第88話 屋台の話

 その日の夜。

 夕食の席で、俺はリシャール様に屋台の話をした。


「リシャール様、私が屋台をすることはできるのでしょうか?」

「屋台?」


 リシャール様は、フォークに刺した肉を口に運ぶ途中で手を止め、不思議そうな顔でそう聞き返してきた。

 突然屋台をやりたいって言われても、何でって思うよな。


「何で屋台をやりたいんだ?」

「売ってみたいものがあるのも理由の一つですが、王立学校での友人がお金に困っていまして、彼の助けになりたいのです」

「それは立派だが……屋台はよほど成功しないと赤字になるか、日々暮らしていくのがやっとくらいの利益しか出ないぞ?」


 やっぱりそんなに甘くないよな。でもそれでもいいんだ。実験的な意味合いもあるし。


「それでも構いません。屋台を始めるのはあくまでも私で、私が友人を雇うという形にするので」

「まあ、それならば構わないが……」

「本当ですか!?」

「ああ、良い経験にもなるだろう」


 良かった! とりあえず第一関門突破だな。


「ありがとうございます。屋台を始めるためには何が必要なのか、教えていただけますか?」

「ああ、屋台を始めるには、屋台販売権を得るだけですぐに始められる。どの広場で屋台をするのだ? 屋台は広場でしかできないことになっていて、その管轄はそれぞれの広場で異なる」

「中心街の入り口の広場で屋台を開きたいと思っています」

「それならば中央教会が管轄だな。行けばすぐに権利を得られるだろう」


 そうなんだ。教会って本当に便利だよなー、日本でいう役所だ。もう教会とは名ばかりになってるよね。まあ、かなり便利だからありがたいんだけど。


「では、明日の放課後にでも権利を得て来ます」

「ああ、だが屋台で何を売るのだ?」


 屋台で売るものは色々考えている。まず、屋台に買いに来る人は基本的に平民で、皆軽く食べられるものを求めている。仕事の合間に軽食として買う人もいれば、夕食として買っていく人もいる。

 よって、売るものは食べ物で決まりだ。やはり需要がないものを売ってもしょうがないからな。

 あとは何の食べ物を売るのかが重要なんだけど、日本のお祭りを思い出して色々と考えてみた。

 たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、唐揚げ、かき氷、クレープ、じゃがバター、たい焼き、チョコバナナ、フライドポテト、焼き鳥、わたあめ、たくさんの屋台が思い浮ぶ。


 どれもやってみたくてかなり悩んだけど、結局はクレープに決めた。クレープなら中身を変えればいいので、季節によって材料がなくて閉店ということにはならない。それに様々な組み合わせを作れるので、飽きられることもないだろう。作り方も何となくわかるしな。

 今度厨房を借りて、まずは俺がクレープを作れるように頑張らないとだな。色々試してみよう。


「クレープという食べ物を売ろうと考えています」

「くれーぷ? 聞いたことがないな」

「私が考えた料理です」


 本当は前世の料理なんだけど……


「レオンのオリジナル料理ということか! それならば、屋台で売る前に一度屋敷で作ってくれないか?」

「それは……もちろんお作りしますが、まだこれから試行錯誤したい料理なのです。完成したらでよろしいでしょうか? また、試行錯誤するために厨房をお借りしても良いでしょうか……?」

「ああ、もちろんだ。いつでもレオンに厨房を貸すように言っておこう」

「ありがとうございます!」


 よしっ、これで屋台ができるな。まずはクレープの試作をして、それが完成したらロニーに作り方を教えて……

 あっ!! 屋台自体も用意しないとダメだった。忘れるところだったよ。


「リシャール様、屋台はどこで購入できるのでしょうか?」

「ああ、屋台なら購入ではなく貸し出してもらえる。中央教会に行った時に、屋台を借りる契約もしてくると良いだろう」


 屋台は貸し出しなのか。確かに皆同じ形の屋台だった気がする。

 貸し出しなら、保管を考えなくて良いから楽でいいな。忘れずに借りる契約もしてこよう。


「かしこまりました。いろいろ教えて頂いてありがとうございます」

「いや、このくらい大したことじゃない。それよりもクレープを楽しみにしているぞ」

「はい。精一杯作らせて頂きます」


 よしっ頑張るぞ! 俺もクレープ食べたいし。

 話がまとまって俺がそう決意していると、カトリーヌ様が興味津々の様子で話しかけてきた。


「レオン、その料理はどのような味なのですか?」


 カトリーヌ様、かなり興味を持ってるみたいだな。


「クレープは中に挟むもので味が変わるので、どのような味にもできるのです。甘いデザートにもなりますし、食事にもなります」

「それは…………想像するのが難しいですわね。ただ、どのような味にもなるというのはとても興味深いですわ。食べるのを楽しみにしています。甘い味も作るのですよ」

「かしこまりました」


 確かクッキーの時も、カトリーヌ様は大興奮してたよな。甘いもの本当に好きなんだな。

 カトリーヌ様、甘いクレープはたくさん作ります。



 そして次の日王立学校に行き、ロニーに屋台ができそうだということを話した。


「ロニー、おはよう」

「おはよう」

「昨日言ってた屋台のことなんだけど、許可が出たからできそうだよ。今日の放課後にでも、中央教会に行って屋台販売権を貰ってくるよ」

「え? もう!?」


 ロニーがかなり驚いたのか、今までで一番大きい声を出した気がする。


「うん、そうだけど…………早すぎた?」

「ううん、ただもっと時間かかると思ってたからびっくりしただけ。早いのはありがたいよ」

「それなら良かった」

「いつから屋台始められそうなの?」


 うーん、とりあえず明日の放課後に中央教会に行って、屋台販売権を得て屋台を借りる契約をしよう。そしてその帰りに食材を買って、クレープの試作をしてみれば良いだろう。

 もし明日でクレープが形になれば、すぐにでも屋台を始められるよな。


「次の回復の日の午後から始められるかも」

「え!? そんなに早いの!?」

「うん。屋台は借りられるみたいだから、そこまで準備は必要ないんだ。食材と必要な調理器具を買えばすぐにでも始められるよ」


 俺がそういうと、ロニーが少し不思議そうな顔をした。どうしたんだ?


「そういえば、屋台では何を売るの? 聞いてなかったよね?」

「あれ? その話してなかったっけ?」

「うん」

「忘れてた。クレープっていう食べ物を売ろうと思ってるんだけど……作り方をいつロニーに教えればいいかな?」


 流石に公爵家の屋敷に呼ぶわけにはいかないし、ロニーも嫌だろう。ロニーの部屋には厨房なんてなさそうだよな。

 あれ? というかロニーって料理したことあるのか?


「ロニーって料理したことあるの?」

「うん。孤児院では順番に料理の手伝いをしてたから、基本的なことはできるよ」

「それなら大丈夫だね。ロニーの部屋には厨房ある? 厨房というか台所か」

「台所だね、部屋にはないよ。大家さんのところにあって、声をかければ借りられるんだ。ただ、使いたい人が多いからいつも誰かが使ってて、結局僕は屋台で買ったものを食べてるよ」


 それだと、そこでクレープの作り方を教えるのは難しいな。うーん、屋台で教えればいいのか? 

 そうだよな。初日の営業日は俺がクレープを作ることにして、作りながら教えればいいか。


「初日の営業日は俺がクレープを作るから、その時に一緒に教えるよ。そんなに難しくないから」

「わかった、よろしくね。それでどんな料理なの?」

「うーん、説明が難しいから実際に見てもらった方が早いと思う」

「そうなの? それなら教えてもらう時を楽しみにしてる!」


 この世界は、なぜかパンを焼く以外でほとんど小麦粉を使わないから、クレープの説明をしても受け入れてくれないだろう。母さんにもドロドロで不味そうって言われたからな。

 でも何で、パンケーキとかガレットとかが生まれなかったんだろうな? 作り方は簡単なのに。

 いくら考えてもわからないんだけど……ちょっと気になるよな。


「じゃあ、次の回復の日は予定を入れないでくれる?」

「うん! 僕は学校が休みの日はほとんど予定ないから大丈夫だよ」

「そっか、じゃあよろしくね」

「楽しみにしてる」

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