第102話 屋台の開店準備

 市場から屋台がある広場まではかなり近く、俺とロニーは市場を出てすぐに広場に着いた。そして屋台に向かう。俺が借りることができた屋台は運良く井戸の近くで、結構便利な場所だ。

 隣はスープを売ってるおっちゃんと串焼きを売ってる兄ちゃんみたいだ。隣だし、仲良くなれたらいいな。


「ロニーここだよ!」

「おおっ! ここがレオンの屋台なんだね。何かわくわくしてきたよ」

「結構嬉しいよね!」


 自分の屋台なんて、予想以上にわくわくするな。


「じゃあ準備しようか」

「うん。まずは何をすればいい?」

「まずは調理器具を水で洗う為に、水を汲んでこようか」

「了解! …………レオン」

「何?」

「水を汲んでくる桶がないよ?」

「……あぁ〜! 忘れてたよ!」


 準備万端だと思ったのに、最初から躓いたよ! 買ってくるしかないかぁ……走ればそんなに遠くないし。


「どうする?」

「俺が買ってくるよ」

「レオン、ちょっと待って! 他にも忘れてるものない?」

「他に……」


 あっ!! 薪がない、火がつけられないよ。

 俺全然ダメだな。薪がなかったら何もできないよ!


「ロニー、薪も忘れてた」


 そういえば、火はどうやってつけるんだ? ロニーって何属性だろう? もし火属性じゃなかったら、火打ち石も買わなきゃだよね。

 俺、忘れてること多すぎるよ。


「ロニー、ちなみに何属性?」

「僕? 火属性だよ?」

「おお! さすがロニー! じゃあ火種は使えるよね?」

「うん。魔力量が少ないから火種を数回しか使えないんだけどね」

「それが使えるだけでかなりありがたいよ」


 じゃあ、薪と桶を買ってこよう。


「それじゃあ、薪と桶を買ってくるね」

「うん。よろしくね」


 そこまで話したところで、隣のスープの屋台からおっちゃんの笑い声が聞こえてきた。


「ははははっ……お前たち、面白すぎるだろ。屋台やるのに、薪と桶忘れるって……」

「そんなに笑わなくてもいいのに……ちょっとしたミスだから!」


 俺はおっちゃんの屋台に向かってそう叫んだ。


「ちょっとしたミスなのか? 大きなミスじゃないか?」


 別に買いに行けば良いんだから! 俺はおっちゃんなんか無視して早く買いに行こうと思い、市場の方に向かって走り出そうとしたが、走り出せなかった。

 何故なら、おっちゃんが俺たちの屋台まで来ていて桶を差し出していたからだ。


「これ、使えよ」

「え? でもこれおっちゃんのでしょ?」

「俺はもう一個あるからいいんだ。お前たちにやるよ。屋台頑張れよ」


 おっちゃん……めちゃくちゃいい人じゃん!!

 無視しようとか思ってごめん!


「おっちゃんありがとう!」

「いいってことよ。ついでに薪も少しなら持っていっていいぞ」

「おっちゃん最高すぎる」


 俺がめちゃくちゃ感動していたら、また逆の屋台から声がかかった。


「こっちの薪も使っていいぞ」


 串焼きを売ってる兄ちゃんだ。


「兄ちゃんもいいの?」

「ああ、坊主たちが困ってるんじゃ、助けないわけにはいかないだろ」

「兄ちゃんもありがと!」


 二人とも良い人過ぎる!!


「ロニー、お隣さんめちゃくちゃ良い人で良かったね!」

「うん! 二人とも本当にありがとう!」

「いいってことよ、頑張れよ」

「応援してるぞ」


 俺とロニーはめちゃくちゃ気合が入り、やる気いっぱいで準備に取り掛かった。

 まずは水を汲んできて、調理器具を洗っていく。そして調理器具を全て並び終えて、食材を持ってくる。

 今のうちに火も起こしておく。


「よしっ……じゃあ作り方を教えるね。クレープは二種類あるんだけど、一つは豚肉サラダ、一つは蜂蜜バター。生地の作り方はどっちも同じだから、まずは生地の作り方から教えるよ」

「わかった。よろしくお願いします!」


 ロニーはやる気満々だ。これならしっかり覚えてくれるだろう。

 そこからは、この間試作した時に見つけ出した分量をロニーに教えながら、クレープの作り方を教えていく。

 ロニーは孤児院で料理の経験があるようで、予想以上に上手だった。少しマヨネーズには手こずっていたけど、慣れてくれば手早く作れるようになるだろう。これなら次からは一人でも大丈夫だな。


「うん、それで完成!!」

「おお〜、これで出来たの?」

「そう! 食べてみて」

「じゃあ……いただきます」


 ロニーがぱくっと豚肉サラダクレープを口にした。するとロニーの顔が、みるみる驚きの表情に変わっていく。


「レ、レオン、これ、何でこんなに美味しいの? 凄いよ!! これなら絶対に売れる!!」

「売れると思う?」

「確実に売れるよ! このソースが美味しいんだ。マヨネーズだよね? 作るの大変だけど、こんなに美味しいのならいくらでも作るよ!」


 ロニーは大興奮で褒めまくりながら、クレープを食べ続けるという器用なことをしている。


「僕これ大好き。これを毎日食べられるなんて幸せすぎる」

「そんなに喜んでもらえて嬉しいよ。じゃあもう一つも食べてみて。こっちは甘いクレープだからデザートだよ」

「僕甘いものなんてほとんど食べたことない……いただきます」


 ロニーは感動した様子で蜂蜜バタークレープを一口食べると、そのままフリーズしてしまった。

 えっと……ロニー大丈夫かな?


「ロニー、どうしたの? 美味しくなかった?」


 俺のその言葉にロニーは思いっきり首を横に振り、目に涙を浮かべた。

 え!? 何で!?


「こ、これ、こんなに美味しいもの、初めて食べたよ。甘くて、幸せの味だね。妹にも、孤児院のみんなにも、食べさせてあげたいな……」


 ロニーはそう言って静かに涙を流した。やばい……いつものことだけど、ロニーが良い子すぎる! 俺までもらい泣きしちゃうじゃん!


「ロニー、今度休みで予定を合わせられる時に一緒に孤児院に行ってもいい? それで、皆にクレープを作ってあげようよ。俺たちからのお土産ってことで」

「本当に? いいの?」

「うん! その代わり俺の実家にも遊びにきてね」

「もちろん行くよ! レオン……本当に色々ありがとう」

「友達を助けるのは当たり前だよ」

「うん、そうだね。僕もレオンが困ってたら助けるから!」

「ありがと! じゃあとりあえず、今日は屋台を頑張ろうか」

「僕めちゃくちゃ頑張るよ」


 ロニーは元気を取り戻したみたいだ。とりあえず一安心だな。ロニーは結構辛い境遇なのに、優しく良い子に育っていて、いつも妹や孤児院の皆のことを考えていて、マジで泣かされる。

 せめて孤児院でもお腹いっぱいのご飯が食べられたらいいのにな。でもそんなことを言ったら、貧しい平民だって満足にご飯が食べられてない人もたくさんいるし……難しい問題だ。

 とにかく今は屋台を頑張ろう!

 あっ……そうだ。


「ロニー、おっちゃんと兄ちゃんの分のクレープも作ったから渡しに行こう」

「そうなの? 確かにさっきのお礼にいいかもね!」


 俺とロニーは、ちょうどお客さんがいなかったおっちゃんの方に向かった。


「おっちゃん! さっきはありがとう」

「これ、僕たちが売るクレープって料理なんだ。良かったら食べてね。こっちが豚肉サラダクレープで、こっちが蜂蜜バタークレープだよ」

「おお、わざわざありがとな。貰っちゃってもいいのか?」

「うん! さっきのお礼だから」

「ちょうど腹減ってたんだよ。ありがとな」


 おっちゃんはでかい一口で、バクっと一気に三分の一ぐらいを口に入れた。すごく豪快な食べ方だな。


「ん? んん? 何だこれ! 坊主たち、これめちゃくちゃ美味いぞ!」

「本当に!? やったー」

「こっちの甘い方も美味っ」


 おっちゃんは凄い勢いで食べていく。本当に美味しいと思ってくれてるんだな。一安心だ。


「ありがとう! じゃあ次からは買いに来てね」

「これは買いに行く。いくらなんだ?」

「どっちも一個小銅貨四枚だよ」

「そっかぁ〜結構高いな。でもこの味ならそれも納得だし、順当な値段だな。本当に美味い」


 おっちゃんはめちゃくちゃ喜んでくれたみたいで良かった。とりあえずは売れそうだな。


「じゃあ次は兄ちゃんのところに行こうか」

「うん! というかレオン、一個小銅貨四枚で売るなんて初耳なんだけど。僕は聞いてないよ」

 

 ロニーがジト目で見つめてくる。


「ご、ごめん。伝えるの忘れてたよ。原価を考えると、この値段くらいじゃないと利益が出ないんだ」

「まあ、値段は良いと思うよ。もう少し上げてもいいくらいだと思う。材料に蜂蜜や砂糖、バターも使われてるし、味もすごく良いから小銅貨五枚でも売れると思う」


 凄いな……やっぱりロニーって頭良いんだ。普通十歳の子供は原価と利益なんて考えられないよな。それに物の価値も理解してるみたいだし。

 

「小銅貨五枚でも良いかと思ったんだけど、できるだけたくさんの人に買ってもらってクレープを広めてほしいから、この値段にしたんだ」

「そっか、まあレオンが決めた値段に従うよ」


 俺も最初は小銅貨五枚にしようと思ってたんだ。だけど、自分だけが儲かるのではなくてこの世界の食文化に発展してほしいから、たくさんの人に食べてもらえるように安くしたいんだ。

 人は美味しいものを食べるとそれを再現したいと思うし、その過程で新しいものが生まれるからね。


「ありがとう。じゃあ小銅貨四枚でよろしくね」

「うん!」


 そこまで話したところで、兄ちゃんのお店にお客さんがいなくなったのでクレープを渡しにいく。


「兄ちゃんさっきはありがとう。これお礼だよ!」

「僕たちの屋台で売るものなんだ。美味しいと思うから食べてみて!」

「わざわざお礼に来てくれるなんてありがとな。いただくよ」


 そう言って兄ちゃんは、ぱくっとクレープを口にした。一口食べて一瞬フリーズしたと思ったら、その後すぐにこっちが引くくらいのペースで食べ始めた。

 すごく喜んでくれてるんだよな……?


「兄ちゃん、美味しい?」

「おぅ、ふごくおひしひろ」


 何言ってるか全然わかんないよ。


「なんて言ったの?」

「ひょっとまっへ…………坊主たち、天才じゃないか!! こんなに美味いものは初めて食べた」


 兄ちゃんは口に詰め込んだクレープを飲み込んでから、クレープをめちゃくちゃ褒めてくれた。

 やっぱり美味しいって言ってもらえるのは嬉しい。


「ありがとう! これからは隣で売ってるから買いに来てね。一個小銅貨四枚だから」

「小銅貨四枚か……ちょっと高いが買えない金額じゃないな。絶対に買いに行く」

「待ってるね。じゃあまたね」


 そんな会話をして、俺とロニーは自分の屋台に帰った。


「好感触で安心したよ……これなら全く売れないってことはなさそうだよね」

「これは絶対に大繁盛するよ。ただ、ちょっと高いから最初に買ってもらうのが大変かもね。一度買ってもらえれば絶対にまた来てもらえるし、周りの人に広めてくれるだろうから、どんどんお客さんは増えると思うよ!」

「そっか……そうなってくれたら良いな」

「うん! 僕頑張るから!」

「ロニーありがとう」

「それはこっちのセリフだよ。僕を雇ってくれてありがとう」

「じゃあ、二人で頑張ろうか」

「うん! 開店しよう」


 よしっ、屋台開店だ! これから頑張るぞ!

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