第87話 涙の理由
馬車の停留所に着き、ステファンとマルティーヌに別れの挨拶をして公爵家の馬車に乗り込もうとしたら、マルティーヌに止められた。
「レオン、少し話があるのだけど良いかしら?」
「話ですか?」
「お兄様、王家の馬車を少し貸していただけますか?」
「それは、私はいない方がいいということか?」
「ダメでしょうか?」
「いや、少しの時間なら構わないが」
二人だけで話したいってことか? ますますなんの話かわからない。
「では話が終わるまで、ステファン様は公爵家の馬車でお待ちになっていて下さい」
「ああ、リュシアンありがとう」
「では、レオンはこちらに」
「かしこまりました」
本当になんの話だろうか? 俺は首を傾げながら王家の馬車に乗り込んで、マルティーヌの正面に座った。
「マルティーヌ、突然話があるってどうしたの? 二人にも聞かせられないこと?」
「先ほど気になることがありまして……ロンゴ先生の部屋に来る前、レオン泣いていたでしょう」
「え?」
何でマルティーヌが知ってるんだ? 俺言ってないよな? リュシアンが言ったとか?
いや、あの時からずっと一緒にいたけど何も言ってなかったはずだ。
「何でそんなこと…………」
「ロンゴ先生の部屋に入ってきた時、目元が少し赤くなっていましたし目も潤んでいましたわ」
「本当に!?」
最悪だ……パッと見てわかるほどだったってこと?
「でも、それだけなら目にゴミが入ったとか、色々理由が考えられるよね?」
「ええ、ですがレオンの顔が少し寂しそうな顔をしていたので。剣術の授業の時や研究会の時も、何度かそんな表情をしていましたわ」
うわぁ〜めちゃくちゃ無意識だった。そんな顔してるつもりなかったのに。確かに、研究棟の質素な雰囲気が少し日本の学校に似てるなとは思ったけど……
「最初は、何でそのような顔をしているのだろうと不思議だったのですけど、もしかして昔を思い出してるからではないかと思ったのです。…………違いましたか?」
「ううん、合ってるよ。前の世界では長い間学校に通ってたから、学校という場所がすごく懐かしくて…………たくさんの思い出があるんだ。日本の学校とは似てないけど、それでも思い出しちゃって」
玄関とか日本の学校とは全く違うのに、日本の下駄箱の様子とか、毎朝友達と通ってたなとか、教室の様子とか、学校の先生とか、色々思い出しちゃうんだよな……
訓練場も体育館みたいだなって思ったし、跳び箱の授業が嫌いだったんだよな。八段飛べる奴とか意味わかんなかった。
今考えてもやっぱり色々思い出しちゃうな……
「やっぱり、思い出しちゃうと悲しくなるし、自分がこの世界で一人ぼっちのように感じるんだよね……この世界にも家族や友達がいるのにね……」
もう日本のことはあまり思い出さなくなってたのに、学校に来たら日本の思い出が無理やり掘り起こされたみたいなんだ。
「レオン……私もお兄様もリュシアンもレオンの友達で、レオンのことを大切に思ってるわ。それに、他にもあなたのことを大切に思ってる人がたくさんいると思うわ。だってレオンは素敵な人だもの」
「ありがとう。嬉しいよ」
「ええ……気の利いたことを言えなくてごめんなさい」
「ううん、そんなことない。凄く嬉しいよ。俺のことを見てくれてたことも嬉しい」
そうなんだよな……この世界にも大切な人はたくさんいるんだ。
でも、身分がある世界だし、前の世界よりは打算で付き合ってくれてる人が多いことも確かだと思う。俺が何の能力を持っていなくてもずっとそばにいてくれる人は、少ないんじゃないだろうか?
こんなこと考えても仕方ないんだけど……それに、こんなこと考えたら皆に失礼だよな。
もう、ネガティブなことを考えるのはやめよう。
俺はそう決めて顔を上げ、マルティーヌに大丈夫だって言おうとした時、マルティーヌの方が少し早く口を開いた。
「私が最初、レオンに仲良くして欲しいって言った時のこと覚えてる?」
「最初? うーん、よく言われてたからどれが最初だかわからないな」
俺は少し笑ってそう答えた。するとマルティーヌは少し頬を膨らませて、ちょっと不機嫌そうな顔になる。
「そこまで厳密にじゃなくていいの! 最初の頃のことよ。私の病気を治してもらって、魔法を教えてもらい始めた時のこと」
「うん。覚えてるよ」
「あの頃は、レオンの凄い能力がこの国のためには必要だと思ったの。だからレオンと仲良くなろうとしてたわ」
「うん。何となくそうだろうなって思ってたよ」
最初からあそこまでぐいぐい来られたら、流石に能力目当てかなって思うよね。
「でもすぐにそんな気持ちは消えたわ。レオンは私に対して恩を着せて利用しようとか、そんなことを考えなかったでしょう? レオンはいつも優しく誠実で、私のことを一人の人として扱ってくれた。それがとても嬉しかったの」
「そんなの当たり前じゃない?」
「いいえ。今まで私に近づいてくる人は、皆自分の為だったわ。皆、私のことを出世の道具としてしか見ていなかったもの」
マルティーヌはそう言って少し寂しそうな顔をした。
まだ十歳にもなってない頃からそんな環境で育っていたなんて…………
俺はなんて言って慰めればいいのかわからず、口籠ってしまった。俺の方が年上のはずなのに……ダメだな。
「私はレオンの人柄に触れて、すぐに国の為なんてことは忘れたわ。レオンの能力は関係なしに、レオンと仲良くなりたいと思ったの。だから二人でお茶会なんて結構強引なことをしちゃったわ」
「確かにあれは強引だったね」
「しょうがないでしょ。レオンは他の人がいる場所では、絶対に態度を崩してくれないと思ったから」
「確かにそうだったと思うよ。マルティーヌが強引に来てくれたから仲良くなれたんだよね。ありがとう」
俺が笑顔でそう答えると、マルティーヌは少し恥ずかしくなったのかちょっとだけ顔を赤くして横を向いてしまった。
「別に、お礼を言われるようなことじゃないわ」
「ふふっ……それでもだよ」
「コホンッ……話が逸れたけど、私はレオンが凄い人じゃなくても、国にとって有益ではなくても、レオンの友達よ。それが伝えたかったの。こんなこと、第一王女の私が言ってはいけないのだけれど……」
…………凄いなマルティーヌは、いつも俺が一番欲しい言葉をくれるんだ。
「マルティーヌ、本当に嬉しいよ。ありがとう」
俺が心からの笑顔でそういうと、マルティーヌは綺麗な笑顔で笑い返してくれた。前より大人っぽくなったな……本当に綺麗だ。
「今度、前の世界の学校の話も聞いてくれる? 思い出しても誰にも話せないから、結構辛いんだよね」
「ええ、もちろんよ!」
「ふふっ、ありがとう」
俺とマルティーヌは二人で笑い合って、それから俺は公爵家の馬車に戻った。なんだか心が軽くなった気がする。
「ステファン、待たせてごめんね」
「ああ、それほど待っていない。もういいのか?」
「うん。もう大丈夫」
「そうか。じゃあリュシアン、私は帰るな」
「ああ、また明日」
ステファンはそう言って、王家の馬車に帰っていった。
「レオン、何の話だったんだ?」
「うーん……」
「言えないことなのか?」
「そうだね、とりあえず秘密かな」
「とりあえずなのか?」
「今はまだ?」
「それ同じ意味じゃないか?」
「ふふっ……」
「何で笑ってるんだ?」
「なんか楽しくなってきちゃった!」
マルティーヌと話したら寂しい気持ちがほとんどなくなって、何だかよくわからないけど楽しくなってきた。
「よくわからないけど、良かったな?」
「うん!」
皆と友達になれて良かった。これからもずっと仲良くしていけたらいいな。
「そうだ。話変わるんだけど、俺が屋台をやりたいって言ったら許可をもらえると思う?」
「屋台? 何で屋台なんかやるんだ?」
「色々売ってみたいものがあるのも理由の一つなんだけど、一番は俺の友達の働き先を作りたいんだよね」
「レオンの友達って、剣術の授業で一緒にいた子か?」
「そう。ロニーって言うんだけど、孤児院出身でお金がなくて困ってるんだ。そこで一緒に屋台をやれたらいいと思って」
「孤児院出身でよく王立学校に入れたな」
リュシアンが結構驚いてるから、孤児院出身の人が王立学校に入学できることはほとんどないんだろう。そう考えると、ロニーはかなりの天才だよな。
「孤児院でたまたま勉強する機会があって、そこで有能さがわかって勉強させてもらえたらしいよ。ただ、勉強だけに時間を使えたわけじゃないだろうし、本当に頭がいいんだと思う」
「やはり平民にも有能な者は多くいるのだな。有能なものが、お金を理由に王立学校を去るのは惜しい。屋台の話は許可が出ると思うぞ」
「本当!?」
「ああ、ただお祖父様に聞いてみてくれ。私は屋台について詳しいことは知らないからな」
「うん!」
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