第101話 市場で買い物

 俺とロニーは、大家さんの家に向かって歩いている。と言ってもすぐに着く近さなんだけどね。

 その短い距離を歩いていて、ふと疑問に思った。


「そういえば、トイレとか井戸はどこにあるの? あと調理場もなかったけど……」

「トイレは裏にあるよ。水場は向こうに歩いて二分くらいのところ。調理場は大家さんの家の調理場を貸してもらえるんだ。お金かかるんだけどね」


 ロニーにそう説明されて、一番近かったトイレを覗きに行ってみた。貧しい平民の生活に少しだけ興味があったのだ。俺の実家は平民の中ではかなり恵まれてるからな。

 アパートの裏側に行くと、すぐにトイレを見つけることができた。木で作られた壁と扉があるからそこがトイレだろう。俺は怖いもの見たさでおそるおそる扉を開けて、中を見て愕然とした。地面にただ穴が掘ってあるだけだったのだ。

 ボットントイレのほうが全然マシだな……だってこれ、穴の端が崩れたら中に落ちない? 俺はその想像をして寒気がしてやめた。

 ダメだ、俺ここで生活できないよ……実家のトイレでさえなんとか我慢してるのに。

 最初は平民に転生したことを不運だと思ったけど、実はかなり幸運だったかも。俺の実家って平民の中では相当恵まれてるよ……

 予想以上に貧しい平民の生活が辛い。


「レオン? どうしたの?」


 そうロニーに呼びかけられて、ハッと現実に戻ってきた。そうだ、ロニーにトイレに行くと言って来たんだ。

 これ以上待たせたら心配させちゃうよな。俺は考えていたことをとりあえず頭の隅に押しやって、ロニーのところに戻った。


「レオンお腹でも痛いの?」

「違う違う! 大丈夫だから大家さんのとこに行こうか」

「それなら良いけど……じゃあ行こうか」


 そうして再び、ロニーと大家さんの家に向かい家の前に着いた。

 コンコン……


「こんにちは、ロニーです」


 ロニーが大家さんの家の扉を叩き、そう言った。すると中から優しげな声が聞こえてくる。


「はぁ〜い。ちょっと待っとくれ」


 扉を開けて出てきたのは、白髪で背が低めのお婆さんだった。優しげな顔でにこにことしている。


「ロニーか、どうしたんだい? それにそっちの子は?」

「こっちはレオン、僕の友達だよ!」

「おぉ、そうかそうか。友達とは良かったねぇ」

「レオンと申します。よろしくお願いします」

「ロニーをよろしく頼んだよ」


 大家さんはそう言って微笑んだ。この人めちゃくちゃいい人だな。話してると落ち着くなぁ。


「それで、今日は何の用だい?」

「実はこれから荷車を使うことになったから、荷車を置くスペースを貸して欲しいんだ」

「ああ、そんなことかい。それならどこに置いてもいいよ。お金は月の家賃と一緒に徴収するからね」

「ありがとう! それで月にいくら?」

「月に銅貨六枚だよ」

「わかった! 大家さんありがとう」


 待って、月に銅貨六枚? ってことは約六千円!? この世界は一月が九十日だから、地球で考えると三ヶ月で六千円……

 安すぎるよ、予想以上に安かった。これくらいならいくらでも払うよ。


「じゃあまたね!」


 ロニーがそう言うと、にっこりと微笑んで大家さんは家の中に戻っていった。


「レオン、月に銅貨六枚だって。大丈夫?」

「うん。そのくらいなら全然大丈夫だよ」

「それなら良かった」


 というか安すぎるよ! 


「じゃあ、毎月の第一週の給金に上乗せして渡すね」

「ありがとう!」


 あっ! それ以外にもロニーにお金を渡す必要があったんだ。食材を買うお金を渡さないと。


「ロニー、毎日食材を買ってもらうお金も渡さないといけないから、今回だけは給金と一緒じゃなくて今日の終わりにでも一週間分を渡すね。それで次からは、材料費は給金に含めて渡すことにする」

「そっか……これからはお金の管理もしないといけないんだね。そんな大金持ったことないから怖いけど頑張るよ」

「うん。今日これから市場に行くから、首からかけて服の中に隠せる布袋を買おうか。そこにお金を入れておけば安心だよ」

「うん! じゃあ途中にある市場に寄って屋台に向かおうか」


 そうして俺たちは、まず市場に向かって歩き出した。今はロニーが荷車を押している。


「ロニー、一人でも押せそう?」

「ちょっと重いけど、この程度なら頑張れるかな。僕も体力つけないとだから頑張るよ」

「確かにこれで体力がついたら、剣術の授業は楽になるね」

「そうだよね! よしっ頑張ろう」

「でも、頑張りすぎには注意してね。どうしても疲れてる日は屋台休みでも良いから」


 結構ハードスケジュールになるだろうし、体調崩したら大変だからな。


「いいの? でも毎日やる予定だったんだけど……」

「体調崩したら大変だから、疲れたら休むくらいが良いと思うよ」

「……確かにそうだね。体調崩したら何日も休まないといけなくなるし。レオンありがとう」

「良いんだよ。気にせず休んでね」

「うん! そういえば今日は、市場に行ったらまず何を買うの?」

「まずは、ロニーのお金を入れる布袋と荷車の荷物に被せる丈夫な布を買いたいんだ。しっかり被せておけば盗まれる心配もなくなるでしょ? あとは、荷車からロニーの家に調理器具を運びやすいように大きな布袋も欲しいな。それを買ったら今日の食材かな」

「じゃあまずは布製品を売ってるお店からだね。ちょうど市場の入り口付近にあるんだ」


 それはちょうど良かった。じゃあそこで布製品を買ったら食材を買って屋台だな。

 食材は、豚肉、キャベツ、卵を買えば大丈夫だ。


 俺たちはゴロゴロと荷車を押しながら頑張って歩き、市場の入り口にたどり着いた。市場は日本でいう昔の八百屋さんみたいな感じで、建物の外側にたくさんの商品が置かれているので、荷車を持っていても買い物がしやすい。中にあるものもお店の人に言えばすぐに取ってもらえる。


「レオンここだよ!」

「結構たくさんあるね」


 かなり品揃えが良い店のようだ。布の質は良くないが、ロニーが使うにはそっちの方が悪目立ちしなくていいだろう。


「いらっしゃい! 坊主たち何が欲しいんだ?」

「丈夫で首から下げられる小さめの布袋と、荷車の荷物が全て入るくらい大きな布袋と、荷車の荷物に被せる丈夫な布が欲しいんだ」

「その三つだな。ちょっと待ってろ」


 お店のおじさんはそういうと、お店の中から俺が言った三つを探してきてくれるらしい。

 ちょっと待っていると、手にいっぱいの商品を持って戻ってきた。


「小さめの布袋はこの三つのどれかがいいだろう。大きい布袋はこれ一つしかなかった。丈夫な布はこの五つから選んでくれ」

「ありがと! ロニーどれがいい?」

「うーん、小さめの布袋はこれが良いと思う。首からかける紐が丈夫みたいだから」

「じゃあそれにしよう。後は丈夫な布だけど、どれがいいのかな?」


 俺には触ってみても、どれも同じようにしか思えないんだけど。どれも丈夫ではあるけど水は弾かなそうだし……

 あれ? そう言えば雨が降った時のこと考えてなかった! 雨が降った時ってどうしてたっけ?

 うーん、実家に住んでる時は皆ほとんど濡れたままだった気がする。冬なら外套を着てたな。

 というか、そもそも雨だと必要最低限しか外に出ないんだよな。


 とりあえず雨の日の屋台は休業で、途中で雨が降ってきた時は濡れたらやばいものにだけ外套を被せておけばいいかな。後は木箱も一つあれば良いかもしれない。

 木箱に入れて外套を被せれば完璧だろう。


「レオン、ぼくはどれでもいいと思うよ」

「じゃあこれでいいか。おじさんこれで!」

「はいよ。また来てな」


 俺たちはお金を払ってお店を後にした。


「ロニー、さっき思いついたんだけど、雨の日の屋台はお休みでいいからね。でも、途中で雨が降ってくることもあるでしょ? そういう時の為に、木箱を一つと外套を一つ荷車に乗せておくようにしようと思ったんだけど、どう思う?」

「確かに雨の時はお客も来ないだろうから休みでいいかもね。途中で降ってきた時も、木箱と外套があれば完璧だと思うよ」

「良かった。じゃあその二つも買っておこうか」

「じゃあ、まずはあそこのお店かな!」


 俺たちはその後に、木箱と外套を購入し食材も購入して市場を出た。


「よしっ……じゃあ屋台に行こうか」

「うん! やっとだね。僕かなり楽しみにしてたんだ! 僕が屋台で商品を売る方になるなんて……」

「屋台をやりたかったの?」

「孤児院ではお小遣いなんてもらえないから、屋台に行ってもいつも何も買えなかったんだ。妹と屋台をやる人になれば、売ってるものを好きなだけ食べられるねっていつも言ってたんだよね」

「そうなんだ……」


 ロニーの子供時代のことを思うと、目から水が……

 ロニーにも妹さんにも、屋台のご飯を好きなだけ買ってあげたい!


「あっ、もちろん僕は雇われてるだけだから売り物を食べたりしないよ!」

「ロニー…………好きなだけ、好きなだけ食べていいから! それも給金のうちだからね。遠慮しないでお腹空いたら好きなだけ食べていいからね」

「で、でも……それは流石にダメなんじゃ……」

「いいんだよ! 俺の屋台なんだから、俺がいいっていうならいいんだよ」

「確かにそうだけど……」

「遠慮しなくていいからね!」

「う、うん、ありがと」


 食材のお金、ちょっと多めに渡すようにしよう……


「じゃあ早く行こうか。ロニーにクレープの作り方を覚えてもらわないといけないし」

「うん!」

「そういえば、ロニーはお昼ご飯食べた?」

「食べてないよ? 学校がないからね」


 もしかして、学校がないと昼食は抜きってこと? でも確かに、ロニーは仕事が見つからないっていってたし、収入がなければ生活を切り詰めるしかないもんね……

 そこまで頑張って王立学校に通って、確か将来の夢は自分が稼いで孤児院の皆にお腹いっぱい食べてもらいたいって言ってたよな…………ロニー良い子すぎる!!

 良い子すぎて泣ける!


「じゃあ、屋台に着いたらクレープを作って食べようか。自分が売るものの味は分かってないとね!」

「そっか、味は知っておいた方が良いよね。食べるの楽しみだな!」

「美味しいの作るよ」


 めちゃくちゃ美味しいクレープ作るから!!

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