた人が多いだけ口コミで広まるだろうし。
誰か買ってくれそうな人いないかな……おっ、あそこのおばちゃん何買うか悩んでるっぽいな。
「そこのおばちゃん! うちの屋台で買っていかない?」
俺がそう呼びかけると、おばちゃんはこちらを向いて歩いてきてくれた。
「まだ小さいのに屋台やってるなんて凄いねぇ。何を売ってるんだい?」
「クレープって食べ物だよ。豚肉サラダクレープと蜂蜜バタークレープの二種類。めちゃくちゃ美味しいよ!」
「クレープ? 聞いたことないねぇ」
「俺がレシピを考えた新作なんだ。皆に大好評なんだよ!」
「本当かい? いくらなんだい?」
「一つ小銅貨四枚! ちょっと高いけどその分美味しさは保証するよ」
「ちょっと高いよ。でもそうだね、新しいレシピっていうのは気になるし一つもらおうかな」
よしっ、お客様第一号だ。
「本当に!? おばちゃんありがと。どっちがいい?」
「豚肉の方がいいね」
「りょーかい! ちょっと待ってね。ロニー、豚肉サラダクレープ一つだよ」
「もう作り始めてるよ」
ロニーは会話を聞いて作り始めていたようだ。おおっ、さっきより手際良くなってる。
ロニーはすぐに作り終わり、おばちゃんにクレープを渡した。
「おばちゃんどうぞ。小銅貨四枚ね」
「はいよ。ありがとね」
「こっちこそありがとう。また来てね」
「美味しかったらまた来るよ」
おばちゃんはそう言って遠ざかっていった。
「ロニー、売れたね」
「レオン、売れたね」
俺たちはそう言って顔を見合わせ、お互い満面の笑みになった。自分たちが作ったものを買ってもらえるのって、予想以上に嬉しいかも!!
でも俺は致命的なミスに気がついていた。お釣りを用意してなかった! 幸いアイテムボックスには結構な量の小銅貨も入ってるから大丈夫だと思うけど、次からはしっかり用意しないとだな。
俺はさりげなく荷車から取り出したように見せて、小銅貨をアイテムボックスから取り出した。
「ロニー、これお釣りとして使ってね」
「確かにお釣り必要だよね! 僕気づいてなかったよ。さすがレオンだね」
ロニーは無邪気な顔でそう褒めてくれるが、俺も今思い出したんだ。でも、それは黙っておこう。
「ありがとう。次からは他のお金と一緒に渡すね」
「うん!」
忘れてること多すぎるな。もっとミスがないように頑張ろう。そう気合を入れたところに、さっきのおばちゃんが走って戻ってきた。
え? 何かダメなところがあったのかな?
「おばちゃんどうしたの? 何かダメだった……?」
「違うよ! 何だいこれは、美味しすぎてびっくりだよ! 家族にも買って帰りたいから、後三つ同じものをお願いね。後もう一種類甘いのもあっただろう? そっちも二つお願い」
「わ、わかった。今すぐ作るからちょっと待ってね」
いきなりの大量注文だ。美味しくて追加注文してくれるなんて嬉しすぎるよ!
俺とロニーは急いで作り上げて、おばちゃんに手渡した。おばちゃんはカゴに布を敷いて、そこに入れて帰るようだ。
クレープを手渡されたおばちゃんは、すごく嬉しそうだ。
「これは皆すごく喜ぶよ。ありがとね。また買いに来るよ」
「おばちゃんありがと! 友達にも宣伝しといてー」
「任せときな!」
おばちゃんのネットワークはすごいから、結構広まるかもしれないな。出だしは最高だ!
それからは俺が呼び込みをしつつ結構お客さんが来てくれて、大好評のまま材料が終わり閉店となった。
今は片付けをしてるところだ。
「レオン! 本当に凄いよ! 初日から売り切れだよ」
「確かに凄いよね……どのくらい材料を仕入れるのかも難しいかも。最初はよくわからないだろうから、少し多めに買ってくれていいからね。余ったらロニーが家で食べちゃって」
「いいの?」
「全然いいよー。細かいことは気にしないで」
「レオンがいいならいいんだけど……僕のこと信用しすぎじゃない?」
「ん? なんで? ロニーのことを信用するのは当たり前でしょ」
「でも、僕たちまだ会ってからそんなに経ってないよ?」
確かにそう言われればそうだな……でも、ロニーは悪いことはしないと信じられる。こういうのって直感もあるからな、理由はって言われると難しい。
それにこの屋台はロニーを助けるために始めたんだし、目的が利益を上げることじゃないから、細かいことは気にしなくていいかって思っちゃうんだよな。
「理由はよくわからないけど……直感かな? それに、ちょっと話しただけですぐにわかるよ。ロニーは良いやつだって」
「あ、ありがと……」
「まあ、そういうことだから、これからよろしくね!」
「うん。任せて!」
そうして大成功の開店初日を終えて、俺たちは帰路に着いた。帰りに市場により、桶やその他足りなかったものは買い揃えた。
これでとりあえずは大丈夫だろう!
「じゃあ、明日からはロニーに任せてもいい?」
「うん!」
「何かあったらすぐに言ってね。お金が足りなくなったとか、売れなくなったとか、何でも遠慮しないで」
「そうするよ。そういえば、売り上げってどうすればいいの? 今日はレオンがいたからすぐに渡せたけど、学校で渡せばいい?」
「うーん、学校で渡してもらうのが一番いいよね。席が隣だし布袋に入れて渡せば他の人にはわからないと思うから、そうしようか」
「わかった。じゃあ毎日持っていくね」
売り上げはそれでいいとして、ロニーへの給金と材料費、お釣りはいつ渡せばいいかな……
回復の日が一番材料費が高くなるだろうし、回復の日の前の日、土の日に渡せばいいか。
「ロニーへの給金と材料費、お釣りは、土の日に一週間分を渡すね」
「わかった。よろしくね」
「うん。とりあえず今日は、一週間分の材料費とお釣りだけ渡しておくよ」
俺は一週間分の材料費とお釣りを計算して、それより少し多めに布袋に入れてロニーに渡した。
「これでよろしく」
「うん! これをどんどん増やすからね!」
ロニーはかなり気合が入ってるみたいだ。ここまでやる気いっぱいなロニーは初めてみたよ。いつもは恐縮してやりたくないって感じなのに。
やっぱりお金を稼げるってなるとやる気が出るのかな。
俺はロニーの様子に思わず笑ってしまった。
「あははっ……今のロニーならすごく増やしてくれそう。期待してるよ」
「ちょっ、ちょっとレオン、笑うのは酷いよ! 僕は気合を入れてるんだから!」
「ごめんごめん……いつものロニーと違いすぎて。いつもそんな感じでいたら友達も増えるんじゃない?」
「王立学校じゃ生意気だって言われるだけだよ」
「まあ確かにね……あの学校は平民に優しくないからね」
あの学校じゃ、自分の素を出せなくてもしょうがないよなぁ。でも勿体ない。
「でも、他の学年には同じような境遇の平民もいるかもしれないし、もしかしたら貴族でも仲良くできる人が見つかるかもよ」
「うーん、確かにそういう平民の人がいたら仲良くなりたいな。でも、貴族様はやっぱり難しいよ……」
「まあそうだよね。そこは無理に仲良くする必要はないと思うけど、でもまだ学校は始まったばかりだから、これから仲良くなれる人が見つかるかもしれないよ」
「確かにそうだね。希望は捨てないようにするよ。最初から怖がるのもできる限りやめるようにする」
「うん。それがいいよ」
そこまで話したところでロニーの家に着いた。俺は荷物をロニーの部屋に運ぶのを手伝ったが、これなら一人でも大丈夫そうだ。やっぱり大きい布袋を買って良かったな。
「レオン、残った食材はどうすればいい?」
「うーん、次の日まで保存できるものは明日使っても良いし、できないのはロニーが食べて良いよ」
「いいの?」
「うん。公爵家に持って帰っても処分するだけだと思うから、食べてくれるのならありがたいよ」
「じゃあ、遠慮なくもらうね。でも、これってどうすれば良いのかな?」
そう言ってロニーが示したのは、卵白だった。卵黄だけ使うから卵白は大量に余るんだよな。
卵白の使い道なんてわからないよ。確かお菓子作りには卵白だけを使うレシピがあった気がするけど、ケーキだっけ? よく覚えてないし、どうやって使うのかもわからない。小麦粉に卵白を入れて混ぜれば良いのか? それとも卵白を型に塗るんだっけ? あれ、塗るのは油だっけ?
……こんなのいくら考えてもわかる訳ないよね!
だって俺、お菓子作りなんて殆どしたことないし。お母さんがたまに作ってたのを見たことがあるくらいだ。
お母さんもケーキは作ってなかったんだよな。
「俺もどうすれば良いのかわからないけど、普通にフライパンで焼いたら、目玉焼きの白身部分だけの料理が出来上がるんじゃないかな?」
あれ? 今咄嗟に思いついたけど、なんかそれ面白そう。目玉なし焼きって名前にしたら売れないかな? 俺良いこと思いついたかも!
「ロニー! 目玉なし焼きって名前にして売ったら売れるかな!?」
俺が大興奮でそう言うと、ロニーは苦笑いで俺を見ている。
「えっと……ダメ?」
「別にレオンの屋台だからやりたいのならやってみても良いと思うけど、僕は売れないと思うかな」
「そうかな? どこがダメだと思う?」
「まず、名前がダサい」
グサッ……めちゃくちゃストレートに言うな。俺の心に突き刺さったよ。
「あとは、ほとんどの人は目玉焼きの黄身が好きだから、白身だけだと買わない」
グサッグサッ……
「それから、……」
「ロニー」
「ん? 何?」
「もう俺の心はボロボロだから、その辺にしようか。白身だけの目玉焼きは売らないことにするよ」
「うん。それが良いと思うよ」
素のロニーは結構グサグサ言うタイプなんだね。王立学校ではかなり萎縮してるから、俺に素を出してくれるのは嬉しい。
「じゃあ、白身はどうしようか? ロニーが食べる?」
「そうだね。確かに焼いて塩をかければ美味しく食べられるだろうから、僕が貰おうかな。大家さんとかご近所さんに分けてあげてもいい?」
「それはもちろん!」
「ありがとう。じゃあ僕がもらうよ」
とりあえず、屋台の卵白はこれでいいな。でも、確か卵白はお菓子に使えたはずなんだよなー。
この世界でケーキって見たことないし、それには卵白を使う気がするんだけど……ケーキを食べたいのにレシピは全く思い出せない!
俺が考えても絶対に思い出せないから、料理人さんに試行錯誤してもらうしかないよな。でもそんなことを頼める知り合いの料理人さんなんていないし……
うーん、これはまた後で考えよう。とりあえず今日は帰らないとまずい。
「じゃあもう遅いから、そろそろ俺は帰るね」
「うん! ここまで送ってくれてありがとね。気をつけて帰って」
「市場にも寄りたかったから良いんだよ。じゃあね」
そうして俺は少し小走りで公爵家に帰った。急がないと夕食の時間になっちゃう……!
かなり急いで俺が息切れしつつ公爵家の前に着くと、門番さんがすぐに気づいて門を開けてくれた。さすがに顔を覚えてくれているみたいだ。
そして敷地内に入り屋敷に向かって歩き出すと、屋敷の方からロジェが歩いてくるのが見えた。歩いてるのにめちゃくちゃ速いな……使用人の特殊能力?
「ロジェ、屋敷で待っててくれればいいのに」
「私はレオン様の従者ですので、お供いたします」
「まあ、ロジェがいいならいいけど……そういえば、ロジェもクレープ食べた?」
「はい。レオン様が作られたものを頂きました」
「どうだった?」
「とても美味しくて驚きました。特に豚肉の入った方のソースが絶品でした」
マヨネーズか。やっぱりマヨネーズって美味しいよね。
ロジェはマヨラーになれる資質があるな。
「今日屋台で売ったんだけど、大好評で売り切れだったよ」
「それはおめでとうございます。ただ、あの美味しさならば当然です。これからはより繁盛するでしょう」
「やっぱりそうかな?」
そうなるとロニーがすごく大変になるよな……たまには手伝いに行こうかな。まあ、ロニーに聞いてみて考えよう。
とりあえず、まずは早く寝たい……今日は色々頑張りすぎて子供の体は限界だよ。
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