第100話 ロニーの家

 俺たちは登録を終えて馬車に乗り、今はロンゴ先生を送って王立学校の正門前に着いたところだ。


「ロンゴ先生、今日は登録に付き合っていただき本当にありがとうございました」

「いや、いいんじゃよ。何事もなく登録できて良かったな」

「はい! また学校でよろしくお願いします」

「ああ、また学校でな」


 そうしてロンゴ先生を送り届け、俺は一度屋敷に帰ってきた。登録が予想以上に早く終わったな。

 ロニーとの約束は十二時過ぎだから、ちょっと早いけどお昼を食べちゃおうかな? 食べたらちょうど良い時間だろう。


「ロジェ、ちょっと早いけどもうお昼って食べられるかな?」

「はい。この時間ならば問題ありません」

「それなら昼食の準備をよろしく」

「かしこまりました」


 それから俺はゆっくりとお昼を楽しんで、屋敷を出る時間になった。


「レオン様、本当に荷車を引いてお一人で行かれるのですか? 荷車は使用人に引かせてレオン様は馬車でお送りしますが……」

「ううん。一人で行くから大丈夫だよ! これからは俺の友達が、毎日荷車を引いて仕事に行かないといけないから、どのくらい大変なのか知っておきたいんだ」

「そうですか……それならば致し方ありませんが……」


 ロジェはかなり不満そうながらも、なんとか了承してくれた。なんか最近のロジェ、前より過保護になってない?

 これが使用人の普通なの? 今度リュシアン達に聞いてみようかな。


「じゃあ行ってくるね」

「行ってらっしゃいませ。お気をつけください」


 俺は心配そうなロジェに見送られて屋敷を出た。荷車にはこの前買った調理器具が載っていて、蜂蜜や塩、砂糖、小麦粉、油、お酢、バターなど保存ができるものも載せてある。結構な重さだな。

 身体強化を使う必要はないが、結構力を入れないとスムーズに進まないって感じだ。荷車を平民の間で使っていても目立たない古いものにしてもらったから、より力が必要なのかもしれない。

 実は新しいものを用意してくれたんだけど、あまりにも綺麗で装飾まで施されてて、ロニーが持っていたら一瞬で盗まれそうだったからやめてもらった。普通に目立たないのが一番だ。



 荷車をごろごろと引きながら歩いて、馬車の時の倍以上の時間がかかってようやく王立学校に到着した。

 ふぅ〜これはいい運動になるな。まだロニーはいないようだ。

 荷車に腰掛けて、ロジェに持たされた竹でできた水筒から水を飲む。もちろん水はバレないように水魔法を使っている。やっぱり水は作りたてが一番美味いな。


 そうして一息ついていると、すぐにロニーがやってきた。


「レオン! ごめんね、待った?」

「ううん、俺も今来たとこだよ」

「それなら良かった。これが必要な荷物? 結構多いね」


 ロニーが、荷車の上にある荷物を見ながらそういった。


「そう。毎回持っていくのは大変だと思うけど、大丈夫?」

「うん! このくらいなら大丈夫だと思うよ」

「それなら良かった。じゃあロニーの家に案内してくれる? そこまでは俺が荷物を運ぶよ」

「わかった!」


 ロニーはそういうと、俺の隣に並び軽い足取りで歩き始めた。ロニー、いつもより明るいし生き生きとしてるし楽しそうだな。何かいいことでもあったのかな?


「ロニー、何かいいことでもあった?」

「え、何で?」

「いや、いつもより楽しそうだから……」

「え!? 僕そんなに浮かれてた!?」

「うん……わかりやすく」


 俺がそういうと、ロニーは両手で顔を覆って立ち止まった。耳が少し赤くなってるな。


「うわぁ〜恥ずかしすぎる…………実は、今日すごく楽しみにしてたんだ。僕は孤児院で育ったって言ったでしょ? 孤児院の皆は家族みたいなものだから友達って感じじゃないし、孤児院の外で友達を作る機会もなくて、友達と遊ぶの初めてなんだ……だから楽しみで……」


 ロニー、そんなこと言われたらうるっと来ちゃうじゃないか! 俺でよければいつでも遊ぶから! 


「それに、今がいつもより伸び伸びしてるのは、ここが王立学校の中じゃないからっていうのもあるかも。学校ではいつも緊張してるから……」


 確かに! 今日のロニーは変な緊張感がなくて自然体なのか。いつも自然体でいた方が絶対良いと思うけど、あの学校じゃ難しいよね……


「そんなに楽しみにしてくれてたなんて嬉しいよ」


 ちょっとだけ落ち込んでしまった雰囲気を元に戻すために、俺が少し揶揄うような口調でそう言うと、ロニーはちょっとだけ怒ったような顔をした。


「レオン! 揶揄うの禁止!」

「ははっ……ごめんごめん」

「もう、早く行くよ!」

「わかったよ」


 そう言うと、ロニーはスタスタと一人で歩いて行ってしまう。


「ちょっ、ちょっと待って、速過ぎるから! 荷車があるんだって!」

「しょうがないなぁ。待ってるから早くきてー!」


 そんなやりとりをしながら俺はすごく嬉しかった。ロニーが俺に対して一歩引いたような態度を取らずに、完全に自然体で接してくれてることが思いのほか嬉しかった。

 やっぱりこう言う関係性が良いよな。クラスの他の子達ともこうなれたらいいのに。

 そんなことを考えながら、俺は頑張って荷車を引いた。


 それからはロニーも機嫌を直してくれて、二人でお喋りしながらゆっくり歩き、しばらくしてロニーの家に辿り着いた。


「ここが僕が住んでる家だよ。一階の右端が僕の部屋」


 ロニーの家は裏路地を進んだ先にあって、古い木造二階建てのアパートみたいだった。


「本当に何もないけど、部屋の中も見てみる?」

「いいの?」

「うん。公爵家の屋敷に住んでるレオンからしたら、物置みたいなものだろうけど……」

「公爵家の屋敷には俺でもまだ驚くよ。俺の実家は平民だから、こっちの方が落ち着くかも」

「確かにそうだよね。じゃあどうぞ!」


 ロニーはそう言って部屋の扉を開けてくれた。一応鍵は付いてるようだ。

 俺は恐る恐る部屋に入っていく。この世界は、基本的に靴を脱ぐ習慣がないので土足だ。


 部屋に一歩足を踏み入れて、俺は衝撃を受けた。

 え? 狭すぎない!? 扉を開けて部屋に入ると、すぐに並べた木箱の上に布を乗せただけの簡易ベッドが置いてあり、部屋の奥に窓がある。ベッドの隣には小さなテーブルが辛うじて置かれていて、椅子を置くスペースはなかったのかベッドが椅子代わりのようだ。

 この部屋にあるのはそれだけだ。それ以外には何も目につかない。


 えっと……これが平民の普通の暮らしなの? 荷物はどこにあるの? 俺の実家は平民にしては恵まれてる方だって思ってたけど、俺が思ってる以上に恵まれた環境だったのかもしれない。


「ロニー、荷物はどこにあるの?」

「荷物? 木箱の中に入ってるよ?」


 そっか……ベッド代わりの木箱は収納ケースでもあるってことか。狭い部屋ではこれが一番効率的なのかもしれないな。


「狭くて驚いたでしょ」


 ロニーが苦笑いしながらそう言った。


「えっと……」


 俺は何て言ったら正解なのかがわからず、めちゃくちゃ焦っていた。いい部屋だね、なんてお世辞を言ったところでバレバレだろうし、ストレートに狭いねって言ってもいいのかわからないし……


「遠慮しなくていいよ。僕も狭いなぁって思ってるから」

「うん……狭いなぁって思った」

「ははっ、レオン正直! でも本当に狭いんだよね。ここは一人用の部屋だから家族用の部屋に住めばもっと広くなるんだけど、こっちの方が安いんだ。部屋が広くても使い道ないしね」


 確かに広い部屋があったところで使い道はないのか。それならこの狭さでもいいのかもしれない。


「確かに広くても、活用しなかったら無駄だもんね」

「そうそう。あっ、この調理道具は一つ木箱が空いてて、そこに入れられるから大丈夫だよ。荷車は大家さんに頼めば、置いておくスペースを貸してもらえるんだ」

「それってお金かかる?」

「うーん、確か少しだけかかった気がする……でもそのくらいならお金を持ってるから大丈夫」

「いや、そのお金は俺が出すよ。屋台のために必要な道具を運ぶための荷車なんだから」


 これは俺が出すべきだ。本当なら俺がお金を出して、もう少し綺麗で広い部屋に引っ越しさせてあげたいけど、それはやりすぎだからな……


「え? でも普通はそこまでお金を出してくれることはないよ?」

「それでもいいの。これが俺の屋台のルールだから!」

「そうなの? それならありがたくお金出してもらうけど」

「じゃあ決定ね。後で大家さんに確認して金額教えてね」

「うん。でも大家さんの家すぐそこだよ? 今から聞きに行く?」


 そう言ってロニーが指さしたのは、アパートのすぐ隣にある小さな一階建ての家だった。

 そっか……普通大家さんは近くに住んでるよね。


「じゃあ行ってみようか」

「わかった!」

「あっ! その前にちょっと待って」


 俺はロニーを呼び止めて、家の中から家の扉を閉めた。そして小声で話しかける。


「渡したいものがあるんだけど、他の人に知られたらヤバいんだ。だから小声で話してね」

「わかったけど……何?」


 ロニーが恐る恐るそう聞いてきた。


「これだよ」

「これって、小さな箱?」

「そう。これ魔法具なんだ」

「まほっ……んぐっ」


 ロニーが大きな声を出しそうになったので、慌てて口を手で塞いだ。


「ロニー、大きな声出しちゃダメだよ」

「ご、ごめん。でも魔法具って凄く高いんだよね?」


 俺が渡したのは殺菌の魔法具だ。あの後リシャール様がすぐに魔石と魔鉄をくれたので作ったのだ。箱の中に卵を入れて魔石を嵌め込むと、数秒で完全に殺菌される。

 ただ、これを作るのは結構大変だった。人体に有害なものを全て取り除ける魔法具にすると、魔力消費が多すぎるのだ。これは卵の殺菌に絞って魔力を込めることで、何とか魔力消費を減らした。

 スイッチ機能は、鍛冶屋に頼まないといけないから諦めた。


「高いけど、公爵家から貰ったものだから大丈夫」

「そうなんだ……それで、なんでその魔法具を僕に渡すの?」

「この魔法具は卵を殺菌するもので、これから教えるレシピには生の卵を使うから必ず殺菌しないといけないんだ」

「生の卵って……その魔法具を使えば食中毒の危険がなくなるの? そんなことができる魔法具なんてあるの?」

「あるんだよ。でもまだあまり出回ってないものだから、これを俺以外の人に見せたり、これの話をしたらダメだからね。ロニーが危険な目に遭うから。だから卵は前日に買って、家で殺菌してから屋台に持っていってくれる?」

「う、うん。僕、絶対に話さないよ。それに殺菌もちゃんとする!」


 ロニーはちょっと青ざめた顔でそう言ってくれた。ロニーは魔力量が少ない上に平民だから、魔法具なんて王立学校に来るまでみたこともない。

 だから、この魔法具が他の魔法具と違って異常だと言うことに気づかないんだ。ロニーからしたら全ての魔法具が異常に凄いものだからな。

 なんとなく、ロニーを騙してるみたいで罪悪感が湧くけど、ロニーの身の安全のためにも知らない方が良いこともあるだろう。


「ありがとう。よろしくね」

「うん! 任せて」

「それから、これ週に一回くらいは魔力を補充しないといけないから、魔石だけを週に一回、王立学校に持ってきてくれる?」

「わかった。忘れずに持っていくよ」

「うん。ありがと! じゃあ今度こそ大家さんのところに行こうか」


 そうして話を終えて、俺とロニーは部屋を出た。

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