第98話 Eクラスのダンス
Eクラスは騎士爵の子供たちがどんどんペアになり、女子の数が足りないのでDクラスの女子に声をかけてペアになっている。
どうしよう……俺たち平民はどうすればいいのかわからず、その場に突っ立ったままだ。そもそもダンスを踊れないのに貴族の方を誘っても恥をかくだけだし……
俺は最低限踊れるけど他の子やロニーは無理だろうし。ロニーは俺の横で真っ青な顔で少し震えている。
「そこ! 早くペアを組みなさい。授業が進まないでしょう」
先生が蔑みの目で俺たちを見ながらそう言ってきた。この先生本当に嫌いだ!!
俺は一応踊れるからペアを組んでもらって踊ればいいんだけど、そもそもペアを組んでもらえるのかわからないし……誘って断られたらショックがでかすぎる……
ロニーはどっちにしても踊れないし。
ここは素直に言うしかないか。
「グラミシアン先生。私たちはダンスを踊れないのですが……」
「まあっ! ダンスを踊れない人がいたのですね。思い至りませんでしたわ。人ならば皆ダンスを踊れるものだと思っていましたけど、踊れない方々もいるのでしたね。配慮が足りず申し訳なかったですわ」
この先生本当にむかつく! 何でこんなに上から目線なんだ? 爵位が上の貴族なのかな?
「グラミシアン先生。この者達は平民なのでダンスなど覚えられないのでしょう。我々高貴な者に付いて来られないのは当たり前なのです。寛容に受け入れてやらねばなりません」
「アルテュル様、さすがのお考えですわ! 確かにできないことを強要するのは良くありませんわね。平民をいじめていると勘違いされても困りますもの。では、ダンスを踊れない者は踊らなくてよろしいですわ」
アルテュル様とグラミシアン先生めちゃくちゃ意気投合してるし。アルテュル様と意気投合できる先生とか絶対好きになれないな。
あれ? ……そういえば、前にリシャール様からもらった敵対勢力のリストに、グラミシアンってあったよな。確かグラミシアン侯爵家だ!
うわぁ〜もうこの授業受けたくないよ。この先生はグラミシアン侯爵家の子供……じゃないだろうから、夫人かな? 歳的に前侯爵の夫人かもしれない。なんで先生なんかやってるんだよ。
はぁ〜、何にしても俺の敵ってことだな……色んなところに危険人物がいて疲れる。
「では踊れる者だけで踊ってください。踊れない方は、次の授業までに踊れるようになっておいてくださいね。ただ、安心してください。次の授業から踊れない方は自由時間にいたします。できないことを無理に強要するのは良くありませんからね」
尤もらしいこと言ってるけど、要するに平民にダンスを教えたくないってことだよな。平民はダンスなんてどうせ踊れないのだからやるだけ無駄ってことだよな!
めちゃくちゃむかつく!!
周りを見回すと、さっきまで顔を青くしていた平民の皆は、怒りたいけど怒れないやるせない表情をしている。
せめて俺だけでも踊ってやるか! でもペアになってくれる人はいるだろうか……?
俺は顔を上げて、ペアになってくれる子を探すために周りを見回した。
ただ、俺と目が合うと皆顔を逸らしてしまう。友達の少なさがこんなところで仇になるなんて。
「ではダンスを始めましょう」
ダンスが始まっちゃうよ! えぇい、もう勢いだ!
「ちょっと待ってください! 私も踊って良いでしょうか?」
俺がそう言うと、先生はかなり引き攣った笑顔で俺の方を向いた。
「ダンスを踊れないのならば無理に踊る必要はありませんよ? できないことを強要することは致しませんわ」
「いえ、踊れるので大丈夫です」
「お前、卑しい平民が踊れるわけがないだろう!」
アルテュル様また入ってきたよ……本当にうるさい。
「私は平民なので、皆様のように優雅に美しく踊ることはできませんが、ダンスを踊ることは平民にもできます」
「そんなことはあり得ない! 父上が平民はダンスも踊れぬ芸術も理解できぬ卑しい者だと言っていたぞ!」
アルテュル様って本当に馬鹿なんだな……さっきはダンスを踊れてて完全に無能ではないんだと見直したのに。やっぱり無能だったかも……
というかもしかして、アルテュル様って親が言ったことをそのままストレートに信じてるのか? 平民は本当にダンスを覚えられないし踊れないと思ってるのだろうか?
もしそうだとしたら、よく言えば凄く素直なのかもしれない……その場合は親が最悪すぎるな。まあ今のこの世界の貴族としては、アルテュル様の考え方でも普通なんだろうけどね。
「では、私のダンスを見て確かめてみてください。誰かペアを組んでくれる方はいらっしゃるでしょうか?」
俺は内心凄く緊張しながら、この言葉を言った。勢いでダンスが踊れるって言っちゃったけど、誰もペアになってくれなかったらどうしよう……
心臓バクバクだ……もし誰もいなかったら、リュシアンが女性パートを踊ってくれないかな?
俺が内心では動揺しつつも、それを悟られないように余裕のある表情をつくり待っていると、一人の女の子が進み出てきてくれた。
「私がお相手を務めますわ」
マルティーヌ!? え? 俺と踊ってもいいの!?
特定の相手と踊ると色々めんどくさいことにならない?
「私はとてもありがたいのですが……良いのでしょうか?」
「ええ、もちろんですわ」
マルティーヌはにっこり笑って俺の手を取った。
「マルティーヌ様! なぜそのような男と踊るのですか! どうせ踊れないのですから放っておけば良いのです! その男と踊るのでしたら私と踊っていただけませんか?」
アルテュル様がそう言って、俺たちの間に割って入った。
「そ、そうですわ。マルティーヌ様のお手を煩わせる必要はございませんわ」
先生も慌ててそう割り込んできた。
「いえ、私が踊ってみたいと思ったからいいのです。それに、他の方は誰も踊ろうとしなかったではありませんか」
「それはそうなのですが…………」
「では、先生がレオンと踊るのですか?」
「レオンとは……?」
「あら、先生は生徒の名前も覚えていらっしゃらないのね。授業の前に覚えておくのが礼儀ではないかしら? もし先生には難しいお仕事でしたら、代わりの方を用意するように進言いたしますわ。いかが致しますか?」
マルティーヌ怖い……結構怒ってるのね。先生は顔が真っ青になってるよ。
「も、申し訳ございません。次の授業には必ず、すべての生徒の名前を覚えてきますので……ですが、なぜマルティーヌ様は名前を知っているのですか?」
「レオンは友達だからですわ。そんなことよりも、早くダンスを始めましょう」
「か、かしこまりました」
グラミシアン先生は、自分は直接平民を差別してるわけではないし、罰せられることはないって思ってたのかな?
それか、平民如きの問題で王族が口を出すことはないって思ってたのかな?
まあ、どっちもだろうな。多分ここに俺がいなかったら、マルティーヌも口出しすることはなかっただろうし。
俺って皆にかなり守ってもらってるよな……本当にありがとう。絶対に恩返しする。
皆の役に立てるように頑張ろう。
「マルティーヌ様、その者と友達とはどういうことですか!?」
まためんどくさいやつが来たよ……
「そのままの意味ですわ」
「何故そのようなことに……今すぐに友達などやめるべきです! 卑しい平民といるとマルティーヌ様にまで影響があるかもしれません! もしや……リュシアンのせいですか!? この者は平民とも助け合うべきだとふざけたことを言う男です! まさか…………マルティーヌ様もそのお考えなのですか……?」
「そうではありませんわ。ただ、私はこの国の王族として、この国を守らなければなりません。国を守るためにルールを守ることは重要なのですわ。この学校では身分は関係ありませんので、私は誰とでも仲良くなります。それに、レオンはタウンゼント公爵家の所属です。他の平民とは違いますわ」
「ですが……」
「アルテュル様は平民は卑しい者だと言いますが、平民のことをどれだけ知っているのでしょうか。人から聞いた情報ではなく、ご自分の目で確かめてみては如何でしょうか? もしその上で今までと同じ考えだと言うのならば、それを貫き通してください。まずは知ろうとすることが大切ですよ」
マルティーヌ色々言ってるけど大丈夫なのか……? 王族は内戦にならないように、どちらの勢力にも今のところは肩入れしないんだったよな?
まあ、言質を取られなければいいのかな? そう考えると上手く躱してるのかも。
「では、音楽をお願いします」
マルティーヌがそう言うと、音楽が奏でられ始めた。
「レオン、ダンスは踊れるの?」
音楽が始まると同時に、マルティーヌが小声で話しかけてきた。
「最低限なら」
「私はレオンについていくから、遠慮せずに踊ってくれて構わないわよ」
「わかった……マルティーヌ、本当にありがとう」
「楽しんで踊りましょう」
マルティーヌはそう言って花が咲くように笑った。凄く綺麗だ。
「足は踏まないように気をつけるよ」
「それは気をつけて欲しいわね」
何か強張っていた身体から、変な力が抜けていく気がする。ふぅ〜、練習を思い出して自分の最大限の力で踊るだけだ。
そこからのことはあまり覚えていないが、気がついたら踊り終わっていた。
「レオン、とても踊りやすかったわ! もう少し練習すれば美しく踊れるようになるわよ」
「お褒めに預かり光栄です。お相手ありがとうございました」
俺たちは最後に軽く笑い合って、ダンスを終えた。
「先生、次の授業からは、ダンスが踊れない人には基本から教えてあげるのが良いと思いますわ。ダンスが踊れない人にどのように教えれば良いのか、ご存知でしょうか?」
「ぞ、存じ上げております」
「では大変だと思いますが、よろしくお願いしますね」
「……かしこまりました」
頭を下げた先生の顔がちょうど見えたけど、めちゃくちゃ真っ青な顔をしてた……改めて、王族って凄いんだな。
「アルテュル様、平民でもダンスを踊れる方もいるみたいですわね」
「確かに……そのようですね」
アルテュル様は考え込むような顔でそう言ったっきり、俯いてしまった。
アルテュル様は親の育て方が俺からみると歪んでるだけで、多分本質は素直で良い子なんだよな……これで何かに気づいてくれるといいんだけど。
「では、少し早いですが皆様の実力がわかったところで、本日の授業は終了とします」
やっと終わったぁ〜! 俺はマルティーヌと別れてロニーのところに行った。
「ロニー、次からはダンスを教えてもらえるみたいで良かったね」
「うん……レオンって凄いね」
「違うよ。あれは俺が凄いんじゃなくて、マルティーヌ様が助けてくれたから」
「確かにそれもあるけど、最初に声を上げただけで凄いよ。僕にはできないよ」
「そうかな? ありがと」
そう言ってもらえると、結構嬉しいかも。勇気出して良かったな。まあ、あの時はイラついてたからって感じなんだけどね。
俺とロニーは皆が帰った後、最後に更衣室に来て荷物を取り、帰路についた。
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